EP 12
高潔なる鎖とヤンデレの流星。最強のヒロイン、絶望を粉砕す
催涙スプレーの直撃を受け、内部器官を完全に焼き尽くされた死王蟻機は、黒煙を吹き上げながら雪の畑に横たわっていた。
無敵を誇った鋼鉄の装甲も、排熱が追いつかず赤熱し、強度が著しく低下している。
無防備な巨体。それは、反撃の狼煙を上げるには十分すぎる絶好の的だった。
「行くぞ、キャルル村長! 隼斗殿が作り出してくれたこの完璧な好機、一秒たりとも無駄にはしない!」
「うんっ! お兄さんを傷つけたアイツの体、私が一番痛い方法でバラバラにしてあげる!」
最初に動いたのは、ケンタウロス種のマンミアだった。
彼女は腰に提げていた極太の魔導鎖――分銅付き鎖『メビウス』を解き放った。
ブンッ、ブンッ、ブォォォォォォォッ!!
三百五十馬力の規格外の膂力で振り回される鉄球は、それ自体が竜巻のような風圧を生み出し、周囲の雪を円形に吹き飛ばしていく。
「ハァァァァァッ!!」
マンミアは鎖を放つと同時に、畑の端に鎮座していた数トンはあろうかという巨大な岩石に鉄球を巻き付けた。
そのまま馬体を躍動させ、巨石を『重り』として引きずりながら死王蟻機の側面に回り込む。そして、赤熱して脆くなった背中の装甲板の隙間に、鎖の中間部分を何重にも固く巻き付けた。
片方は数トンの巨石。片方は死王蟻機の装甲。
マンミアはその中心で鎖を両手に握りしめ、地面に四つの蹄を深く食い込ませた。
「我が主の痛みを思い知れ……! 『メビウス・インパクト』ッ!!」
マンミアの全身から、黄金の闘気が爆発的に立ち昇った。
時速八十キロまで加速する突撃のパワーを、今度は『牽引力』へと全振りする。タローマン製の特注蹄鉄が火花を散らし、大地を砕く。
メキィィィィッ! ギギギギギギギギッッ!!
金属が悲鳴を上げる凄まじい音が響き渡った。
いかに死王蟻機の装甲が強固であろうと、熱暴走で劣化している上に、巨石をアンカーにした三百五十馬力の綱引きに耐えられるはずがない。
巨大な装甲板が、まるで缶詰のフタを強引に引き剥がされるように、メリメリとひしゃげていく。
「これで……最後だぁぁぁっ!」
マンミアがさらに一段階ギアを上げ、全身の筋肉を隆起させた。
バァァァァァァンッ!!
ついに、死王蟻機の背中を覆っていた分厚い外殻が、根元から完全に引き千切られた。
剥き出しになったのは、青白い魔力光を放つコアと、複雑に絡み合った機械と生物の脆弱な内部構造。
「装甲の破壊、完了した! キャルル村長、トドメを!」
「お疲れ様、マンミアちゃん。あとは……私に任せて♡」
装甲が剥がれ落ちるのと同時。
キャルルは、陸上競技のクラウチングスタートのような低い姿勢をとっていた。
純白の兎耳が、空気抵抗を減らすためにピタリと頭に張り付く。彼女の足元、タローマン特注の超硬質安全靴に、月兎族のすべての闘気と魔力が一点集中していく。
その瞳の奥には、理性を捨て去った純度百パーセントの殺意が渦巻いていた。
(よくも、私の大好きな人を痛めつけてくれたね。……お兄さんにもう二度と近づけないように、細胞の一つも残さないで消してあげる)
ドンッッッ!!
キャルルが地を蹴った瞬間、彼女の足元にあった土と雪が、クレーター状にえぐり取られた。
時速七十キロ、百キロ、三百キロ――瞬く間に音速の壁を突破する。
鼓膜を破る衝撃波が畑を駆け抜け、キャルルの姿は完全に視界から消失した。
「流星脚ッ!!」
上空二十メートル。
跳躍したキャルルが、夜空に浮かぶ満月を背にして空中で鋭く一回転した。
位置エネルギー、回転運動エネルギー、そしてマッハの速度。およそ三万三千ジュールという、大型ゾウが全速力で激突するに等しい破壊のエネルギーが、彼女の右足の『安全靴のつま先』という極小の面積に集約される。
それはまさに、天から降り注ぐ流星だった。
ズドォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!
