命を賭して
「……六体目!!」
心臓を剣で貫かれ、雪男が血を流しながら雪の上に伏した。
俺はゆったりと剣を引き抜きながら、光と共に消えゆく雪男を見届ける。
「ようやく慣れてきましたか? マスター」
インプが手慣れた様子で、別の雪男の魔石を手に歩み寄って来る。
こっちは感電を使って貰った上で死ぬ気で殺してると言うのに、向こうは楽にやってみせる。改めて人間は非力なんだと実感した。
「ああ。……合わせて七体だ。割と楽になって来てるよ」
「マスターのレベルが2に上がったからじゃないですか?」
「そうかも」
最初は切れ味が悪いと思っていたゴブリンソードだったが、使い慣れると案外悪くない事が分かった。
もちろん品質自体は微妙と言わざるを得ないが、頑丈だし骨がバターみたいに切れるイメージとは違うも、心臓などの急所を的確に狙えば雪男だって殺せる。
それに三体目の雪男を倒しレベルが上がったのか、体が随分と軽くなった。
レベルアップした前と後の1.11倍程度の違いなんて全然分からない、という奴も多いが俺は明らかな違いを感じている。
数字にするとより分かりやすい。
握力が五十キロの奴なら五十五キロ。
五十メートルが6秒のやつなら5.5秒ほどに。
身体能力全体が1.11倍になるのだ。体が目に見えるほど軽い。
それこそ感電の補助があれば、一人で雪男だって殺せるほどに。
人類のレベル上限は10だが、それでも最終的に元の2.8倍くらいには身体能力が上がる。
今はまだ未熟だが、未来に期待するとしよう。
「しかし、にしても中々ドロップしないなぁ」
「ですね。マスターって運悪くないですか?」
「割と自覚してるからやめて」
「でも、私を当てたのは運が良いですね。喜んでください」
「喜んでるよ」
「……あれ、ご冗談を的なセリフが返ってくると思ってたんですが」
「バーカ。俺の顔に文字で刻んであるだろ。喜んでることくらい。お前は最高の相棒だ」
「……ま、まあ、その褒め言葉、素直に受け取っておきましょう」
あれこいつ、照れてる?
褒め慣れてないのかもしれない。なんか意外だ。インプと言えばどこか下に見てしまうような風潮があるのは事実だけど、スキルなんかを鑑みれば普通に実力は認められててもおかしくないのに。
にしても、七体倒すも未だカードは一枚もなし。
ギルド公式によれば、F+ランクモンスターのドロップ確率20%をやや下回る程度らしいので焦りすぎだろうが、早く二体目のモンスターを確保したい気持ちが先走っている。
「カード、落ちないな」
「ですね」
現在、インプを失えば終わりと言う状況は決して良いと言えない。
それに雪男は寒冷地に出現するモンスターだが、雪地以外でも強い。単純な怪力や耐久、大きさ、そして勿論氷系・雪系の魔法に対する耐性、と人気はないが強さは間違いないモンスターだ。
俺のパーティー構成はアタッカー兼補助役のリリィと補助役役兼アタッカーの俺。
こちらとしても耐久力が高く、使い勝手が便利な盾役がこなせるモンスターが欲しい。
ボス戦前までにはなんとかタンクを手に入れたい物だ。
歩きながら、雪が橙色に照らされているのを見る。
日は沈み、ずいぶんと暗くなってしまった。
迷宮の性質上、電灯も何もないくせに異様なほど明るいが、それでも十分暗い。
時間を考えても、そこまで長居できる余裕はないだろう。
だが期待と反して雪男は中々ドロップしてくれない。
俺の体力も消耗されているし、いい加減ドロップしてくれないものか。
などと考えていた時だった。
「……敵ですよ、マスター!」
敵を発見したインプが素早く戦闘体制に入った。
続けて、俺も敵を目に捉える。
──美しい、人を惑わすような少女。その青い瞳に視線を奪われる。
強烈な第一印象を植えつけえる彼女は、人間と何ら変わり無い姿でこちらへと歩み寄った。
「……人間?」
思わず口から零れ落ちた問いに、インプがすかさず答える。
「いえ、雪娘です!」
スネグーラチカ。
スネグーラチカはロシアの民間伝承に存在するサンタクロースの娘。日本では雪娘や雪姫と呼ばれるが、ことダンジョンに置いては戦闘力を持つモンスターである。
青掛かった白髪の長い髪に、雪の結晶のヘアピンがトレードマークの少女。
強力な雪魔法、氷魔法を操るメイジだ。
無表情の雪娘は此方を蒼色の眼で見つめる。
次の瞬間、先端に青色の宝石が飾られてある杖がこちらに向けられた。
「––––ッ、来るぞ!!」
威圧に、足が竦みながら。
『氷矢』
氷で生成された矢は一直線に、こちらを打ち抜かんと迫って来た。
容赦や手加減は一切ないようだ。
こんな事態に限って上手く動かない足を諦め、倒れるように、必死に上半身を動かす。
「うぉ」
氷矢は俺の頭部があった場所を突き抜けていった。
背筋を寒気が襲う。
避けなかったら死んでいた。脳にそんな事が過ぎる。
──だが言いようのない何かが、自身を掻き立てた。
楽しさ?
