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異世界交番、本日も異常あり!〜手取り14万の最弱巡査ですが、最強の美少女たちを指揮して魔王も現行犯逮捕します〜  作者: 月神世一


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20/23

EP 5

 紫煙と缶コーヒー。サボり魔の裏の顔と男の絆

 深夜零時。

 ポポロ村は深い静寂と、冷たい夜霧に包まれていた。

 駐在所の留置場からは、昼間に隼斗が逮捕したゴルド商会のゴロツキたちの、マヌケないびきが聞こえてくる。

「……ネフィリムの魔族、か」

 デスク室で一人、隼斗はゴロツキから押収した『結界の地図』を広げ、険しい顔で睨みつけていた。

 地図に記された赤い×印。それは間違いなく、村を覆う絶対防衛結界の最も脆弱なポイント(魔力溜まりの継ぎ目)だった。王都のバケモノが、わざわざこんな辺境の村を念入りに下調べしている。狙いは一つ、村の完全な破壊と蹂躙だ。

(相手がいつ仕掛けてくるか分からない。……できる準備は、すべてやっておくしかないな)

 隼斗は地図を机の引き出しに厳重にしまうと、凝り固まった首をコキバキと鳴らして立ち上がった。

 PX(交番売店)機能の画面を開き、手取り16万の財布からなけなしの銅粒を消費して、地球の『ショート缶コーヒー(微糖)』を二本購入する。

 ポンッ、と小さな音を立てて、温かいスチール缶がデスクの上に出現した。

「さて、と」

 缶コーヒーを二つ掴み、隼斗は交番の引き戸をカラカラと開けて外に出た。

 冷たい夜風が頬を撫でる。

 交番の前の木製ベンチには、一人の男が腰掛けていた。

 A級冒険者、フェイト・ラック。

 彼はいつもの悪目立ちするミスリルアーマーを脱ぎ、ゆったりとした麻のシャツ姿で、夜空の月を見上げながら『ポポロ・シガレット』の紫煙をくゆらせていた。

「……眠れないのか、フェイト」

「おや、高杉の旦那。奇遇だね。旦那こそ、手取り16万なのに残業かい? ちゃんと労基にチクった方がいいぜ」

 フェイトは気だるげな笑みを浮かべ、指先に挟んだ煙草の灰を携帯灰皿に落とした。

「あいにく、この世界に労基署はないからな。ほらよ」

 隼斗は、持っていた温かい缶コーヒーの一つを、フェイトに向かって放り投げた。

「おっと」

 フェイトはそれを見事な手つきでキャッチすると、掌から伝わる不思議な温もりと、見たこともない金属の筒に目を丸くした。

「なんだい、こりゃ。魔導具か?」

「俺の故郷の飲み物だ。プルタブ……上の金具を起こして開けるんだよ。頭がスッキリするぞ」

 隼斗が自分の缶をプシュッと開けてみせると、フェイトも見よう見まねで缶を開け、一口啜った。

「……へぇ。苦いけど、悪くない。ポポロ・シガレットの甘い煙によく合うな」

 フェイトは満足そうに微笑むと、隼斗のためにベンチの隣を少し空けた。

 隼斗はそこに腰を下ろし、しばらくの間、二人の男は無言で月を見上げていた。聞こえるのは、風に揺れる木々の音と、煙草がジリジリと燃える音だけ。

「……昼間は、助かったよ」

 不意に、フェイトが静かな声で切り出した。

「俺一人だったら、またすべてを奪われて、王都の裏路地にでも逃げ込んでたところだ。アンタのあのわけの分からない『法律』ってやつと、その度胸には感服したぜ」

「当然の仕事をしただけだ。俺の管轄シマで、身内が不当な目に遭うのを見過ごすわけにはいかないからな」

 隼斗は缶コーヒーを啜りながら、横目でフェイトを見つめた。

 月明かりに照らされた彼の横顔は、昼間の「ふざけたサボり魔」とは別人のように、どこかひどく疲弊し、影を帯びているように見えた。

「なぁ、フェイト」

「ん?」

「なんでお前は、自分の人生の選択を『コイントス』なんかに委ねてるんだ?」

 隼斗の直球の問いかけに、フェイトの手がピタリと止まった。

「お前はA級冒険者だ。剣術も体術も、俺なんかよりずっと凄まじいものを持ってる。普通に戦えば、普通に生きれば、誰かに怯えたり、借金取りに騙されたりすることもないはずだ。……なんで、わざわざ『運命』なんて不確かなものにすがる?」

 フェイトは、短くなった煙草を携帯灰皿に押し付け、フゥッと長く、深い紫煙を吐き出した。

「……『選択』ってのはさ、怖いんだよ。高杉の旦那」

「怖い?」

「ああ。俺はガキの頃から、無駄に才能だけはあった。剣を振れば大人より強く、魔法もすぐに覚えられた。だから、あっという間にA級冒険者になっちまったんだ」

 フェイトは、自嘲するように笑った。

「でもな、強くなればなるほど、周囲は俺に『期待』する。俺が右と言えば右へ行き、戦えと言えば戦う。俺の『選択』一つで、他人の命が左右されるようになっちまったんだよ」

