19 あなたがライバル
「ばっ、ぶぁ~」
「はぁぁぁぁ……赤ちゃん、かわいいなぁ。お姉ちゃん、がんばるからね~」
すっかりやる気を失って記憶のないまま開会セレモニーでのくじ引きを終えたコマチは、翌日になってアストナー整備場を訪れ赤ちゃんに気合いを注いでもらっていた。抱っこしてヨチヨチとあやしながら、幼児に理解できるはずもないのに絶対に優勝してみせると約束する。
「そういえば、くじ引きの結果はどうなったんです?」
「本当に憶えていないのね~」
赤ちゃんを脇から支えて両手をパタパタさせながらフワティーに尋ねるコマチ。本当に憶えていないのかと尋ね返されて、箱の中からカプセルをひとつ取り出したことはおぼろげに記憶していると答える。憶えているのは漠然としたイメージだけで、発言や文字に類することはさっぱりだと開き直られ、フワティーはすっかり呆れ顔だ。
「私は予選第1レースで、コマチちゃんは戦闘エリアの一番北側が開始地点よ~」
競技にエントリーしたのは小型機レースが16国に模擬戦闘が14国。小型機レースは8機による予選レースが2回行われ、上位3位までに入着した6機で決勝レースを競うことになる。模擬戦闘は戦闘エリアの外周に沿って14機を等間隔に配置した状態で戦闘開始となり、スイーラ連合法国の開始位置は時計の文字盤に例えるなら12時の位置だとフワティーが説明する。なお、メンデヤンス王国は反対側の南端で、パンダネン共和国が西側の端っこ。ニクザンマイン帝国は一番東の端だという。
「厄介なところがきれいに分かれましたね。きっと、どこの国も頭を悩ませていますよ」
差し出された配置表に目を通したコマチが、序盤から強豪同士が潰し合う展開には期待できそうにない。どこの国もそう考えているだろうなと予想を口にする。メンデヤンス王国のすぐ隣にヴェジタリオ教国が配置され、バーガニア人民国は連合法国と帝国の中間あたり。ラーメナリー王女が最初に狙うのはあのパンプキーナという女性だろうから、民主連合は合流する前に終わるだろう。こちらはどう動くべきかと思案し――
「結局、その時の状況を見て判断するしかありませんけどねっ」
――そんなもの本番になってみなければわからないとあっさり考えることを放棄した。外れた予想に固執したら判断を誤るともっともらしい言い訳を口にしながら、高~い、高~いと赤ちゃんをリフトアップする。
「コマチちゃ~ん。さては、考えるのが面倒になったわね~」
「そそっ、そんなことありませんよっ。今は赤ちゃんの方が大事ってだけです。赤ちゃんもそう言ってますっ」
そういうところが感覚派と呼ばれるゆえんなのだとフワティーに睨みつけられ、物事には優先順位がある。赤ちゃんより大切なものはない。このとおり赤ちゃんだって同意していると赤ちゃんを盾にするコマチ。だ~う~と手足をパタパタさせる赤ちゃんを差し出されて、まったく困ったヤツだとフワティーが頬を綻ばせた。
「プーちゃんたち、ちゃんとやってるかなぁ」
「モローニ博士がついているから心配はいらないわ~。デイジーちゃんがなにかやらかしてもフォローする自信があるから、あのふたりをアシスタントにしたのよ~」
ビジネスデイ2日目の今日はイベントホールでモローニ博士の特別講演が予定されていた。今ごろはデイジーとアンリエッタがオムツバニーガールを披露しているはず。ちゃんと言われたとおりにお仕事をこなしているだろうかとコマチが口にすれば、モローニ博士はもう何度も大舞台での講演をこなしてきたベテランだから心配は無用だとフワティーが請け負った。講演でやらかしたなんて話は一度も耳にしたことがない。オムツマニアのような振舞いにごまかされがちだけど、用意周到で抜け目のない性格をしているのだと笑う。
「モローニ博士の公演は主要イベントだから~、中継がされてるんじゃないかしら~」
フワティーが自分の情報端末を取り出して、現地の様子が確認できるんじゃないかと報道機関の中継映像を呼び出す。情報端末のディスプレイに表示されたのは――
「なにこれっ? なにがあったのっ?」
――イベントホールから我先にと逃げ出していく人々の姿だった。爆破テロでもあったのかと目を丸くするコマチとフワティー。だけど、モローニ博士とアシスタントのオムツバニーガールは慌てふためくことなくステージ上に佇んで、どこか満足げな表情でホールから駆け出していく人の波を見守っている。
