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アンナ後編

 三度目の迷宮攻略は前回から二日後の事となった。


「調子はどうだ?」

「悪くはありませんね」


 召喚すると一番に寄ってきたリリィが答えた。


「よし、今日は潜れるところまで潜ろう」


 十一層からのスタートとなった俺たちは、草原の中を歩き始めた。

 

 晴天。青すぎる空と、照らすような太陽が輝いていた。

 だが元々の気温が低いのか暑さはあまり感じず、熱は暖かさとなり、涼しい風が調和するように吹いていた。


「ここからはE-ランク以上のモンスターが出現し始める。前回戦ったミズチやアースワーム、大蜘蛛などとはまた一段レベルが上がるだろう」


 白狐が前回の探索を思い出させる。

 前々回の相手がミズチだった事もあって舐めていたら、最悪な目に遭ったのだ。


「いや、何でわざわざ封印したあのきっもいミミズと蜘蛛の事思い出させるんですか」


 土系のモンスターだけあって、ワームや大蜘蛛は雷系魔法が通りにくく、接近戦を嫌がったリリィは白狐とアンナに仕事を丸投げしていたのだ。


 まあその八つ当たりだろう。


「まあまあ。前回大分楽に進めたおかげで、今回のステージは随分と涼しくて景色も綺麗だろ?」

「確かにそうね」


 後ろを歩いていたアンナが相槌を打った。 

 その言葉に嘘はなさそうだ。


 前々回は失敗してしまった。

 リリィと白狐が小競り合いを起こし、少々喧嘩になってしまった為仲裁に回ることになってアンナに構う余裕が無かったからだ。


 一応リリィと白狐は仲直りは出来たっぽいのだが、ご覧の通り少し溝は残っている。


 不安はある。アンナは今厳しい状況に置かれているからだ。

 だが、アンナは適応しなければならない。自分より強い相手と戦う事に。


「さあ、敵だ。行くぞ」


 風が吹いた。

 草の匂いが鼻をくすぐる。


 獣の鳴き声を上げ、目の前に相対するのはソードボア。

 剣を牙に持った猪だ。


「リリィ」

「はい」


 紅の眼が輝き、手に持ったナイフが踊る。


 スッと加速したリリィは、いつの間にかソードボアを切り裂いていた。

 血が吹き出し、消え去る猪。


 瞬殺だった。


「問題ありませんでしたよ」

「流石だな」


 やはりE-でも格下に当たるリリィは難なく倒して見せた。


「じゃあ次は白狐」

「ああ、了解だ」


 次に現れたのはオーガ。同じくE-ランクのモンスターだ。

 実力的にはソードボアと大差ないだろう。


『水砲』


 まずは一発。

 オーガは、鳩尾に相当な衝撃を喰らって悶えた様だ。


 確か水砲のクールタイムは一分ほど、と言っていただろうか。

 しかし勿論、彼女の手札は一つではない。


『火岩矢』


 動けなくなったオーガに、火に包まれた隕石が矢となって降り注ぐ。

 オーガは全く持たずに、塵となった。

 

「良くやった」

「ああ、ありがとう」


 白狐を褒めるが、あまり気にした様子はなく業務的に魔石を取りに行っていた。

 悪い距離感ではないし、当面はこのままで良いだろう。


「最後はアンナ──やってみてくれ」

「私に、出来るかしら」

「俺が指揮する。倒せなくてもリリィ達もいるから心配するな」

「……分かったわ」


 進んで歩き、そして探知出来ていた敵の正体を視界に捉える。


 相手として立ちはだかるのは、サンダーバード。

 インディアン部族の間に伝わる未確認生物だ。


「ま、マスター! Eランクのモンスターよ、交代を!!」

「いや、続けるぞアンナ」

「わ、私では無理よ」

「指揮するのは俺だ。俺を信じろ。お前の力量なら可能だと判断する。恐れるな」

「し、しかし」

「リリィも白狐もいる。絶対に安全だ。行くぞ、アンナ」


 返事を聞かず、強引にアンナを戦闘に出させる。


「鳥は撃ち落とすのが定石だ。アンナ、氷矢を」

「え、ええ」


『氷矢』


 牽制の為に放たれた矢は空を飛ぶサンダーバードに軽々と躱された。

 中々厄介な機動力だ。


「相手の速さを脳に刻め。当てるぞ、アンナ」

『「氷矢」』


 氷の矢が研ぎ澄まされる。


「ふぅ」


 息を吐き出したアンナは精密に狙撃し、恐るべき速さで氷矢はサンダーバードが飛ぶ軌道に突入する。


『放電』


 パリン、と氷が割れた。

 黄色く輝く雷が、サンダーバードの周りを駆け巡る。


「効かないわ!!」

「気にするな。攻撃は当たりさえすれば効くだろう。もう一度行くぞ、杖を構えろアンナ」


 強い口調で指示を下す。

 彼女は言われるがままに杖を構えた。


「『氷矢』」


 短い間隔で複数の矢が放たれる。

 予め魔力を貯めておき、使用制限を短縮する方法だ。チャージとも呼ぶ。


 氷矢がショットガンのように敵に襲い掛かる。


『感電』


 同じように、最初の矢が撃墜する。

 次に、二つの目の矢が。

 三つ目、四つ目。

 

