25 唯ひとつの心残り
ただいまメンデヤンス王国軍部隊は作戦行動中。なので、現役士官がパーティー会場にいないとの説明を受け、隠し事の匂いを嗅ぎつけたものの騒ぐほどの相手ではなかった。もうちょっと何かあると期待していたのに残念だとエレガンティウスが首を横に振る。トラブルを望んでいると誤解されるような発言は自重せよとエトロワがギリギリ歯を鳴らす。
「そうは言っても、帝国の成績はボロボロだ。土産話のひとつくらいないと報告書も作れやしない」
小型機レースは予選落ち、模擬戦闘では開始早々に撃破されて、帝国製品のデモンストレーションをしないで他国製品のアピールに手を貸したのかと非難されてもおかしくない結果に終わった。競技の成績から目を逸らすために、もう殺人事件でも起きてくれないだろうかという心境なのだとエレガンティウスが力なく語る。
「帝国貴族の三男坊が密室で首を吊っていたなんて事件はいかがです?」
「迷惑ですから自国へ戻られてから吊ってくださいませ」
パートナーにも容赦のないエトロワが、事件が欲しければ自ら首を吊れと呆れたような口調で勧める。それを耳にしたラーメナリーは迷惑だから王国領内で事件を起こすなと肩を怒らせ、誰も止めてくれないのかとエレガンティウスが重いため息を吐き出した。
「やぁ、集まってるね。都合がいい」
エレガンティウスが項垂れ、ラーメナリーとエトロワがなんてはた迷惑な奴だと憤慨しているところへ、アシスタントのオムツバニーふたりを引き連れたモローニ博士が声をかけてきた。フワティーとドレスアップしたシーゲル中尉に恰幅のよい男性も一緒だ。
「インタビューをしたいと言うので、君たちを探していたんだ」
「応じないわけにはまいりませんわね。それは勝者の義務でございますもの」
恰幅のよい男性は採掘フェスを主催している運営委員会のお偉いさんで、勝利者インタビューをしたくてラーメナリー王女を探していたのだという。競技参加者が集まっていたのなら都合がよい。ぜひ話を聞かせてほしいと撮影用のカメラを手にマイクを差し出してきたのは、どうしてかメーデル塾長だった。すっかり報道マン気取りかとコマチは正体をバラしてやりたくなったものの、デイジーやアンリエッタが何も知らないフリをしているということは主催者公認である可能性が高い。ならばやらせるしかないと思い直し、しらじらしいインタビューを受ける。
「最後、連合法国との一騎打ちはいかがでしたか?」
「切り札のスカイアクションも真下に潜り込まれ、攻めあぐねていたというのが正直なところでした。背後を取られた瞬間は、してやられたと敗北を覚悟いたしましたわ。間一髪、戦闘不能に陥ることを避けられたのは幸いという他ございません」
ラーメナリーは砂丘を使ったジャンプをスカイアクションと命名した模様。エイガスの予想したとおり、手の打ちようがなくてカウンターを狙っていたらしい。頭上から背後にすべり落ちてくるなんて想像できなかった。本当にコンマ1秒の差が明暗を分けた薄氷の勝利だったのだと語る。内容とは裏腹に堂々とした態度で答える姿に、さすがおロイヤル様とコマチが感心していると、メーデル報道マンがカメラとマイクを向けてきた。
「撃破数で負けていましたので、優勝するためにはイチかバチか打って出るしかありませんでした。思いつきの秘策で背後を取ることには成功したのですが、結果はご存じのとおりです」
時間切れになれば優勝するのはメンデヤンス王国なので攻撃しないわけにはいかなかった。作戦は上手くいったものの、あと一歩のところで防がれてしまったと答えるコマチ。途中で拳を固く握り締めていたことに気がついて、自分はこんなにも悔しく感じていたのかと驚く。
「あまり強く握り過ぎると手を痛めるよ」
メーデル報道マンがエレガンティウスのインタビューに移ったところで、いつの間にか背後に忍び寄っていたモローニ博士に小声で警告される。なにか手にしていた方がよいとシャンパンのグラスを差し出してきた。あんな小さな仕種すら見逃してくれないのかと、世界を驚愕させる博士の観察力に戦慄しながらコマチがグラスを受け取る。
