表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/35

パートナー


第一章リミット パート1

「絆」


1話 ──物語は唐突に動き出す

「寒ぅ」


 俺たちは雪原の雪地を一歩ずつ、ズポズポと足音を立てながら歩いていた。せめてブーツくらいは履いてくれば良かったと後悔しても遅い。全身が冷え切った後なのだから。


 完全に服装の選択を間違えたと言わんばかりのダウンジャケット一枚。パラパラと雪が降る中では圧倒的に心許ない状況の元、体力は奪われ続けている。コートに覆われていない顔は多分真っ赤に腫れているように赤くなっているだろう。鼻先なんかが特になっていそうだ。薄い手袋が弾く冷気も微々たるもので、手の感覚さえ薄れつつある。コンディションは最悪と言って良かった。


 念の為と持っていた剣も寒さには勝てず、鞘に納めて両手をポケットの中に入れて温めることにする。



 現在午後四時半。時間帯は酷い。余裕のある時間帯ではなく、夜になればより一層冷え込むだろう。


「随分と運が悪いですね、マスター。

 相当特殊なフィールドですけど、この迷宮、しっかり情報を集めてから来たんですよね?」

「……いやぁ、ははは、確認不足だったなぁ」

「マスター、命掛かってるんですから流石にそこはきちんとしましょうよ」

「うーん、申し訳ない……」


 軽装の俺と、少し後方で隣を進むナイフを持ち合わせた少女。身長の高さの割に顔がやや幼なげに見える彼女は、肩に積もった雪をパパッと振り落としていた。


 俺と同じくダウンジャケットを纏っていて、彼女の髪は黒の混じった濃い紫色だ。これは染めている訳ではなく、地毛らしい。


 この世の物とは思えぬほどの整った顔を持つ彼女は別世界の人種にさえ見え、並んで歩いていなければ二人の間に関わりがあるとは全く思わないだろう。


 顔立ちも相当違うし、パッと見で俺たちを同じ国籍の人間だと思う人はいない筈だ。


 ……尤も、彼女とは日本語で会話している訳なのだが。


「異様な寒さですね。大した量の雪ではないですが、これが吹雪だったら、と思うと怖いです」

「そうだね。この外套(コート)、防御性能は良いんだけど防寒性能は薄いし。……うっ、寒。………どう? そっちは寒くない?」

「はぁ……、軟弱なマスターですね。私は大丈夫です」

「それは良かった。ところで……提案なんだけど、そのダウンジャケット貸してくれない?」

「無理ですね」

「……寒くて死にそうだなぁ(チラッ)」

「無理ですって。流石の私も、このコートが無かったらあっという間に低体温症でお陀仏ですよ」


 彼女は戦闘服なだけあって、肩を露出させるタイプの動きやすさに特化した薄着だ。

 いくら人間ではない彼女といえど、寒さには堪えるだろう。


「じゃあ、せめて敵が来るまでは一緒にダウンジャッケットに入らせてくれ。それブカブカだろ?」

「お断りです。マスターとは密着したくないので」

「あれ、俺のライフポイントがゴリゴリ削れる音がした……」


 俺のライフポイントはもうゼロよ!


「……駄目です。一応、私も女性なので」


 彼女から意外な発言が飛び出した。

 意外、と言ってももし彼女が人間であったなら全く違和感のないセリフだっただろう。


 しかし、そもそも人間ですらない彼女自身の存在を鑑みると違和感のあるセリフであった。

 俺も勿論、そう言ったことを意識していった訳ではないので驚きではあったのだ。


 が、人間云々の話を持ち出すのはノンデリ発言が過ぎる。……ノンデリって言葉は古臭かったな。

 まあけど、ちょっと弄ってやるとするか。


「女性、ねぇ? せいぜい少女じゃないの〜?」


 揶揄うように、彼女の若々しい顔立ちに触れる。

 年としては俺とそう変わらないだろう。年齢は精々14、15程度だ。


「なっ。その発言、撤回して頂きましょうか。マスター、私より身長低いですよね? ねぇ!?」

「うわ、痛い所つかないでよ。謝るから」 

「謝るならよろしいです」

「俺マスターなのに……」


 俺の威厳どこだよ。


 彼女が百七十後半あるだけで、俺別に小さくないんだけど……?