 フェイトの瞳の奥に、暗く、重い過去の記憶が過ぎるのを、隼斗は【犬のお巡りさん】の感覚で確かに嗅ぎ取っていた。

「……もし俺が間違えたら? 俺の判断ミスで、誰かが死んだら? その責任は、全部『俺』が背負わなきゃならない。それが……どうしようもなく恐ろしくて、息ができなくなった」

 フェイトは、懐からいつも使っている金貨を取り出し、月の光に透かした。

「だから、責任を『運命』に押し付けることにしたのさ。コイントスで決めたことなら、もし誰かが死んでも、それは俺のせいじゃない。『コインのせい』だ。『運が悪かっただけ』だ。……そう思わなきゃ、プレッシャーで頭がおかしくなりそうだったんだよ」

 自由からの逃走。

 自らの意思で選び、責任を負うという重圧から逃れるため、フェイトはコイントスという名の『絶対的なルール(神)』を自ら作り出し、その奴隷に成り下がったのだ。

 それが、月給三十万のサボり魔剣士の、痛々しいほどに人間臭い『裏の顔』だった。

「俺は、臆病なクズさ。……見損なっただろ、旦那」

 フェイトは寂しそうに笑い、金貨を懐にしまおうとした。

 ――カチン。

 不意に、隼斗が自分の缶コーヒーを、フェイトの持っている金貨に軽くぶつけた。

「え?」

「……見損なうわけないだろ。むしろ、お前の気持ち、痛いほどよく分かるよ」

 隼斗は、夜空を見上げたまま、穏やかな声で言った。

「俺も前の世界で、クソみたいな会社で働いてた。上司は絶対に自分の非を認めず、無茶な計画の責任を全部、末端の俺たちに押し付けてきた。誰かの人生や生活を背負わされるプレッシャーで、胃に穴が空きそうだったよ」

「旦那……」

「責任ってのは、重い。だから、逃げたくなるのは当たり前だ。コインにすがりたくなるお前の弱さは、人間としてごく普通のことだと思う」

 隼斗は缶コーヒーを飲み干すと、フェイトに向かってニヤリと、いつもの営業スマイルとは違う、本物の『悪顔』を見せた。

「だからさ。サボりたきゃ、いくらでもコイントスしてサボれよ。お前がハズレを引いて寝込んでる間の仕事は、俺が全部カバーしてやる。お前が逃げ出した責任は、手取り16万の俺が、全部かぶってやる」

「……は? いやいや、いくらなんでもそれは……」

 フェイトが目を丸くする。月給三十万の男の責任を、手取り十六万の男が負うなど、ブラック企業でもあり得ない逆転現象だ。

「ただし」

 隼斗は、フェイトの肩をポンと力強く叩いた。

「俺がどうしようもなくなった時。このたいせつなばしょが、俺の手だけじゃ守りきれないくらいヤバい事態になった時……その時だけは、お前の背中(Aきゅうのちから)を頼るぞ、相棒」

 強制でも、命令でもない。

 それは、弱さを認めた上で投げかけられた、絶対的な『信頼』の言葉だった。

 失敗の責任は俺が取るから、お前は本当に必要な時だけ、お前の力を信じて戦ってくれ。

「…………」

 フェイトは、ポカンと口を開けたまま隼斗を見つめ、やがて――。

「ククッ……アハハハハハッ!」

 腹の底から、本当に可笑しそうに笑い声を上げた。

「なんだいそりゃ! アンタ、本当に変なボス(巡査長)だな! 給料の安い上司が、部下の責任を全部かぶるなんて、どこの世界にそんなお人好しがいるんだよ!」

「ここにいるだろ。日本の警察官を舐めるなよ」

「ははっ、違いねぇ! ……あー、くそっ。なんか、肩の力が抜けちまった」

 フェイトは目尻に浮かんだ涙を拭うと、新しくポポロ・シガレットを一本取り出し、火をつけた。

 そして、今度は自分から、手元の缶コーヒーを隼斗の空き缶にカチンとぶつけた。

「……了解したよ、高杉の旦那。もし本当にヤバい時が来たら……俺の『運命』、全部アンタに預けてやるよ」

 男同士の、飾らない誓い。

 交番の前の小さなベンチで、紫煙とコーヒーの香りが、夜風に溶けていく。

 月給三十万のサボり魔と、手取り十六万の社畜警官。境遇も強さも全く違う二人の間に、決して切れることのない『本物の絆』が結ばれた瞬間だった。

「さーて。すっかり目ェ覚めちゃったし、俺は明日も早いから寝るわ。おやすみ、旦那」

「ああ、おやすみ。……明日は『裏』出すなよ?」

「そりゃ、コインの機嫌次第だな!」

 フェイトは背を向け、ひらひらと手を振りながら夜の闇へと消えていった。

 隼斗は一人ベンチに残り、フェイトの後ろ姿を見送りながら、静かに息を吐き出した。

(フェイトの強さは本物だ。……あいつがいれば、村の結界を狙っているバケモノが来ても、必ず勝機はある)

 懐の地図の重みを感じながら、隼斗は確かな決意を胸に立ち上がった。

 迫り来る炎上の刃。

 だが、この手取り16万の社畜警官には、もう迷いはない。己の知恵と、最高の相棒たちと共に、どんな理不尽だろうと『現行犯逮捕』してみせるだけだ。

 嵐の前の静けさの中、ポポロ村の夜がゆっくりと明けていこうとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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