安全靴の鉄芯が、装甲を剥がされて無防備になった死王蟻機のコアに直撃した。
着弾と同時。圧倒的な運動エネルギーが機体の内部で爆発的に拡散し、巨大なトラックサイズの怪物が、内側から風船のように破裂した。
ギィィィィ……ガガガガガ……ッ。
強固なフレームが飴細工のようにひしゃげ、体内の死蟲機を製造するプラントが木端微塵に粉砕される。
最後に、青白い光を放っていたメインコアが、キャルルの足によって完全に叩き割られ、機能停止の黒煙を吹き上げた。
パラパラと、砕け散った機械の残骸が雪の上に降り注ぐ。
そこには、原型を留めないほどに完全破壊された死王蟻機のスクラップだけが残されていた。
「……終わったか」
後方で片膝をついていた隼斗が、安堵の息を吐き出した。
マンミアの凄まじい馬力による装甲剥離。そして、キャルルの物理法則を無視した破壊力。
どちらが欠けても、あるいは隼斗の催涙スプレーによる内部破壊と冷却器官の露出がなければ、絶対に倒せなかった相手だ。
三人の力が一つに噛み合った、完璧なチームワークの勝利だった。
「隼斗お兄さーんっ!」
着地したキャルルが、マッハの速度から一転して、いつもの可愛らしい小走りで隼斗のもとへ駆け寄ってくる。
「ふふっ、言った通り、全部バラバラにしてあげたよ? 私、えらい?」
「隼斗殿! 私の働きも見ていてくれたか!? これなら、いつ嫁に行っても恥ずかしくない武勲だろう!」
マンミアもまた、興奮冷めやらぬ様子で蹄を鳴らしながら近づいてきた。
「ああ、二人とも最高だったよ。怪我がなくてよかった……」
隼斗は火傷の痛みに顔をしかめながらも、心からの笑顔を向けた。
――しかし。
平穏が戻ったと思ったその瞬間、隼斗の【犬のお巡りさん】の嗅覚が、再び異常な匂いを捉えた。
「……待て。なんだ、この匂い」
それは、空気が焼け焦げるような、強烈なオゾンの臭い。
死王蟻機のスクラップの山から漂ってくるものだった。
ビーッ……ビーッ……ビーッ……。
破壊されたはずの機体の奥深くから、不気味な電子音が規則的に鳴り始めた。
同時に、完全に叩き割られたはずのコアの残骸から、禍々しい深紅の光が漏れ出し、周囲の空間が歪むほどの超高熱を発し始めたのだ。
「な、なんだあれは!?」
マンミアが驚愕の声を上げる。
「まさか……魔力炉の暴走!? 自爆モードに入ったの!?」
キャルルが顔面を蒼白にした。
神蟲魔大戦の兵器。それは、敵に倒された際、自らの機体に残されたすべての魔力を圧縮し、周囲の敵を道連れにする『最終自爆プロトコル』を備えていたのだ。
赤く明滅する光は、秒を追うごとにその鼓動を速めていく。
「この熱量……爆発すれば、半径数キロは軽く吹き飛ぶぞ! ポポロ村が丸ごと消滅する規模だ!」
マンミアの叫びに、絶望の空気が場を支配した。
もはや物理的な装甲はない。だが、臨界に達しようとしている魔力炉を、物理的な打撃で止めることは不可能だ。蹴り飛ばそうにも、触れた瞬間に爆発しかねない。
逃げようにも、村人全員を避難させる時間など残されていない。
「お兄さん……どうしよう……っ!」
無敵の暴力を持つキャルルですら、実体のない『爆発』というエネルギーの前には無力だった。
ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!
警告音が極限まで早くなり、深紅の光が膨張していく。
村が消し飛ぶ。仲間が死ぬ。すべてが終わる。
誰もが死を覚悟した、その時だった。
「……パニックになるな」
ボロボロの制服を引きずりながら。
火傷でただれた手で、ゆっくりと腰のホルスターに手を伸ばしながら。
手取り14万の社畜警官が、絶望の光の前にふらりと立ち塞がった。
「隼斗、殿……?」
「どんな爆弾にも、必ず『起爆装置』がある。……物理で殴れないなら、ピンポイントで機能を『停止』させればいいだけだ」
隼斗の手には、鈍く光るニューナンブ(回転式拳銃)が握られていた。
そして、もう片方の手には、銀色に輝く『警察の手錠』。
「村は消させない。お前たちにも、指一本触れさせない」
死王蟻機の最後の悪あがきを止めるべく、隼斗は引き金に指をかけた。
異世界の理不尽を縛り上げる、真の『現行犯逮捕』の瞬間が迫っていた。
読んでいただきありがとうございます。
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