 自分のモンスターに言い負かされるとは情けない。


 せめて戦闘指示には従ってもらわないと困るから、なんとかして威厳を取り戻さねば。

 

「マスター。私、戦闘指示はちゃんと聞きますので。敵が来ても心配は入りませんよ。最悪、命令を使えば良いでしょう?」


 心を読んでくるように、彼女は話しかけてきた。

 まあ、偶然だったのだろうけど、心が楽になった。彼女が心を読めていたのだとすれば、それはそれで末恐ろしいが。


「ああ、それは助かるよ。ありがとう」


 感謝を素直に伝え、少し真剣っぽかった空気を払拭した。


 少し照れくさくて視線を落とす。

 するとある事に気づいた。

 

 ……俺の歩くペースが速いせいで彼女と足並みが合ってないな。


 そんな事を不意に考えてしまう。


 少し歩くペースを遅くして、彼女と足並みを揃えた。

 彼女の顔が近づき、やや後方にいる彼女の顔に視線が奪われる。


 改めて、客観的に見ると凄く整った容姿だ。

 これが人間だったら、と思わなくもないが……人間顔じゃないとも言うしな。彼女の場合ボケとツッコミをしっかり把握してくれていて、適切なタイミングで突っ込んでくれるから会話が楽しい。なら、それで良いのだろう。


 彼女の良いところを見つけている自分がいたことに、自分でさえ気付かずにいた。


 

 が、現実に引き戻されるような彼女からの声に、次の瞬間脳が疑問で埋め尽くされた。

 

 

「あっ」


 短い呟きだった。



 え?


 彼女の呟きに疑問を抱いた次の瞬間、ドンっ、と何かにぶつかった。

 前を見ると木が──


 ザザっ


 上から雪が降ってくる。

 頭の上で直接受けた為か、それ相応の衝撃が走った。


 一、二秒の後、正気に戻った俺は頭を振って顔についた雪を振り払う。ジャケットの中にも大量の雪が入った為か、背中が冷たい。素肌を露出させている首筋の辺りが特に。

 

 同時にフードの辺りで大量の雪が溜まっている事に気づく。すぐにジャケットを脱ぐと、大量の雪が地面に落ちた。随分と間抜けな失態をした為、羞恥心に振り回されているがどうにか冷静な顔を保つ。


「うげっ」

「大丈夫ですかマスター?」

「……大丈夫。今死ぬほど寒いけど」

「そうですか」


 自分の事を間抜けだと思った。

 やっぱり威厳を保つのは無理そうだ、と諦めたような考えが過ぎる。


 彼女は少しわざとらしく、呆れたような目で俺を見た。

 その表情は間抜けを見て呆れながらも、見逃してあげようといった顔を上手く、それでいてどこかわざとらしく作られた表情で。やっぱり彼女は分かってくれてるなぁ、としみじみ無意識に思ってしまう。


「さっきのは忘れてくれ」

「仕方ありませんね。で、何を見てボーッとしてたんですか?」

「君の横顔」

「冗談なのか本気なのか微妙に分かりずらいですね……」

「冗談だよ」

「知ってます」


 パパッと体中についた雪を振り落とし、先程のことは忘れようと歩き出す。

 彼女もまた黙って着いてくる。


「君は、俺に比べたら寒さには大分強いんだね。モンスターだから?」

「マスター、貴方以外と馬鹿でしょ……」


 彼女の反応を見るに、今のは失言だったようだ。

 先程のセリフを思い返し、心当たりを探す。


「え、もしかしてやらかした? これってアンコンシャスバイアス的な奴?」

「なんですかそれ。そんな過剰な話ではないですよ。ただ、モンスターって括りは大雑把って事です。寒さに強いモンスターもいれば、寒さに弱いモンスターもいる訳ですから。まあ、確かにインプである私の寒さへの耐性は貴方と比べれば高い方です。けど、それってほんのちょっとですよ。個体差もありますしね」