期待?
脳が興奮している。
アイツが欲しいという醜欲。自らの中に眠る謎の感情。
思考をこじ開け、脳に揺蕩う歪な感情と甘やかに灯すように体中を犯す『興奮』が、どうしようもなく悦の鼓動を打った。
嗚呼。
嗚呼…!!。
何だっていい。
本能を押さえつけるな。
湧き上がる感情は高揚感。
竦んでいた足を突き動かすのは興奮の証。
倒す……必ず。
──お前を、手に入れたい。
「インプ、感電を!!」
走り出していたインプに指示を出す。
バッ、といつの間にか元に戻っていた足を踏ん張り、体を立ち上がらせた。
インプの位置を確認し、俺も走り出す。
『感電』
合流する俺より前にインプが魔法を放った。
放電された雷が雪娘の身体に纏わりつくも、バチッ、という音と共に消え去る。
「……魔法抵抗ですか!!」
──効かない。
魔法師タイプのモンスターは基本的に呪いや状態異常といった直接魔法への防御力が高い。だがそれでも一定の効果は見込めるの筈なのだが、感電は全くと言っていいほど効かなかった。
恐らくは魔法抵抗のスキルか何かを持っているのだろう。
だが、元々魔法師とは魔法で撃ち合うより、剣で間合いを詰めて斬り殺せというの常套句。
想定内だ。
未だどの様な魔法を使ってくるか分からない。距離を取って相手の手の内を暴くまで待つのが王道だろう。
しかし。
「挟み込むぞ、インプッ──!!」
俺たちに遠距離で有効な攻撃手段はない。
こちらの撃てる有効な手数は近距離戦のみ。
ならば……!!
目を凝らせ。一つの動きさえ見逃すな。
雪娘の杖が、目の前の男より早く、自身を斬り殺さんとする少女に向けられる。
『氷槍』
長く、鋭く。
氷で練られた槍は、まるで槍の達人が振るった様な鋭さで想定外にもインプへと突かれた。
「なッ──!!」
驚きと共に、彼女の動きが急停止する。
すぐに防御の体制に切り替え、手のナイフでいなす様に受けた。
──槍が、追撃する。
二撃目、三撃目。
何度も、何度も、ナイフを使いながら必死に、避けて、いなして。
状況は劣勢だ。
敵は余裕を見せて、俺とインプの間を抜け出す。両方を視界にとらえる位置まで動かれたようだ。
横から斬りかかろうと動くも、杖がこちらに向けられた瞬間、思わず停止する。
『氷矢』
初めて表情を見せて嗤う雪娘は、この距離なら避けられないぞ、と言わんばかりに大きな氷の矢を生成した。
まずいまずいまずいッ──!!
