EP 10
開戦、絶望の鋼鉄装甲。手取り14万の警察犬が嗅ぎ取る「死角」
「お兄さんは、そこで休んでてね? ……あんなガラクタ、私が塵も残さず消してあげるから♡」
「我が主の血を一滴でも流させた罪、その機械の体で万死を以て償え……!」
雪の舞う広場。満身創痍で片膝をつく隼斗を背にかばい、二人のヒロインが死王蟻機の前に立った。
一人は、深い絶望と怒りをドロドロのヤンデレ情念に変換し、瞳から光を消し去った月兎族の村長、キャルル。
もう一人は、己の身を挺して弱者を守った隼斗の姿に『生涯の主(旦那様)』を見出し、絶対の忠誠を誓ったケンタウロス種の自警団リーダー、マンミア。
ギギィィィィィィッ!!
巨大なトラックほどのサイズを誇る機械の怪物――死王蟻機が、獲物を前にして甲高い電子音の咆哮を上げた。
しかし、二人のヒロインに怯えの色は一切ない。
「行くよ、マンミアちゃん。お兄さんを傷つけたあの虫けら、一秒でも早くスクラップにしなきゃ」
「承知した。私の『アグニ』で、あの忌まわしい装甲を叩き割る!」
ドンッ!!
次の瞬間、キャルルの姿がその場から『消失』した。
遅れて、鼓膜を破るようなソニックブーム(衝撃波)が広場に吹き荒れ、横転していた馬車の窓ガラスが粉々に砕け散る。
マッハの速度。月兎族の跳躍力と、タローマン特注の安全靴が生み出す、物理法則を無視した圧倒的な加速である。
「アハハハハッ! 遅い、遅いよガラクタぁっ!」
空中に現れたキャルルは、死王蟻機の巨大な頭部めがけて、両手のダブルトンファーと安全靴による無数の連撃を叩き込んだ。
ゴォォォォンッ! ガガガガガガガガッ!!
寺の鐘を乱れ打つような『月影流・乱れ鐘打ち』。
一秒間に数十発もの蹴りと打撃が、死王蟻機の黒光りする装甲に直撃し、凄まじい火花が夜空に散る。
あまりの速度と手数に、死王蟻機は反撃はおろか、身動きすら取れずに後退を余儀なくされる。
「キャルル村長、そこを退けぇっ!!」
キャルルが空中で軌道を変えて離脱した瞬間、今度は地響きを立ててマンミアが突撃してきた。
時速八十キロまで加速した、三百五十馬力のケンタウロス。その左腕には、ドンガン地下帝国の魔導冶金技術で作られた大型の盾――パイルバンカー式刺突型シールド『アグニ』が構えられている。
「我が旦那様の痛みを、その身で味わえぇぇぇっ!!」
マンミアの愛と忠誠心が爆発した咆哮と共に、盾の先端が死王蟻機の胴体に激突する。
そして、盾の内部に仕込まれた魔力機構が作動した。
ガシュゥゥゥゥンッッ!!
火薬式の数倍の圧力で、極太のタングステン製杭が撃ち出された。
魔導戦車の装甲すら一撃で貫く、絶対的な『点』の破壊力。
杭は死王蟻機の分厚い鋼鉄の腹部に突き刺さり、凄まじい衝撃波が周囲の雪をドーム状に吹き飛ばした。
「……やったか!?」
安全な場所まで犬耳の子供を避難させ、痛む腕を押さえながら戦況を見つめていた隼斗が叫んだ。
キャルルのマッハの連撃で装甲の耐久値を削り、マンミアのパイルバンカーで致命の一撃を突き刺す。完璧な連携だ。普通の魔獣なら、とうに内臓をぶち撒けて絶命しているはずである。
だが、濛々と立ち込める雪煙が晴れた時。
隼斗は、信じられない光景に絶句した。
ギギ……ギガガガガガッ……。
「なっ……!?」
マンミアが驚愕に目を見開く。
撃ち込まれた『アグニ』の杭は、死王蟻機の装甲に深々と突き刺さってはいた。
しかし、貫通はしていない。それどころか、傷口の周囲から紫色の怪しい光が漏れ出すと、金属の装甲がまるで生き物のようにうねり、突き刺さった杭を押し出し始めたのだ。
「うそっ……再生してる!?」
着地したキャルルも、信じられないものを見る目で声を上げた。
キャルルの蹴りで凹んだ頭部の装甲も、マンミアが穿った腹部の穴も、ナノマシンか未知の魔法の力か、瞬く間に自己修復していく。
「ギシィィィィィィッ!!」
完全に無傷の状態へと戻った死王蟻機が、六本の巨大な機械脚を振り上げ、反撃に出た。
大木をへし折るほどの威力を秘めた前脚が、マンミアを薙ぎ払おうと迫る。
「くっ……『メビウス』!」
マンミアは咄嗟に分銅付き鎖を放ち、敵の脚に巻き付けて威力を殺そうとするが、相手の質量とパワーが桁違いすぎた。
「きゃあっ!?」
鎖ごと強引に弾き飛ばされ、マンミアの巨体が雪の上を数十メートルも滑っていく。
「マンミアちゃん!」
キャルルが助けに入ろうとするが、死王蟻機はすかさず大顎を開き、あの致命的な『強酸のブレス』をキャルルに向けて放射した。
「ちぃっ!」
マッハの速度で辛くも回避するが、強酸は背後の建物の壁を一瞬でドロドロに溶かしてしまった。
「……なんて硬さだ。おまけにあの再生力。普通の物理攻撃じゃ、キリがないぞ」
後方で歯を食いしばる隼斗の額に、冷たい汗が伝った。
規格外のヒロイン二人を以てしても、倒しきれない。
神蟲魔大戦――かつて神々が争った時代の遺物。それは、圧倒的な装甲と再生能力で敵を絶望させ、魂を刈り取るために設計された、真の『兵器』だった。
このまま力押しの消耗戦を続ければ、いずれ二人の体力が尽き、村は火の海になる。
(どうする。どうすればいい……!)
