24 模擬戦闘 ―勝敗の行方―
王国の機体が跳ねてくることがわかったため、コマチはあまり距離を取ることができなくなった。いざという時に備えて、相手の真下へもぐりこめるポジションを維持する必要に迫られたためである。人のマネをしやがってとプンスカ頬を膨らませながら、相手の射界に捉えられないようピギー04を操って砂丘の狭間を駆け抜けていく。
「落ち着け、スノウライト。本当に悔しいのは奥の手を披露したのに仕留め損なった王女様の方だろう」
「ぶう~」
王国機の動きが砂丘の端を回り込むものではないと気づけたのは、いつだってヘリコプターを選択肢のひとつとして意識しているコマチだからこそ。他の操手であれば間違いなく勝負を決められていたはずで、時の流れが見えているような避け方するなと文句を言いたいのはラーメナリー王女の方だとエイガスが不機嫌な相棒をなだめる。ブーブー唸りながらも射線は通らず、ジャンプされても真下に潜り込めるポジションをキープし続けるコマチ。ここまで完璧に対処されたら、相手はもう歯ぎしりしているだろうなとエイガスがため息を吐き出す。
「あまり積極的に仕掛けてこなくなった。向こうも手づまりな証拠だ」
王国は奥の手を使い切ったみたいだぞとエイガスがコマチに言い聞かせる。出会い頭での撃ち合いに持ち込もうと距離を詰めてくるのは同じでも、置きロケット弾を放たれそうなところには決して踏み込んでこない。その様子はどこか近づくなと懸命に威嚇してくるアリクイの姿を思い起こさせた。
「確かに気迫を感じませんね。リスクを負ってまで強引に接近するつもりはないみたいな……ちょっと後ろ向きな印象です」
「タイムアップなら王国の優勝だから、カウンター狙いに切り換えたんじゃないか」
付かず離れずといった距離を保ったまま逃げ回っているコマチも、本気で追いすがってきてはいない。危険ゾーンには絶対に足を踏み入れないという固い意志を感じると目を細めた。ピギー04を追い詰めるような挙動をとっているものの、実際はこちらが攻撃に転じるのを待ち構えているのではないかとエイガスが語る。
「それじゃ、リクエストにお応えして差し上げましょうか」
「どのみち攻めないことには勝てないんだが、策はあるのか?」
なら、あえて虎口に飛び込もうと口にするコマチ。撃破カウントで負けているから逃げ回るだけでは優勝できないものの、無策なまま突っ込んで勝てる相手ではないぞとエイガスが問い質す。
「あたしによい思いつきがあります」
「思いつきをぶっつけ本番で試すなんて、実にイカレた提案だな」
さっき思いついたばかりと胸を張るコマチに、シミュレーションすらせず実践しようなんて理性ある人間のすることではないとエイガスがこめかみを押さえた。まさに野人の発想だと盛大にため息を吐く。
「正面から撃ち合って班長さんが勝ってくれるならそれでもいいです」
「俺が悪かった。思いつきでも無策よりはマシだ」
だけど、そもそも撃ち合いを避けてるのは誰のためだとコマチにツッコまれ、エイガスがあっさりと前言を翻す。早撃ち勝負になれば負け知らず。それを証明するかのようにラーメナリー王女は出遭った相手を残らずなぎ倒してみせた。そんな強者にも自分なら撃ち勝てると大口を叩くほど自信家ではない。どのみち王国を撃破しないことには優勝できないのだから、その思いつきとやらを試してみようぢゃないかとコマチの提案を採用する。
「それじゃ相手を真っ直ぐ正面に捉えてみせますから、班長さんはチャンスを逃さないようしっかり構えていてください」
「まさか、連続バレルロールとかしないよな?」
「大丈夫、胃袋がひっくり返るほどではないと思います」
無反動砲を正面に構えてチャンスを待てと告げられたエイガスが、なんだか悪い予感がしてきたとコマチを問い質す。そこまでのことはしないと応じたコマチが操縦桿を強く押し込み、ピギー04は明らかにそれまでより一段階上のスピードで砂丘の間を駆け抜け始めた。
これまでギリギリ追いつかれない距離を維持したまま逃げ回っていたピギー04が、その動きを一転させ獲物の隙をうかがう猛獣のように王国機のサイドへと回り込んでいく。そして、模擬戦闘の開始より初めて王国の機体が相手から距離を取ろうと後退した。自分にあわせることをやめたピギー04の機動を見て、のらりくらり逃げ回っていたドブネズミが牙をむき出しにしたと王国側の操手も感じ取ったのだろう。
出会い頭の早撃ち勝負になればラーメナリーに負けはない。だけど、それは相手の飛び出してくる方向がわかっていればの話。砲の向いていない死角へ入られないよう、王国の操手が懸命に機体を旋回させる。だけど、そのことに集中するあまり、いつしか機体から移動速度が失われていた。いつ飛び出してくるかわからないピギー04に備えて同じ場所でグルグルと旋回をくり返す。
