第十五話 六人会議
「六つの灯」の祭文を前に、私は決断した。この情報を、栞の会の全員と共有する。
王都の外れ、アシュフォード公爵家の別邸。人払いをした一室に、六人が集まった。
オーレリアン、ジークハルト、ノエル、リュカ、ソレイユ、そして私。
かつて空き教室でバザーの作戦を練った顔ぶれが、今は皆、学園の制服を脱いでいる。オーレリアンは王太子の公務服、ジークハルトは近衛の隊服、ノエルは魔導院の白いローブ、リュカは医学院の見習い医の外套。三年で、それぞれの持ち場を得た大人の顔だ。
「まず、話せることと、話せないことを、正直に線引きさせてくださいまし」
私は、そう切り出した。嘘はつかない。けれど全部は言えない。その境界を、自分で引くと決めた。
「話せないこと。わたくしとソレイユが、なぜこれほど敵の手口を先読みできるのか。その理由は、墓まで持っていく秘密ですわ。……殿下との婚約の、二つ目の条件と同じ。詮索は、なさらないで」
「元より、そのつもりだ」オーレリアンが即答した。「三年前からそうしてきた。今さらだ」
「話せること。――この国には、百二十年周期の『星降りの夜』という祭事があり、その記録だけが、二百年以上、何者かに意図的に消され続けている。次の星降りは、およそ二年後。そして」
私は、祭文の写しを卓に広げた。
「その夜には『六つの灯を消して、天の裂け目を開く』儀式が行われる、と古い祭文にある。六つの灯――狙われているのは、この部屋にいる、わたくしたち六人かもしれませんの」
沈黙が落ちた。破ったのは、意外にも、いちばん無口なジークハルトだった。
「……つまり、こういうことか。学園の司書は、前哨戦にすぎなかった。本命の敵は、二年後の祭事に向けて、俺たち六人の心を折りに来る。バザーのときと同じ手口で、もっと長い時間をかけて」
「ええ。その通りですわ、ジークハルト様」
「ならば、話は単純だ」彼は静かに言った。
「妹は、俺が三年前に守れなかった。だがもう、屋敷の外を歩けるようになった。……守れなかったものを守り直せると、俺は知った。今度は、この六人だ。誰の灯も、消させない」
ノエルが、猫のような目を細めて続く。
「僕からは技術提案。バザーの魔力透かし、あれをもっと育てる。……実はここ二年、『魂の波長』の研究をしてるんだ。魔力紋が人ごとに違うように、魂にも固有の波長があるっていう仮説。もし敵が『何か』を操って灯を消しに来るなら、その『何か』の波長を捉えられるかもしれない」
「ノエル様、その研究……危なくなったら、すぐ止めてくださいね。深く踏み込みすぎないで」ソレイユが、なぜか一瞬、顔を強張らせて言った。
「? まあ、善処するよ」
私は、ソレイユの横顔を見た。彼女は今、何かを「知っている」顔をした。本編五周の知識の、どのページかが、警告を発した顔だ。あとで聞こう、と手帳の隅に印をつける。
「リュカ様には、医学の目をお願いします。……もし、この中の誰かが徐々に『変わって』いったら。記憶の欠落でも、性格の変化でも、原因不明の不調でも。いち早く気づいて、記録してほしいの」
「了解。……ヴィオレッタ嬢、その言い方だと、まるで誰かがもう変わり始めてるみたいだけど」
賢い子だ。私は、扇の陰で、微笑だけを返した。
――ええ、リュカ様。もう始まっているのよ。ここに一人。前世の記憶を、一ページずつ失いながら、それでもあなたたちを守ろうとしている、馬鹿な女が。
でも、それは言えない。言えば、この子たちは私を守ろうとして、私が知識を「使う」のを止めるだろう。それでは、本末転倒だ。
「最後に、殿下」
「ああ」
「あなたには、いちばん大きな仕事をお願いしますわ。――王家の内側から、『記録を消し続けている誰か』を探ること。二百年、代替わりのたびに典礼書のページを抜いてきた手。それは、王家のごく近くにいる。宮廷の奥、あなたにしか触れられない場所に」
オーレリアンの目が、鋭くなった。
「……身内を疑え、と」
「疑うのではなく、数えるのですわ。誰が、いつ、その記録に触れられたか。帳簿方の流儀です。……お辛い作業になるかもしれません。ですが」
「構わない」彼は遮った。
「君は三年間、私の壊れる場所に、先回りで支えを入れ続けた。今度は私が、君の背負っているものの、半分でも引き受ける番だ。……救助の条件を、覚えているだろう。あれは、君にも適用される」
胸の奥が、じん、と熱くなった。承認書の、二つ目の条件。秘密ごと沈みそうになったら、事情を聞かずに引き上げる。あの一行が、こんなに早く、私自身を支えることになるとは。
「――決まりですわね」
私は立ち上がり、六人を見渡した。かつて「打倒・ページめくり」と黒板に書いた、あの日の続きだ。
あのときは、敵の名前も知らなかった。今も、正体は知らない。でも、灯は六つ、ちゃんと揃っている。
「栞の会、再結成。……今度の『本』は、分厚くってよ。何せ、百二十年分ですもの」
六つの手が、卓の中央で重なった。その中央で、私はふと、奇妙な感覚に襲われた。この六人の手の温もりを、私はいつか、忘れてしまうのだろうか。前世の友人の顔を忘れたように。
使った知識が消えるなら――守るために積み重ねる、この記憶も、いつか。
……いいえ。手帳がある。忘れても、書いてある。私は自分にそう言い聞かせて、重なった手の温もりを、今だけは、しっかりと感じ取ろうとした。
【幕間】
――六つの灯が、ひとつの卓を囲んでいる。
僕は、その光景を、遠い星の光越しに見ている気がした。美しいと思った。そして、少しだけ、羨ましいと思った。
僕のときは、灯は、いつも一つきりだった。何度巡っても、僕を囲む手は、なかった。
……変えてくれるだろうか。彼女なら。この、何度も同じ結末に戻ってくる、退屈な物語を。
どうか。最後のページまで、その手を、離さないでくれ。




