EP 11
お巡りさんの悪知恵と包囲網。狂気の特産品(人参マンドラ)で大物喰い
「二人とも、俺の指示に従ってくれ! あいつを、南の『第三農区』の畑に誘導するんだ!」
隼斗の腹の底から響くような指示が、雪降る夜の広場に響き渡った。
南の第三農区。その言葉の意味を理解した瞬間、マンミアの美しい顔に「なるほど!」という驚きと感嘆の光が走った。
「キャルル村長! 隼斗殿の策に乗るぞ! あ奴のヘイトを買い、南へ引っ張れ!」
「うんっ! 任せて、マンミアちゃん!」
キャルルがマッハの速度で地を蹴り、死王蟻機の目の前でトリッキーな軌道を描いて挑発する。
「こっちだよ、ガラクタ! そんなノロノロした動きじゃ、私の尻尾にも触れないよ!」
ギギィィィィィィッ!!
目まぐるしく飛び回る兎耳の少女に苛立った死王蟻機は、怒り狂ったように強酸のブレスを吐き出しながら、巨大な六本の機械脚を動かして彼女を追いかけ始めた。
マンミアは横に回り込み、分銅付き鎖『メビウス』を振り回して死王蟻機の進路を制限する。右へ逸れようとすれば鎖を巨木に巻き付けてなぎ倒し、無理やり南へと進行方向を絞り込んでいく。
二人の圧倒的な機動力とコンビネーションが、絶望的な装甲を持つバケモノを見事にコントロールしていた。
(よし、いいぞ。そのまま引っ張ってこい……!)
一方の隼斗は、ズタボロになった制服と火傷の痛みを押し殺し、裏道を全力疾走して南の第三農区へと先回りしていた。
息は上がり、足はもつれそうだが、頭の中は氷のように冷え切っていた。
ブラック企業の過酷な営業現場で、理不尽な要求を繰り返す取引先やクレーマーを相手にする時、最も重要なのは『自分に有利な土俵へ相手を引きずり込むこと』だ。
正面からの正論が通じないなら、相手の弱点や社内規定の穴を突き、逃げ道をすべて塞いで自滅させる。それが、泥水をすすって生きてきた社畜の『悪知恵』である。
やがて、隼斗の目の前に、広大なポポロ村の農地――『第三農区』が広がった。
雪が薄っすらと積もる畑の下には、ポポロ村が誇る(そして農家を日々悩ませる)狂気の特産品が、ぎっしりと眠っている。
ズドォォォォンッ! メリメリメリッ!
森の木々をへし折りながら、キャルルとマンミアに誘導された死王蟻機が、ついに第三農区の境界へと足を踏み入れた。
「隼斗殿! 誘導完了した!」
「お兄さん、次はどうするの!?」
キャルルとマンミアが、畑の入り口でピタリと動きを止める。
死王蟻機は獲物が立ち止まったのを見て、勝利を確信したかのように大顎をカチャカチャと鳴らし、巨大な腹部を脈動させ始めた。広範囲の強酸ブレスを放つ構えだ。
だが、それはすでに隼斗の盤面の上だった。
「マンミアさん! あいつの足元の地面に向かって、最大出力でパイルバンカーをぶち込んでくれ!」
「足元の地面……? 承知した!!」
マンミアは隼斗の意図を完全に理解してはいなかったが、己の主に絶対の信頼を置いていた。
彼女は高く前足を跳ね上げると、盾『アグニ』を死王蟻機のすぐ手前の地面に突き立てた。
「吹き飛べぇぇぇっ!!」
ガシュゥゥゥゥンッッ!!
極太のタングステン製杭が、畑の柔らかい土壌に向かって火薬式の爆発と共に撃ち込まれる。
直後、マグニチュード6クラスの局地的な地震が第三農区を襲った。凄まじい衝撃波が土の中を伝播し、畑全体を大きく揺るがす。
そして、ポポロ村の『狂気』が目を覚ました。
「ギ、ギャアアアアアアアアアアアッ!?」
「ギャァァァァァァァァァァァァァッ!!」
突如として、畑のあちこちから、鼓膜を引き裂くような甲高い悲鳴が上がり始めたのだ。
地面がボコボコと隆起し、土の中から次々と飛び出してきたのは、根の形が人間の手足のようになっている巨大な人参――『人参マンドラ』の群れだった。
彼らは引っこ抜かれる(あるいは強烈な振動で飛び出させられる)と、致死量に近い超音波の悲鳴を上げながら脱走する性質を持っている。
それが、数十、数百という規模で一斉に飛び出し、死王蟻機の足元をパニック状態で走り回り始めたのだ。
「ギシィィ!? ギガガガガガッ!!」
死王蟻機の巨体が、ビクンッ! と大きく痙攣した。
機械と魔物の融合体である死蟲機にとって、獲物を探知するための聴覚センサーや触角は非常に敏感に作られている。そこへ、数百匹の人参マンドラが放つ不協和音の超音波が至近距離で直撃したのだ。
ブツッ、バチバチバチッ!
