世界の日常
*本作は全てフィクションです。人物名、土地名などは現実の物と一切関係ありません。
11/21日 11時。プロローグを変更いたしました。
12/10日 0時。プロローグを変更しました。
主人公の名前を相沢に変更しました。調べ直したら存在する名前だったので。
俺には消えない記憶がある。
親と別れたあの日の事だ。
痣だらけの身体で、涙を滲ませながら俺はその場に立っていた。
俺の前には庇うように姉が立っていて、激しい口論を繰り返していた。
「お前らが消えてくれてせいせいするよ!!」
父の怒声、何度も言われ来た本心。母と不倫相手との間の子供という自分の立場。
彼を父と実感する事はなかったけれど、その怒声に本能的に足がすくんだ。殴られる鮮明な光景、痛み、感触が脳にフラッシュバックする。
「うるさいな! もう二度と構わないでよ! 死ね! 死ね、このクソジジィ!」
姉の反論するような怒声。
あまりにも感情的で、ただ口から溢れでた言葉をそのまま伝えているようだった。
短絡的な暴言だったが、父には効いたのか彼は木製の箪笥に力強く拳をぶつけ、強く、低く音が耳を張り裂けるように響き渡る。
「黙れぇ! 誰が育ててきてやったと思ってやがる! 全部お前らに費やした金は倍返しにして返してもらうからな! 覚えとけよ!!」
萎縮し切りながら、俺は唯一血の繋がった母を見た。
冷め切った目。憎悪を宿したその顔。
一度も抱きしめてもらったことのない俺と違って、愛情を注がれ続けた兄を抱きしめながら。
「早く消えなさい」
そう冷たく言い放たれた。
景色がふらついて、遠のいていくような気がする。
心臓が張り裂けるような痛みに襲われ、喉が破裂するように痛い。
「〜〜!」
「〜〜!」
激しい口論が行われているようだが、耳はそれを読み取らない。
そうして、その内はっと気づくと、父が割れるような声で怒りのまま怒声を上げていた。
「……お前らは律と違って何の価値も無いくせにぃ!!」
感情的なまま、父の拳が姉に近づくのを感じた。何度も見てきたその光景に怯んで動けない。それでも姉が殴られるという事実に悲しんで、より強い嗚咽を上げた。無力な自分を嘆きたくなる。
拳を姉が防ごうとして、彼女の掌から大きな破裂音が響く。その音からどの程度の痛みが襲ったのかはっきり分かりながら。
目を瞑ったまま、姉に強く手を引かれながら家の外へと出た事実だけを認識した。
「もう良い。……帰ろう、颯太」
姉にそう言われて。
俺の帰る場所はもうここでは無いのだと自覚しながら。
更なる嗚咽を上げて、みっともなく姉に縋りついた。
俺は多分、まだ何者でもない。
律は勉強もスポーツもずっと一位で。
あの小学六年生だった時の夏から行方は分からないけれど。
きっとあのまま、優秀なまま生き続けるのだろう。
でも。
ああ、そうだ。俺にも夢が出来た。
追いかけたいものが出来た。もし、その過程で彼らが幸せな自分を見たら、少しは見返せるだろうと思えるような。
そんな夢が。
出来たんだ。
**
アラームが鳴る。
大きなその音に、俺は眠りから覚めた。
「っ、ぁあ」
素早くアラームを切って起き上がる。
何気ない毎日の朝だった。
洗面所に向かって顔を水で洗い、寝起きの髪を整えて髭を剃る。次にシャワーを浴びて、歯を磨き、朝食を自炊する。
この一連の流れを辿るように行うだけ。
「あっ、ポテチ取られてんじゃん」
が……。歯を磨き、水分補給の為冷蔵庫に向かった時だった。戸棚に隠しておいた買い置きのポテチが食われている事に気づく。ほぼ間違いなく姉の仕業だろう。この時間だともう家にはいないから、ラインで文句を言っておこうと決める。
少し怒りを感じ朝の気分が落ち込むが、そういえば今日が土曜日だった事を思い出した。これから再び買いに行けば良いかと思い至る。
朝食を自炊するのも面倒だし、コンビニで何か買って行こう。
そう決めると俺は振り返って、支度をする為部屋に戻った。
……リビングに置かれたデジタル時計の時刻を確認する事なく。
『7時20分51秒
4月10日 土曜日 2060年』
**
普段のルーティーンを変更し、財布とスマホを持って再び家を出る事にした。
マンションの一室を出てエレベーターのボタンを押した瞬間、冷たい風が吹き荒れる。
「寒っむ」
若干薄着で家を出た事を後悔し、エレベーターに乗って一階に降りて駐輪場に向かう。
自分の自転車を見つけてからコンビニへと出発した。
一番近くのコンビニまで凡そ三分。
大して遠くはないが、自転車で行った方が早いが故に俺はペダルを漕ぎ始めた。
