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九尾の狐


 大会まで後一週間と迫った頃だった。

 エントリーは済ませてあるし、後は準備するだけだ。


 迷宮に着き、カードでモンスターらを呼び出す。

 リリィ、白狐、フェリス、アンナが続々と出てくる。シャナは……今回も出番はないと思う。


「皆んな元気にしてたか?」

「マスター」

「ええ、元気にしてたわ」

「マスターこそ、元気にしてましたか?」


 全員平気だな。

 疲れもなさそうだ。一日空けて二日ぶりの迷宮攻略。学校も最近忙しくて帰った後の課題を考えると憂鬱だし、何より今日は二時間ほどしか時間が無い。


 いち早く本題に入っておくか。

 そう考えて、白狐に声を掛けた。


「白狐」

「なんだ?」

「ああ、実は金が貯まったのもあってな。……進化する気はあるか?」


 手に握っているのは九尾のカードだった。

 ランクはD。Eランクの彼女を進化させれば大幅な戦力増強に繋がるだろう。


「私は構わない」

「……ありがとう」


 すんなりと彼女は受け入れの言葉を溢した。

 表情を見るに、あまり抵抗はなさそうだ。


 一応種族を変えるという事は中々大きい事ではあるのだけど。


「進化先は九尾で良かったんだよな?」

「ああ、以前伝えた通りだ」

「良し。早速進化しよう」


 カードを白狐に渡す。

 すると白狐は光に包まれ、形を変えて行く。


 固唾を飲んで見守っていると、数秒の後に変化は終わった。


 白狐に目をやる。

 根本的な部分は変わってないが、大きな狐姿の彼女は尻尾が九つに増え、額あたりに模様のような物が新たに着いていた。足の周りの炎はより一層激しさを増し、所々巻き毛も見られる。


 もう一度、深く彼女を見た。

 そこに居たのは白狐ではなく、九尾だった。


 それは丸で白狐が消えて、死んでしまったようで。

 目の前の彼女をどうしても白狐と思えない、進化時特有の違和感が襲っていた。


「白狐……いや、九尾か」

「ああ、マスター」


 彼女の声は変わらない。

 喋り方も、立ち振る舞いも。


 けれど。彼女が消えてしまったかのように、とても寂しかった。


「……マスター」

 

 彼女が姿を女性に変える。

 そこには前のような彼女が、しかし少しだけ違う彼女がいた。


「人化の姿もちょっと変わるもんなんだな」

「そのようだ。やはり、和感はあるな」


 長身、短髪。

 凛々しさという言葉が似合う佇まいで、真っ白な髪が誰かが創った存在であるかのように非現実的で、それでいて美しい。


 容姿にあまり変わりはない。

 けれど、髪の色が以前より白さを増しており、まつ毛は赤色に変わっている。


「変な気分だ」

「ああ。まるで、以前までの私が死んだような気さえする」

「……切ないな」

「そんなものか」


 会話を交わす。

 平然とした彼女の表情と対比的に、自らの表情が暗くなっている事を自然と下がった眉の重さから自覚する。

 

 あまり良いセリフが思い浮かばない。

 着飾らない、ありのままの感情を言葉に表した。

 

「けど、君が君である事に……変わりはないんだろ?」

「……。個体としてはな。私は、これからは九尾だ」


 そう明言されて、心を鳴らすのはやはり寂しさだった。

 

「九尾」

「なんだ?」

「メイって名前はどうだ?」

「む?」


 九尾は驚いたような表情をした。

 彼女の名前はずっと考えていたし、実際のところほぼほぼ決まっていた。ただ、言い出す機会が無かっただけだ。


「種族名を呼ぶのはやっぱり、なんか違うと思うだんよ」

「何故」

「君を、一個体として認識したい」


そのセリフに照れくささは無かった。

 心からの本心だったから。


「……!」

「九尾、良いか?」

「メイだ」

「!」

「メイと呼んでくれて、構わない」


そう答える彼女も、真剣な表情で、本心なのかもしれないとそう思った。


「……ありがとう」


 それから、彼女は笑顔になった。

 釣られて笑顔になる自分さえ、とても嬉しく感じた。


「待って、マスター。私は?」


 唐突にツッコミが入る。

 

「どうしたリリィ?」

「いや、だって何か私だけランク低くないですか? メイはD、アンナもD、フェリスに至ってはD+ですよね? 私まだE+なんですけど」

「……確かにそうね」


リリィの言う事は尤もだ。

 アンナまでもが頷いている。


「心配するなって、ちゃんと用意してあるから」

「そんなお金あったんですか?」

「正直、貯金は全部崩れた」

「巨額な投資ですね」

「だ、大丈夫。取り戻せるから」


 言い訳がましく言いながら、リリィにもカードを渡した。

 リリィも素早く進化し、姿を変える。

 