 なるほど括りが大きかったらしい。

 取り敢えず今後の為にも謝っておくか。


「それは反省させてもらおうかな」

「いやいや、大丈夫ですよ。全然気にしてないですから。私は多分マスターが考えてるほど耐性がある訳じゃないってのと、誤解があるとマスターの指揮にも影響が出てしまうと思ったので、覚えておいてほしかっただけです」


 確かに、言われてみれば俺はなんとなく寒さに強いモンスターと弱いモンスターを覚えてはいたけど、その中間を一括りにして、基本的にみんなこのくらいの耐性はあるだろって偏見があったのかも知れない。


 作戦にも限界のラインを引く時の重要情報になるから、考えを正しておいて良かったと思う。



 が、気になっていたことが一つ。



「……所で、何で注意してくれなかったの」

「あ、と言いましたよ? 前を見て歩いてなかったマスターが悪いです」

「それは忠告じゃないから!そもそも、俺の前方くらい見えてたでしょ!」

「え〜。まあまあ、良いじゃないですか。チャチャっと終わらせましょうよ。ね?」


 

 そう言いつつ、後から堪えきれずニヤけたように笑う彼女を見て、なんとなく察する。恐らく気づいてはいたのだろうけど、悪戯的な意味でわざと黙っていたのだろう。


 多少の怒りや悔しさが湧いたが、悪意のある笑い方ではないし、笑顔を見せる彼女は可愛いく、どこか自然と許そうという気持ちが芽生えてしまう。


 が、悔しいので引っ掛けてみよう。


「ていうか、知ってる? 人間は下半身が雪で覆われると、数分で低体温症にかかって死ぬんだよ?」

「え!? ……あ、え? そ、その……」

「冗談だよ」

「つまんない嘘はやめて下さい!!」


 我ながら少しガバすぎる嘘だったか? と思ったが、彼女がチョロくて助かった。


 その彼女は隣で戸惑ったり怒ったりしている。

 身長は彼女の方が上である筈なのだが、やっぱりどうにも大人っぽさを感じなかった。

 

 やっぱりただの少女だ。

 


 けど、あたふた慌てていたのは、本当に間に受けて俺心配してからかもしれない。

 ……そう考えると可愛い奴かも知れないな。



 可愛いと言っても、相手はモンスターなので性的対象という意味ではないが。



「お、こんな所に石が」


 話しながら、雪に埋もれた石を見つける。

 そこそこのサイズだ。こんなのでも、ダンジョン産だけあって持って帰れば金に変えられる。


「持って帰れるんですか?」

「まあ無理かな」



 まず持ち上げるのが重いというのが一つと、金額に変えられると言っても数十円程度だ。

 

 マジックバッグで重量の心配はないとは言え、大きいので戦闘時に取り出したいものが取り出せないくらい邪魔だと意味がない。こういうのは業者がやるものだ。



「ていうか、今更過ぎるけど……俺たち、一応初対面だった訳じゃん。ひとまず君がどういう能力を持ってるのか把握したいんだけど」

「そういえば、そうでしたね」


 彼女も今更すぎてクスッと笑っている。

 あまりにも会話が自然すぎて、自分ですらつい先程まで忘れていた。


 少し状況を思い出す必要があるだろう。 



 今、俺たちは探索者として迷宮に潜っている。

 本日が初の探索である俺にとって、迷宮は何もかもが新鮮であった。



 迷宮。40年前突如として現代日本に現れた迷宮への門。

 危険な化け物と同時に未知の宝物が存在する迷宮を人々が完全に受け入れるのには長い長い年月が存在した訳だが、今や迷宮は生活に欠かせないものになっている。



 テレビ番組や大会でも引っ張りだこの探索者と言う職業は、何かと人気が高い。

 これによって、探索者ライセンスを取得できるようになる十五歳が近くなった一部の中学生ら(主に男子)は何かとソワソワしている物だ。 

 

