EP 2
ポポロ村名物『ジオ・リザード競馬』。狂気の日常と迫る炎上の影
「いけぇぇぇっ! そのまま逃げ切れ、三番のトカゲェェェッ!!」
「差せ! そこだ、内側から抜け出せぇぇっ!」
週末のポポロ村は、異様な熱気に包まれていた。
村の外れに設置された『競馬場野外中継施設』。巨大な魔導モニターには、炎を吐きながら爆走する騎乗用竜『ジオ・リザード』たちの苛烈なレース映像が映し出されている。
モニターの前には、血走った目をした人間、獣人、そして魔族たちがひしめき合い、握りしめた馬券(竜券)に向かって鼓膜が破れんばかりの怒号を飛ばしていた。
「……はぁ。どこの世界に行っても、ギャンブルに狂うおっさんたちの顔は変わらねえな」
施設の後方で、高杉隼斗は深くため息をついた。
今日はポポロ村自警団の合同警備任務。隼斗は新調された『M870ショットガン(ゴム弾装填)』を背負い、左手には真新しい『防弾大型シールド』を構えている。
彼の隣には、身長二メートルの無表情な石像――日本の警察官の制服をピチピチに着た『巡査ゴーレム』が、直立不動で立っていた。
『さあ、一着でゴールに飛び込んだのは、五番のレッドドラゴン! 大波乱の決着です!』
魔導モニターから実況の声が響いた瞬間、群衆の中から阿鼻叫喚の悲鳴が上がった。
「ふ、ふざけるなぁぁぁっ! 俺の今月の給料が、全部紙クズになったぞォォッ!」
群衆の中から、大負けした魔族の男が発狂して暴れ出した。近くにあったパイプ椅子(タローマン製)を蹴り飛ばし、周囲の客に八つ当たりを始める。
「出たな、負け犬の腹いせ。……ゴーレム、前へ。盾を構えろ」
「ギガッ」
隼斗の命令に従い、巡査ゴーレムがズシンと前に出て、暴れる魔族の前に立ち塞がった。
「そこまでだ! ギャンブルは自己責任だぞ、大人しくしろ!」
自警団リーダーのマンミアが、パイルバンカー式シールド『アグニ』を構えて魔族を威圧する。
しかし、大負けして理性を失った魔族は、白目を剥きながら信じられない言葉を叫び始めた。
「身に覚えがございません! 私が馬券を買ったという事実は、事実無根であります!」
「は……? 何を言っている、お前の右手に握られているハズレ券は何だ!」
「面識はございますが、あくまで一般的な付き合いであり、深い関係ではございません! 事務所(秘書)に確認させたところ、事務的なミスが判明いたしましたぁぁっ!」
「出たよ、ポポロ村の競馬場名物『政治家しぐさ』……」
隼斗は呆れ果てて額を押さえた。
この世界のギャンブラーたちは、極限のストレスに晒されると、なぜか往生際の悪い地球の政治家のような言い訳を連呼し始めるという奇妙な習性があった。(過去にポポロ村で流通した『ずっ友ロコシ』の汚職成分が地下水脈に溶け込んでいるという噂もあるが、定かではない)
「ええい、見苦しいぞ! 取り押さえる!」
マンミアが踏み込もうとした瞬間、魔族がヤケクソになって炎の魔法を放ってきた。
「秘書のせいだぁぁぁっ!」
「ゴーレム、防げ!」
ドォォォンッ! 炎の弾丸を、巡査ゴーレムが分厚い胸板で軽々と受け止める。アナステシア人の基準を遥かに超える防御力。頼りになる相棒(肉壁)だ。
その直後、死角から飛び出した隼斗が、M870ショットガンを構えた。
ガシャコンッ!
小気味良いポンプアクションの音と共に、引き金を引く。
バァァァンッ!!
