EP 9
運命のコイントスと泥臭い包囲網。炎上の刃を「現行犯逮捕」す
「ハハハハッ! 包囲網だと? 笑わせるな、下等生物が!」
魔将軍ミラースが、巨体を揺らして嘲笑した。
「俺の【ソード】は概念の切断だ。貴様らがどんな陣形を組もうが、どんな罠を張ろうが、俺の刃が触れた瞬間にすべては両断される。……絶対的な『力』の前に、小細工など無意味だと教えてやる!」
ミラースが妖刀『哭刀』を構え、じりじりと距離を詰めてくる。
触れられれば、盾だろうが闘気だろうが即死。防御という選択肢が完全に機能しない、理不尽の極致。
だが、M870ショットガンを構えた隼斗の脳内は、氷のように冷え切っていた。
(……ブラック企業の営業現場で、一番厄介なのは『正論』や『実績』をすべてシャットアウトする、頑固なクレーマーだ。……だが、どれだけ強固な壁を作っていても、必ず『物理的に防げないもの』が存在する)
隼斗は、ユニークスキル【犬のお巡りさん】の五感を極限まで研ぎ澄ませた。
ミラースの筋肉の動き、呼吸の音、妖刀から放たれる殺気の匂い。そのすべてを情報として処理し、必勝の盤面を組み上げていく。
「マンミアさん! あいつを狙うな! お前の『メビウス(鎖)』で、あいつの足元の地面と、砕けた瓦礫を思い切り粉砕しろ!」
「なっ……地面を!? 承知した!」
隼斗の突飛な指示に一瞬驚きつつも、マンミアは即座に分銅付き鎖を振り回した。
ブォォォォォォッ!!
三百五十馬力の遠心力が乗った巨大な鉄球が、ミラースの足元のアスファルトと、両断されたゴーレムの石の残骸に激突する。
ドゴォォォォォンッッ!!
凄まじい衝撃と共に、大地が爆発したかのように砕け散り、大量の土煙と粉塵がドーム状に巻き上がった。
「目くらましのつもりか! 無駄だ!」
ミラースが煩わしそうに妖刀を振るう。
ザシュッ! ザシュゥゥゥンッ!
恐るべき概念斬りが、空間ごと土煙を両断していく。だが、斬り裂かれた先から、再び粉塵が混ざり合い、視界は一向に晴れない。
「そうだ。……お前の剣は『形あるもの』は斬れても、『気体』は斬り殺せない!」
隼斗は、粉塵の向こう側で盲滅法に剣を振るうミラースに向けて、M870ショットガンの引き金を連続で引いた。
ガシャコンッ! バァァァンッ!
放たれたのはゴム弾ではない。日本警察が誇る、世界一凶悪なカプサイシンを濃縮した『高濃度催涙ガス弾』だ。
「チッ、飛び道具か!」
ミラースの卓越した動体視力が、飛来する弾丸を捉え、妖刀がそれを空中で真っ二つに両断した。
「――かかったな」
隼斗がニヤリと笑う。
弾丸が斬り裂かれた瞬間、内部に圧縮されていた超高濃度の催涙ガスが、起爆するよりも早く空中にぶち撒けられたのだ。
土煙の中に、強烈な刺激臭を放つガスが急速に充満していく。
「ガッ……!? ゴホッ、ゲホォォォッ!! な、なんだこれは……目が、喉が焼けるように……ッ!」
魔将軍といえど、生物である以上、呼吸を止めて戦うことはできない。網膜を焼き、気管の粘膜を直接破壊する現代科学の化学兵器に、ミラースは涙と鼻水を垂らしながら激しくむせ返った。
『ミ、ミラース!? 何をしている、ただの煙だぞ! 早くそいつらを斬り捨てろ!』
上空の眼球が焦ったように叫ぶ。
「う、うるせぇっ! どこだ……どこにいテメェらぁぁっ!!」
完全に視界を奪われ、激痛に狂ったミラースは、手当たり次第に周囲へ向かって『飛ぶ斬撃』を乱れ打ち始めた。
ヒュンッ! ズバァァァァンッ!