 俺は登録時に必要となるFランクモンスター1体の条件を満たす為、ギルドが販売するFランクモンスターカードパックの内の一つ、悪魔種のFランクモンスターカードパックを購入した。



 パックと言っても内容は一枚だが。



 通常はギルドが販売しているものの中から選ぶのが普通なのだが、かといってパックを購入する事は珍しくはない。理由としてはギャンブル性と、日本最大の成功者である小鳥遊 翔が駆け出しの頃、パックでキャリア終了まで相棒となる天使見習い(後のアテナ)を当てた、と言う逸話があるからである。



 俺も彼にバリバリに影響を受けている訳で、パックを手に取ったのも彼が理由の一つだ。



 そして結果としてそのパックから出てきたのがこの隣を歩くインプである。


「何か?」

「……いや、なんでもないよ」


 Fランクモンスター。

 正直なことをいえば、当初は喜びと悲しい気持ちが混ざった複雑な感情だった。


 種族別Fランクモンスターパックはお値七万円。

 対して、女インプの販売値段は六万円。


 勿論、承知はしていた。

 Fランクパックからは基本的にFランクしか出ないって。

 稀にEランクのモンスターが出るのは事実だし、動画配信サイトで検索すれば死ぬほど動画が出て来るだろう。けれどそれらは全部試行回数の上に成り立っているのだ。


 そう自分を慰めたが、何度見ても結果が変わることはなかった。


 まあ、戻ってくる値段が平均三万と考えれば当たりの部類ではあるのだろうけど。


 が、インプといえば、悪魔種の中の基本ベース基本ベース


 文化的に日本で悪魔といえば鬼なのだし、俺個人としても鬼のイメージが強い。日本で主に流通しているのも鬼種だ。その他で目についたとしても、それは海外でも人気のリリートゥやらアルダト・リリーやらエストリエとかだろうか。


 更にFランクで言っても悪魔種にはインプ以外にサキュバスやリリス等が存在する。

 夢魔サキュバスは睡眠能力やドレインが使えるし、夜魔女リリスは夜の時間帯であれば大幅に能力が向上する能力が有る。


 対して、インプは特に何もない。

 何故なら、彼ら彼女らはただの悪魔(インプ)だからである。


 小さなコウモリの翼を持っているが、飛べるわけでもなく。

 小さな角も何かの能力を持っている訳ではなく。



 インプの女以外は一般的にハズレと呼ばれるモンスターだった。

 何せインプの男なんて女インプと違って顔が美形じゃない上、肝心の魔法能力がメスより低いが故に、需要が低すぎて二万円でも中々売れないレベルである。同じ種族なのに三倍の値段差とはこれいかに。



 インプと分かってがっかりしたのは間違いないが、何にせよ登録料とカード用、初期装備料で財布はすっからかん。

 これで行く他なく、すぐに気持ちを切り替えて俺は迷宮へと来ていたのだった。


「あのですね。私は確かにインプですが、弱いと思われるのは心外です。後天技だって二つ持ってるでしょう?」


 インプは再び心を読んでいたかの如く話してくる。

 もしかして、俺の心は読みやすかったりするのだろうか。いや、彼女の読みが上手いだけと言う事にしておこう。うん。

 

「ああ、確か初級雷魔法と短刀術だったっけ。あ、でも悪魔インプって先が三本ある、あの槍みたいなのが種族武器なんじゃ?」


 彼女の文句に言葉をかえす。


 ……まあメイジタイプじゃないインプの魔力量がどのくらいなのかは気になるが。スキルは随分良いものを持っている、という事に関しては間違いない。


 それに関しては素直に喜ぼう。

 