「ぐほぁっ!?」
放たれた超硬質ゴム弾が、魔族の鳩尾にクリーンヒットした。致死性はないが、肺の空気を強制的に吐き出させる強烈な一撃だ。
悶絶してうずくまった魔族の顔面に、すかさず催涙スプレーを浴びせる。
「あぎゃああああっ! 目がぁっ!」
「午後三時十五分。器物損壊および公務執行妨害で、現行犯逮捕だ!」
隼斗は流れるような動作で魔族の背中に馬乗りになり、銀色の手錠をガシャンと嵌めた。手錠の強制力が発動し、魔族は完全に無力化して「記憶にございませぇぇん……」と泣き崩れた。
「ふぅ。ショットガンとゴーレムの連携、悪くないな。無傷で制圧できる」
隼斗が立ち上がって制服の土を払っていると、背後からパチパチと拍手する音が聞こえた。
「いやぁ、お見事お見事。高杉の旦那の制圧術は、見ていて惚れ惚れするねぇ」
「……フェイト。お前、さっきからどこで油を売ってたんだ」
そこに立っていたのは、ポポロ・シガレット(高級煙草)を咥え、全身からまばゆいミスリル装備の輝きを放つA級冒険者――フェイト・ラックだった。
彼の両手には、ズッシリと重そうな革袋がいくつも抱えられている。中からは、チャリンチャリンと金貨の擦れ合う景気のいい音がしていた。
「油なんて売ってないぜ。俺も村の経済を回すために、一勝負してきたところさ」
フェイトはニヤリと笑い、親指でピンッと一枚の金貨を空中に弾き上げた。
チャリン。落ちてきた金貨を手の甲で受け止める。
「今朝の日課の【コイントス】。見事に『表』が出たからね」
「表……つまり、『運命の寵児(全ステータス二倍&運気二倍)』か」
「その通り。A級の直感と二倍の運気があれば、レースの展開なんて手に取るように分かる。俺の今月の給料、三十万を一点賭けして……見事に五十倍(一千五百万)になって返ってきたってわけさ」
フェイトは革袋をじゃらじゃらと鳴らし、底抜けに明るいドヤ顔を見せた。
「…………」
隼斗の瞳から、スゥッと光が消え失せた。
自分はショットガンを構えて泥水すすり、バケモノと戦ってようやく『手取り十六万』になったのだ。
それが目の前のサボり魔は、朝にコインを投げただけで、数十分で一生遊んで暮らせるような大金を手に入れたというのか。
「ねぇ、お兄さん」
いつの間にか、隼斗の背後にキャルルが立っていた。
彼女は星の王子さまのような極上の笑顔を浮かべたまま、両手のダブルトンファーをギリギリと軋ませている。
「この給料泥棒のクズ、お金の重みで足が遅くなってるみたいだから、私が膝の皿を時計回りに粉砕して、二度と馬券売り場に歩いていけないようにしてあげよっか?♡」
「いいなそれ。公務執行妨害の現行犯で、俺が調書書くわ」
「ヒッ!? や、やめろよ二人とも! 嫉妬は見苦しいぜ! 俺だってコイントスに命懸けてんだから――」
「貴様という男はぁぁぁっ!」
フェイトの背後から、マンミアが怒りのドロップキックを見舞い、フェイトは「ぐふっ!」とカエルのような声を上げて雪の上に突っ伏した。
「真面目に働く者の前でそのふざけた態度、騎士として断じて許さん! その金はすべて自警団の活動資金として没収する!」
「いやそれは強盗! マンミアさんそれ強盗だから!」
ギャーギャーと騒ぎ立てる四人の姿は、ポポロ村の競馬場において、もはや一つの名物コメディになりつつあった。
平和で、狂っていて、どこか憎めない日常。
誰もが、このワチャワチャとした日々がずっと続くと思っていた。
――しかし。
彼らはまだ、気づいていなかった。
*
ポポロ村の平和を守る、不可視の『絶対防衛結界』。
その境界線の外側、村を一望できる小高い崖の上に、二つの影が立っていた。
「ククク……平和な村だ。実に反吐が出る」
一人は、身の丈三メートル近い巨躯を持つネフィリムの男、魔王軍幹部ミラース。
彼の腰には、この世のあらゆる物質、魔力、そして概念すらも両断するという妖刀『哭刀』が提げられていた。
そして、ミラースの肩の横には、不気味に蠢く『巨大な眼球(使い魔)』がフワフワと浮遊している。
その眼球の奥から、天界にいるはずの神――炎上神ワイズの粘着質な笑い声が響いた。
『見えるか、ミラースよ。あの村には、お前を満足させる強い魂と、私を満足させるPV(数字)がたっぷりと詰まっている』
「ああ。特に、あの真ん中にいるウサギの小娘と、ケンタウロス。……それに、まばゆいミスリルを着た男。あれを絶望に染め上げて斬り刻めば、さぞ良い声で泣くことだろうな」
『その通りだ。お前が村を火の海にし、奴らをいたぶり、視聴者の感情が最高に揺さぶられた瞬間に……我が契約勇者ゼロスを投入し、お前を倒させる。それが今回の炎上のシナリオだ。分かっているな?』
「……ああ。お前たちのシナリオ通りに、村を地獄に変えてやるさ」
ミラースは恭しく頷いた。
だが、彼の瞳の奥には、ワイズに対する忠誠など微塵もなかった。
(俺が魔王になるための踏み台になってもらうぞ、炎上神。……村を焼き尽くした後、お前の大切な勇者様ごと、俺のスキル【ソード】で真っ二つにしてやる)
それぞれのど黒い悪意と陰謀が交差する中、ミラースはゆっくりと妖刀の柄に手をかけた。
「さて……まずは、あの目障りな村の『結界』から、解体せてやろうか」
手取り16万の社畜警官と、月給30万のサボり魔剣士。
彼らの笑い合う日常のすぐ裏側まで、容赦のない『炎上の刃』は、すでにその切先を突きつけていた。
読んでいただきありがとうございます。
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