 そして最後の四つ目が、消え去り──


「今だ、放てアンナ。氷槍だ!!」

『「氷槍ッ──!」』


 氷の槍は、空飛ぶ鳥を落とさんが為に空へと舞った。

 グングンと伸びる槍は、『放電』で撃ち落とされるかと思われたが、勢いは止まらない。


 牽制に出力を使いすぎたのだろう。

 だが。


 相手は、格上だ。


『雷撃』


 氷の槍は焼き焦がされた。

 出された切り札の前に、彼女の手札は対抗する術を持たない。

 

「……あ」


 気持ちの途切れたアンナを、サンダーバードは見逃さない。


『雷撃』


 雷が、再び落とされた。

 少女に、アンナに向かって。


「リリィ!!」

「仕方ありませんね」


『雷撃』


 消えた。

 黄色の稲妻は、青白い雷によってかき消された。


 格の違い。

 魔力の違い。


 計り知れないほどの、実力差。


 サンダーバードはリリィを恐れて、攻撃を中断する。


「駄目……よ。私……やっぱり、無理だわ。……出来ないもの……」


 彼女は、サンダーバードとリリィを見て、嘆いていた。

 諦めようとしていた。


 虚な目で虚空を見つめて、彼女の全身から力が抜ける。

 へたり込むように崩れ落ちた彼女を、俺はかろうじて支える。


「どうして……何故、私だけ……」


 掠れるような声で、彼女は自身に呟く。


 リリィだけが全てを手に入れた。

 アンナだけが、自分の手のひらから欲しかった物を貰えず、溢れ落ちた。


 アンナ。

 その感情を、心の刻め。


「立て、アンナ。ここがお前の正念場だぞ」


 俺は、鼓舞する。

 彼女は諦めようとしているけれど。


 俺は世界で誰よりも今、彼女の才能を開花させたいと願っている。

 何故か?


 彼女は嫉妬心を持った。

 羨ましいという気持ちを知った。

 


 俺が彼女に望んだ物を、彼女は覚えた。

 


 誰かが言った。

 嫉妬するのは、その相手が自分のなりたい姿でいるからだと。


 

 彼女の『心』に植え付けられた、その原動力は才能ちからになる。

 


 希望が見えないから。

 ならば、今こそ、彼女が変わる時なのでは無いだろうか。


「ですから……無理、だと」

「出来ないのか?」

「………………はい」


 彼女は誠実に答えた。


「なら何が欲しい? 何があれば出来る?」

「それは……」

「答えろ。自分の答えを出せ」


 指示に従う傀儡ではなく、己の決意で動け。

 アンナ。これは、君への試練だ。


「──力」

「アンナ。力は突然強くなったりしない。お前から見たあの日のリリィは、突然何もかもを手に入れたように見えただろう。だけれど、彼女が力を貰ったのは契約だ。条件を飲む覚悟があった。力は、対価の上に成り立っている」

「……ええ」



「アンナ。お前は、対価を支払える覚悟があるか? この場所にいる理由があるか?」



**

 

