22 模擬戦闘 ―ターゲットは帝国―
「ぬふふふ~。お姉ちゃん、勝ってきますからね~」
「どぅ~」
採掘フェス4日目。各国の士官候補生による模擬戦闘バトルロイヤルが行われる日の朝、コマチはアストナー整備場の赤ちゃんに気合いを入れ直してもらっていた。勝利の栄光を君に……と、お気に入りの卵かゆを食べさせている。赤ちゃんはもちろん上機嫌で、スプーンを奪おうとちっちゃい手を懸命に伸ばす。
「ピギー04の出撃準備、完了しましたっ」
ヨチヨチと赤ちゃんをあやしているコマチのところへ整備科の候補生がやってきて、いつでも出れますと告げる。後ろ髪を引かれる思いで赤ちゃんの口元に着いた汚れを拭いフワティーに抱かせるコマチ。お姉ちゃんが戻ってくるまではコレで遊んでいてねとジャガイモのぬいぐるみを手渡し、プネウマスーツの上から着けていたエプロンを外しながら整備場で待機中のピギー04へ向かう。
「期待しているぞ。スノウライト候補生」
「できる限りのことはします。勝つって赤ちゃんにも約束しましたから」
コマチが搭乗口へ登るための梯子に手をかけたところで、撮影用のカメラを構えたメーデル塾長から声をかけられた。ドンカーツの街が賑わうようになって欲しい気持ちはあるし、知名度の高い女性士官なら広報アテンダントのような部署に配属してもらえるのではという計算もある。ここでドンカーツ分校の顔と認知されれば、シーゲル中尉の発言もただの一般論に成り下がるはず。とにかく訓練費用の返還義務がなくなるまで最前線の荒っぽい部隊に配属されることは避けるのだと、コマチは志の低い決意を胸に優勝してきますと答えた。
「ピギー04、システム起動します」
操手席のシートに腰かけたコマチが、すぐ後ろにある砲手席へエイガスが着いたのを確認してひじ掛けの部分にあるカバーを開く。そこにあるのは機体のメインスイッチだ。スイッチをオンにすると体内からプネウマが吸い上げられる感覚と共にプネマドライブが電力を供給し始め、機体のメイン管制システムが自動的に立ち上がる。
乗降位置にあったシートが沈んで操縦位置に着くと、正面のメインモニターにはシステム起動中の文字と製造社であるワルトロン社のロゴマークが表示されていた。しばらく待つと、正面メインモニターと左右にあるサイドモニターがカメラの捉えた外部映像に切り替わる。メイン管制システムが起動した後は航法、通信、レーダー、火器管制などの各種システムを手動で立ち上げなければならない。手間がかかるものの、通信波やレーダー波を発するシステムがひとりでに動き出すのは不都合な場合もあるのだとコマチはマルーイ中尉から聞かされていた。
「航法、通信システム。オールグリーン」
「レーダーと火器管制システムも異常なしだ」
「了解、コクピット閉鎖します」
各システムが正常に稼働していることを確認したコマチがスイッチをいじれば、装甲を兼ねた天板がスライドしてきて搭乗口が閉じられた。プネマドライブも反発式浮遊デバイスも稼働音なんて耳を澄まさなければ気づけないほど小さい。外部の喧騒が届かなくなり、コクピット内が静寂に包まれる。
「ピギー04、発進します。下がってください」
サイドモニターに表示されるカメラを手早く切り換えて人が映らないことを確認したコマチが操縦桿を握り込む。マイクを外部スピーカーに接続して注意喚起した後にゆっくりと反発式浮遊デバイスの出力を上げれば、地盤に含まれるプネウナイトとの間に生じた反発力で徐々に機体が浮き上がり始めた。
人が歩くようなスピードで機体を格納庫から出せば、サイドモニターに赤ちゃんを抱っこしたフワティーとデイジー、アンリエッタの姿が映る。同時にフロントコンソールへ埋め込まれているタッチパネルを兼ねたディスプレイに通信が入っていることを知らせるマークが表示された。タッチパネルを操作してコマチが回線をつなげる。
『クイーンズパレスの広間で応援してるからねっ』
『何もできないけど、吉報を期待しているわ』
