EP 13
決着の銃弾と銀色の手錠。理不尽を縛る「現行犯逮捕」
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
死王蟻機の残骸から放たれる自爆シークエンスの警告音が、雪降る夜の広場に死のカウントダウンとして響き渡っていた。
深紅に染まったコアが膨張し、周囲の空気が陽炎のように歪む。
爆発まで、おそらく十秒もない。
マッハの速度を持つキャルルでさえ、実体のない『爆発のエネルギー』を殴って止めることはできない。圧倒的な質量を誇るマンミアの盾も、全方位への爆発を完全に防ぎきることは不可能だった。
絶望が場を支配する中、満身創痍の社畜警官だけが、恐ろしいほどの静けさを保っていた。
(焦るな。パニックになるな。……取引先の社長が突然『明日までに仕様を全部変えろ』と怒鳴り込んできた時に比べれば、カウントダウン(納期)が可視化されている爆弾のほうが、よっぽど親切で分かりやすい)
前世で培った、極限の修羅場におけるブラック企業特有の冷徹な判断力。
隼斗は深く息を吐き出し、右手に握ったニューナンブ(回転式拳銃)の撃鉄を、カチリと静かに起こした。
五発装填の、旧式のリボルバー。
異世界の強固な魔獣の装甲を撃ち抜くような威力はない。死王蟻機が万全の状態であれば、豆鉄砲にもならなかっただろう。
だが今は違う。マンミアが装甲を力ずくで引き剥がし、キャルルが粉々に粉砕してくれたおかげで、強固な外殻はすべて失われ、内部の脆弱な魔力回路が剥き出しになっているのだ。
「隼斗殿……! 銃で、あの魔力炉を撃ち抜く気か!? しかし、残骸が邪魔でコアの急所が……!」
「お兄さん、だめだよ! 外側を撃っても爆発が早まるだけだよ!」
二人の悲痛な声が飛ぶ。
彼女たちの言う通り、破壊された機体のパーツが入り組んでおり、コアのどこを撃てば自爆が止まるのか、素人目には全く分からない。闇雲に引き金を引けば、その衝撃で即座に起爆してしまう危険性があった。
「分かってる。だから、ピンポイントで『起爆の伝達ケーブル』だけを撃ち抜く」
隼斗は、目を細めた。
ユニークスキル【犬のお巡りさん】の五感が、常人の限界を遥かに超えて研ぎ澄まされる。
赤く明滅する光。膨張する熱。焦げた機械油の匂い。
その混沌とした情報の中から、隼斗は『魔力が最も濃密に流れている一本の線』の匂いを嗅ぎ分けた。
(見つけた。コアの中心から、自爆用の起爆装置へ繋がっている、親指ほどの太さの動力伝達ケーブル……あそこを断てば、起爆信号は止まる!)
しかし、そのケーブルの前には、分厚い装甲の破片と、もうもうと立ち込める黒煙が立ち塞がっていた。
「マンミアさん! キャルルちゃん!」
隼斗は、銃を構えたまま鋭く叫んだ。
「俺に、一秒だけ『射線』を作ってくれ! あの黒煙と瓦礫を、一瞬だけでいいから吹き飛ばせ!」
その言葉に、絶望しかけていた二人のヒロインの顔が、ハッと上を向いた。
自分たちには爆弾は止められない。だが、最愛の人がそれを止めるための『道』を作ることはできる。
「一秒だな! 承知した、我が主よ!」
マンミアが、残された最後の闘気を振り絞り、『メビウス』の分銅を大回転させた。
「ハァァァァァァッ!!」
竜巻のような風圧が発生し、コアの周囲を覆っていた濃密な黒煙が、一気に上空へと吹き飛ばされる。
「お兄さんの邪魔をするゴミは、どっか行ってぇっ!!」
キャルルが地を蹴り、残骸の山に向かって渾身の回し蹴りを放った。
ドゴォォォンッ!
ソニックブームが瓦礫を吹き飛ばし、死王蟻機のコアの中心部が、完全に隼斗の視界に露出した。
残り、三秒。
煙が晴れ、瓦礫が吹き飛んだ、そのコンマ数秒の『一瞬』。
隼斗は、日本の警察官としての正しい射撃姿勢をとり、照星と照門の間に、赤く光るケーブルをピタリと捉えた。
アナステシア人の『二十馬力』の身体補正が、射撃のブレを完全にゼロにする。
「――っ!」
パァンッ!!
乾いた銃声が、雪の夜空に響き渡った。
銃口から放たれた38口径の弾丸は、キャルルとマンミアが切り開いた空間を一直線に突き進み。
ガキンッ!
死王蟻機のコアの奥深く、起爆装置へと繋がる動力伝達ケーブルを、寸分の狂いもなく撃ち抜いて切断した。
ブツン……。
その瞬間、狂ったように鳴り響いていた警告音が、唐突に鳴り止んだ。
極限まで膨張していた深紅の光が、フッと弱まる。
「や、やった……! 止まった!」
キャルルが歓喜の声を上げた。
だが、隼斗は銃を下ろさなかった。
(いや……まだだ! 機械の自爆プロトコルってのは、そんな単純じゃない!)
ブラック企業のシステムエンジニアが組んだクソみたいなバックアップ機能のごとく。
切断されたケーブルの横から、予備の魔力回路がバイパス(迂回)を始め、再びコアが赤く脈動し始めたのだ。
ビーッ! ビーッ!