見えない刃が、周囲の木々や地面を次々と両断していく。
「くっ……これじゃ近づけない!」
キャルルが舌打ちをする。視界が効かないのはこちらも同じだ。それに加え、デタラメに放たれる即死の斬撃のせいで、懐に飛び込む隙が全くない。
一秒でも動きを止められれば。相手の刃を、ほんの一瞬でも上に向かせることができれば、決着はつくのに。
「……フェイト!!」
隼斗は、背後で足がすくみ、膝をつきかけていたサボり魔剣士に向かって叫んだ。
昨夜の、交番のベンチでの会話が蘇る。
『俺がどうしようもなくなった時。この村がヤバい事態になった時……その時だけは、お前の力を頼るぞ』
「お前の『運』を俺に貸せ!! 失敗した時の責任は、全部俺が被ってやるから……今すぐそのコインを弾けェェェッ!!」
隼斗の魂からの咆哮が、戦場に響き渡る。
その声を聞いたフェイトは、ビクンと肩を震わせた。
(……アンタって人は、本当に)
フェイトは、震える手で懐に手を入れた。
引きずり出したのは、一枚の金貨。
責任から逃げるための道具だったそれは今、大切な『居場所』と『仲間』を守るための、勇気の引き金へと変わっていた。
「……了解したよ、巡査長!!」
キィィィィンッ!
フェイトの親指が、金貨を高く弾き飛ばした。
夕焼けの光を反射しながら、金貨は空中で激しく回転し、フェイトの掌に着地する。
――出目は、『表』。
「……ッ!!」
フェイトの全身から、爆発的な黄金のオーラが立ち昇った。
ユニークスキル【コイントス】・表の効果。全ステータス二倍、および運気二倍。
極度のプレッシャーから解放され、迷いを捨てたA級冒険者が、ついにその真の牙を剥いた。
「行くぜぇぇぇっ!!」
フェイトは地を蹴り、ガスの充満する死地へと一直線に飛び込んだ。
二倍に跳ね上がった超人的な動体視力と、『運気二倍』による奇跡的な直感で、盲滅法に放たれるミラースの斬撃の軌道をコンマ一秒で先読みし、紙一重ですり抜けていく。
「なっ……貴様っ!」
目の前に突如現れた黄金の剣士に、ミラースが驚愕の声を上げる。
「死ねぇぇっ!」
ミラースは、渾身の力を込めて妖刀を振り下ろした。触れればすべてを両断する、絶対の刃。
だがフェイトは、避けるどころか、自らのミスリルソードを構えて真正面から迎え撃った。
「概念斬りだろうがなんだろうが……当たる角度がズレりゃ、ただの鉄の棒だろォがっ!!」
ガギィィィィィィンッッ!!!!
二つの剣が激突した瞬間、強烈な火花と衝撃波がガスを吹き飛ばした。
フェイトは『運気二倍』の奇跡的な補正と、A級の絶技を融合させ、ミラースの刃を正面から受けるのではなく、刃の『側面』を斜め下から滑らせるように叩き上げ、斬撃の軌道を強引に上空へと逸らしたのだ。
「馬鹿なっ!? 俺の剣を、人間が弾いただと!?」
ミラースの巨体が、大きくバランスを崩して仰け反る。
完璧な隙が生まれた。
「キャルル!!」
「任せて、お兄さぁぁぁんっ!!」
フェイトが作った一瞬の隙。そこに、マッハの速度でキャルルが飛び込んだ。
「月影流……膝砕きっ!!」
ドゴォォォォンッ!!
キャルルの安全靴が、ミラースの右膝の関節を正確に打ち抜いた。
「ぐあぁぁっ!?」
巨大なネフィリムの足がへし折れ、たまらずガクンと膝をつく。高かったミラースの頭の位置が、隼斗の目の高さまで落ちてきた。
「チェックメイトだ、バケモノ」
煙の中から、幽鬼のように音もなく現れたのは、高杉隼斗。
【犬のお巡りさん】の嗅覚と聴覚で、味方の動きと敵の隙を完璧に把握していた隼斗は、最も無防備になったミラースの顔面の目の前に立っていた。
「テメェ……!」
ミラースが妖刀を戻そうとするが、もう遅い。
隼斗の手には、ショットガンではなく、真っ赤な『警察用・超高濃度催涙スプレー』が握られていた。
「ポポロ村の法律の味、とくと味わえ」
プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
至近距離、わずか数センチ。
スプレーの全量が、息を吸い込もうと開いたミラースの口と鼻、そして両目にダイレクトに噴射された。
「ア……ッ!? ガ、アギィィィィィィィィィッッ!!!!」
ガス弾の比ではない、超至近距離からの粘着性原液。
気管も肺もドロドロに焼け焦げるような究極の激痛に、ミラースは妖刀を取り落とし、自らの顔を掻きむしって絶叫した。
痛みに狂い、魔力も闘気も完全に霧散する。
その瞬間。
隼斗は、腰から銀色に輝く『警察の手錠』を引き抜いた。
ガチャンッ!!