赤ちゃんの手を取りピギー04へ向かってフリフリさせるフワティー。デイジーとアンリエッタが手は貸せないけど応援していると通信で伝えてきた。小型機レースに利用されたブオートレース場みたいな施設はなく、模擬戦闘の観戦は中継のみとなる。国際展示場のイベントホールとクイーンズパレスの広間が公式観戦イベントの会場に指定され、メインの大型モニターと情報表示用サブモニターに解説者が配置されていた。2カ所のうちクイーンズパレスの方は招待客オンリーの会場なのだけど、小型機レースの優勝者であるフワティーは主催者からイベントのゲストに招かれている。そのため、デイジーとアンリエッタはしぶしぶオムツバニーを受け入れたという。
「まぁ、なんとか上手いことやってくるよ」
「ペコハラにばかりいい格好をさせるつもりはないからな」
レースと違い、模擬戦闘バトルロイヤルは展開次第で優勝候補があっさり沈むこともある。前評判や予想なんてアテにならない競技なので、上手く立ち回ること優先でやれるだけのことはするとコマチが告げた。栄光をひとり占めはさせないとエイガスが勇ましいことを言う。機体が格納庫から完全に出たところで反発式浮遊デバイスの出力を上げピギー04を上昇させていくコマチ。バンザーイ、バンザーイと両腕を振り上げるデイジーたちに見送られながら指定された集合地点へピギー04を向かわせる。
都市が築かれている岩盤地帯を抜け砂漠を進めば、戦闘エリアに指定された場所のすぐ近くに電磁投射砲を外して指令室を乗せた大型機、管制機が鎮座していた。競技に出場する機体たちだろう。すでに10機以上が管制機を囲むように駐機している。指定された座標に間違いないことを確認しコマチがピギー04を着底させれば、すぐに管制機から通信が入ってきた。
『管制機の戦術データリンクシステムに接続してください。競技中、リンクが途絶えた場合は問答無用で撃破判定が下されます』
実弾を撃ち合うわけではないので、命中や損傷の程度などは管制機に搭載されている戦闘シミュレーション装置によって判定される。指示に従ってコマチがデータリンクを設定していたところ、回線切断しやがったら弁明の機会など与えず撃破確定だとオペレーターが伝えてきた。過去にやった人がいたのだろうかとコマチの脳裏をしょうもない疑問がよぎる。
「むっ、かなり予想と違うな……」
データリンクが確立すると、管制機から最新の地形データが送られてくる。さっそくモニターに表示させたエイガスが、こいつは……と息を呑んだ。
「見通しのいい盆地が大きく東側に寄ってますね」
予想では戦闘エリアのど真ん中にあると思われていた起伏のない場所が、当日になってがっつりと東へ移動していた。開始地点が東の端だというニクザンマイン帝国は、もうクレーターの底みたいな周囲より低く平坦で機体を隠せる障害物のないところからのスタートである。よっぽど運に恵まれないのか、日ごろの行いが悪いに違いないとコマチがため息を吐き出した。
「こ~いうことがあるから、展開予想なんか考えたって無駄なんですよ」
フワティーから考えることを面倒臭がる感覚派と評されたコマチが、誰に向けるでもなく「それ見たことか」と口にする。事前の予想なんて風向きひとつ変わっただけであっけなく崩れ去るもの。寝る時間も惜しんで考えた作戦がパァになってしまったと、エレガンティウスは今ごろ涙を流しているだろう。自然のすることは予想がつかないのだから、何が起きてもドンとこいな心構えで臨むしかないのだと頬を膨らませる。
「開始と同時に南下して戦闘エリアの中央に進出します。まずは東側スタートなクジ運のない人たちから始末しましょう」
「スノウライト。お前、容赦ないな……」
帝国を始めとするクジで地獄引きした連中は、とにかく機体を隠せるだけの起伏がある場所へ向かおうとするはず。そして、北東、南東部に配置された国々は当然それを阻止しようと動く。この場合、平地のど真ん中を突っ切って近くにスタート地点のない戦場エリアの中央を目指すのが最も狙われにくいと賢い者なら気づくだろう。頭の回る相手を残しておくと後々厄介になるから、有利なポジションを確保できる序盤のうちに撃破しておこうと作戦を提案するコマチ。エレガンティウスとエトロワを狙い撃ちする気マンマンな作戦に、野人には人の心がないのかとエイガスがこめかみを引きつらせた。
「ど~せ最後には敵対することになるんです。早いか遅いかの違いでしかありません」