「ああ、三叉の槍の事ですか? 私は扱えませんね。代わりにほら、ナイフがあるじゃないですか。私の場合、ナイフの方が得意ですよ?」


 そう言って、彼女は手の上でくるくるとナイフを回転させ手捌きを見せる。

 素人目でもナイフの扱いに慣れていると言う事は感じ取れた。


  ……種族武器にはある程度の恩恵があるとはいえ、モンスター自身が使い難いと言うなら使う必要はないだろう。


「……まあ、それもそうか。で、初級雷魔法はどういう物なの?」

「驚かないで聞いてください。実は『感電』を習得しています。痺れでの痛みによる行動阻害や皮膚の火傷によるダメージが可能です。ただ初級とだけあって、威力が低いのは難点ですが」

「おぉ……! 『感電』って、めっちゃ優秀なスキルじゃん! なるほど流石、言うだけはあるね!」

「……でしょう?」

「流石! 最高! ドヤ顔も可愛いよ!」


 少し隠し切れず、少しドヤ顔をするインプを可愛いと感じて、それから彼女をよそ目に作戦を組み始める。


 感電という手札は大きい。

 戦術の幅が大きく広がるからだ。

 

 大変嬉しい。


「そ、そんなに喜ばなくても……あとドヤ顔はしてません!」


 有用な手札が手に入った喜びを隠しもせず顔がニヤけていたが、インプはドヤ顔から一点、俺の態度に少し照れ始めていた。



 ……一旦落ち着こう。



 インプ自体の戦闘力も低い訳ではないのだが、感電と短剣だけでは少し心許ない。俺もダメージバリアがあるうちは戦闘に参加するべきだろう。


 そんなこんなで歩いていた時だった。



──ミツ、ケタ



 ぞくっ、と既に凍っている背筋が寒気で震える。

 声の方向へ振り返り、そして薄暗くなった光の中、目を凝らした。


「いました、マスター!」


 インプの声と主に、ズンッズンッと雪を踏みつける大きな音が聞こえた。

 その足音の大きさから脳内でイメージが作り上げられ、姿を見た瞬間、敵の正体が確信に変わる。


「……雪男イエティか!!」


 体長は2.5メートルほどだろうか。けむくじゃらの大男は、雪を踏み付けるたびその足音の大きさから相当な重量である事が推察出来た。



 ──まずいな。

 Fランク迷宮という事で、ゴブリンやスライムを想定していた。

 だが、雪男はF+に分類されるランクだ。想定外の一言で済めばいいが、最悪は戦力差で返り討ちに合う事だろう。



 迷宮では偶に運悪くレベルが高めの迷宮に放り込まれる事がある。昇格迷宮と言うやつだ。どうでも良いが昇格なら迷宮ではなくパックで出て欲しかった。随分と傍迷惑だ。



『感電!!』



 先手必勝。

 遠距離からインプの魔法が打ち込まれる。


 ──グォア!?


 電撃に膝を突く雪男。感電により相当な痛みが襲ったのだろう。無理に立て直そうとして、逆に体勢を崩していた。

 俺は走り出し、体重を乗せた剣を両手で振るう。


 ブスッと、その皮をすり抜け真っ二つに切ろうかと思われた剣だったが、骨に阻まれる。

 

 無理だ、そう判断したと同時に俺は剣を引っこ抜いた。



(クソ、ダメだったか)



 ギルドの訓練場で叩いていた丸太とは訳がちがう。

 剣に付着した赤色の液体はドロッとしながらも、液体のようにポタポタと滴り落ちている。



 ──血だ。



 手に伝った感触を今更実感する。

 正真正銘、本物の肉の感触だった。あまりの生々しさに吐き気さえした。



 しかし、手に残る感触を気にしている時間など無意味。探索者の常識だ。

 脳を弄るようにして、頭を切り替える。



 目の前の戦闘へ思考を沈め、集中を深める。

 ボーッとする暇など一切なく、俺は迫る来る雪男の腕を構え直した剣で迎え撃った。


「ぐっ、重っ!」

「踏ん張ってください、マスター」


 接触と共に大きな衝撃が剣に伝わる。

 雪が足場のせいか、踏ん張りが弱い。

 それでも俺は、後退しながら受け流すように切りつける。

 

