EP 7
タローマンの休日。尊い日常と、引き裂かれた防衛結界
「おいフェイト。俺の買い物カートに、勝手に六万Gもする『特級・天使の羽毛ハンモック』を突っ込むんじゃねえ。誰が払うんだ」
「いやいや高杉の旦那、これは自警団のパトロールにおける必要経費だって。質の高い睡眠は、質の高いA級冒険者のパフォーマンスを生み出すわけでさぁ……」
非番の午後。
ポポロ村のメインストリートに鎮座する、大型ホームセンター兼衣服店『タローマン』。
作業服から農具、ポーション、そして魔獣用の防具まで何でも揃うこの巨大店舗の中で、手取り16万の社畜警官と、月給30万のサボり魔剣士が、カートを挟んで不毛な押し問答を繰り広げていた。
「てめぇ、月給30万ももらってんだから自腹で買え! っていうかパトロール中にハンモックで寝る前提なのが許せねえ!」
「旦那ぁ、ケチケチすんなよぅ。手取り16万に昇給したんだから、部下への投資だと思ってさ……ヒッ」
フェイトの軽口が、途中でカエルが潰れたような悲鳴に変わった。
彼の背後に、純白の兎耳を揺らすキャルルが、一切の光を宿さない漆黒の瞳で立っていたのだ。
「へぇ……? フェイトさん、うちのお兄さんが汗水流して稼いだお金で、サボるための道具を買ってもらおうとしてるんだね?」
――ガチャキッ。
キャルルが両手に握ったダブルトンファーの安全装置を外す、冷たい金属音が響く。
「お兄さんの懐に寄生するダニは、私が物理的にすり潰して駆除してあげよっか?♡ その首、時計回りに何回転するか実験してあげる」
「じょ、冗談だよ村長ちゃん! 俺の金で買う! 自腹で買うからその物騒なモンしまって!!」
ヤンデレ兎の純度百パーセントの殺意に触れ、フェイトは慌ててハンモックを棚に戻した。
「相変わらず騒がしい奴らだな、お前たちは」
隼斗が呆れながらため息をついた時、試着室のカーテンが勢いよく開いた。
「は、隼斗長……! お待たせした! ど、どうだろうか……!」
顔を耳の先まで真っ赤にして現れたのは、自警団リーダーのマンミアだった。
彼女が着ているのは、タローマンの最新作『ガテン系・超撥水馬着(プロ仕様)』。
過酷な農作業や戦闘にも耐えうる高耐久素材でありながら、夜間の視認性を高めるための蛍光リフレクターが各所に施された、実用性全振りのウェアである。
だが、恋する乙女であるケンタウロスの騎士は、両手で顔を覆いながらモジモジと馬の蹄を鳴らしていた。
「こ、このような機能性ばかりの服、女性としては恥ずかしいのだが……! いざという時は、隼斗長の隣を歩くウエディングドレスの代わりにも……な、ならないか!?」
乙女心と重装備が完全に迷子になっているマンミアに対し、隼斗は真剣な顔で顎に手を当てた。
「いや、すごくいいと思うぞ、マンミアさん。その蛍光リフレクター、夜間パトロールでの交通事故防止に最高じゃないか。耐久性も良さそうだし、何よりその凛とした立ち姿によく似合ってる。実用性と美しさを兼ね備えた、素晴らしいデザインだ」
「なっ……!」
手取り16万の警察官による、実用性を何より重んじる真っ直ぐな称賛。
それがマンミアの心臓を、見事に射抜いた。
「に、似合っている……! 美しさを兼ね備えた……! ああっ、アリストテレスよ! 私の旦那様は、私のすべてを受け入れてくださるというのか!」
マンミアは感動のあまりブヒヒィーン! と高らかにいななき、その場でパッカパッカと喜びのステップを踏み始めた。
「あーあ。マンミアちゃん、またお兄さんの営業スマイル(おせじ)を真に受けてバグっちゃった」
「ほんと、高杉の旦那も罪な男だねぇ。……ま、このパーティのボスとしては、悪くないけどな」
フェイトが苦笑いしながら、レジに向かう隼斗の背中を見つめる。
結局、隼斗が買ったのはPXで補充できない日用品と、交番用の掃除用具。そして、「いつも頑張ってくれてるからな」と、全員分の缶ジュースだった。
「わーい! お兄さんのおごりだー♡」
「かたじけない、隼斗長! このジュースの空き缶は家宝として祀らせていただく!」
「いや捨てろよ」
買い物を終え、四人は笑い合いながらタローマンの自動ドアを抜けた。
外は、夕焼けが村をオレンジ色に染め上げる、穏やかな夕暮れ時。
缶ジュースを片手に、たわいもない冗談を言い合いながら帰路につく。
「今日の夕飯は、交番で鍋でもするか。キャルルちゃん、大根余ってたよな?」
「うんっ! 私がとびっきり美味しいのをすり下ろしてあげるね!」
「なら俺は、酒のつまみに極上のポポロ・シガレットを提供しよう」
「タバコはつまみにならん! フェイト、貴様は肉の買い出しに行け!」
平和で、温かくて、騒がしい日常。
隼斗は、缶ジュースを啜りながら、隣を歩く最強で最高の相棒たちの横顔を見つめた。
(……この村の治安は、俺が絶対に守る。このバカ騒ぎが、明日も明後日も、ずっと続くように)
そんな決意を胸に、隼斗が優しく微笑んだ。
――その、刹那だった。
ヒュゥゥゥンッ……!