バトルロイヤルなのだから、エリア内にいるのは全部敵。効率よく減らしていくことのどこに問題があるのだとコマチが唇を尖らせる。メンデヤンス王国のラーメナリー王女だっているのだから、強敵を残しておくのは得策でない。始末できる時に始末しておかなければ後悔するハメになるぞと、古い時代を題材にしたドラマの悪代官みたいにエイガスを脅す。
「理屈の上ではそのとおりなんだが、自分が悪に染まっていく気がしてならない」
「ロジカルじゃないですね」
「……スノウライトにだけは言われたくない」
コマチの言い分は確かに正論かもしれないけど、悪事に手を染めているような後ろめたさを感じるとエイガスがため息を吐き出す。非論理的で合理性の欠片もないとコマチに告げられ、感覚派の野人がそれを言うのかと表情をしかめさせた。
どっちが野人だとコマチとエイガスが言い争っているところへ、出場する機体が揃ったと管制機から通信が入る。競技中、それぞれの機体に割り振られたコールサインがデータとして送信されてきた。数字の組み合わせでしかないので、どこの機体かひと目でわかるようコマチがアイコンイラストを割り当てていく。メンデヤンス王国は湯気を立てるどんぶりに入った麺、ニクザンマイン帝国は骨付き肉、パンダネン共和国は楕円形をしたパン、ヴェジタリオ教国はカボチャで、バーガニア人民国がバンズとの間にパティとチーズを2枚ずつ挟んだハンバーガーといった具合だ。レーダーにはこのアイコンで表示するよう設定する。
『まもなく競技開始時刻です。各機、割り当てられた開始地点で待機してください』
管制機から開始地点で待機するよう指示が入り、集まっていた機体が戦闘エリアの外周へと散っていった。コマチも北側の端へとピギー04を移動させる。受信した地形データの中に開始地点の座標が含まれており、そこは赤い円で表示されていたものの、指定された範囲に機体を収めると緑色に変わった。この状態で競技開始の合図を待てということらしい。
『参加各機が開始地点に着いたことを確認しました。カウントダウン開始します』
全機が正しく配置されたところで管制機から連絡が入り、ピギー04のメインモニターに競技開始までのカウントダウンが表示される。一機でも指定された座標から外れた場合は停止する仕組みだけど、いたずらする不埒者はいない模様。カウントダウンは淀みなく進んでいき、予定どおりバトルロイヤルが開始された。
「いきますよっ」
「おおうっ」
カウントダウンの表示が消えると同時に左手の操縦桿を目いっぱい前方へ傾けるコマチ。スタートダッシュを決めたピギー04が障害物となる砂丘を流れるような動きでかわし、ロケットエンジンまで使って戦闘エリアの中心に向かって全速で駆けていく。全体の動きをサブモニターに表示させれば、おおよそコマチが予想したとおりの展開となっていた。思ったとおり、ラーメナリー王女はヴェジタリオ教国を最初の獲物に決めたご様子。速攻で絡みに向かっている。
「なんか、共和国がめっちゃ囲まれてるな」
「みんな、士官教育を受けている候補生だもの。小型機レースのやり口を見せられれば、誰だって合流される前に各個撃破しておこうって考えるよ」
レーダーを確認したエイガスが、西側にいた国々がこぞって共和国を包囲しているぞと口にする。ラーメナリーやエレガンティウスがコッペーノを深く追求しなかったのは、疑惑が持ち上がってしまえばこうなると予想していたから。各々で対処せよと告げられれば考えることは皆同じだとコマチが応じれば、これも身から出た錆ってヤツかとエイガスは呆れたようにため息を吐き出した。
「それよりも、やっぱり帝国がきましたよ」
いつまでも周りを気にしている余裕はないぞとコマチが注意を促す。手近な障害物のあるところへ向かおうとした東側スタートの機体が無防備なところをバンバン狙われる中、エレガンティウスはロケットエンジン全開で平地のど真ん中を突っ切り戦闘エリアの中心へ向かってきた。動きを予想していたコマチが最速で先回りしなければ、ノーマークなまま隠れ場所の多いエリアに逃げ込まれていただろう。
「無反動砲は1発までだから、確実に仕留めてね」
「おう、任せてくれ」




