EP 6
ヤンデレ兎との巡回デート。手取り16万の甘いキャラメル
抜けるような青空が広がる、ポポロ村の午後。
駐在所の前に停められた白い『125cc MTバイク(魔導エンジン仕様)』のエンジンが、小気味良いアイドリング音を響かせていた。
「それじゃ、午後のパトロールに行ってくる。交番の留守番と、ゴーレムの指揮は頼んだぞ、マンミアさん」
隼斗がヘルメットを被りながら声をかけると、交番の奥で山積みの書類(自警団の経費精算と、フェイトの借金取り騒動の始末書)と格闘していたマンミアが、ハンカチをギリィッと噛み締めた。
「くっ……! なぜ今日に限って、私が事務作業の当番なのだ! 隼斗長、パトロールなら私の背中の方が絶対に乗り心地が良いはずだ! その鉄の馬など捨てて、私に跨って――」
「いや、燃費的にバイクの方が小回り利くから。それにマンミアさん、書類仕事溜め込みすぎだぞ」
「ううぅっ……! いってらっしゃいませ、我が旦那様……!」
涙目で書類に向かうマンミアを尻目に、隼斗はバイクに跨った。
その後部座席に、ひらりと軽やかな身のこなしで飛び乗ってきた影がある。
純白の兎耳を揺らすポポロ村の村長、キャルル・ムーンハートだ。
「お待たせ、隼斗お兄さん♡ 今日は私が、村の隅々まで道案内してあげるね!」
キャルルは満面の笑みで、隼斗の腰にギュッと腕を回してきた。
背中に押し当てられる柔らかな感触に、隼斗は少しだけドギマギしながらも「あ、ああ。しっかり捕まってろよ」と咳払いをし、バイクを発進させた。
ブロロロロロォォォッ!
爽やかな風を切って、白いバイクが村の未舗装路を走っていく。
広大な農地。魔導風車が回る丘。すれ違う村人たちが、「お巡りさん、ご苦労さま!」「村長も精が出るねぇ!」と笑顔で手を振ってくれる。
隼斗も軽くクラクションを鳴らして応えながら、のどかな村の風景の中を駆け抜けた。
「……気持ちいいなぁ」
キャルルは目を細め、隼斗の広い背中にピタリと頬をすり寄せた。
彼女の月兎族の耳には、エンジンの振動越しに、隼斗の心音がはっきりと伝わってくる。
――トクン、トクン、トクン。
一定の、とても穏やかで、誠実な心音。
少し前までは、異世界のバケモノに怯え、ブラック企業のトラウマに縛られて、いつも早鐘のように乱れていた心臓。
それが今は、この村を守るという確かな『覚悟』を宿し、力強く脈打っている。自分のような化け物じみた力を持つ亜人にも、一切の打算なく、ただ『大切な仲間』として優しく接してくれる。
(あぁ……好き。お兄さんの心音、ずっと聞いていたいな。他の誰にも聞かせたくない。私だけのものにしたい……♡)
キャルルの腕の力が、無意識のうちにギリッと強くなる。
「お、おいキャルルちゃん? ちょっと苦しいんだけど。俺の腹の肉がちぎれる」
「あっ、ご、ごめんなさい! つい嬉しくて……えへへ♡」
隼斗の言葉にハッとして力を緩めるが、密着した体は離そうとしない。
やがてバイクは、村の西側――ポポロ村を一望できる小高い丘の上に到着した。
ここは、村を覆う『絶対防衛結界』の境界線に近い場所だ。
隼斗はエンジンを切り、バイクのスタンドを立てて降りた。眼下には、平和で豊かなポポロ村のパノラマが広がっている。
「いい眺めだな。交番のPCで見るデジタルマップも便利だけど、やっぱりこうして自分の目で管轄を見渡すのは違う」
隼斗は丘の上の草地に腰を下ろし、大きく背伸びをした。
キャルルもその隣にちょこんと座り、嬉しそうに兎耳を揺らす。
「うんっ! 私、この丘から見る村が一番好きなんだ。お兄さんが来てくれてから、村のみんな、前よりもっと笑うようになったよ。本当にありがとう」
「俺は、当たり前の仕事をしてるだけさ。……フェイトみたいに、月給三十万ももらってるわけじゃないしな」
隼斗は自嘲気味に笑い、制服のポケットをごそごそと探った。
「そういえばさ」
隼斗が取り出したのは、地球のコンビニで見かけるような、小さな黄色い紙箱だった。