風切り音でもない。鳥の羽ばたきでもない。
空気を、空間そのものを無理やり『断ち切る』ような、異様な音が響いた。
「……え?」
隼斗の【犬のお巡りさん】の嗅覚が、唐突に、爆発的な『死と悪意の匂い』を感知した。
全身の毛穴が一気に開き、心臓が凍りつく。
直後。
ズドォォォォォォンッ!!
四人の歩く数メートル先の地面に、上空から『巨大な質量』が激突し、アスファルトをクレーター状に粉砕した。
「な、なんだ!?」
「敵襲か!?」
フェイトが即座にミスリルソードに手をかけ、マンミアが盾を構える。キャルルもジュースを放り捨て、臨戦態勢をとった。
もうもうと立ち込める土煙。
それが晴れた時、そこに転がっていたものを見て、隼斗は息を呑んだ。
「嘘、だろ……」
それは、石像の頭と胸部。
隼斗が村の北側の警備に配置していたはずの相棒――二十馬力の圧倒的な耐久力を誇る『巡査ゴーレム』の、上半身だった。
だが、異常なのはその破壊のされ方だ。
殴り砕かれたのではない。爆破されたわけでもない。
ゴーレムの分厚い石の胴体は、まるで豆腐でも切ったかのように、恐ろしいほど『滑らかで一直線な断面』を見せて、真っ二つに両断されていたのだ。断面は鏡のように周囲の夕焼けを反射している。
「ゴーレムが一撃で……両断された……?」
フェイトの顔から、いつもの余裕が完全に消え去った。
いかにA級冒険者といえど、この強固な石のゴーレムを、これほど綺麗な断面で斬り捨てることなど不可能だ。
その時。
ピキッ……、ピキピキピキッ……!!
空から、ガラスに巨大な亀裂が走るような、悍ましい音が鳴り響いた。
隼斗たちが一斉に上空を見上げる。
ポポロ村をドーム状に覆い、外敵から守り続けてきた不可視の壁――『絶対防衛結界』。
それが今、赤黒い不吉な光を放ちながら、空の頂点から地面に向かって、一直線に『斬り裂かれて』いた。
パァァァァンッッ!!!!
鼓膜を破るほどの爆音と共に、村の平和を象徴していた結界が、木端微塵に砕け散る。
光の破片が雪のように降り注ぐ中、裂けた結界の向こう側から、夕日の逆光を背負った、身の丈三メートル近い『絶望の巨影』が、ゆっくりと村の中へと足を踏み入れた。
『――アハハハハハッ! 結界解体、完了! さぁ視聴者の皆様、最高の炎上配信の始まりですよ!』
空中に浮かぶ不気味な巨大眼球から、炎上神ワイズの粘着質な声が村中に響き渡る。
そして巨影――魔将軍ミラースは、手にした妖刀『哭刀』についた石の粉を払いながら、歪な笑みを浮かべた。
「ずいぶんと硬い案山子だったが……俺の【ソード】の前に、斬れぬ物などない。……さて、どいつから肉塊に変えてやろうか」
つい数秒前まで四人で笑い合っていた、尊く温かい日常。
それは、絶対的な暴力と悪意によって、紙切れのように呆気なく引き裂かれた。
「……結界が」
キャルルが震える声で呟き、マンミアが顔面を蒼白にさせる。
神の悪意が作り出した、絶対的な理不尽の刃。
だが。
その絶望の巨影の前に、M870ショットガンをシャキッと構え、一歩前に踏み出した男がいた。
「ゴーレム……よく頑張った。あとは俺に任せろ」
手取り16万の社畜警官。
高杉隼斗の瞳から、恐怖や迷いは完全に消え失せていた。
あるのはただ、自分の大切な日常を土足で踏みにじった害虫に対する、冷徹なまでの怒りと、警察官としての『覚悟』だけだった。
読んでいただきありがとうございます。
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