「いきますよっ」
足を止めてカウンターの構えをとる王国機。獲物が動かなくなったことを確認したコマチが、チャンス到来とロケットエンジンを点火させた。2機を隔てる砂丘を勢いよく駆け上がり、回り込んでくることを予想して砂丘の端に機首を向けた王国機の真上へ跳びあがらせる。先ほどとは逆の構図だけど、ピギー04は相手を飛び越えることなく機首を天に向けたまま空中で制止した。反発式浮遊デバイスがカットされ、そのまま重力に引かれて落下していく。
「ちょっ、体当たりさせる気かっ?」
まさか、思いつきとは砲口を向けられない真上からの体当たりだったのかと焦るエイガスをよそに、後方のカメラで王国機の動きを確認したコマチが機体の向きを調整し反発式浮遊デバイスを再起動させる。
「秘儀、天空落としっ!」
振り子のような軌道で自由落下の勢いを水平方向の速度に変換しながら王国機の背後へと着地を決めるピギー04。機首をピタリと王国機へ向けたまま滑るように後退していく。
「今ですよっ」
「お、おうっ」
約束どおり、コマチは機体正面に王国機を捉えてみせた。相手の砲口は前方へ向けられているため、180度旋回させなければ背後のピギー04を狙えない。今がチャンスだと告げられたエイガスが小さくなっていく標的へ無反動砲の照準をあわせる。だけど、その指がトリガーを引く直前、王国機は左右に1機ずつ搭載しているロケットエンジンの右側だけを点火させた。
「ええいっ」
かまわずトリガーを引くエイガス。同時に機体の中心線からズレた位置に推力を受けた王国機がスピンターンのような挙動をみせ、砂丘の斜面へと機首から突っ込んだ。
「あ゛あ~」
戦術データリンクシステムから送られてきた判定ログを確認したコマチがガックリと首を項垂れさせる。エイガスの放った無反動砲は王国機の側面装甲へ命中したものの、機体の中心から外れた後部であったため戦闘不能には至らず、そして砂丘に突っ込みながらもラーメナリーはきっちりカウンターの一発をお見舞いしてみせた。ピギー04は正面装甲に無反動砲を撃ち込まれて撃破。管制機から模擬戦闘の終了が伝えられる。
「すまん……」
こうして、模擬戦闘バトルロイヤルはメンデヤンス王国の優勝で幕を閉じた。
模擬戦闘での優勝を逃した日の夜、コマチたちはクイーンズパレスの広間で開かれているパーティーに招かれた。観戦イベント会場に使われていた広間で、中継に用いられた大型モニターがそのまま残されている。流されているのは競技中の映像な模様。無防備な背後から人民国に狙い打たれ動きを止める共和国の機体が映っていた。
「ダブチン、貴様っ」
「申し訳ないけど、僕も成績を残さないと本国に申し訳が立たない」
「20秒もの大差をつけさせてやったのに4位だなんて、そんな連中には手を貸すだけ無駄だわ。結果3位なんだから、ダブチンの判断は正しかったと言えるわね」
いがみ合うような声が聞こえてきたのでコマチがふり返ってみれば、民主連合と思われる3人が言い争いをしていた。コッペーノに睨みつけられている男性がダブチンで、女性の方はパンプキーナだろう。模擬戦闘は生き残っていた順に4位まで順位がつけられる。優勝はメンデヤンス王国、2位がスイーラ連合法国で、3位になったのはバーガニア人民国だ。どうせ上位2国は動かない。コッペーノに義理立てするより上位入賞を優先させたのは正しい判断だったとパンプキーナがダブチンを褒めている。
「バトルロイヤルなんだから隙を見せる方が悪いに決まってるじゃない。国家代表の息子がそんな脇の甘さでどうすんのよ」
同じ民主連合の加盟国とはいえ、ヴェジタリオ教国もバーガニア人民国もそれぞれ思惑を持った主権国家。無防備な姿を晒すなんてあり得ない判断だとコッペーノに言い放ったパンプキーナが、ダブチンの腕をとってその場から去っていく。なんだか見てはいけないシーンを見てしまった気がしたコマチはそっとコッペーノから目を逸らした。
「本当に気を許してはいけない相手が誰なのか、彼にとってよい教訓になったのではないかしら」
「あ、ラーメナリーさん……」
ひとり残され呆然と立ち尽くすフラレ君を横目でチラチラ気にしているコマチへ、同じくパンプキーナがダブチンを選んだシーンを目撃していたのかラーメナリーが声をかけてきた。後ろにオロネーズと初めて会うコマチよりも小柄などこかオドオドした様子でいる室内だというのに色の濃いゴーグルをかけたおっぱいの大きい女性を従えている。
