EP 10
煙草と缶コーヒー、終わらない交番の日常。次なる理不尽(事件)を待つ夜
「かんぱーいっ!!」
ポポロ村のメインストリートに建つ、異世界最大のファミレスチェーン『ルナキン』。
その一番奥のボックス席で、四つのジョッキとグラスが勢いよくぶつかり合った。
網焼きハンバーグの焦げる香ばしい匂いと、大盛りフライドポテトの熱気がテーブルを包み込んでいる。
「いやぁ、食え食え! 今日は俺の奢りだ! 手取り16万に昇給した交番の底力、見せてやるからな!」
顔中に絆創膏を貼り、制服を泥だらけにした高杉隼斗が、ジョッキに入ったエール(隼斗はノンアルコール)を呷りながら上機嫌に笑う。
「わぁい! お兄さんのおごりだーっ! ねぇねぇお兄さん、あーんして♡」
隼斗の隣にピタリとくっついて座るキャルルが、フォークに刺した肉汁たっぷりのハンバーグを、隼斗の口元へと運んでくる。
「ん、あーん……熱っ! でも美味いな!」
「えへへ♡ 私がフーフーして愛情を込めたからね! もう一口いく? それとも、私をた・べ・る?♡」
ヤンデレ兎の限界突破した甘えっぷりに、向かいの席に座っていたマンミアが、ギリィッと手元のフォークをへし折った。
「ぬぐぐ……! キャルル村長、いくらなんでも密着しすぎだ! 公衆の面前で破廉恥な!」
「えー? マンミアちゃんこそ、さっきからテーブルの下で、お兄さんの足に自分の蹄をすりすりしようとしてるの、バレてないと思ってるの?」
「なっ!? こ、これはただのストレッチであって、決して隼斗長の逞しいふくらはぎを堪能しようなどという不純な動機では……ッ!」
顔を真っ赤にしてパニックになるケンタウロスの騎士。
「だいたい隼斗長! 昼間も言いましたが、あの二輪の鉄の馬に乗るくらいなら、私の背中の方が絶対に乗り心地が良いはずです! サスペンション(膝)の柔軟性も、燃費(食費)も、私の方が優れていると証明してみせますから!」
「いや、マンミアさんに乗ってパトロールしたら、目立ちすぎて職務質問しづらいんだってば」
隼斗が苦笑いしながら宥めていると、ボックス席の端で、フェイト・ラックがテーブルに突っ伏してわんわんと泣き始めた。
「うおおおぉぉんっ! 俺の、俺の給料がぁぁぁっ!!」
「おいおいフェイト、どうしたんだよ。さっきまで魔将軍の剣を弾いた英雄ヅラしてたくせに」
「聞いてくれよ高杉の旦那! 俺、さっきコイントスで『表(運気二倍)』が出たから、戦闘が終わった直後に魔導通信石で宝くじを全額(三十万)買ったんだよ!」
「……嫌な予感しかしないけど、それで?」
「購入ボタンを押した瞬間に、時間切れで『表』の効果が切れたんだよぉぉっ! 全部ハズレだ! 今月の俺の生活費、ゼロだああああっ!!」
「自業自得だバカヤロウ! だからギャンブルなんかに頼るなと言ってるだろうが!」
大泣きする月給30万のサボり魔剣士の頭を、手取り16万の社畜警官が丸めたメニュー表でスパーンと叩く。
キャルルがクスクスと笑い、マンミアが「自業自得だ」と呆れ果てる。
魔将軍ミラースの襲撃。
絶対防衛結界が破壊され、村中が絶望に包まれた数時間前が嘘のように、いつもの騒がしくも温かい日常が戻ってきていた。
結局、隼斗たちはファミレスの閉店時間まで飲み食いし、ワチャワチャと騒ぎ続けた。
レジでの会計時、八千G(約八千円)という請求額に隼斗が少しだけ財布の紐を気にして汗をかいていると、フェイトが「ツケで」と言おうとしてマンミアに殴られ、キャルルが「私がお兄さんの分も払うよ♡ その代わり一生養ってね♡」と重すぎる提案をしてきたが、隼斗は断固として自分の財布からお金を出した。
上司として、仲間たちに奢る。前世では決して味わえなかったその小さな誇りが、隼斗にとってはたまらなく嬉しかったのだ。
*
「あー、食った食った。ルナキンのパフェ、最高だったね!」
「うむ。カロリーが少し気になるが……明日からまたパトロールで消費すれば問題あるまい」
ファミレスを出ると、ひんやりとした夜風が火照った顔を優しく撫でた。
夜空を見上げると、魔将軍に破壊された結界の修復作業をドワーフたちが急ピッチで進めており、魔力の残滓がオーロラのように美しく輝いている。