「一昨日、俺が手取り16万に昇給しただろ? 交番のPX(売店)で使えるお金が少し増えてさ。……いつも俺を助けてくれるお前に、ちょっとしたプレゼントだ」
「プレゼント……?」
キャルルが目を丸くする。
隼斗は箱を開け、中から四角い、茶色い小さなブロックを一つ取り出した。
「俺の故郷の、『キャラメル』っていうお菓子だ。ほら、あーんして」
「あ、あーん……」
キャルルが言われるがままに小さな口を開けると、隼斗はその口の中に、ポンッとキャラメルを放り込んだ。
瞬間。
「……っ!?」
キャルルの目が、限界まで見開かれた。
口の中に広がったのは、これまでアナステシア世界で味わったことのない、濃厚で、香ばしく、脳が蕩けるような極上の『甘み』だった。
ミルクとバター、そして砂糖が絶妙に焦がされた、暴力的なまでの多幸感。
「おい、しい……! なにこれ、すっごく甘くて、幸せな味がする……っ!」
キャルルは両手で頬を押さえ、とろけるような笑顔を見せた。
「だろ? 手取り16万の財布から出せる、俺なりの精一杯の贅沢だ。……いつも俺を守ってくれて、ありがとうな、キャルル」
隼斗は、キャルルの純白の兎耳を、優しくポンポンと撫でた。
その言葉を聞いた瞬間。
キャルルの心臓が、ドクンッ!! と激しく跳ね上がった。
(お兄さんが、自分の少ないお給料の中から、私のために……このお菓子を……?)
命を懸けてバケモノと戦い。
泥水をすすって、理不尽に耐え抜いて。
そうしてようやく手に入れた『手取り16万』という、決して多くはない大切なお金。
自分の豪遊や自己顕示のためではなく、私を喜ばせるためだけに使ってくれたのだ。
――キャルルの瞳の奥から、ふっと光が消えた。
代わりに、暗く、熱く、ねっとりとした『ヤンデレの情念』が、致死量を超えて全身の血液を沸騰させていく。
(あぁ……だめ。もう、絶対に離れられない。離してあげない)
月給三十万をもらってサボるクズなんかより。
大金をばら撒いて女を侍らせる王都の貴族なんかより。
この、手取り16万で私のためにキャラメルを買ってくれたお兄さんが、世界中の誰よりも尊く、美しく、愛おしい。
「……お兄さん」
キャルルは、キャラメルの甘い余韻が残る息を吐きながら、隼斗の制服の袖を、ギュッと握りしめた。
「私ね。この村も、お兄さんも……絶対に、絶対に守り抜くから」
星の王子さまのような無邪気な笑顔。
しかし、その実態は、最愛の宝物に群がる害虫を、一匹残らずすり潰す覚悟を決めた『絶対捕食者』の顔だった。
「ん? ああ、頼りにしてるよ。俺には魔法も闘気もないからな。いざって時は、お前のそのマッハの蹴りが頼りだ」
隼斗は、キャルルの限界突破した好感度(殺意スレスレの愛情)に気づくことなく、のんきに笑ってキャラメルを自分も一つ口に放り込んだ。
「うん。……もし、お兄さんの平和を脅かす悪い虫が来たら、細胞の一つも残さないで消してあげるからね♡」
キャルルは、隼斗の腕に深く抱きつきながら、丘の上から村の境界線――絶対防衛結界の向こう側を、スッと冷たい瞳で睨みつけた。
月兎族の直感か、あるいはヤンデレの嗅覚か。
彼女は無意識のうちに、村の外に潜む『悪意』の気配を、鋭く感じ取っていたのかもしれない。
「さて、そろそろ戻るか。マンミアさんが書類の山に埋もれて泣いてるかもしれないし」
「えー? もうちょっと二人きりでいたいなぁ。……でも、お兄さんの仕事のお手伝いなら、仕方ないね」
隼斗が立ち上がり、バイクのエンジンをかける。
キャルルは再びタンデムシートに飛び乗り、今度は先ほどよりもさらに強く、絶対に逃がさないとばかりに隼斗の腰に抱きついた。
甘いキャラメルの香りと、穏やかなエンジンの鼓動。
ポポロ村の平和な日常は、手取り16万の社畜警官と、最強のヤンデレヒロインの絆を、極限まで深く結びつけていた。
――だが、この甘く尊い平穏が、嵐の前の『最後の静けさ』であることを。
この時の二人は、まだ知る由もなかった。




