EP 3
手取り16万の防犯ネットワーク。村人からの恩返しとサボり魔の密かな敬意
「よし、これで第三農区のカバーも完璧だな。……ゴーレム、ポイントBへ移動。待機しろ」
「ギガッ!」
ポポロ村の駐在所。
デスク室のノートパソコンに向かい、高杉隼斗はキーボードを軽快に叩いていた。
画面に映し出されているのは、彼が自作したポポロ村の広域デジタルマップだ。村人たちが日常的に使っている『魔導通信石(ドワーフ製)』の電波を交番のPCと同期させ、一種の「村内グループLINE」のような防犯ネットワークを構築しているのである。
これぞ、前世のブラック企業で散々やらされた『業務効率化システム』の異世界への応用だった。
『――こちら西側の果樹園! 完熟メロロンが三つ、農家の鈴木さんをたぶらかして駆け落ちしようとしています!』
PCのスピーカーから、村人の焦った報告が飛び込んでくる。
「了解、ポポロ交番で対処する。鈴木さんをビニールハウスにロックオンしておいてくれ!」
隼斗はインカム越しに的確な指示を飛ばすと、交番を飛び出した。
表に停めてある『125cc MTバイク(魔導エンジン仕様)』に跨り、セルを回す。
ブロロロロロォォォッ!!
心地よいエンジン音と共に、隼斗はギアを蹴り上げ、風となって村の未舗装路を駆け抜けた。ママチャリ時代とは比較にならない、圧倒的な機動力だ。
現場の果樹園に到着すると、まさに農家の鈴木さんがメロロンを小脇に抱え、目をハートにして村から逃亡しようとしているところだった。
『鈴木さぁん、私と一緒に、遠い国で甘ぁい家庭を築きましょうねぇ♡』
「おおっ、俺のメロロン……! 女房になんて未練はねえっ!」
「そこまでだ、鈴木さん!」
キキィィッ! とバイクをスライドさせて立ち塞がった隼斗は、背中のM870ショットガンをシャキッと構えた。
「あ、お巡りさん!?」
「そのメロンは、村の特産品保護条例違反、および風紀を乱す結婚詐欺の現行犯で押収する!」
隼斗がショットガンの銃口を向けると、メロロンは『ヒィッ、冷酷ポリス!』と悲鳴を上げて鈴木さんの腕から転がり落ちた。
すかさず、背後の茂みに待機させていた巡査ゴーレムが飛び出し、メロロンを黒い証拠品袋へと放り込む。
通報からわずか三分。完全なる制圧(現行犯逮捕)だった。
「ああっ、俺の愛しのメロロンがぁぁっ!」
「鈴木さん、目を覚ましてください。今日の夕飯は奥さんの得意な肉椎茸のハンバーグですよ。早く帰ってあげてください」
泣き崩れる鈴木さんの肩を叩き、営業スマイルでアフターフォローを入れることも忘れない。
*
「いやぁ、すごいな高杉の旦那。これで今日のメロロン逮捕、五件目だろ?」
交番に戻ってきた隼斗を、入り口のベンチに座っていたフェイト・ラックが呆れたように出迎えた。
彼はポポロ・シガレットをふかしながら、手元の魔導通信石で競馬のオッズを確認している。相変わらずの月給三十万のサボり魔だ。
「お前も少しは手伝えよ。こっちは手取り16万で村中を走り回ってんだぞ」
隼斗がヘルメットを脱ぎながら愚痴をこぼすと、フェイトは肩をすくめた。
「俺はA級冒険者だからね。魔獣の討伐ならともかく、不倫メロンの回収や、人参の捕獲なんて専門外さ」
「お兄さーんっ! お疲れ様♡」
そこへ、キャルルが冷たいお茶を入れた水筒を持って駆け寄ってきた。
「冷たくて美味しいお茶、淹れておいたよ。お兄さんがバイクでパトロールしてくれるおかげで、村の被害がすっごく減ってるんだって!」
「ありがとう、キャルルちゃん。……うん、美味い!」
隼斗が水筒のお茶を一気に飲み干すと、キャルルは嬉しそうに兎耳をピコピコと揺らした。その瞳の奥には『私のために汗水流して働くお兄さん、最高にカッコいい……♡』という重すぎる情念が渦巻いているが、隼斗は気づいていない。
「隼斗長!」
さらに、マンミアも大量の書類を抱えて交番にやってきた。
「見てくれ! 自警団の防衛記録だ。隼斗長が通信石のネットワークを構築し、ゴーレムを要所に配置してくれたおかげで、村の事故率が前月比で八割も減少している! これほど完璧な治安維持、王都の騎士団でも真似できまい!」
