EP 6
手取り14万の財布が悲鳴を上げる。ファミレスの修羅場と神々の箱庭
「ふぅ……なんとか熱は下がったみたいだな」
「えへへ……隼斗お兄さんのおかげだよ。ありがとう♡」
ポポロ村のメインストリート沿いに建つ、24時間営業の魔導ファミレス『ルナミスキング(通称・ルナキン)』。
その四人掛けのボックス席で、隼斗はホッと胸を撫で下ろしていた。
隣には、先ほど広場で倒れたキャルルが、隼斗の腕にピタリとくっついて座っている。体力を使い果たした彼女は、交番の仮眠室で少し休ませた後、「お腹すいたぁ」と甘えてきたため、こうして食事に連れ出したのだ。
「待たせたな、二人とも! 森の偵察を終えてきたぞ!」
カランコロンと入店ベルを鳴らし、自警団リーダーのマンミアが合流してきた。
大きな馬体を器用に折り畳み、隼斗たちの対面の席にドスンと腰を下ろす。
「お疲れ様、マンミアさん。何か異常はあった?」
「いや、目立った魔獣の侵入や敵影はなかった。だが……隼斗殿の言う通り、確かに西の森の奥から、古い血と硝煙の匂いが漂っていた。何かが起きているのは間違いない」
「そうか……引き続き警戒は必要だな」
頷き合う二人の様子を、キャルルが隣からジッと見つめている。その瞳には、ほんのわずかな独占欲がチラついていたが、隼斗はまだそれに気づいていない。
「まぁ、パトロールは後だ。今は腹ごしらえにしよう。好きなものを頼んでくれ、今日は俺の奢りだ」
手取り14万の薄給とはいえ、村長と自警団リーダーという重要人物との親睦会(接待)である。ここをケチる営業マンは三流だ。
「ほ、本当か!? 隼斗殿がご馳走してくれると……つまりこれは、男が女を食事で労うという、アレだな!?」
マンミアの顔がカァッ! と赤く染まり、馬の尻尾がバサバサと左右に揺れ始める。
「え? いや、ただの慰労会だけど……」
「遠慮はしないぞ! 店員殿! 『ロックバイソンの特大ハンバーグ(目玉焼き乗せ)』を五つ! それと『太陽芋の山盛りポテトサラダ』、あと『米麦草の大盛りライス』を三つ頼む!」
「…………はい?」
隼斗の顔から、スッと血の気が引いた。
運ばれてきたのは、人間用のテーブルを埋め尽くすほどの規格外の『馬用・特大メニュー』だった。
アナステシア世界の通貨は、1銅粒が約1円。ロックバイソンの特大ハンバーグは1つ約800円。それが五つ。その他もろもろを合わせると、この一食だけで五千円近くが飛んでいく計算になる。
「むしゃむしゃ……美味い! 実はいつもは世間体を気にして小食を装っていたのだが、隼斗殿が『ありのままの君が素敵だ』と言ってくれたからな! 今日は私の真の姿を見せよう!」
「あ、あはは……いっぱいたべるきみはすきですよ……」
手取り14万(家賃天引き後)の財布から羽が生えて飛んでいく幻覚を見ながら、隼斗は引きつった営業スマイルを浮かべた。
ケンタウロス種の350馬力を維持するためのエンゲル係数、恐るべし。
胃を痛める隼斗だったが、ふと、店内の天井に設置された魔導モニター(テレビのようなもの)に目を向けた。
そこには、どこかの戦場で、全身を聖なる鎧に包んだ勇者が、魔物たちを一方的に焼き払っている映像が流れていた。
『さぁーて! 今日のゴッドチューブ、PVランキング第1位は、炎上神ワイズ様がプロデュースする契約勇者ゼロスだぁぁっ!』
『見事な村焼きざまぁですねぇ! これで今月の予算(PV)もガッポリ稼げそうです!』
「……なんだあれ」
隼斗が眉をひそめると、ハンバーグを平らげたマンミアが口を拭いながら答えた。
「あれは『ゴッドチューブ』。天界にいる神々が、私たち下界の命のやり取りを娯楽として配信している番組だ。視聴率(PV)が高ければ、その神の予算が増えるらしい」
「命のやり取りが、娯楽……?」
「そうだ。あの勇者ゼロスは、意図的に魔物を村へ誘導し、被害が拡大したところで助けに入るという『ヤラセ』でPVを稼いでいると専らの噂だ。……腐っているだろう?」
隼斗の背筋に、冷たい怒りが走った。
この世界は、のどかなファンタジーではない。神という絶対的な上層部が、下々の命を『数字(PV)』として消費し、搾取する狂った箱庭なのだ。
(ふざけんなよ……俺たち底辺労働者(人間)は、あんたたちのオモチャじゃねえぞ)
『蟹工船』の反骨精神が、隼斗の胸の内で静かに、しかし熱く燃え上がった。
「あーん♡」
「んぐっ!?」
突然、口の中に甘いものが突っ込まれた。
見れば、キャルルが自分の頼んだ『苺パフェ』のクリームをスプーンですくい、隼斗の口に運んでいたのだ。
「隼斗お兄さん、怖い顔してたよ? そんな顔しないで、甘いもの食べて笑って?」