火傷の激痛に耐えながら、隼斗は必死に頭を回転させた。
ブラック企業の社畜時代。無理難題を押し付けられ、絶体絶命のピンチに陥ったことは何度もある。
その度に、隼斗は力ではなく『悪知恵』と『機転』で乗り切ってきた。
無敵に見えるクレーマーにも、絶対に譲れない会社のルールにも、必ず『抜け道』や『死角』が存在した。
(落ち着け。相手は機械と生物のハイブリッドだ。あれだけの巨体を動かし、瞬時に装甲を再生させ、強酸まで生み出している……。絶対に、どこかにその『反動』が来ているはずだ)
隼斗は、ゆっくりと目を閉じた。
視覚からの情報を遮断し、ユニークスキル【犬のお巡りさん】の『嗅覚』と『聴覚』を極限まで研ぎ澄ます。
戦場の匂いが、脳内で立体的に再構築されていく。
雪の冷たい匂い。
建物の溶ける焦げ臭さ。
キャルルとマンミアの汗の匂い。
それらの情報をすべてノイズとして弾き出し、意識の照準を『死王蟻機』ただ一点に絞り込む。
(探せ……。機械なら、必ず熱を排出する場所がある。生物なら、呼吸をする場所がある。あいつの『急所』は、どこだ……!)
ギガガガガッ! シュゴォォォォォッ!!
死王蟻機が、再び腹部を脈動させた。
紫色の光が激しく明滅し、キャルルとマンミアに向けて、最大出力の広範囲強酸ブレスを放とうとエネルギーを充填していく。
その瞬間。
隼斗の鼻腔を、微かな、だが決定的な『異臭』が突いた。
「――そこだっ!!」
隼斗はカッと目を見開いた。
彼の嗅覚が捉えたのは、甘ったるい生物の腐敗臭と、ドロドロに焼け焦げた機械油の匂いが混ざり合った、強烈な『排気ガス』の匂い。
匂いの発生源は、死王蟻機の分厚い背中の装甲の隙間。
強酸ブレスのエネルギーを充填する時だけ、内部の異常な高熱を逃がすために、背中の装甲板が僅かにスライドし、そこから『排気口(換気弁)』が露出しているのだ。
(いくら外側の装甲が硬くても、内部の冷却器官を壊されれば、あのでかい体は熱暴走を起こすはずだ!)
警察官が犯人の逃走経路を塞ぐように、隼斗の脳内に『必勝の包囲網』が組み上がっていく。
真っ向勝負では勝てない。
ならば、泥臭く罠にハメて、一網打尽にしてやる。
「キャルル! マンミアさん!」
ボロボロの制服を引きずりながら、隼斗は立ち上がり、戦場に響き渡る声で叫んだ。
「正面から攻撃するのはやめろ! あいつの弱点は、背中の装甲の隙間にある『排熱器官』だ!」
「背中の隙間……?」
攻撃を躱していたキャルルが振り返る。
「でもお兄さん、あいつ背中を見せないように壁を背負って動いてるよ! それに、あの隙間が開くのは一瞬だけ……私のスピードでも、回り込む前に閉じられちゃう!」
「ああ、普通にやっても無理だ! だから……あいつの感覚を狂わせて、無理やり隙を引きずり出す!」
隼斗はニヤリと、かつて悪徳クレーマーを論破した時と同じ『悪知恵』に満ちた笑みを浮かべた。
「二人とも、俺の指示に従ってくれ! あいつを、南の『第三農区』の畑に誘導するんだ!」
「第三農区……? あそこは確か……!」
村の地理を熟知しているマンミアが、ハッと何かに気づいたように目を見開いた。
「ポポロ村の交番をナメるなよ。手取り14万の社畜警官が、きっちり現行犯でしょっ引いてやる!」
最強の武力を持つ二人のヒロインと、最弱だが最高の頭脳を持つ一人の社畜警官。
絶望の鋼鉄装甲を打ち砕くための、泥臭くも華麗な『チームワーク』が、今まさに始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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