マンミアの目はキラキラと輝き、尊敬と恋心がない交ぜになった熱い視線が隼斗に注がれる。
「やはり私の目に狂いはなかった。これほどの知恵と統率力……すぐにでも結納の準備を進めねばならないな!」
「だから結婚の話には直結しないってば。俺はただ、皆が情報を共有しやすくしただけだよ」
隼斗が苦笑していると、交番の前に、村の農家のおばちゃんやおじちゃんたちが、リヤカーを引いて次々と集まってきた。
「おや? 皆さん、どうしたんですか?」
隼斗が尋ねると、先頭にいた農家の代表格のおばちゃんが、満面の笑みでリヤカーの上の木箱を指差した。
「お巡りさん、いつも村を守ってくれてありがとうね! これ、みんなからの恩返しだよ。受け取っておくれ!」
「こ、これは……」
木箱の中には、丸々と太った『月見大根』や、ホクホクに熟れた『太陽芋』、それに新鮮な『三徳鳥』の卵など、ポポロ村の安全で美味しい特産品が山のように積まれていた。
「お巡りさんが来てから、本当に村が平和になったんだ。人参マンドラが逃げてもすぐに捕まえてくれるし、怪しい行商人(密輸業者)も寄り付かなくなった。みんな、お巡りさんには感謝してもしきれないんだよ」
「そうさ。手取り14万から16万に上がったって聞いたけど、まだまだ働きに見合ってねぇ! せめて飯くらい、俺たちの美味い野菜を腹いっぱい食ってくれや!」
村人たちが次々と、隼斗の手に野菜や卵を握りさせていく。
誰もが、心からの感謝と親愛の情を込めた笑顔を向けてくれていた。
「皆さん……」
隼斗は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
前世のブラック企業では、どれだけ売上を伸ばしても、どれだけシステムを改善しても、「それはお前の仕事だろ」「もっと数字を出せ」と怒鳴られるだけだった。
誰も、自分の努力を認めてくれなかった。使い捨ての歯車として、ただすり減っていくだけの毎日だった。
それが今、自分が考えた知恵と、流した汗が、こうして誰かの笑顔と『ありがとう』に直結している。
(……ああ。警察官になって、本当によかったな)
隼斗は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。皆さんの気持ち、ありがたくいただきます。……これからも、ポポロ村の平和は、この交番に任せてください!」
その力強い宣言に、村人たちからワァッと温かい拍手が沸き起こった。
キャルルは誇らしげに胸を張り、マンミアは感動のあまり涙ぐんで馬の尻尾をバッサバッサと揺らしている。
*
村人たちが笑顔で帰っていった後。
交番のベンチでその一部始終を眺めていたフェイトが、短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けた。
「……へぇ。大したもんだな」
フェイトの口から、ポツリとそんな言葉が漏れた。
彼はこれまで、隼斗のことを「手取り16万でこき使われている、お人好しの凡人」だと侮っていた部分があった。
戦闘力もなければ、魔力もない。ただの一般人が、ちょっと便利な暗器(スプレーや銃)を持っているだけだと。
しかし、今の光景を見て、その認識は改めざるを得なかった。
隼斗は、力ではなく『知恵』と『行動力』で、村人たちの心を見事に一つにまとめ上げている。
コイントスの運にすべてを丸投げし、責任から逃げ続けている自分とは違い、彼は自分の足で泥を被り、自らの責任でこの村を豊かにしているのだ。
「……高杉の旦那。アンタ、やるじゃん」
フェイトは、交番の中に野菜を運び込んでいる隼斗の背中に向かって、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
その気だるげな瞳の中には、ほんのわずかだが、確かな『敬意』の光が宿っていた。
手取り16万の社畜警官は、着実にこの村の『中心』となりつつある。
だが、その強固な絆と平和が育まれているからこそ。
それを理不尽に踏みにじろうとする『悪意の炎』は、より一層ど黒く、残酷な牙を研ぎ澄ませて、彼らのすぐ背後まで迫っていたのだった。




