第七話 封蝋と、羊皮紙の罠
バザー準備は、着々と進んだ。
新会計規則は生徒会で可決。寄付金の受け渡しはすべて三名立会いとなり、受領証は複写式に改めた。
ノエルの「友達作戦」は予想以上の成果を上げ、司書の勤務時間、休日の外出先、よく使う喫茶店、手紙を出す曜日まで割れた。
リュカの観察も裏を取った――午後二時過ぎの手の震え、窓際を避ける着席、瞳孔の開き方。三つ揃った。あの男は、本職だ。
そして私は、本丸の細工を待ち構えていた。
外伝の隠しルートで、司書が使う手はこうだ。
バザーの寄付台帳を、水増しした金額を記した偽造版とすり替える。実際の金庫の中身と台帳が食い違えば、「差額を誰かが抜いた」ことになる。
管理責任は生徒会に、疑いの目は会計顧問に、そして矛先は最終的に王家に向く。
血は一滴も流れないのに、学園の信頼だけが死ぬ。地味で、確実で、心底嫌らしい手口。
ちなみに動く金は寄付金総額・金貨百二十枚――前世感覚で一億円超だ。
桁が大きいほど、疑いも大きく燃える。
「だから――すり替えられない台帳を、作りますわ」
対策本部で、私は完成品を披露した。革表紙の、重厚な台帳。
「まず、各ページの綴じ目にアシュフォード公爵家の封蝋。ページごとに通し番号。記帳のたびに、立会三名の署名。ここまでは、腕のいい偽造師なら破れます。ですから――ノエル、お願い」
「はいはい。ここからが僕の自由研究。各ページの羊皮紙にね、漉きの段階で僕の魔力を編み込んだ。普段は見えない。でも魔力灯にかざすと、ほら」
ノエルがページを灯りにかざす。紙の中に、淡い青の紋章が浮かび上がった。学園の校章と、六枚の栞の意匠。
「魔力の波長は指紋と同じで、人ごとに違う。つまりこの透かしは、世界で僕にしか作れない。偽造するには、封蝋と、署名と、通し番号と、この透かしを全部再現する必要がある。──事実上、不可能」
「おお……」と男性陣がどよめく中、ソレイユが難しい顔で手を挙げた。
「完璧です。完璧なんですけど、ヴィオレッタ様。それだと敵は、すり替えを『諦める』だけじゃないですか? 犯行が未遂で終わったら、尻尾が掴めない。あの男、何食わぬ顔で司書を続けますよ」
「良い質問ね。満点よ、ソレイユ」
私はにっこり笑って、もう一冊の台帳を机に置いた。そっくり同じ革表紙。ただし、透かしはない。
「これは『餌』ですわ。本物そっくりの偽装用台帳を、わざと会計室の机に置いておきますの。保管庫の鍵も、わざと型の取りやすい旧式に替えて。すり替えやすそうな台帳を、すり替えやすそうな環境に。……そしてこの餌には」
「触れた者の魔力残滓を記録する術式、仕込み済み」ノエルが親指を立てる。
「ページを三枚めくった時点で、触った人間の魔力紋が刻まれる。消せない。言い逃れもできない」
「加えて、餌の台帳の数字にも仕掛けを」私は続けた。「わざと、金貨十枚分――前世の感覚で一千万円ね――の『抜きやすそうな不整合』を、二箇所だけ残しておきますの。腕のいい工作員なら、必ずそこを『修正』したくなる。触れた指の場所まで、こちらが指定してあげるわけですわ」
「うわ、性格悪ぅ……」ソレイユが感嘆とも呆れともつかない声を出す。
「敵の手の動きまで振り付けてる」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
教室が、しんとした。やがてノエルが、しみじみと言った。
「……ヴィオレッタ嬢ってさ、敵じゃなくて本当によかったよ。僕、君を敵に回す悪夢を時々見るもん」
「あら、失礼ね。わたくし、設定上は敵役でしてよ」
全員が笑った。設定上は、ね。心の中でだけ、付け加えた。
――そう、この世界の設定では、私が悪役。攻略対象を折って回るのが、本来の私の「役」。
その設定が、どこから来たものなのか。誰が、こんな悪意の手順書を書いたのか。
……そのときの私は、まだ考えもしていなかった。