 ……バカみたいな重さだ。

 膝をついた状態で腕を振り下ろしたと言うことは、恐らく肩だけの力であの馬鹿力を出したのだろうか。


 剣を使いながら押し返そうとしているが、完全に力負けしている。

 不味い……


「行きます!!」

「っ」


 ──均衡した戦場の中、高く美しい音色が奏でられた。

 それは救いにも等しい、彼女の声。


 背後から猛スピードで向かってくるのは、コートを脱ぎ捨てコウモリの羽を曝け出したインプだった。


 まるで自身の体が羽毛のような軽さだと言わんばかりに、彼女は跳躍する。そして彼女の右手の先にあるナイフが素早く振るわれ、雪男の顔を切りつけた。


 的確に目を損傷させている。

 雪男は悲鳴を上げ、血を流す片目を抑え、もう片方の目で憎き敵を睨みつけた。


「ッ、危ない──避けろ!!!!」


 止まっていたかのような時が動き出し、重力が彼女を降ろす。

 途端、彼女は顔を踏み付けるように着地する。怒り狂った雪男の我武者羅に振り回された腕を軽々と跳んで躱わして、ふわりと着地するインプは、



──美しく、誰をも魅了する悪魔に見えた。



 目を奪われる。

 だが、思考とは裏腹に体は足を蹴り出していた。



 吐き出した白い息を置き去りにして、冷たい風が頬を撫でる。雪を駆け抜け雪男の背後へと回った俺は、落ち着いて狙いを定めて、そして無防備な首へ向けて剣を突き立てた。


 ガンッ、と骨に弾かれる感触が手に伝わる。



「ッ──」



 大きなダメージは与えられなかっただろう。失策だ。

 そこか、と言わんばかりに、振り向き手を伸ばして来る雪男に、まずい、と構え、



 ──ザシュッ。

 

 死角から現れたインプによって、雪男は首をざっくりと切られ大量の血を流す。



 危なかったと考えるのも束の間、雪男は力尽きたのか俺の方へ倒れ込んで来た。


「っわ!?」


 ヤバい──。


 倒れ込む雪男に身構えるも、その重量はやって来ない。

 光を放ち、倒れる前に消えた雪男は、自身の魔石と毛皮だけを残したようだ。


「ふぅ。……お疲れ様ですマスター」


 そう微笑んだ後、彼女は手を差し出そうとして、血濡れていたことに気付いたのか手を引こうとする。

 しかし俺は直ぐに察知して逃すものか、と彼女の手を取り、抜けた腰を立ち上がらせた。


 彼女はどこか、しょうがないな、と諦めたような表情でいた。


「死ぬかと思ったよ。ていうか、これ、俺必要だった??」


 自嘲で自分の不甲斐なさを呪う俺に、彼女はさもなく当然のように答える。


「当たり前でしょう? 一対一と、二体一じゃ状況は天と地ほど違いますよ」

「……なら良かったけど」

 

 正直一ミリも役に立って無かった気がする。

 安いからと言って、武器をゴブリンソードなんかにしたのが仇になったのかもしれない。


 武器に八つ当たりをしながら、俺は剣を鞘に収める。


「雪男のモンスターカードはドロップしなかったようですね」


 魔石の代わりに低確率でドロップするモンスターカードを期待したが、彼女の逆の手にはしっかりと魔石が握られていた。


「マジかぁ、命に対して割が合わなすぎでしょ」

「マスター、どうします? とっとと帰還ゲートに帰りますか? F+ランク迷宮のボスは恐らくE-ランクモンスターですよ?」


 引き返す。

 それも確かに選択肢のうちの一つだろう。と言うより、普通であれば、昇格迷宮を引き当てた時点で大抵の人間は撤退の判断を選ぶ。



 出現するモンスターのレベルは上がっている。

 