辺りの景色を見渡しながら、歩行人を通り抜けて信号を確認する。
「変わんないなぁ」
小さく、呟いた。
そこはいつもと変わらない景色だった。
日本の街並みは発展した。
それこそ半世紀前なら信じられない程に。
今や空を飛ぶ車や、精密な動きを行える人工知能搭載ロボットの完成も間近とさえ言われている。
最新のコンピューター、自動操縦付き自動車、最新のAI。
時代の荒波が続いている。特にあの出来事から四十年……新しく台頭した企業もあれば、倒産した企業も数知れずだ。
「まあコンビニは安泰かもなぁ」
呑気にそう思いながら、コンビニの駐輪場へと自転車を漕いだ。
自転車を止めて、店内に入る。
レジ上のモニターにはCMが流れていた。
内容は芸能人がカップラーメンを啜った後、感激のため息を吐いてから明るい音楽が流れ、このCMのキャッチフレーズで締めくられるというモノ。
まあ、普通だ。
店内の他の客もCMに目を向ける仕草は特にない。
モニターから目を離してカゴを取ろうと思った時、次のCMに目をモニターへと戻された。
『四十年前より現れた迷宮により変わった世界……彼らは調査の為、その秘境の奥地へと向かった。そして、そこに現れたのは異形の怪物……
「モンスターだ」
「うわああぁ!!」
「死ぬ、死ぬ、死ぬ」
「出口は、出口は何処なんだ!」
**********エラー、エラー。
「……これは、希望か?」
「何言ってんだ、そいつは俺たちの仇なんだぞ!?」
「だが、我々は生きて帰らなくてはならない」
映画、『迷宮脱出 奇跡の軌跡』 絶賛放映中
──この選択が、人類の一歩となる 』
『コラボ商品、魔牛味ポテトチップス販売中!』
いや、ポテチの宣伝かよ!
壮大すぎるBGMに思わずモニターを見てしまったが、拍子抜けである。
……まあ、映画は知っている。
現在大ヒット中のやつだ。まだ見てないが。
「……実際の話を元にねぇ」
実際の話と言ってもある程度、脚色はされているのだろうけど。
そもそも四十年越し映画になる程度には有名な出来事なので、ある程度の概要は知っているのだ。
今更見に行こうとは思わない。
「でもポテチは美味そうだったから買ってくか」
売り場にあった宣伝商品のポテチをカゴに入れた。
こうして買ってしまっている辺り、CMというのは相当効果があるのだろう。
というかそもそも本当に魔牛の味がするのだろうか。
迷宮で狩られる魔牛は相当な高級食材だ。というか本物を食べた事がないので味がわからない。
まあ細かい事は良いか。
今は腹が減っているのだ。
目的の物を買えて、自転車を漕ぐ間少しだけ上機嫌にニヤつきながら家へと帰宅した。
**
俺は部屋でパソコンを立ち上げていた。
休日の過ごし方は大抵こんな感じである程度ダラける多い。
『明日午後一時からみんなでカラオケ行くんだけど、参加する?』
女友達からのメッセージを確認する。
その女友達からという事で、メンバーの想像はある程度分かった。
『ごめん、パス。明日は用事あるから』
『了解。伝えとく』
素早く断りのメッセージを入れて断る。
生憎、明日彼らと遊びに行く気はない。
メッセージを閉じて、有名な動画サイトを開く。
ホーム画面から動画のサムネとタイトルが表示された。
気になった物があるまで画面をスクロールする。
音楽系、企画系、トーク系、何でもあるがチラホラと迷宮関連の物も混じっていた。
そこで適当な動画をクリックすると、動画が流れた。
「あれ?」
が、異変に気づく。
クリックした動画とは違う動画が流れている。
押し間違えたのだろう。あるあるだ。
というか、よく確認するとライブだった。動画の場合倍速で流してしまう事が多いので、ライブよりはアーカイブを重心的に見るのだが、まあ良いか。知ってる人だし、今日はこの人で時間を潰そう。
『はーい。
では今日の企画はFランクのモンスター、ゴブリンが何体いればE-ランクのウルフを倒せるかです! 迷宮のモンスターだとお馴染みゴブリンさんですが、とても弱いのは皆さんご存知ですよね! なので何体が集まればウルフが倒せるのか、早速検証していきたいと思います!』
そう言いながら、男は高いテンションの声と大きな身振り手振りで配信を始めた。
コメントには「おもしろそう」「待ってた」「五体くらいじゃね?」といった物が流れている。
その男はカメラを手に持った大量のモンスターカードに寄せて、全てゴブリンカードである事を見せた後、カメラを離してから再び喋り始めた。
「ゴブリン、召喚〜!
