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異世界交番、本日も異常あり!〜手取り14万の最弱巡査ですが、最強の美少女たちを指揮して魔王も現行犯逮捕します〜  作者: 月神世一


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EP 9

理不尽には屈しない! 社畜の盾と二人のヒロイン

 巨大な鋼鉄の大顎が、隼斗と犬耳の子供を噛み砕こうと迫った、まさにその刹那。

「私の村人に……何をしてるの!!」

「我が背に隠れよ、隼斗殿ぉぉぉっ!!」

 夜の闇を引き裂くように、二つの規格外の『暴力』が乱入した。

 ゴォォォォォォンッ!!

 一つは、寺の鐘を至近距離で打ち鳴らしたかのような重低音。

 マッハの速度で駆けつけたキャルルが、空中で独楽こまのように回転し、安全靴の鉄芯に闘気を集中させた必殺の回し蹴り――『月影流・鐘打ち』を、死王蟻機ネクロ・ハイヴクイーンの側頭部に叩き込んだ音だった。

 ドゴォォォォォォッ!!

 もう一つは、凄まじい蹄の音と共に放たれた質量兵器。

 時速八十キロまで加速した三百五十馬力のケンタウロス、マンミアによる『チャージタックル』。全闘気を馬体の前面に集中させた体当たりが、死王蟻機の巨大な胴体に真っ向から激突する。

 ギギィィィィィィッ!?

 二つの理不尽な破壊力を同時に叩き込まれた死王蟻機は、電子音の悲鳴を上げながら、雪を削って十メートル近くも後方へ吹き飛ばされた。

「キャルルちゃん! マンミアさん!」

 雪の上に倒れ込み、子供を抱きかかえていた隼斗が声を上げる。

「遅くなってごめんなさい、お兄さん! 怪我はない!?」

「隼斗殿! よくぞあの子を……無謀だが、見事な勇気だ!」

 二人が隼斗の前に立ち塞がり、頼もしい背中を見せる。

 だが、安堵したのも束の間だった。

 ギガガガガッ……シュゴォォォォォッ……!!

 吹き飛ばされた死王蟻機が、何事もなかったかのように立ち上がったのだ。

 キャルルの蹴りも、マンミアの突撃も、黒光りする強固な鋼鉄の装甲には、わずかな傷ひとつ、凹みすら与えられていなかった。

「うそ……私の蹴りが、全然効いてない!?」

「くっ、なんという装甲の硬さだ! ドンガンの魔導戦車以上の分厚さ……純粋な物理攻撃を弾くようにできているのか!」

 死蟲機はかつての大戦で神々すら苦しめた殺戮兵器。その最上位個体である女王機が、これしきの攻撃で沈むはずがなかった。

 死王蟻機は、邪魔に入った二人を脅威と認識したのか、戦術を切り替えた。

 巨大な腹部が異様な脈動を始め、紫色の光が激しく明滅する。

「マズい! 何か来るぞ!」

 隼斗が叫んだ瞬間、死王蟻機は腹部の噴射口から、空高くに向けて緑色の液体を大量に射出した。

 それは上空で弾け、広範囲に降り注ぐ『強酸のシャワー』となって、広場全体を覆い尽くした。

「キャルル村長、避けろ!!」

「っ……!」

 超人的な身体能力を持つキャルルとマンミアは、即座に酸の雨の軌道を読み、安全圏へと跳躍した。

 だが、跳んだ直後、二人はハッと息を呑んだ。

 強酸の雨の中心。逃げ遅れた横転した馬車の陰には、まだ隼斗と、彼が抱きかかえている犬耳の子供がいるのだ。

 身体能力を持たない隼斗が、子供を抱えたままあの範囲攻撃を避けきれるはずがない。

「隼斗お兄さんッ!!」

「隼斗殿ぉぉぉッ!!」

 空中に逃れた二人のヒロインが、悲痛な叫びを上げる。

 ジュワァァァァァァァァァッ!!

