EP 3
ヤンデレ兎と婚活ケンタウロス。手取り14万に忍び寄る規格外の相棒たち
石畳の路地に、パカッ、パカッという重厚な蹄の音が響き渡った。
村人たちがざわめきながら道を空けると、そこから二人の女性が姿を現した。
一人は、見上げるような巨体を持つケンタウロス種の女性。
上半身は凛とした気品と強靭な筋肉を併せ持つ美しき麗人であり、洗練された軽装鎧を身に纏っている。しかし、下半身の艶やかな栗毛の馬体には、なぜか作業服専門店『タローマン』のロゴがデカデカと入った「ガテン系ネイビー防刃撥水マックス馬着」が着せられていた。
もう一人は、彼女の隣を歩く、愛らしい兎の耳とふかふかの尻尾を持つ美少女。
こちらは王族のドレスなどではなく、タイトなTシャツにダボッとしたパーカー、そして色落ちしたジーンズという、現代風のラフなストリートファッションに身を包んでいる。足元には、つま先に超硬質の鉄芯が入った『タローマンプロ・特注安全靴』が光っていた。
(でかっ!? 馬!? いや、ファンタジー世界だからケンタウロスか! 隣の兎耳の子は可愛いけど、足元の安全靴がやけにガチだな……)
手錠をかけたガンツを確保したまま、隼斗は内心で激しくツッコミを入れていた。
彼に備わったスキル【犬のお巡りさん】の嗅覚が、二人から発せられる尋常ではない『強者の匂い』を嗅ぎ取って警告を発している。特にケンタウロスの女性からは、地球のスポーツカーもかくやという圧倒的な馬力(質量)の気配が漂っていた。
「そこまでだ、異邦の警邏の者よ」
ケンタウロスの女性が、威厳に満ちた声で隼斗に歩み寄る。
「私はこのポポロ村の自警団リーダーを務める、マンミアだ。……見事な手際だった。丸腰に近い状態で魔法使いに立ち向かい、一切の血を流すことなく、自らの知恵と暗器のみで無力化してみせた。その弱き者を庇う自己犠牲の精神、まさに高潔なるノブリス・オブリージュの体現。元騎士団長として、深い敬意を表しよう」
マンミアは右手を胸に当て、騎士の礼をとった。
過大評価もいいところである。隼斗は「死にたくない」「魔法怖い」と怯えながら、前世で培ったクレーム対応の悪知恵と、支給された催涙スプレーをぶっ放しただけだ。
しかし、ここで「いや、めっちゃビビってました」と馬鹿正直に言うほど、営業マンとしての経験は浅くない。
「とんでもない。私はポポロ村駐在所に赴任した、巡査の高杉隼斗と申します。弱い者を守るのは、警察官として当然の務めを果たしたまでですから」
隼斗は立ち上がり、完璧な四十五度の角度でお辞儀をして、営業スマイルを浮かべた。
「高杉……隼斗殿か。立派な志だ。ちなみに、その、若く見えるが……おいくつかな?」
マンミアが、なぜか少しだけ頬を染め、もじもじと馬体の前足を動かした。蹄鉄が石畳をカチャカチャと鳴らす。
「え? 今年で二十五歳ですが」
「二十五歳ッ!?」
ヒヒーンッ! と、マンミアが思わず馬のいななきを上げた。
(に、二十五歳!? 私と同い年! アナステシア世界では完全に『売れ残り』の崖っぷち世代! まさか彼も独身……!? いや、落ち着けマンミア! 彼ほど高潔な男性なら、すでに奥方がいるやも……!)
「あ、あの! 隼斗殿は、その……ご結婚は!?」
「えっ? いや、ずっと仕事(社畜)ばかりで、恋人すらいたことない独身ですけど……」
「どっ、独身ッ!!」
ブルルルルッ! と激しく鼻息を吹き出し、マンミアの瞳孔がカッと開いた。
アナステシア世界において、十六歳で成人・結婚は当たり前。二十五歳独身のマンミアにとって、同じ年齢で未婚、しかも自分を恐れない誠実な男性の登場は、まさに天からの啓示に等しかった。
(独身! 同い年! 高潔! これは……ついに私の背中に乗るに相応しい殿方が現れたということ!? ああ、アリストテレスよ、これも私が中庸の美徳を守り抜いたご褒美なのですね!)