知っての通りモンスターは人間に絶対服従。ボクがマスターでいる限りこちらを傷つけるような行動は出来ません。なので、ごくたまに誤解される事もあるんですが、とても安全なんですね。では、丁度ウルフも見つかった事ですし早速検証していきましょうか!」
男は陽気にそう話し、ゴブリンの頭を掴んでもゴブリンが何もしない事を証明した。
それから指差した先にカメラを向け、ウルフがいる事を視聴者に伝える。
「ほら、攻撃して来い」
男はそうゴブリンに伝えた。
しかし、ゴブリンは驚いたような表情を見せてから『無理』といった意図のジェスチャーをした。恐らく勝ち目がない事を感じ取ったのだろう
「いや、何が無理やねん!
ほら、命令やで〜!
……ってボク関西人じゃないんですけど!」
寒いギャグもタイミングが絶妙だったのか、ある程度笑いを取れているようでコメント欄では『草』といった文字が流れている。
ゴブリンはそう命令されると、本気か半信半疑だった様な顔から表情が消えて、大人しくウルフへと向かって行き、戦おうと棍棒を振り上げた瞬間に、足で押し倒され、爪が胸に食い込んでしまう。
「流石に一体じゃ無理やな〜。
あ、初見さん?
今三千円をドブに捨ててる所やでー。ホンマ誰やねんこんな絶対時間かかる企画考えた奴。あ、ボクですね(笑)。
お、ゴブが喚き出しましたよ〜?
この世でゴブ畜の命乞いほど醜い物はないんですよ、知らないんですか?
女子高生に振られたのにみっともなく縋るおっさんくらいキモいですからね。僕も目が汚染されてきちゃました。早く倒しちゃって下さい、ウルフさーん。あ、死んだ(笑)。死にましたよ皆さん。お前の死は無駄にしねぇ(棒)、って事で次に進みましょう」
愉快なテンションでトークを繰り広げる男に、コメント欄は盛り上がって行く。
それを何処か冷めた目で見ている自分がいた。
アーカイブならこの寒い部分飛ばせるのにな、と思う。つまらない、とすら思った。
「いやいや、ウルフじゃなくてウォルフですよ皆さん。間違えちゃ可哀想じゃないですか。
え、ボクも間違えてたって? やー、覚えてませんねー。どうでしょう皆さん、ここは一つ水に流すという事で(笑)」
そこで耐えられなくなりライブを閉じた。
昔は素直に探索者に憧れを持っていたけれど、今ではある程度冷めた目で夢を追うようになった。
あと少しで、十五歳になって探索者になれるけれど。
この動画に限った話じゃない。
つまらなかったのか、不快だったのか。
動画を途中で閉じたくなることが多い。
違和感だと思う。
ただただ、俺が耐えられなくなっただけ。
でも。
薄々勘付き始めている。
自分の感性が、他と違う事。
それは、枕投げに使われるクッションを見てクッションがかわいそうと思うくらい異常な物であるという事。
けど、俺はそれが後に自分の人生に重大に関わってくる様になるとはまだ知らない。
ブクマ高評価お願いします!!