「塾長の期待には満点ではないにせよ応えられたと思います。でも、赤ちゃんに優勝したよって伝えられないのが、思っていた以上に残念だったみたいです」
見透かされている相手に強がって見せても仕方がないと、シャンパンをわずかに口に含んだコマチが心情を吐露する。やれるだけのことはやった結果の2位だから成績に不満はない。ただ、赤ちゃんとの約束をはたせなかったことが心に残ったままなのだとため息を漏らす。
「それは君が相手は赤ちゃんだからと軽んじていない証拠だ。赤ちゃんには競技のことなんてわからないけど、君が自分を大事にしてくれているか、粗略に扱っているかくらいは察する。正直に負けてしまったと伝えれば、きっと慰めてくれるさ」
話を聞いていたモローニ博士が、お姉ちゃん負けちゃったよと正直に白状して赤ちゃんに慰めてもらうよう勧める。それはアリなのかと目を丸くするコマチに、赤ちゃんもわかってくれるさとイイ笑顔で右拳の親指を立てた。
「王女殿下がなぜ軍に志願されたのですか?」
「国民と国土を護るのが王の役目。メンデヤンス王室の者は一定期間の従軍を伝統としてまいりましたの。ふたりの兄も陸軍と空軍に所属してございます」
コマチがモローニ博士と話をしている間にインタビューが一周したようで、メーデル報道マンが再びラーメナリーへとマイクを向けている。そもそも、やんごとなきお方がどうして軍にいるのかと尋ねられた王女様は、よくぞ聞いてくれましたと残念な胸を反り返らせた。若い時分に従軍経験を積むのは王室の伝統であり、一番上の兄は陸軍出身で今は総司令部に勤務、二番目の兄は空軍の管制士官をしているという。本人がμ大陸軍を選んだのは、王室が戦争を望んでいると勘違いされたくないため。他国の軍隊を仮想敵に据えている陸海空軍でなく、資源確保を任務とするμ大陸軍を国王陛下より勧められたらしい。
「王室は王国が平和的に発展することを願ってございます。わたくしがパスタデアールにいるのは、その意思を示すためでもあるのです」
王室の者が従軍するのは他国を相手とした戦争に備えてのことではない。そうカメラに向かって言い放つラーメナリー王女。年齢は自分とそう変わらないのに貫禄を感じるなぁと考えながら、コマチが赤ちゃんに慰められる己の姿を想像して頬を緩める。ところが、ありがとうございますと王女様へのインタビューを締めくくったメーデル報道マンはカメラを構えてコマチへ向き直ると、あろうことか志願理由をしらじらしく尋ねてきた。誰のせいだと騙された田舎娘の額に青筋が浮かぶ。
「アタシハ祖国ノタメニ戦ウト誓ッタ鋼ノソルジャー。侵略者カラ同胞ヲ護ルタメニ志願シタモノデアリマス」
「カット、カット」
「これはさすがにリテイクだわ~」
ラーメナリーの直後に本当のことを明かしたら、なんだコイツはと盛大に見劣りしてしまう。精一杯、小難しそうな表情を作ったコマチが歯をギリギリ軋らせながら答えたものの、アンリエッタから撮影中止の指示が飛んだ。フワティーからもリテイクを言い渡され、デイジーは無言のまま「ウソはNG」と書かれたスケッチブックを掲げていた。インタビューのために用意した回答はいらないとメーデル報道マンから告げられる。
「それじゃ、改めてテイク2いってみよう」
「インタビューにテイク2って……」
それはもうヤラセではないかと思ったものの、質問に建前で答えたコマチにそれを告げる資格はなかった。こうなっては仕方ないと覚悟を決める。何も考えてなさそうな笑顔を浮かべてカメラへ向き直り、こういう映像が欲しいのだろうと明るい声で回答した。
「常夏のリゾートで給与を受け取りながら、その後の就職に有利な資格を取得できるからですっ。高収入が約束される技能を身につけたい方は、この機会をお見逃しなくっ。ドンカーツ分校は皆さんの志願を心待ちにしておりますっ」
最後にドンカーツ基地であたしと握手っと右手を差し出したポーズを決めるコマチ。オーケー、オーケー、ベリグーとデイジーたちから拍手が送られる。
「なんて国なんだろうね……」
「人間味があってよろしいのではございませんこと」