 無慈悲な強酸の雨が、広場の石畳を、馬車の残骸を、ジュージューと音を立てて溶かしていく。

 毒々しい緑色の煙が立ち込め、視界が完全に奪われた。

「ああっ……嘘だ、お兄さん……っ!」

 着地したキャルルの瞳から、絶望の涙がこぼれ落ちそうになった、その時。

「――っ、ナメん、なっ……!!」

 もうもうと立ち込める有毒の煙の中から、腹の底から絞り出すような、男の怒声が響いた。

 風が吹き、煙が晴れる。

 そこには、片膝をつきながらも、巨大な『盾』を天に掲げ、子供を完全に酸の雨から守り抜いている隼斗の姿があった。

「あ、隼斗殿……!」

 マンミアが感極まった声を漏らす。

 隼斗が構えていたのは、交番を出る直前に武器庫から引っ張り出してきた、日本の警察機構が誇る『大型防弾シールド(ジュラルミン製大盾)』だった。

 だが、その状態は凄惨だった。

 本来なら凶弾をも弾き返す強靭な大盾だが、死王蟻機の強酸はそれすらも容赦なく侵食していた。盾の表面はドロドロに溶け出し、有毒なガスと凄まじい高熱を発生させている。

 盾を支える隼斗の腕は火傷で赤く爛れ、さらに隙間から飛び散った酸の飛沫が、彼が着込んでいる防刃服と制服をボロボロに溶かしていた。

「ぐぅぅぅぅぅっ……!! 熱い……痛ぇっ……!」

 激痛に歯を食いしばり、顔を歪める隼斗。

 盾の重さと熱に、今にも腕が折れそうになる。逃げ出したい。盾を放り投げて、一人で逃げれば助かるかもしれない。

 だが、彼の足元では、犬耳の子供が泣きながら隼斗のズボンの裾を握りしめていた。

 この子を見捨てれば、確実に死ぬ。

 さっきの悪徳商人のように、自分の命や利益のために、弱者を切り捨てるのか。

『いいか高杉。お前みたいな代わりの利く歯車は、文句言わずに会社のために身を粉にして働けばいいんだよ!』

 脳裏に蘇る、前世の記憶。

 理不尽に搾取され、使い捨てられた底辺の日々。誰にも守ってもらえず、孤独に過労死した自分。

「……ふざけんなよ」

 隼斗の瞳の奥で、『蟹工船』の反骨精神が猛烈な炎となって燃え上がった。

「誰が……誰が、お前らみたいな理不尽の思い通りになってやるかよ! 俺は、使い捨ての歯車じゃねえ! この子も、誰かの金儲けの犠牲になっていい命じゃねえんだよっ!!」

 ガァァァァァァッ!!

 隼斗は雄叫びを上げ、渾身の力で熱く焼けただれた大盾を押し上げた。

 彼の中に魔力はない。闘気もない。

 あるのはただ、理不尽に対する『絶対的な拒絶』と、警察官としての意地だけだった。

 やがて、酸の雨が止む。

 カラン……と、限界を迎えて半分以上が溶け落ちた大盾が、雪の上に崩れ落ちた。

 制服は焼け焦げ、腕は火傷だらけ。立っているのが不思議なほどの満身創痍。

 それでも隼斗は、足元で震える子供に向かって、無理やり口角を引き上げ、いつもの営業スマイルを作ってみせた。

「ほらな……大丈夫だろ? 交番のお巡りさんは、絶対に市民を守るんだよ」

「おにいちゃん……うわぁぁぁぁんっ!」

 子供が、無傷のまま隼斗の腰に泣きついて抱きついた。

 その光景を、息を呑んで見つめていた二人のヒロインの心に、決定的な何かが打ち込まれた。

「……ああ」

 マンミアの大きな瞳から、とめどなく涙が溢れ出していた。

 魔法も闘気も持たない、手取り14万の脆弱な青年。

 だが、己の身を挺して弱きを庇うその後ろ姿は、彼女がこれまで仕えてきたどの騎士よりも、どの英雄よりも、気高く、美しく、強かった。

(なんという高潔な魂……! この方こそ、私が生涯を懸けて守り、共に歩むべき真の主……私の、ただ一人の旦那様……!)

 マンミアの中で、二十五年間こじらせてきた乙女の理想が、隼斗という現実を前に完全なる『絶対の忠誠と愛情』へと昇華された。

 そして。

「…………隼斗、お兄さん」

 キャルルは、前髪の影に顔を伏せたまま、ボソリと呟いた。

 彼女の月兎族の耳には、隼斗の心音がはっきりと聞こえている。

 恐怖と激痛で、心臓が破裂しそうなほどに乱れ狂っている。それでも、決して諦めず、子供を守り抜こうとした、真っ直ぐで、純粋で、馬鹿みたいに美しい心音。

 それを、あの醜い鉄の虫が、傷つけたのだ。

 彼女の最愛の人の、綺麗な心音を。血を流させたのだ。

「――――許さない」

 キャルルが顔を上げた瞬間、彼女の瞳からは一切の光が消え去っていた。

 漆黒に塗り潰されたような瞳孔。周囲の雪が、彼女から立ち上る異常なまでの闘気の圧力で、ジュワッと一瞬で蒸発する。

 両手に握りしめたダブルトンファーが、ギシギシと悲鳴を上げていた。

「私の……私だけの隼斗お兄さんに、血を流させた……痛い思いをさせた……!」

 星の王子さまの皮を完全に脱ぎ捨てた、純度百パーセントの『殺意のヤンデレ兎』がそこにいた。

「キャルルちゃん……? マンミアさん……?」

 限界を迎えて片膝をついた隼斗が、振り返って驚く。

 二人のヒロインは、隼斗の前にゆっくりと歩み出た。

 右には、三十五メートルの巨体から黄金の闘気を爆発させ、パイルバンカー式大盾『アグニ』を構えたケンタウロスの騎士。

 左には、マッハの暴力を秘め、瞳を暗い情念でドロドロに染め上げた、笑顔の兎耳の美少女。

「お兄さんは、そこで休んでてね? ……あんなガラクタ、私が塵も残さず消してあげるから♡」

「我が主の血を一滴でも流させた罪、その機械の体で万死を以て償え……!」

 極限まで好感度をストップ高に振り切った二人の相棒が、死王蟻機を睨みつける。

 圧倒的な格上のボスを前に、ポポロ村の治安を守る最強のチームが、ついに本格的な反撃の狼煙を上げようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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