第五話 共犯者同盟
「――以上が、本編三章で判明する間者の正体。学園の司書に扮した、隣国の工作員です」
放課後の空き教室。窓から差す夕陽の中、黒板の前でソレイユが説明し、私はノートにペンを走らせる。世にも珍しい光景だと思う。
乙女ゲームのヒロインが講師役で、悪役令嬢が生徒役の、作戦会議。
「間者の目的は、攻略対象たちの弱みを掴んで操ること。本編では、病んだ彼らが心の隙間に付け込まれて、次々に取り込まれていくの。王太子ルートだと、オーレリアン様は父王への劣等感を利用されて、偽の書簡で陛下と決裂させられる」
「けれど今、この世界の彼らに、付け込む弱みはない。三年かけて塞いだもの。……いえ、待って」
私はペンを止めた。頭の奥で、外伝の記憶が警鐘を鳴らしている。
『プレリュード・ノワール』の隠しシナリオ。悪役令嬢が攻略対象の破滅に失敗し続けた場合にだけ開放される、最終手段のルート。
「ソレイユ。外伝の隠しルートに、司書は出てくるわ。攻略対象の心が折れないと判断した場合、あの男が最後に狙う急所は――個人じゃない。生徒たちの『善意』そのものよ」
「善意……?」
「秋の慈善バザー。孤児院への寄付金に細工をして、学園ぐるみの横領事件をでっち上げる。金額の合わない台帳、疑われる生徒会、傷つく王家の権威。誰も彼もが互いを疑い出す。……疑心暗鬼こそ、あの男のいちばん得意な武器なの。人は、折れなくても、擦り減らせるから」
「本編にない情報……! 五周した私も知らない。それ、時期は?」
「秋のバザー。つまり、二月後。……ちなみに規模も言っておくと、あのバザーの寄付金総額は例年、金貨百二十枚。前世の感覚でざっと一億円超よ。王家と大貴族が体面で積むから、桁がおかしいの。それだけの金額の台帳が狂えば、疑いは学園を焼くわ」
ソレイユの顔から血の気が引いた。そのとき、教室の扉が、遠慮のかけらもなく開いた。
オーレリアン殿下。
十七歳になった彼は背も肩幅も剣で仕上がって、明るい金髪に空色の瞳の「歩く公式スチル」ぶりに拍車がかかっている。
その後ろに、黒髪を短く刈った精悍な長身――騎士団長子息のジークハルト。
彼の肩越しに、白銀がかった淡い髪の小柄な少年が、猫のような大きな目でこちらを覗いている――天才魔導士のノエル。
そして最後に、車椅子を自分の腕で漕いで、リュカ殿下。攻略対象、まさかの勢揃いである。
「ヴィオレッタ。最近ソレイユ嬢と二人でこそこそと、何を企んでいる」
殿下の目は、婚約者としての嫉妬――というより、仲間はずれにされた子供の拗ね顔だった。
ジークハルトが「殿下が『絶対何かある』と聞かなくて」と苦笑し(強面が、妹の話以外でも緩むようになったのは、ここ二年の進歩だ)、ノエルが「僕は単に面白そうだから」と猫の目を細め、リュカが「僕は姉上たちの共犯です」としれっと言う。姉上って誰のことかしら。
ソレイユが私に目配せする。――どうします?
転生もゲームも外伝も、話せることじゃない。でも。
私は息を吸った。三年前、この計画を始めたときは一人だった。今は、違う。
「……学園に、危機が迫っておりますの。狙われているのは、皆さまの心と、生徒たちの善意。証拠はこれから掴みます。手口は卑劣で、敵は本職。正直、学生の手には余りますわ。――それでも、皆さまの力を、お借りしたい」
一瞬の沈黙。破ったのは、殿下だった。彼は当たり前のように私の隣の席を引き、座った。
「最初からそう言え。……ヴィオレッタ。君が三年間、私たちに何をしてくれていたか、実は全員、薄々気づいている。剣術大会の日も、妹の件も、離宮のお茶会も。誰も口にしなかっただけだ。今度は、私たちの番だ」
「僕の魔導書、対人探査の章に付箋貼ってきた」とノエル。
「警備計画なら任せてくれ」とジークハルト。
「毒物と薬物の鑑定は僕の領分だね」とリュカ。
「じゃ、決まりですね!」とソレイユが黒板に大きく書いた。
『打倒・ページめくり(仮称)』
「その仮称、何かしら」
「敵の名前、まだ分かんないですし! ゲームのシナリオを勝手にめくっていく奴だから、ページめくり! 語感、かわいくないですか?」
「かわいさで敵の名前を決めないでちょうだい。……まあ、よくってよ。採用ですわ」
断罪イベントまで、あと一年。断罪する者も、される者も、この教室にはいない。
いるのは、共犯者が六人だけ。