 違和感はあったが、メイの時ほど酷いものは感じない。

 きっと、彼女をリリィとして認識しているからだろう。


「ヴァンパイアノーベルだ。ランクはD+」

「中々、思い切りましたね」


姿を変えたとはいえ、イマイチ変わりはないように感じる。

 というかほぼほぼ変化が分からないタイプだ。


「やっぱ、相棒は優遇させたいだろ? 約束もしたし」

「そういえば、そうでしたね。ちなみにいくらでしたか?」

「六百万」

「ぇ」

「六百万した」


 その衝撃の発言に絶句する一同。

 誰もが虚を突かれたように固まっていた。


「ど、どうしたのそのお金! 遂に闇金に手を染めたのかしら!?」

「染めてない! 普通に溜まった金で買ったんだよ」


 失礼な。

 アンナが最近リリィの影響を受けて、イジるのが上手くなってる気がする。

 

「もしかして私が知らない内に日本の物価価値が百倍上がりました?」

「変わってないよ。そもそも何でモンスターなのに金の価値知ってんの」

「……。それは置いておきまして。モンスターカードってそんなにするんですね。というか、そんなに稼いでたんですか?」

「ああ。これでも探索者特典って言ってな、一般人が買うより半額くらい安く変えるんだ」


 一般人は資財以外の目的だとそもそも買わない事がほとんどだけど。


「なら少しは私たちに還元してくれても良いんじゃないか?」


 メイに指摘され、言葉が詰まる。

 まあ、それも考えてるんだけどさ。


「いや、それが探索者で稼いだ金はギルドに保管されるんだよ。ただ、ギルド上に登録した金は探索者関連の物でしか使えなくてな。私財として引き下ろそうと思ったら、これがまたとんでも無い額が手数料として取られるんだよ。特に俺みたいな月百万ラインはめっちゃ多く取られる。それどころか、月五百万ラインだと今まで以上に跳ね上がるんだよ。国の闇だよな」

「ちなみに何割取られるんですか?」

「俺の場合だと三割」

「えぐぅいですね」


 政府主体の組織だからね。

 ちなみに現在諸々使った為大分減ったが、始めてから合計五ヶ月で稼いだ金額は凡そ一千万円である。まあこの場合、全部引き出すとしたら手数料として三百万取られるんだけど。


 しかし、無茶をしている甲斐があってか随分と稼いでいる。

 そもそも客観的に見ても、自分はかなり驚異的なスピードで進んでいるという自覚はある。


 周りからしてみれば天才だとか持て囃されるかもしれない。

 けれどそうじゃ無い。多分、天才であるかどうかはあまり関係ないのだと思う。


 ここまで来た過程を、来る過程を俺は知った。それはきっと、他の人でも出来る事だ。ただ、俺だけがその方法を有効的に使っただけ。


 ここが、成功者と失敗者の大きな違いだと思う。

 成功者は成功へのルートを知っている。そしてその努力と危険を乗り越えた結果を、確かな物だと知っている。


 これは情報力の差でもある。

 道を知れるかどうか。知れる機会は沢山ある。正しい道を示す情報は、ネットにも本にも溢れている。自分で見つけに行ったって良い。それを本気で探そうとするかどうか。時間と労力を使って情報を得れるかどうか。ここが重要なのだ。



 努力とは、勉強だ。



 それは、道が分からない失敗者からすれば『運が良い』『才能があっただけ』という声に変えられるだけなのだろう。


 勿論、運に助けられた部分もあるのだろうけど。

 けれど、運というのは平等だとも思う。


 コインを投げるとして、表が出る確率は人によって変わるのだろうか。否だ。誰が投げても50%。でなければ、数学で習った確率の授業が馬鹿らしいだけだ。

 

 けど。

 違いが出るとするなら。


 『不幸』を『幸運』に変えられる人間の方が、より一歩前に出やすいのだろう。



 ……掴み取れてるんだよな。


「どうかしましたか?」

「いや、何でもない」



 まだ満足なんて出来ないよな。

 脇目も振らず、夢に突っ走るイタイ奴が成功出来る世の中だって事を、知っている。


 なら、後は自分で実行するだけじゃないのだろうか。



「……」

「リリィ、約束してくれないか?」

「何をです?」

「一番上を目指してみないか?どんな奴がいても、そいつを押し除けて」



 それこそが、俺たちの存在証明だと思うから。



 思春期らしく思った事がある。

 自分を何者かにしたいって。誰もが憧れる存在に、なりたいって。


 その道を知っているのに。

 どうして立ち止まっていられるだろうか。後は突っ走るだけなんだ。



「着いていきましょう。約束ですよ、マスター」


 

 そして彼女はいつものように微笑んで、俺を支えてくれる。



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