『おそらくは本国へ講演で発表された内容を報せ、開発状況を確認するためでしょう。公演の終了が告げられた途端、企業関係者はもちろん、一部の軍関係者までホールの出口へと殺到しました。一刻の猶予もならないといった慌てようです』
映像に重ねられてニュースキャスターの音声が流れる。どうやら爆破テロではなく、無視できない内容の発表がされた模様。パブリックな回線は混雑するうえ傍受されるおそれがあると、秘匿性の高い回線が使える場所へダッシュで向かっているらしい。
いったい何を発表したのだとそのまま中継を眺めていると、昨年発表した共鳴式反発力発生装置を使ってモローニ博士が新素材を作り出したということが伝えられた。これがまた活用の幅が広いシロモノで、共鳴式反発力発生装置に関する研究の進捗次第で先行者利益を確保できるか後塵を拝するかの瀬戸際だという。今後、各国の経済力バランスに大きな影響を及ぼすことが予想されるとキャスターのおっさんが締めくくった。
「すごいわね~。運営委員会の高笑いが聞こえてきそうだわ~」
採掘フェスを主催している運営委員会にとって最も重要なことは、国や企業の上層部から無視できないイベントであると認識されること。こういうトンデモ発表こそ待ち望んでいたものだったろう。毎年のように依頼されるのも納得だとフワティーがウムウムと頷く。
「モローニ博士ってオムツ以外にも研究してたんですね」
「この子のオムツに使われているハイパー吸収体もモローニ博士が開発したものよ」
「……本当にオムツの研究もしてたんですね」
オムツ博士としか思えないのに、実はトップランナーに位置する研究者だったのかとコマチが感心すれば、赤ちゃんを抱き上げたフワティーが水分を吸収する素材の開発もしていると教えてくれる。おそらくは自分たちが普段使用している生理用品にも応用されているだろうと告げられて、あの教授の専攻分野は何なのだとコマチは気が遠くなるのを感じた。あまりにも節操がなさ過ぎると視界がフラフラ揺れるのをどうにか抑え、赤ちゃんとニンジンのぬいぐるみで遊ぶ。
「ぶい~」
そのうち遊び疲れたのか赤ちゃんがウトウトし始める。考えることが嫌になったコマチは、もう赤ちゃんがかわいいならそれでよいと一緒にお昼寝することに決めた。
モローニ博士の特別講演が行われたその晩、コマチたちはクイーンズパレスの広間で催されているパーティーへ参加することになった。今、最もホットな話題の中心人物である博士が、ぜひ顔を出していただきたいと運営委員会に懇願されたからだ。貸衣装を担当しているホテルのスタッフに助言してもらい、コマチは黒のカクテルドレス。フワティーは薄い黄色のイブニングドレスで身なりを整えた。モローニ博士は燕尾服で、デイジーとアンリエッタはもちろんオムツバニーである。
広間に姿を見せた途端、モローニ博士とアシスタントのふたりは待ち構えていた人々に取り囲まれてしまう。目に入らないとばかりに取り残され呆然としているコマチとフワティーへ声をかけてきたのは、エメラルドグリーンのイブニングドレスに身を包んだラーメナリー王女だった。
「死んだスベスベマンジュウガニみたいな顔をなさっておいででしたから心配しておりましたけど、正気を取り戻されたようですわね」
開会セレモニーではひっくり返って生きてるんだか死んでるんだかわからないカニのような有様だったと微笑むラーメナリー王女。エスコート役を務めるタキシード姿の青年を、小型機レースに出場する士官候補生オロネーズ・リンギネルだと紹介する。
「スノウライト候補生をレースに出場させておけば優勝は確実でしたものを、模擬戦闘にエントリーするなんて連合法国は欲張りさんでございますわね」
小型機レースに出場するフワティーとオロネーズを前にして、コマチがエントリーしていれば優勝は間違いなかっただろうとラーメナリーが告げる。だけど、あえてトップではなく二番手を出場させてきた。意図するところは明白だと楽しそうに喉を鳴らす。
「でしたら~、王国は星ひとつで満足されるのかしら~?」
「まさか。もちろん、両方勝利するつもりでございますわよ」
結果が不確実な模擬戦闘にエースを投入するのは、ダブル優勝を狙っている証拠。欲張りなことだと言われたフワティーが片方の優勝で満足できるのかと問い返せば、そんなわけあるはずないとラーメナリーは長身な割に残念な胸元を反り返らせた。