 だが、無理ではない。エリアが吹雪とかの不可能状態ならともかく、一ランク上がる程度なら少々無理を出来る筈だ。



 ……だからこそ


「それは、したくないかな」

「これが初回迷宮だから、ですか?」

「ああ」

 

 初回迷宮。

 駆け出し冒険者の中で常識、と呼ばれるものは当然幾つか存在する。


 そしてそのうちの一つ。

 初回迷宮の重要性についてだ。



 初めて潜ったダンジョンに限り、そこのボスを倒せばボスは100%の確率でモンスターカードを落としてくれる。



 言わば、迷宮の救済措置である。

 普通にボスを倒してもドロップ確率は一番高いFランクでも10%が良いところ。Eランクボスならドロップ率は5%辺りだろう。

 そう考えるならこの初回迷宮、それもEランクのボスであれば、多少の危険を考えても逃す手はないと見て良い。



 ボスモンスター。別称、特殊モンスターとも呼ばれるそのモンスターは、通常の野生に出現する個体よりも目に見えるほど戦闘力に違いがあり、またスキルの数も質も別格である。尚ドロップ率も通常のモンスターと比べて格段に低い。


 マスターがモンスター同士を戦わせて勝敗を競う番組、もとい競技であるモンスターコロシアムでは、トップランカー同士が戦う場合、モンスター三体全員が特殊モンスターであることも多い。理由は単純に強いからだ。


 このボスモンスターを取り逃がせば、高い確率で相当攻略のペースは遅れることになる。今後の難易度に大きく関わる要素だ。

 スタートダッシュで遅れるのは望ましくない。


 それが例えリスクを負う結果だとしても。


「悪いけど、君と僕は超絶疲労困憊コースに入学してもらうよ」

「……何言ってるんですか。で、本当にやるんですか? 力を過信して死んじゃうタイプの初心者になっても知りませんよ?」

「君を信頼する。死ぬつもりはない」


 俺の発言に、彼女はやはり呆れた顔で言葉を返す。


「……信頼ですか。インプに信頼を置くなんて、全く本当に随分と変わったマスターですね」

「言い過ぎじゃないか? でもほら、君は信頼に値するだろ。それは俺が一番側で見せてもらって来たからね」


 そう言い切る俺に、彼女は更なる呆れを顔に出していた。


「マスターが私を信じても、私が信じられませんね。どうせインプなんて新しく強いカードが入ったらすぐ捨てるつもりなんでしょ?」

「君は強いカードだ。そんなの自分で証明している癖に、背けるなよ。それに強いカードが手に入ったとしても、俺は決めたよ。お前を使い続ける。だって、君は俺の最初のパートナーだから。……それに──」

「……それに?」


 前を向きながらも、目線だけをこちらに向けるその目に、少しばかり期待を含ませた少女に俺は告げる。



「君が格好良かったから、かな。

インプ、君は俺が見た中で誰よりも輝く唯一無二の最高の相棒だ。俺の原石なんだ。


──だからお前に全てを賭けてみたいと思った」



 戦闘で見せた彼女の光に呑まれるように、俺は虜にさせられていたから。


 この才能を俺が輝かせる。

 誰にも渡さない。こいつは俺へと与えられたチャンスだ。


 彼女は誰よりも凄くなるだろう。

 そして、その横に立つのは俺でありたい。俺でなければならない。


 

 俺が最初に手にした相棒。

 ──インプ、お前が弱いと言うなら、誰よりも強くしてやる。その才能を開花させてやる。

 


 それが俺の、探索者としての役目だ。



「言いながら相当照れてるじゃないですか。

 ……全く、都合の良い人ですね。そこまで言うなら、大切に扱ってくださいよ? 私は安くないので」

「ははっ、六万円だからね」


 俺とインプは友人のような軽口を叩き合う。

 彼女も釣られて、少しばかり笑みを浮かべていたように見えた。

 