死王蟻機の頭部から火花が散り、センサー群が完全にオーバーフローを起こしてショートした。
強酸ブレスの照準は狂い、明後日の方向へと吐き出される。巨体は平衡感覚を失い、泥酔したようにフラフラとよろめき始めた。
「すごい……! あんなバケモノが、人参の悲鳴で混乱してる!」
キャルルが目を輝かせて歓声を上げる。
「今だ! あいつは聴覚を潰されて、機体を維持するために無理やり排熱モードに入るぞ!」
隼斗は、畑の陰に隠れていた場所から飛び出した。
センサーを破壊され、パニックに陥った死王蟻機は、体内の魔力炉が暴走し始め、凄まじい高熱を放っていた。装甲の表面が赤熱し、周囲の雪が瞬く間に水蒸気へと変わっていく。
そして隼斗の読み通り、限界を超えた熱を逃がすため、死王蟻機は背中の分厚い装甲板を、ギギギ……と音を立てて大きくスライドさせた。
露出した巨大な排熱器官(換気弁)。
生々しい生物の気管と、機械のファンが混ざり合った、死王蟻機の唯一の『無防備な急所』だ。
「ここが、お前のブラック企業だ!」
隼斗は腰のポーチから、真っ赤なスプレー缶を引き抜いた。
日本の警察官が暴徒鎮圧などに使用する『警察用・超高濃度催涙スプレー』。魔法使いのガンツを一瞬で無力化したアレだ。
だが今回は、直接顔に吹きかけるわけではない。
隼斗はスプレーの噴射ボタンを粘着テープで固定し、中身が勢いよく噴き出し続ける状態にする。
そして、野球のピッチャーさながらのフォームで、赤熱する死王蟻機の背中――大きく開いた排熱器官のど真ん中へ向けて、スプレー缶ごと力一杯に投げ込んだ。
スプレー缶は、見事な放物線を描き、シューシューと刺激臭を撒き散らしながら換気弁の奥深くへと吸い込まれていった。
「……一丁上がりだ」
隼斗が冷酷に呟いた、次の瞬間。
ギ、ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂッッ!!!!
死王蟻機が、これまでとは全く違う、断末魔のような絶叫を上げた。
機械の冷却のために外部の空気を吸い込む換気弁。そこに、世界一凶悪な唐辛子成分を極限まで濃縮した催涙ガスが直接放り込まれたのだ。
ガスは冷却ファンによって死王蟻機の体内全域へ瞬時に循環し、融合している生物パーツ(気管や粘膜、内臓)を直接焼き尽くしていく。
バチバチバチッ! ドォォォンッ!
内部からの強烈な刺激と苦痛に、死王蟻機は狂ったように身をよじらせた。
自己再生能力も、内部の神経系が焼き切れたことで完全に機能不全に陥る。
関節部から黒煙を噴き上げ、六本の機械脚が次々と痙攣して崩れ落ちていく。
ズズゥゥゥンッ……!!
雪煙を上げて、絶望の鋼鉄装甲を誇った女王蟻が、ついに大地に腹をすって完全に動きを止めた。
「嘘……あんなデカいのが、催涙スプレー一本で……」
「隼斗殿……恐ろしい男だ。あのような奇策、いや悪魔的な機転、どの兵法書にも載っていないぞ……!」
キャルルとマンミアは、無力化されたボスの巨体を前に、畏怖と熱狂の入り混じった視線を隼斗に向けていた。
「ハァ……ハァ……」
息を切らしながら、隼斗は額の汗を拭った。
火傷の痛みで腕は震え、立っているのがやっとだが、その瞳には理不尽を叩き潰した確かな勝利の光が宿っていた。
「俺は、俺の仕事(お膳立て)をやったぞ」
隼斗は、最強の相棒たちに向けて、口角を吊り上げた。
「さあ、ここから先はお前らの番だ。あのガラクタの装甲を、木端微塵にぶち壊してこい!」
「はいっ! 私のお兄さんを傷つけた代償、きっちり払わせてあげる♡」
「承知した、我が旦那様! 高潔なる騎士の刃、とくとご覧あれ!」
動きを止め、無防備になった死王蟻機。
ついに、ヤンデレ兎と婚活ケンタウロスの、物理法則を蹂躙する最大火力が解き放たれようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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