第十三話 アルノーの警告
元・学園司書、現・保護証人アルノー氏の収監先は、王都郊外の教会附属の保護施設だった。
残党商会の摘発が進むにつれ、彼の証言の価値は上がり続けている。月に一度の面会は、いつしか栞の会の定例業務になっていた。
「――で、これが今月の照合結果です。商会の送金経路、ついに国境を越えました」
面会室で、アルノー氏は幾何学的なほど整った図表を広げた。
投降からの一年で、彼はすっかり「うちの分析官」の顔になっている。
四十年配の、痩せて神経質そうな男だが、獄中で規則正しい生活を強いられたおかげか、学園司書だった頃より血色がいい。工作員の几帳面さは、こちら側で使うと恐ろしく頼もしい。
「隣国アルヴェイド……ではなく、その先。教会圏です。金は最終的に、聖アステリア教団の関連口座に吸われている」
「教会……」ソレイユが唸る。「真ルートの示唆と一致します。『古い教会関係者』」
「それと、ヴィオレッタ嬢。今日は、警告があります」
アルノー氏は声を落とした。工作員だった頃の、温度のない目に戻って。
「バザー事件の記録を、獄中でずっと反芻していました。そして、ずっと引っかかっていることがある。……私に指令を出していた何者かは、あなたの対策を、先読みしすぎていた」
「と、言いますと?」
「台帳の封蝋対策が固いと判明した時点で、指令は即座に『管理者の信用毀損』へ切り替わった。怪文書の文面も、あなたの過去の行動記録を前提に組まれていた。まるで――あなたという人間の『仕様』を、あらかじめ知っている者が書いたように。私は工作の教本を一通り修めていますが、あの指令書の発想は、教本のどれとも違った。喩えるなら」
彼は、適切な言葉を探すように間を置いた。
「……『遊戯の攻略手順』に、似ていた」
背筋を、氷の指で撫でられた気がした。
攻略手順。ゲームのチャート。この世界でその発想を持ち得る人間を、私は自分とソレイユ以外に知らない。
まさか。まさか、もう一人――。
そのとき、面会室の扉が乱暴に叩かれた。施設の修道女が、青い顔で叫ぶ。
「アルノーさん、お食事はまだ!? 厨房で、毒見役の犬が――!」
全員が跳ね上がった。リュカが真っ先に駆け出す。厨房。倒れた犬。手つかずの昼食の盆。リュカは躊躇なく犬の口元の匂いを嗅ぎ、瞳孔を検め、盆のスープに銀の匙を沈めた。
「……青銀花の根。無味無臭、摂取から半刻で心臓が止まる。犬は助かる、量が浅い。――でも変だ。青銀花は毒物指定で、王国内じゃ入手経路が三つしかない。しかも一匁で金貨五枚――前世でいえば五百万円の闇取引だ。暗殺に使うには足がつきやすすぎるし、高すぎる。なんでわざわざ、こんな」
「……わざわざ、じゃないのよ」
私の声は、自分でも分かるほど掠れていた。膝が、細かく震えている。
「青銀花の毒殺。配膳経路への混入。毒見役を先に無力化する手順。――これ、外伝の、ヴィオレッタが使える暗殺コマンドのひとつ。三章で解放される『銀の晩餐』。手順が、細部まで、完全に一致していますの」
ソレイユが息を呑んだ。アルノー氏だけが、事態を知らないまま、静かに結論を言った。
「……つまり、敵はあなたの『教本』と同じ教本を、持っている」
もう一人の、プレイヤーがいる。
この世界の、どこかに。