資格取得のために士官学校へ入学しましたと公言することが許されるなんて、スイーラ連合法国はどこまでフリーダムなのだとエレガンティウスはすっかり呆れていた。自分が同じことをしたら心構えがなっとらんと糾弾され、間違いなく実家から放逐される。それを褒め称える国があるなんてとため息を吐き出し、その姿を見たラーメナリーはプークスクスと笑っていた。ありのままの人間らしくてよいという。
「我々の敗北した理由がここにあるのだと思いませんか? どれほどの能力があろうとも、心構えや発言が不適切と槍玉に挙げて排除するのが帝国。結局、残るのは上手に立ち回ることだけが取り柄の凡人ばかりではありませんか」
一方、エトロワはまた別の感想を抱いた模様。能力的に優れていれば多少の欠点には目をつぶる寛容さこそが、人材の有効活用につながっているのではないかと口にする。能力、人格、思想などすべての点において完璧な人間だけで軍を構成しようだなんて、そんなものは机上の理想論だと切り捨てた。長所を活用する連合法国と、短所をあげつらって排除する帝国の違いが如実に表れていると鼻を鳴らす。
「帝国であれば最初のテイクで模範的な回答だと絶賛されていたことでしょう。そんなもの建前にすぎないと誰もがわかっているにもかかわらず、NGを出せる人間がいない。そっちの方がおかしいのです」
呆れている暇があったら己を省みろとエトロワがエレガンティウスを叱りつける。平民に生まれついた者には国を変える力どころか機会さえ与えられないのに、支配階級が呑気なこと言ってるから外国に遅れをとるのだと口さがない。反論が思いつかないのかエレガンティウスはすっかりしょぼくれてしまった。
「オロネーズ君も一緒に食べないか」
「女性と話していても心が傷つくだけだよ」
「負け犬の仲間にはなりたくありません」
最近の女性は優しくないとエイガスとエレガンティウスは意気投合したようで、モグモグとローストビーフのやけ食いを始めた。オロネーズを仲間に引き込もうとして断られている。
「シーゲル中尉もいらっしゃってたんですね」
「報道機関を相手にする時の注意事項をレクチャーしてもらっていたの~」
紺色の自己主張が少ないイブニングドレスに身を包んでフワティーの後ろに控えているシーゲル中尉に、どこで一緒になったのかと尋ねるコマチ。模擬戦闘の観戦イベントにゲストとして招かれたのでサポートをお願いしたのだとフワティーが答えた。報道陣をさばく手際は、さすが広報アテンダントと舌を巻かざるを得なかったという。
「小娘たちだけに任せるのは心配だもの。ちゃんとオバサンが見張ってないとね」
こんなに注目を浴びるなんて予想していなかった。アテンダントを派遣するよう依頼してきたカッター大佐には先見の明があるとシーゲル中尉がふんぞり返る。
「でも、ペコハラ候補生は誘導質問をはぐらかすのが上手いわね。なんだか教養も深そうだし、アテンダントに向いているかもしれないわ」
インタビューしてくる記者の中には、もちろん失言を引き出そうとしょうもない質問を投げかけてくる不届き者もいる。オロネーズとの接戦を制したフワティーに、あたかもそれが国同士の争いにも適用できるようなことを言い出す記者がいたのだけど、歴史に相当詳しい人でなければ真意を量りかねるような例えを持ち出してのらりくらりとかわしていたらしい。逆に質問をした記者の方が周囲の失笑を買っていたという。
「あら~、そんな~」
「フワティーさんは向いてるんですか。ソウデスカ……」
広報アテンダントに向いていると評されたフワティーが、スカウトされちゃったらどうしましょうと笑みをこぼす。一方、地味な田舎娘には務まらないと言われたコマチは表情をしかめさせた。まさか、こんな近くにライバルが潜んでいたなんて、これは食事に一服盛るしかないかとコマチが思案していたところ、ピピピ……と警戒を促すような電子音が響いてくる。王国軍に何かあったのか、オロネーズとサウメナが揃って情報端末を取り出して確認していた。
「メンデヤンス様、これを……」
「ハゼは問題なく仕留めて……今度はヒラメですって?」