一度止まったカウントダウンが、再び再開される。爆発まで、猶予はわずか数秒。
「嘘っ!? 予備回路が作動したの!?」
「くっ、万事休すか……!」
二人が青ざめる中、隼斗は銃をホルスターに叩き込み、雪を蹴って走り出していた。
「逃がすかよ……!」
火傷でただれた両腕を振り、赤熱するコアに向かって一直線にダッシュする。
周囲の温度は百度を超えているだろう。ボロボロの制服が焦げ、肌が焼けるような熱気が隼斗の全身を襲う。
「お兄さん! だめ、熱いよ! 死んじゃうっ!」
「隼斗殿ぉっ!」
二人の制止の声も聞かず、隼斗は燃え盛る残骸の中へと飛び込んだ。
『いいか高杉。お前は一生、這いつくばって俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだよ!』
(黙れ……! 俺の人生は、俺が決める! 俺の管轄は、俺が守るんだよっ!!)
隼斗は、猛烈な熱を放つコアの動力弁に素手でしがみついた。
「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」
手のひらの皮膚が焼け焦げる激痛。だが、決して手は離さない。
彼は腰から、銀色に光る『手錠』を引き抜いた。
交番に備え付けられていた、異世界仕様の警察の手錠。
それはただの拘束具ではない。警察手帳を提示した際に発動する『強制力(公権力の威光)』を物質化した、対象の魔力や闘気を封じ込める絶対的な概念礼装だ。
「この野郎……お前の悪あがきは、ここまでだ!」
隼斗は、コアの予備回路のメインバルブと、機体の根元のフレームに、銀色の手錠をガシャン! と力強く叩き込んだ。
カチカチカチカチッ!!
歯車が噛み合う冷たい金属音が鳴り響く。
手錠がロックされた瞬間、銀色の輪から青白い『法と秩序』の魔法陣が展開され、死王蟻機のコア全体を拘束するように覆い尽くした。
「午後十一時四十五分……っ!」
隼斗は、火傷だらけの顔にニヤリと不敵な笑みを浮かべ、最後にこう宣告した。
「器物損壊、殺人未遂、および爆発物取締罰則違反で……現行犯逮捕だ!!」
ガシュゥゥゥン……。
その言葉が引き金となった。
手錠の概念的拘束力が、死王蟻機の魔力炉を完全にシャットダウンさせる。
激しく明滅していた深紅の光が、今度こそ完全に消え失せ、コアは冷たい沈黙へと帰っていった。
プシュー……と、最後の蒸気が抜け、トラックサイズの怪物は、完全にただの鉄クズ(証拠品)へと変わった。
「……終わっ、た……」
張り詰めていた糸が切れ、隼斗はコアに寄りかかっていた体をずるずると滑らせ、雪の上へ仰向けに倒れ込んだ。
全身火傷と打撲。防刃服は溶け、制服はボロボロ。手取り14万の労働対価としては、あまりにも割に合わない死闘だった。
だが、夜空から舞い落ちる冷たい雪が、火照った顔に当たって心地よい。
「お兄さんっ!!」
「隼斗殿っ!!」
二つの影が、猛スピードで隼斗の元へ駆け寄ってきた。
キャルルが泣きそうな顔で隼斗の上半身を抱き起こし、マンミアが信じられないものを見るような、熱を帯びた瞳で彼を見下ろしている。
「よかった……生きてる……っ! こんなにボロボロになって……馬鹿、お兄さんの馬鹿ぁ……!」
キャルルの大きな瞳から、大粒の涙がこぼれ落ち、隼斗の頬を濡らす。
彼女の月兎族の耳には、極限の疲労でゆっくりと、だが力強く脈打つ隼斗の心音が聞こえていた。
絶対に退かない、守り抜くという、鋼のような意志を持った心音。
キャルルは、隼斗の焦げた胸板に顔をうずめ、その温もりと鼓動を全身で感じ取っていた。
(……好き。もう絶対に、絶対に離さない。この人は、私のすべてだ……♡)
「隼斗殿……」
マンミアもまた、膝をつき、震える手で隼斗の火傷だらけの手に触れた。
「あのような爆発の危機に、自らの身を挺して飛び込むとは。……魔法も持たぬあなたが、あの強大なバケモノを完全に沈黙させた。あなたのその知恵と、勇気と、高潔なる魂……。私マンミア、生涯を懸けてあなたにお仕えし、共に歩むことを誓いましょう」
すっかり乙女の顔になったケンタウロスの騎士が、隼斗の手の甲に、恭しく、そして熱烈な口づけを落とす。
「い、いや……二人のおかげだよ。お前らが道を作ってくれなかったら、俺一人じゃ何もできなかった」
隼斗は照れくさそうに笑いながら、二人のヒロインの頭を優しく撫でた。
「さて……」
隼斗は、ふらつく足に力を入れて、ゆっくりと立ち上がった。
彼の視線の先。広場の端にある横転した馬車の陰で、気絶から目を覚ましたばかりの『悪徳商人』が、ガタガタと震えながらこちらを見ていた。
「怪物は倒した。……次は、この騒動の『首謀者』の事後処理だな」
隼斗の瞳に、警察官としての鋭い光が戻る。
死闘は終わった。
だが、手取り14万の社畜警官による、理不尽な大人に対する『泥臭いお説教』が、まだ一つ残されていた。
読んでいただきありがとうございます。
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