チラリと、インプの姿が目に映った。
その時、脳裏に過ぎったのは記憶の回想だった。
同時に考え如きが吹き飛び、本能の赴くまま思考に従う。
──感覚で動け。
「アァ!!」
剣を振るった。
超人的な振りでも、考え抜いた振りでもない。
それは勘と、自身への信頼だ。
放たれた二百キロを越す矢を、剣で迎え撃つ。
失敗など念頭に置いていない。
一点。点と線を合わせるように、矢は地に撃墜した。
驚きからか、戸惑いからか、雪娘は距離を取るように後ずさる。
──逃さない。
一瞬にして無数に浮かんだ選択肢から最善に見えるものを拾い上げ、脳が体へ信号を送った。
距離があると判断しながら、拾い上げた十センチほどの大きい氷の破片を投げる。
その氷は雪娘の頭部を目掛けて飛んで行く。
焦りで判断が鈍ったのか、狙い通り雪娘は目を瞑り腕で頭を覆う。
そして大した痛みでもないそれを受けた。
──瞬間。
視界が消えた事で制御を失った氷槍は叩き落とされ、インプは駆け出す。
軽く、軽く。
刹那の内、雪娘の懐に潜ったインプはナイフをしならせ、獲物を狩り取っていた。
雪娘は心臓から血を流し、絶命する。
悲鳴も断末魔も苦しそうな声も上げずに。静かに彼女は朽ちて行く。
サッと、散り行く雪娘は堪らなく、どうしてか、小さな微笑みを浮かべていたと思う。
『雪娘』
そう書かれたモンスターカードが、雪の上に置かれていた。
**
「ようやく、か」
雪娘のモンスターカードを手に取りながら、そう呟いた。
近寄るインプが話しかけて来る。
「やっと二体目が揃いましたね。にしても、スネグーラチカが仲間になるなんて意外でした」
「ああ。俺もてっきり鬱陶しいくらい出てくる雪男がパーティーに加わるのかと思ってたよ。
……早速召喚してみるか」
リリィに同意してから己の言葉に従い、雪娘を召喚する。
インプの時と変わらず、雪娘は光と共に姿を現した。
「初めましてマスター。よろしくお願いしますね」
淡々と微笑みを浮かべながら話す彼女だが、自身が迷宮のモンスターであった時の記憶はない。
故に、俺たちは初対面となる。
美しい容姿で此方を観察するように伺う少女。
青かかった真っ白な長髪が彼女の底知れない雰囲気を醸し出していた。
が、声のトーンは案外明るく、それでいて落ち着きが見える。
「ああ、よろしく。雪娘」
「よろしくお願いします。ところで不躾で申し訳ありませんが……。
雪娘とは、呼びにくくないでしょうか?」
「え、あぁ……まあ、確かに」
「いきなりで申し訳ございませんが、マスターさえよろしければニックネームを付けてくださっても構いませんか?」
なるほど。
納得しながら、提案が頭の中で反芻する。
ニックネーム、か。
「……名案だね。そうしようか。何が良い?」
スネグーラチカ。
呼びにくいのは確かだ。他の冒険者もモンスターを短い愛称を付けて呼び易くする場合があると聞いたし、何か良い名前を考えるべきだろうか。
「マスター」
「……え? どうした、インプ」
「……私は?」
「え、ああ、でもインプは三文字だし呼びやすいだろ?」
「だって彼女だけ貰うのはなんか、不公平じゃないですか」
「えぇ……? まあ、分かった考えるよ」
彼女が言うならそうしよう。
でもこれ変な名前付けたら怒られるよな……。
名前か、そうだな……。
「そういえば、私マスターの名前すら知らないじゃないですか」
「あ、そうだった。俺は颯太。相沢颯太だ。今日探索を始めれるようになったばかりの十五歳だよ」
自分の名前を告げると、インプはこちらを見つめた。
考え事をした後、答えるように、彼女は口をひらく。
「じゃあ。改めまして。よろしくお願いします、颯太様」
そう言って、インプはにこやかに笑った。
「……もしや、私も颯太様とお呼びした方が宜しいでしょうか?」
「いやマスター呼びで良いよ」