「お、おう。ありがとう、キャルルちゃん……甘くて美味いよ」
その様子を見ていたマンミアの眉が、ピクリと跳ね上がった。
「むっ。キャルル村長、いくらなんでも馴れ馴れしすぎではないか? 隼斗殿は私の……いや、我ら自警団の重要な防衛パートナーだぞ。私だって、隼斗殿に『あーん』くらい……!」
対抗心を燃やしたマンミアが、フォークに刺したロックバイソンの肉塊を隼斗の口元へ突き出してきた。
「さぁ隼斗殿! 私の肉も食え!」
「いやデカいデカい! 顎外れるから!」
「遠慮するな! これも夫婦……ゴホン、相棒としての共同作業だ!」
マンミアが身を乗り出し、その豊かな胸元と美しい顔が隼斗に急接近する。
その瞬間。
――カチャ、カチャ、カチャッ。
テーブルの下から、硬質な金属が擦れ合うような不穏な音が聞こえた。
隼斗が下を見ると、キャルルの両手には、いつの間にか超硬質金属で作られた『ダブルトンファー』が握られていた。
「ねぇ、マンミアちゃん?」
キャルルが、星の王子さまのような極上の笑顔を浮かべた。
だが、その瞳孔はガンギマリに開いており、周囲の温度が急激に下がったかのような錯覚を覚える。
「さっきから、隼斗お兄さんの心音がすごく乱れてるんだけど。……お兄さんを困らせる悪い馬は、私が顎を時計回りに百八十度回して、馬刺しにしてあげよっか?♡」
「なっ……馬刺しだと!? キャルル村長、いくらあなたでも言って良いことと悪いことが――」
バチバチバチッ!
ヤンデレ兎と婚活ケンタウロスの間に、青白い火花が散る。
ルナキンのボックス席が、一瞬にして血で血を洗う戦場の最前線と化した。
(ヤバいヤバいヤバい! ここであのトンファーと三百五十馬力が激突したら、ルナキンが吹き飛ぶ! 損害賠償なんて払えないぞ!)
手取り14万の警官は、修羅場を収めるために究極の機転を働かせた。
「あーっ! 喉乾いたなー! そうだ、俺、メロンソーダ取ってくるわ! 二人とも、ドリンクバーで何か飲む!? ついでにスープバーもおかわりしようぜ!」
隼斗は立ち上がり、営業スマイル全開で二人の間に割って入った。
「あ……お兄さん、私、人参ジュースがいいな♡」
「私は、ルナミス帝国産のブレンドティーを頼む!」
隼斗の必死のクレーマー対応(矛先逸らし)により、間一髪で血の惨劇は回避された。
*
その後、すっからかんになった財布を抱え、隼斗はどうにか交番へと帰還した。
「はぁ……女心って、クレーマーより扱いが難しいな……」
疲れ切った体でデスクの椅子に沈み込む。
今日はいろいろなことがありすぎた。魔法使いの逮捕、キャルルの吐血、マンミアの号泣、そしてゴッドチューブの狂った実態。
異世界は、理不尽に満ちている。だが、自分の命を削って村を守ろうとするキャルルや、不器用だが真面目に国を憂うマンミアのような、優しくて愛すべき奴らもいるのだ。
「あいつらの笑顔、悪くなかったな」
ふと、デスクの上のノートパソコンの画面がチカッと光った。
昇級試験の項目とは別に、【PX機能(交番売店機能)】というアイコンが新しく追加されていることに気づく。どうやら、村の治安維持に貢献したことで、交番のシステムがアップデートされたらしい。
「PX……自衛隊とか警察の駐屯地にある、売店のことだよな」
クリックして開いてみると、そこには地球(日本)の日用品や食品が、こちらの通貨(銅粒など)で買える通販サイトのような画面が広がっていた。カップ麺や栄養ドリンクなどが並んでいる。
「すげぇ、地球のモノが買えるのか。手取り14万には厳しい値段設定だけど……」
画面をスクロールしていた隼斗の手が、ピタリと止まった。
右上の日付表示。
『十二月二十五日』
そして、PXの画面のど真ん中に、大きくポップアップ広告が表示されていた。
【クリスマス限定! 売れ残りホールケーキ(苺ショート) ただいま50%OFF!】
隼斗の脳裏に、土手で「半額のケーキは廃棄される私のようだ」と号泣していたマンミアの顔と、自分の命を削って疲労困憊で倒れたキャルルの顔が思い浮かんだ。
「……半額、か」
手取り14万。ただでさえ今日のファミレス代でカツカツだ。これを買えば、今月はもう本当にカップラーメンの汁を啜って生きるしかない。
だが、隼斗の顔には、不思議と笑みが浮かんでいた。
「ブラック企業の残業代よりは、よっぽど有意義な金の使い方だな」
交番の薄暗い部屋の中、隼斗は迷うことなく『購入』のボタンをクリックした。
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