 けれど直ぐに彼女は落ち着いた声で答える。


「……それでも、マスター。

やはり現実的に言えばやはり撤退するべきでしょう? 無理することはない筈です」


 そうだな。

 その通りだ、でも。

 

「いや、無理をさせてくれ。俺はトップを目指してるんだ」

「トップ、ですか? それは何故」

「憧れてるからに決まってるだろ──」



 

 きっかけは憧れだった。

 迷宮という空想世界は俺が生まれる前からずっと存在していた。


 俺は、というより人類は毎日のように、この現実世界で生きて来た。

 俺の人生の中で辛いことはたくさんあったし、死にたいと思ったこともたくさんあった。


 でも、逃げる場所があった。

 拠り所があった。ある人間に取って、それはゲームの中かもしれないし、小説の中かもしれない。はたまたは配信者とコメント欄だったり、アニメの中なのかもしれない。


 人は空想を求める。

 そこでは自分の持っていない物が叶うような錯覚に陥るから。


 俺の場合、それが迷宮だったというだけだ。


 勿論。俺も大抵の人間のように、大人になるにつれ迷宮の現実を知ったし、厳しさも理解し始めた。


 でも。

 それでも、それを受け入れて尚挑みたいと思ってしまった。


 脳裏に焼きついた、あの探索者の姿を見て。


 俺は焦がれ、惹かれ、取り憑かれたのだ。


「──探索者という夢に」


 俺は彼女を見る。

 彼女はジッと俺の話を聞いていただけだった。


 続けるように、告げる。


「インプ。俺は君が何を欲しいのかは知らない。

 けれど、約束しよう。どんな願いでも必ず叶えて見せる。


 だから、着いて来てくれないか?」


 月並みで、俺が考えた末に出せた一番の条件だった。

 

 彼女はゆっくりと口を開く。


「……そうですか」


 相槌を打った彼女の顔は、前を向いているせいか見えない。

 そして突然、彼女は振り返り、誰に視線を向けるでもなく言った。

 

「私、死ぬのは嫌いなんです。例え生き返れるとしても」


 そう言い放つ彼女の顔は、隠しきれない感情を、薄く、露わにしていた。

 会話の意図を理解出来ないまま、彼女の話が一言一言耳に入り込む。


 ……彼女は記憶を持たない。


 マスターを失ったモンスターが死んだ時、そのモンスターは迷宮へと吸い込まれる。そして、新たに別の迷宮でカードとなり、人間をマスターとするまで生まれ続けるのだ。


 肉体と性格は同じだが、自身を形作る記憶は消える。

 モンスターの死は、人間の死とは異なる。故に、人はモンスターを使い捨てに殺す事も厭わない。


 だが。

 モンスターだって、死にたくないと、自分を失いたくないと、思う事だってある。


 もしかしたら、彼女も……。


「だから」


 声のトーンが変わる。

 表情が戻り、彼女の目がこちらを捉えた。


 考えが途切れ、有無を言わせず彼女の言葉に神経が傾いてしまう。


「これだけは言っておきましょうか。マスター」


 甘美な声で、悪魔たる彼女は囁く。

 その目が捉える主には、信頼と絆を捧げよ、と彼女は楽しげな顔で語って。



──釘付けにされた視線の先で、鋭い悪魔の犬歯が牙を剥く。




「私に任せてください」


 

 そう語る彼女の顔は獰猛で、惚れ込みそうなほど美しかった。

 


悪魔をデビルとルビ振るかインプとルビ振るかめちゃくちゃ悩みました。



TIPS

『感電』

使用者の魔力によって威力が変わる。

インプの魔力だと威力はスタンガンレベル。勿論遠距離から撃てるので一概に比較は出来ない。厳密な威力は測定できないが、流れる電流は20mAくらいの目安で考えて欲しい。軽く調べた所、人が死ぬレベルに到達するにはこの五倍の100mAが必要だそうだ。




*放電が魔力によって操れるのは常識である模様



面白いと思っていただけたら是非、高評価ブクマをお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