第十六話 限定版の、箱
六人会議の、その夜。
二人きりになったとき、私はソレイユに、昼間の違和感を尋ねた。ノエルの「魂の波長」研究に、なぜあんな顔をしたのか、と。
ソレイユは、しばらく葡萄果汁のグラスを見つめて、それから、珍しく静かな声で言った。
「……本編の真ルート。ノエル様の研究、あそこまで行くと、たどり着くんです。『人の魂が、時々、世界の外から流れてくる』っていう仮説に。……つまり、転生の、仕組みに。私たちの、秘密の、いちばん近くに」
「……」
「知られたく、ないんです。私たちが『どこから来たか』を、この世界の人に知られるのが、なんか……怖くて。うまく言えないんですけど」
私は、頷いた。私たちは、この世界を心から大切に思い始めている。
だからこそ、自分たちが「外から来た異物」だと定義されるのが、怖い。分かる気がした。
「……ねえ、ヴィオレッタ様」
ソレイユが、ふと顔を上げた。飴色の瞳が、揺れていた。
「私たち、なんで、この世界に来たんでしょうね。同じゲームを遊んだ、ってだけで。……偶然、ですかね」
「さあ。……偶然にしては、よくできた偶然ですこと」
答えながら、私は胸の奥の小さな棘を思い出していた。前世で、なぜかゲームを二つ買ってきた、あの友人の顔を。
もう、顔が思い出せない。記憶のページが、また一枚、白くなっている。
――それきり、その話は途切れた。けれど数日後、ソレイユのほうから、思わぬ形で続きが来た。
文書院の書庫整理を手伝っていた昼下がり。埃を払っていた彼女が、突然、手を止めて、床にぺたんと座り込んだのだ。
「ソレイユ?」
「……あれ。おかしいな。私、なんで、泣いてるんだろ」
彼女は、自分の頬を伝う涙を、心底不思議そうに指で拭っていた。
「今ね、変な記憶が、フラッシュした。……ゲームの限定版の、箱。本編と外伝がセットになった、大きい箱。私、それを、二つ、抱えてて。誰かに、片方を渡すの。『外伝は悪趣味そうだから、私は無理。あんた向きだと思う』って。……渡した相手の顔が、思い出せない。でも、すっごく仲が良かった。相棒、みたいな」
――心臓が、止まるかと思った。
私は、その台詞を、知っている。前世で、私に、外伝のディスクを押し付けてきた、あの友人の台詞。一言一句、同じ。
「……ソレイユ。その箱、いくらだった?」
「え? なんでそんなこと……一万二千八百円。限定版だから高くて、私、二つも買ってバイト代吹っ飛んで……なんで、値段だけ、こんなに鮮明に……」
一万二千八百円。二つ。悪趣味そうだから、あんた向き。
全部、合う。全部、私の記憶の、向こう側と、合ってしまう。
私は、震える手を、ぎゅっと握った。まだだ。まだ、確信じゃない。似た記憶の他人ということも、ある。
……でも。心のいちばん奥で、もう、答えは出ていた。それを口にする勇気が、まだ、なかっただけで。
「……ソレイユ。その記憶、大事に、しまっておいて。忘れそうになったら、書き留めて。……お願い」
「? はい。よく分かんないけど、了解です」
彼女は涙を拭いて、いつもの潑剌に戻った。私はその夜、手帳の新しいページに、震える字で書いた。
『ソレイユ=あの子、かもしれない。要・確認。ただし、慎重に』
……もし本当にそうなら。私は前世で、いちばん仲の良かった親友と、こんな形で、再会していることになる。