「お兄さん、私、あそこの屋台で売ってる光るアメ細工が見たいな!」
「私も同行しよう! 隼斗長に変な虫がつかぬよう、護衛せねばならんからな!」
キャルルとマンミアが、少し先にある夜店の屋台へと小走りで向かっていく。
「あんまり遠くに行くなよー、迷子になるなー」
隼斗は保護者のような声で二人を見送ると、ふぅと息を吐いて、店の外にある丸太のベンチに腰を下ろした。
「……お疲れかい、旦那」
隣に、フェイトがドカッと腰を下ろす。
彼は懐からポポロ・シガレットを取り出し、指先の小さな魔法で火をつけると、紫煙を夜空に深く吐き出した。
「まぁな。手取り16万の仕事量じゃねえよ、魔将軍の現行犯逮捕なんて。……明日、王都の警察本部(上層部)に始末書を書くことだけが憂鬱だ」
隼斗は苦笑しながら、交番のPX(売店機能)から取り寄せた、地球の『ショート缶コーヒー(微糖)』を二本取り出し、一本をフェイトに放り投げた。
「おっと。サンキュー」
フェイトは慣れた手つきでプルタブを開け、一口啜る。
「……王都の連中、腰抜かすだろうな。天下の魔将軍が、催涙スプレーと手錠で捕まったなんて聞いたらよ」
フェイトは、短くなった煙草の灰を落とし、横目で隼斗を見つめた。
「でも、アンタだからできたんだ。俺の『運』を信じて、アンタが泥を被って突っ込んでくれたから……あのバケモノを止められた」
「俺一人じゃない。お前が剣を弾いて、キャルルが膝を砕いて、マンミアさんが煙幕を作った。誰か一人が欠けても、逮捕はできなかったさ」
隼斗も缶コーヒーを開け、一口飲んだ。
冷えた体に、温かいコーヒーの苦味が染み渡る。
「……俺さ、前世じゃ、ずっと一人で戦ってるつもりだったんだ」
隼斗は、輝くオーロラの空を見上げながら、ポツリとこぼした。
「会社じゃ誰も助けてくれない。失敗すれば全部自分のせい。だから、誰のことも信じられなかった。……でも、この交番に来て、お前らみたいなハチャメチャな奴らと出会って、少しだけ分かった気がする」
「分かった?」
「ああ。一人じゃどうにもならない理不尽でも、バカみたいに信じ合える仲間がいれば、案外なんとかなるもんだなってな」
隼斗は、フェイトに向かってニヤリと笑った。
「だから、これからも頼りにしてるぞ。月給30万のサボり魔剣士」
その言葉に、フェイトは一瞬だけ目を丸くし、やがて、心底おかしそうに肩を揺らして笑った。
「……ははっ。手取り16万の上司に、そんなこと言われちゃあな」
フェイトは煙草を携帯灰皿に押し付けると、手に持っていた缶コーヒーを、隼斗の缶に向かって差し出した。
「悪くない職場だな。高杉の旦那」
「サボったら、即刻手錠かけて逮捕だからな」
カチンッ。
静かな夜の空気に、スチール缶がぶつかり合う小気味良い音が響いた。
それは、身分も、強さも、給料も全く違う二人の男が、確かな『相棒』として絆を結び直した音だった。
「おーい! お兄さーんっ! フェイトさーんっ!」
「早く来ないと、アメ細工が売り切れてしまうぞ!」
少し離れた場所から、キャルルとマンミアが大きく手を振っている。
「ほら、お姫様たちがお呼びだ。行くぞ、フェイト」
「へいへい。あーあ、俺の給料、少し前借りできねぇかな……」
ぼやきながら立ち上がるフェイトの背中を押し、隼斗は二人のヒロインが待つ光の中へと歩き出した。
ポポロ村の交番には、明日もまた、メロロンの脱走や人参マンドラの悲鳴、そしてサボり魔の言い訳が響き渡るだろう。
理不尽な神の企みも、王都の陰謀も、まだ完全に消え去ったわけではない。
炎上の神ワイズも、その勇者も、必ずまた次なる『悪意』を仕掛けてくるはずだ。
だが、今の彼らには何の迷いもない。
どんな理不尽な事件が起きようと、どんな強大な敵が現れようと。
手取り16万の社畜警官と、最強の仲間たちは、己の知恵と悪知恵、そしてチームワークで、すべてを『現行犯逮捕』してみせるだろう。
異世界交番のワチャワチャと騒がしい日常は、これからもずっと、終わることなく続いていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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