「紹介いたしますわ。わたくしの操手を務めていたサウメナ・テノーベでございます」
「初めまして、スノウライト様の操縦技術には感服いたしました。競技の結果はああなりましたが、操手の中ではあなたが群を抜いておりましたでしょう」
どこから襲ってくるかわからないサメに狙われている気がした。ラーメナリー王女の操手を務めるようになって以来、初めて恐怖を感じたと挨拶するサウメナ。もしかしてサメ映画マニアなのかと疑問を感じながら、ご丁寧にどうもとコマチも挨拶を返す。
「誇ってよろしいですわよ。あなたの敗因は唯ひとつ、砲手がわたくしでなかったことなのですから」
「頭上から背後を取られた時、私は頭が真っ白になってどう対処してよいのかわかりませんでした。ラーメナリー様に叱咤されなければ、そのまま撃破されていたでしょう」
ピギー04の砲手が自分であったなら、間違いなくスイーラ連合法国が優勝していたとラーメナリーが請け負う。最後の瞬間、片方のロケットエンジンだけを作動させるよう指示したのは彼女で、自分ならその時点でトリガーを引いていた。あのグズグズしていた男にひと言もの申してやりたいと、誰かを探すように視線を巡らせる。
「班長さんならあっちに……」
お腹が空いたと料理を取りにいったはずだとコマチが案内すれば、なぜか椅子の下に頭を突っ込んでエトロワにお尻をグリグリ踏みつけられているエイガスの姿があった。隣ではエレガンティウスが苦笑いを浮かべている。いったいどうしたことかとコマチが尋ねたところ、絶好のチャンスを潰しやがってとエトロワが怒っているのだという。
「撃破された相手が優勝機であったなら、まだ格好もついたんだけどね」
模擬戦闘の映像を確認したエトロワは、エイガスがいつまでも撃たないから兵装にトラブルでも生じたのかと疑っていたらしい。何もなかったと知って、お前がヘタレだったせいかと説教を始めてしまったという。競技が始まってすぐに撃破されてしまったけど、連合法国が優勝してくれれば相手が悪かったと言い訳できたのにとエレガンティウスが肩をすくめてみせる。
「遅い男は嫌われますよ。病院で治療してもらったらどうです」
「い゛わないでぐれぇぇぇ……」
本人にも自覚はあったようで、お小言は勘弁してくれと椅子の下に頭を突っ込んだまま両手で耳を塞ぐエイガス。クリティカルな部分にヒールの先を突き込まれてンホゥという情けない鳴き声を上げた。
「それより、何かあったのかい?」
「どういうご質問でございますの?」
先を越されてしまったかと困ったような顔をしているラーメナリーに、エレガンティウスが唐突に漠然とした疑問を投げかける。意図を尋ね返す口調に警戒しているような硬さを感じコマチが視線を向けたところ、ラーメナリーだけでなくオロネーズとサウメナにも緊張の色がうかがえた。なにか隠し事をしているような雰囲気だ。
「自国が優勝したというのに、王国軍上級士官の姿がない。会場にいるのは士官候補生ばかりだ。まるで、こっちは君たちに任せたとでも言うかのようにね」
基地司令官や部隊長といった幹部クラスには間違いなく主催者から招待状が届けられているはず。士卒たちの士気を高め、住民の不満が軍に向けられないようにするためにも、ここは王女殿下の優勝を盛大に祝うのが当然なのに、まるで無関心なのは不自然過ぎるとエレガンティウスが語る。なにか、より優先しなければならない事態が起きていると考えるのが普通だという。
「……南西60キロの地点に体長50メートルほどのハゼ型砂竜が確認されておりますの。数日前から補足しておりまして、もう少し成長してからというのが本音ではございますが、接近してくる様子ですので今晩にでも仕留めることにしたのです」
これだから勘のよい相手は厄介だとため息を吐き出したラーメナリーが、作戦遂行中だから司令官も基地を離れられないのだと裏事情を明かす。王国軍としては100メートルを超えてからまた来てねと言いたいところ。街から離れる方向に餌を撒いたりして誘導を試みたものの、どうしてか寄ってくる。今は採掘フェス開催中ということもあって外国から訪れている要人も多いから、これ以上近づかれないうちに対処することにした。忙しいから顔を出せないだけで、不安を感じるような事態ではないと口にする。
「50メートル級のハゼ型か……なるほど、話題にならないわけだ」
そんなしょっぱい相手だったなんて期待外れだと肩を落とすエレガンティウス。心配する必要がないのはよいことではありませんかとエトロワに両腕で頭を抱えられそうになり、膝蹴りは勘弁してくれと飛び退いて逃げた。




