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悪役令嬢に転生しましたが、覚えているのは攻略対象の「心の折り方」だけです  作者: 青雨あき


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第十七話 金の流れは、教会へ

 アルノー氏の分析は、着実に核心へ近づいていた。


 元・工作員の彼は、月に一度の面会のたびに、獄中で組み上げた図表を広げる。数字と線だけで世界を捉えるその目は、こちら側に立つと、どんな諜報網より頼もしい。


 「悪意を設計していた頭は、善意の設計にも、そのまま使えます」とは、本人の弁だ。皮肉屋だが、嘘はつかない男である。


 残党商会――正式にはモルダート系残党の資金網――の金は、隣国アルヴェイドを経由し、その先、聖アステリア教団の関連口座に吸い込まれている。教団は大陸全土に広がる古い宗教組織で、王侯すら容易に手を出せない聖域だ。


「金額の規模を、桁で見てくださいまし」


 定例の面会で、私はアルノー氏の図表に、換算を書き添えた。


「この二年で教団関連口座に流れた総額、金貨およそ四千枚。……前世の感覚で、四十億円ですわ。学園のバザーの寄付金が金貨百二十枚、一億円。あれが可愛く見える規模のお金が、戦争の準備に、静かに積まれている」


「戦争、ですか」ソレイユが唸る。


「本編の真ルートだと、卒業の二年後、この国と隣国が開戦するんです。きっかけは国境の小競り合いってことになってるけど……その裏で、誰かが両国を焚きつけてる。今の金の流れ、まさにそれです」


「そして」アルノー氏が、温度のない声で継いだ。「戦争は、目的ではなく、手段でしょう。これだけの金を動かす者が、欲しいのは領土でも賠償金でもない。……大量の、絶望です。戦争は、最も効率よく人を絶望させる装置ですから」


 六つの灯。天の裂け目。絶望を、燃料にする何か。祭文の一節が、金の流れと、繋がっていく。


「もう一つ、気になることがあります」アルノー氏が、図表の隅を指した。


「この二年、教団の金は、両国の『国境の村』を、順に買い占めています。畑ではなく、村そのものを。住民ごと。……戦争を起こすなら、まず火種となる小競り合いの舞台が要る。国境の村は、その舞台装置です。買われた村の名を、地図に落とすと――ちょうど、両国が最もぶつかりやすい、細い回廊状に並ぶ」


「舞台を、あらかじめ設え終えている、と」私は唸った。


「本編の真ルートで開戦が『二年後』なのも、偶然じゃありませんわね。準備が、二年後に、完成するように組まれている。……星降りの夜と、同じ刻限に」


「差出人を、特定できませんの? 教団の、誰が動かしているか」


「それが……口座の名義は、すべて『管財人』止まりです。ただ一箇所だけ、二年前の初期の送金に、決裁者の署名の写しが残っていました。教団の、位の高い者の直筆と思われます。……ヴィオレッタ嬢、これです」


 差し出された写しの、署名。流麗な、しかしどこか硬質な筆跡で、こう記されていた。

『L・A』


「エル・エー……」


 なぜだろう。その二文字を見た瞬間、私の指先が、意味もなく冷たくなった。知っている、気がした。どこかで、この署名を、見たことが――。


 思い出せない。また、ページが、白い。使った知識じゃないのに、これは。


 ……いえ。違う。これは、まだ「使っていない」知識のはず。外伝の、どこか。設定資料集の、いちばん最後の、あまり読み返さなかったページの、隅に。確か。確か――。


「ヴィオレッタ様? 顔色が」


「……いえ。なんでもなくてよ」


 嘘だった。でも、思い出せない以上、言葉にしようがない。私は署名の写しを一枚、手帳に挟んだ。


『L・A、要調査。既視感の理由、不明』――印だけを、残して。

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