というか、名前呼びは普通に本名バレのリスクがあるからどちらかといえば抵抗感はあるんだけど。
まあそのうちシンクロシステムを習得すれば大丈夫か。そうすれば声に出さずにテレパシーで会話出来るしな。
そう考えながら、隣でニコニコと嬉しそうに微笑むインプを見ていた。
「それで、私たちの名前はどうします?」
「折角なので、良い名前を付けてもらいたいです」
うーん。
深く考え、俺は答えを出す。
「インプがリリィで、雪娘がアンナでどう?」
「なるほど。ありがとうございます。……では、そうですね。私の事はリリィと呼んでください」
「はい。私はアンナと」
彼女らの顔を見るに、満足して頂けたようで何よりだった。
「リリィ、アンナ。これからよろしく頼むよ」
**
俺たちは雪の中を歩いていた。
『氷矢』
雪娘が放つ、十分な殺傷力を持った氷の矢は、既に感電を喰らい痛みで静止していた白狼の胴体に突き刺さる。
紅色に滲む血が毛を染め、倒れた白狼にリリィがすかさずトドメを入れた。
「ナイス!」
「余裕です!」
「はい。問題なく体が動かせました」
さて。今のところは順調だ。何も問題ない。
しかし、ここからが正念場だろう。
「そろそろボスか…」
この探索における山場。ボス戦。
歩いた距離を考えると、いつボスのエリアに入ってもおかしくない。
気を緩めてはならない。
ただでさえ、レベルが上の迷宮に挑んでいるのだから。
迷宮では慢心、油断、勘違いが命取りとなる。
だから、探索者は余程の事情がない限り、自分の手持ちのモンスターと同等、もしくはそれの一つ上か一つ下程度のランクの迷宮に潜るのがお約束だ。
従って、Fランクのインプを持つ俺はFランクの迷宮に挑戦するつもりだった。
手持ちが一体の場合は、FランクモンスターとFランクモンスターを戦わせても、特にスペックに差がない場合は相打ちになって手駒を失ってゲームオーバーだ。
けれども、俺はインプのスキルの数や、自分も戦闘に参加する事を考慮した上でF-ランクのダンジョンではなく、Fランクのダンジョンに来た。
F+ランクの迷宮に引き上がったのは想定外だったが、代わりに同じくF+ランクの雪娘が手に入れる事ができたのは朗報だ。
リリィは感電と短剣術を持ってる上、戦闘も上手い。実力的にはF+ランクくらいはあるだろう。
アンナは、雪地という事もあって氷・雪魔法の使用魔力が少なくて済むし、後天スキルに『魔法抵抗力向上』があるから魔法戦の撃ち合いなら強い。
二人ともとても優秀だ。
ここら一体のF+ランクモンスターである雪男や白狼、また肉はドロップしなかったが、探索者が遭遇して嬉しいモンスターの一つである角ウサギも一回倒した。
戦力的にはここのボスであろうE-ランクモンスターを相手にする為にもう一、二体欲しかった所だが諦めよう。
E-ランクの強さは並のF+ランクモンスターの五倍に匹敵すると言われている。
勿論複数対一では五体も必要ないのだが、安全に行くなら四体は持っていろ、と言われるのが探索者間での常識だ。
FからF+だと大きな差はないが、F+からE-は文字通り格が変わる。
強さは段違いだし、値段で見ても数倍〜十数倍以上。
更に相手はボス。通常の倍近くは強いだろう。
実を言うと、十分な対策が欲しかったのは事実だ。
戦力不足とまでは言わないが、この状況だとマスターの腕も相当試されるのだから。
「──ボスですッ!!!」
空気が変わった。
リリィの叫び声と共に、五感が集中の波に沈む。
戦闘体制に入った三人の目の先に、待ち焦がれるボスの姿が映った。
体長二メートルほどの大きさ。
真っ白な体毛。頭に刻まれた赤い印。脚の周りを纏わりつく、半透明の青い炎。
「……マジか」
求めてなどいなかった、二度目の想定外。
相手はすぐに分かった。
日本の怪異。
白狐。
──Eランクのモンスターだ。