 私はこのパーティーに入った当初、ここに特別な気持ちを持っていた訳ではなかった。


 リリィはマスターを気に入っていた様子だったが、当初のマスターの印象は特別な好感を感じるほどでは無かったと思う。


 私はそのパーティーで一番強かった。故に一番信頼されていた。

 居心地は悪く無かったと思う。


 ただ、そういうのは一時的な物に過ぎない。こういう物は簡単に壊れる物なのだ。


 あの日。

 マスターが私達のために戻ってくれた事に、何も感じなかった訳じゃない。


 嬉しかった。

 心底。


 だけれど、命が途絶える寸前だと言うのに何を期待しろと言うのか。

 諦めがあった。


 どうにもならないと思っていた。


 リリィだけは違ったけれども。

 彼女は、ヴァンパイアとなった。とても羨ましいと思った。


 それはきっと彼女の才能ちからなのだろう。


 私には備わっていない力なのだろう。

 そんな事は理解していたのに、もう一度信頼という名の居心地良さを求めたくなった私は、奇跡を願った。


 覚醒、神のお告げ。

 そういう力を支えにしてしまった。



 私が一番の足手纏いになった。

 心は、私はまだやれるとほざく癖に。



 嗚呼。


 力が欲しい。

 その覚悟は、この身に宿している。


 才能がなくとも、力を得る事は、その機会が与えられる事はあるのだろうか。


 嗚呼、そうだ。

 答えは決まっている。


**



「──勿論よ」

「なら、約束だ。俺はお前に機会を与える。だから、その覚悟を俺に寄越せ」

「ええ。約束するわ、マスター」


 彼女は俺が差し出したカードを手に握った。

 



 光が彼女を包み込む。


「──これが」

「水光姫。日本神話の水の神だ」



 ()()()()()とは、持って生まれた物と後天的に生まれたものがある。

 ()()()()()とは、単純な巧さではない。根本にあるのは情熱だ。


 勉強もスポーツも音楽も、それを苦と思わないからこそ、楽しめるからこそ、一生の『努力』が可能となる。


 ()()()()()には原動力が必要だ。

 


 その才能という花を美しく咲かせるのは、俺の役目だと。

 そう、決めたのだから。

 



**


 時は遡り、俺は換金の為にギルドへと訪れていた。

 

「ミズチの涙が、ですか?」


 チューブ状の容器に入って落とされていたドロップアイテムを見せると、受付の人は少し驚いた様子で対応していた。


「はい。こちらレアアイテムとなる為、換金の確認をさせて下さい」

「ちなみに、いくらなんですか?」


 F+ランクのモンスターのレアアイテムとなると数十万は行くだろうか?


「ミズチは水中に住む竜類の妖怪でして、実はその涙には強力な希少性と高位の水系魔道具を作る際の必須材料となるんです。その量なら五十万円ですね」

「ご、五十万!?」


 思わず目が飛び出るような金額に驚く。

 五十万となると、相当な稼ぎだ。探索者としては大成功である。


 勿論、私財とするなら手取り分は減るだろうけど、その金があれば何でも買え…


 だが、


(確かミズチの討伐を担当していたのはアンナの筈)


 感謝としてアンナ用に使う金もあるべきだ。


「はい。どうなさいますか?当ギルドと致しましては換金していただきたいのですが」

「あ、よろしくお願いします」

「では、全て合わせて五十六万五千五百円ですね。振り込みは探索者カードでよろしいでしょうか」

「はい」

「他に要件はありますでしょうか?」

「モンスターカードの購入をしたいのですが、こちらでも対応可能ですか?」

「はい。こちらの窓口からでも問題ありません。お希望は?」

「雪女の在庫はありますか?」


 俺はE+ランクモンスターの雪女について尋ねた。

 モンスターを進化させる方法は二つ。

 一つは極稀に起こる自立進化。

 もう一つは、進化先のカードを与える方法だ。


「いえ、すみません。現在こちらには在庫はない状態ですね」

「そうですか。すみません、えっとその、雪娘の進化系統のモンスターで在庫があるのは何ですか?」

「雪娘ですか。随分と珍しいカードをお持ちですね。現在はDランクの水光姫がありますが、こちらスキル等があまり無く比較的安値でご購入頂けますよ」


 Dランクか。

 三体の戦力を合わせる為にもなるべく近くのランクの物を購入したかったが、スキル等の差を考えれば許容範囲内だろうか。


 だがどことなく嫌な予感がした。


「えっと、その、いくら…ですか?」

「七十万ですね」

「……………あ、はい」



**


「アンナ。行け!!」

「はい!!」


『水剣』


 百の水で作られた剣が生成された。

 だが、止まらない。


「力が溢れてくるわ……!!」


 アンナは更なる魔法を展開する。


『氷結』


 百の水剣は氷漬けにされた。

 そしてその断面が並の強度の氷でない事を示している。


「喰らいなさい!!!」


 剣は、あっさりとサンダーバードを貫いた。

 無数の剣が突き刺さり、サンダーバードを地面へと墜落させる。

 放電は全くと言っていいほど剣を撃墜出来なかったようだ。


 あっさりと終結した戦いに、アンナはしかし、口角が吊り上がっていた。


 光の粒子に変わっていくサンダーバードを見届けると、俺はアンナに向き合う。


「よくやった」

「……ありがとう、マスター」

「その力は信頼の証だ。これからも頼むぞ、アンナ」


 アンナは自信に満ちた顔で答え返す。




「──ええ!」


 


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