もがき苦しむミラースの太い両腕を強引に後ろ手に回し、冷たい金属の輪を食い込ませる。
手錠がロックされた瞬間、銀色の輪から青白い『法と秩序』の魔法陣が展開され、ミラースの巨体を縛り上げた。
異世界の警察手帳が持つ公権力の威光。手錠をかけられた者は、一切の魔力とユニークスキルを封じられる、絶対的な概念拘束具である。
「ユニークスキル【ソード】……完全に沈黙したな」
隼斗は、火傷と擦り傷だらけの顔で、泥と催涙ガスにまみれたミラースを見下ろした。
そして、空に浮かぶ炎上神の眼球を真っ直ぐに睨みつけ、全国の視聴者に向けて、冷徹に、そして誇り高く言い放った。
「午後六時四十五分。……器物損壊、殺人未遂、および公務執行妨害で。現行犯逮捕だ!!」
『な、なんだとォォォッ!? 馬鹿な、私の魔将軍が……ただの人間ごときに、力負けすらしないでハメ倒されただと!?』
上空の眼球が、信じられないものを見るように痙攣し、怒りとパニックで絶叫する。
『こんな結末、誰も望んでいない! 炎上しない! 数字が……視聴者が離れていくぅぅっ!』
無惨に手錠をかけられ、泡を吹いて気絶した魔将軍。
圧倒的な力を持つ悪役が、なんのカタルシスもなく、ただ泥臭く「逮捕」されるという地味すぎる結末。炎上や悲劇を求めていた悪趣味な視聴者たちは、急速に興味を失い、配信の接続数は一気に激減していった。
プチッ。
最後には、魔力供給が途絶えた眼球が破裂し、ポポロ村の空に、完全な静寂が戻ってきた。
「……終わった、か」
張り詰めていた糸が切れ、隼斗はフラフラとよろめき、その場にどっかりと座り込んだ。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、制服はボロボロだ。
「高杉の旦那ァァッ!!」
「お兄さぁぁぁぁんッ!!」
「隼斗長ぉぉぉッ!!」
土煙が晴れた戦場を駆け抜け、三人の仲間たちが、隼斗の元へ文字通り飛びついてきた。
「うおっ!? い、痛い痛い! 傷に障るって!」
「生きてる……! お兄さん、本当に無事でよかったぁぁぁっ!」
キャルルが隼斗の胸に顔を埋め、ボロボロと大粒の涙を流す。
「見事な采配でした、我が主! あのような絶望的な刃を、己の知恵と勇気で打ち破るとは……! やはりあなたは、私の生涯を預けるにふさわしい男だ!」
マンミアも、土にまみれた顔で誇らしげに隼斗の手を握りしめた。
「へへっ……どうだ、旦那。俺の『表』の力、見たか?」
黄金のオーラを消し、いつもの気だるげな顔に戻ったフェイトが、得意げに鼻をこする。
「ああ。最高にカッコよかったぞ、フェイト。……お前のおかげで、俺の管轄を守りきれた」
隼斗が心からの笑顔で感謝を伝えると、フェイトは照れくさそうに頭を掻いた。
最強の武力も、理不尽なチート能力もない。
だが、手取り16万の社畜警官には、どんな絶望をも覆す『知恵』と『悪知恵』、そして最高の『仲間たち』がいた。
「さて……」
隼斗は、ゆっくりと立ち上がり、村の空を見上げた。
結界は壊されてしまったが、村人たちに死者は一人も出ていない。
「お前ら。腹減っただろ。……今日の夕飯は、俺の奢りでファミレス(ルナキン)で宴会だ!」
ワァァァァァッ!!
三人の歓声が、夕闇の迫るポポロ村に響き渡った。
理不尽な神の企みを完全に打ち砕いた、泥臭くも痛快な『現行犯逮捕』。
彼らの祝勝の夜は、まだまだこれからが本番であった。
読んでいただきありがとうございます。
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