「あの、マンミアさん……? 顔が真っ赤ですが、熱でも……」
「ななな、なんでもないぞ! 隼斗殿、のちほど交番とやらに自警団として挨拶に伺おう! 色々と、そう、個人的な『将来の防衛計画』について擦り合わせをしなければな!」
興奮のあまり心拍数を二百近くまで跳ね上げたマンミアは、ドタバタと蹄を鳴らしながら、顔を覆って路地の奥へ走り去ってしまった。
「……なんだったんだ、あの人」
嵐のようなケンタウロスが去り、隼斗がポカンとしていると、今度は隣にいた兎耳の美少女が、ふわりと軽やかな足取りで近づいてきた。
「ふふっ。マンミアちゃんをあんなに慌てさせるなんて、お巡りさん、すごいね」
透き通るような甘い声だった。
至近距離で見ると、彼女の美しさは圧倒的だった。大きな瞳には星屑が散りばめられたようにキラキラとした光が宿り、純白の兎耳が感情に合わせてピクピクと動いている。
「あ、申し遅れました。高杉と言います。あなたは?」
「私はキャルル。キャルル・ムーンハート。このポポロ村の村長をしてるの。お巡りさん、私の大切な村の子を助けてくれて、本当にありがとう♡」
キャルルは満面の笑みを浮かべ、両手で隼斗の右手をギュッと握りしめた。
ふわりと、甘い花のような香りが漂う。
手取り十四万の疲弊した心に、美少女からの純度百パーセントの感謝と笑顔が染み渡る。
(村長さんか……なんて純粋で優しい子なんだ。まるで童話のお姫様みたいだ)
隼斗はすっかり骨抜きにされ、鼻の下を伸ばしかけた。
――しかし、彼には備わっていたのだ。【犬のお巡りさん】の嗅覚が。
(……ん? なんだ、この匂い)
花の香りの奥底に隠れた、極限まで研ぎ澄まされた『濃密な血と鉄の匂い』。
それは、幾多の死線を潜り抜け、圧倒的な暴力を内包している者にしか出せない危険信号だった。目の前の小柄な美少女が、先ほどの魔法使いなど比較にならないほどのバケモノであることを、隼斗の本能が警告していた。
一方、キャルルもまた、隼斗の手を握りながら彼の『本質』を読み取っていた。
月兎族の特性である『心音の看破』。彼女の耳には、隼斗の胸の内で鳴り響く鼓動が、オーケストラのように鮮明に聞こえている。
(……すごい。魔法使い相手に立ち向かった時、この人、心臓が破裂しそうなほどバクバク言ってた。足の震えも止まってなかった。本当は、すごく怖がりなんだ)
キャルルは、星の王子さまのような純真な笑顔の裏で、暗く甘い歓喜に震えていた。
(力に自信があるから助けたんじゃない。自分が死ぬかもしれないってわかってて、それでも、見ず知らずの子供のために理不尽に立ち向かった……。こんなに優しくて、嘘がなくて、綺麗な心音……私、初めて聞いた)
レオンハート王国という狂った力社会で、己を利用価値のある『妾』や『兵器』としてしか見ない者たちに絶望し、亡命してきたキャルル。
彼女にとって、隼斗の打算のない自己犠牲の心音は、暗闇に差し込んだ一筋の強烈な光だった。
「お巡りさん。……隼斗、お兄さん」
キャルルは、組んだ手にグッと力を込め、上目遣いで隼斗を見つめた。
「隼斗お兄さんは、理不尽に虐げられる人がいたら、自分が傷ついても絶対に守ってくれるんだよね?」
「えっ? あ、ああ。俺は警察官だからね。この村の平和は、管轄の俺が守るよ」
営業スマイルで答えた隼斗の言葉に、嘘の響きは一切混じっていなかった。
その瞬間、キャルルの瞳の奥にあった星屑の光が、ドロリと熱を帯びた『暗い情念』へと変貌した。
「……嬉しいな。私、隼斗お兄さんのこと、だーいすき♡」
キャルルはパーカーのポケットから、大切そうにハンカチを取り出した。
それは、なぜか『叫んでいる顔の人参マンドラ』がびっしりと刺繍された、異様に重圧感のある手作りのハンカチだった。
「これ、あげる。私の手作りだよ。これで汗を拭いてね」
「お、おう。ありがとう……(なんだこの柄?)」
「あのね、隼斗お兄さん」
キャルルは、隼斗の耳元に顔を寄せ、甘く、それでいて逃げ場のない声で囁いた。
「この村は私が守る。でも、隼斗お兄さんのことは、私が守ってあげるからね。……だから、ずっと、ずぅーーっと、私の傍から離れないでね? もし、私以外の誰かのためにその綺麗な心音を鳴らしたら……お兄さんの顎、時計回りに百八十度回しちゃうからね?♡」
「…………は?」
背筋にゾクッと悪寒が走る。
今、この美少女はなんと言った? 顎を回す? 百八十度?
冗談だと思って顔を見ると、キャルルは天使のような笑顔を浮かべたまま、その瞳には一切の光がなかった。
本気だ。この子は、物理的に人の顎を粉砕できる力を持っていて、なおかつ本気で言っている。
「さ、交番に戻ろっか! その悪い人は留置場に入れて、調書作らないとね!」
キャルルはパッと離れると、何事もなかったかのように無邪気な声で笑い、ガンツの襟首を片手で軽々と掴み上げた。そのまま、何十キロもある巨漢を、スーパーのレジ袋でも引きずるようにズルズルと引っ張っていく。
「あ、はい……すぐ行きます……」
手取り十四万の社畜警官。
彼が配属された異世界の交番には、どうやら魔法使いよりも恐ろしい「重すぎる愛を持つヤンデレ兎」と、「結婚に焦り狂う質量兵器ケンタウロス」という、規格外の相棒たちが居座ることになるらしい。
隼斗は、真っ白なママチャリを押しながら、自分の胃がキリキリと痛み始めるのを感じていた。
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