「つまり~、宣戦布告のご挨拶にいらっしゃったわけですわね~」
「ええ、今年はどちらもメンデヤンス王国が勝たせていただきますわ」
ダブル優勝を狙っているのは王国も同じこと。勝利の栄光は渡さないとラーメナリーが自信マンマンに言い放つ。もっとも、すぐに表情を曇らせて忌々し気な視線を人だかりへと向ける。
「まぁ、すでに大きな星をひとつ持っていかれてしまいましたけど……」
「あの博士は国家という枠には収まらない方ですからお気になさらず~」
あんな新素材を製造理論ごと予告なく発表するなんてあんまりではないか。人々の感心はすっかりモローニ博士に持っていかれてしまった。これではダブル優勝しても話題にならないとラーメナリーがため息を漏らす。あの博士はやりたいようにやらせてくれるから軍大学に籍を置いていると公言してはばからない自由人。もう世界のモローニだから気にするなとフワティーが苦笑いを浮かべた。
「そんなにすごい新素材だったんですか?」
「素材を新しいものに置き換えるだけでプネマドライブや反発式浮遊デバイスなら効率が、バッテリーなら容量が上昇するそうです。適当に試作した素材で4パーセント程度の効果が確認されたという話ですから、目的にあわせた最適化が進めば10パーセントを越えることもあり得ると……」
詳しい話は聞いていないコマチがそれほどなのかと尋ねれば、素材を換えるだけで能力が向上する。眉唾物の噂話でなく研究室で検証された結果となれば、これに飛びつかないビジネスマンはいないとラーメナリーが肩を落とした。母材を熱して成形する段階で変形が生じない程度の微弱な反発力を浴びせると、プネウナイト化合物の分子は移動せずに向きだけを変える。この現象を利用することで、本来は不規則に散らばっているはずのプネウナイト原子を規則的に整列させることに成功した。このプネウナイトと金属原子が層をなしたような素材を用いると、様々な装置の性能や効率が上昇するという。
「昨年に発表した共鳴式反発力発生装置。どこに使い道があるのかと不思議に感じておりましたけど、今日のための布石でございましたのね」
一年前に発表済みの共鳴式反発力発生装置を用いれば、反発力の発生源を母材内部に置き樹木の年輪みたいな層を形成することも可能。使い道がないと研究を怠っていた国は、この新素材の開発で確実に後れを取るだろう。こんなに手の込んだいたずらを数年がかりで仕込んだ挙句、よりにもよって自分が競技へ出場する年にぶつけてきやがってとラーメナリー王女がギリギリ歯を鳴らす。
「モローニ博士もわざとぶつけてきたんじゃないと思いますよ」
「もちろん承知してございます。ですが、腹立たしくないと申したら嘘になるではありませんかっ」
今年、王女様が競技に出場してくるなんてモローニ博士だって予想していなかったはずだとコマチがなだめたところ、わかっているけど腹立たしいものは腹立たしいのだとラーメナリーはふて腐れたようにプイと目を逸らした。逆恨みとわかっていても腹は立つ。嘘は吐きたくないと頬を膨らませる王女様の姿に、なんか可愛らしい生き物がいるぞとコマチが生温かい笑みを浮かべる。
「メンデヤンス候補生は開会セレモニーでの君を見てからずっと気を揉んでいたんだ。本気で打倒したいと思える相手が現れたのに、魂が抜けてしまったようだとね」
「リンギネル候補生っ。機密の漏洩は重罪でございますわよっ」
プンスカと憤るラーメナリーを眺めていたコマチに、実は心配で堪らなかったのだとオロネーズが小声で耳打ちする。帝国も共和国も口ほどにもなかった。まだまだ未熟な候補生に勝利したところで実力を示したことにはならないと落胆していたところへ、唐突に現れたライバルと呼ぶにふさわしい相手。それがコマチであったらしい。秘密をバラされたラーメナリーが銃殺にされたいのかと叫ぶ。
「それなら安心してください。約束しましたから、あたしが勝ちます」
「……それでこそ。お手合わせいただけるのを楽しみにしておりますわ」
心配をかけてしまったなら申し訳ないとコマチが自らの勝利を宣言する。ラーメナリーは呆気にとられたように一瞬だけ言葉を失ったものの、すぐに笑みを浮かべると楽しみにしていると言い残しオロネーズと共に去っていった。
「コマチちゃんもけっこう煽るわね~」
「え、あたし煽ったりしてませんよ」




