人は恋をする
「あー、疲れたー!」
「お疲れ様」
迷宮から帰還し、肩の荷を下ろした俺たちはそれぞれロッカー室に行き、軽いシャワーを浴びた後ロビーで集合した。
ロビーチェアに座り、換金待機の番号札が携帯に表示されているのを確認する。
「換金まで40分くらいだって」
まあ順番は俺の一つ前だし、同じくらいか。
「じゃあ、その間に少し早いけど晩御飯でも食べようか?」
「いいよ」
時間を見ると午後五時半だ。
俺が誘い、ギルド内にあるレストランを利用する事が決定。
「食べたい物とかある?」
「いやー。色々ありすぎて決めらんないかも」
「だね。和食と洋食と…あと中華とかがあるけど。この中ならどれがいい?」
「んー。洋食が良いかな」
洋食っと。
確か洋食だと、奥の方の〇〇店が美味しかったんだっけ。
「じゃ、〇〇店とかどう? あそこ美味しいからおすすめなんだけど」
「うん、オッケー」
入った店舗はあまり有名ではないタイプのチェーン店だった。
家族連れの客も多く、そこそこの客で賑わっている。
俺はチーズドリアとフルーツジュースを頼み、篠原さんはボロネーゼとジンジャーエールを頼んでいた。
「迷宮って、割と大変なんだね」
「まあそりゃあね。生まれ変わるとはいえ、命を奪う場所ではあるから」
「でもやっぱ、夢あるよねー」
「ああ。真面目にやれば、一日一万から数万が手元に入ってくるからな」
勿論ハードな肉体労働なだけあって、ブランクを開けないと怪我にも繋がるから毎日働ける訳じゃないけど。
「本業にするにはハードルが高いけど、めちゃくちゃ割りの良いバイトではあるよね」
「そうだよな。それに俺が見てる限り、篠原さんには探索者になる才能があると思うよ」
「そう? やった!」
素直に俺の言葉を受け取る篠原さんを見て、微笑ましい気持ちになる。
次の会話、返事を考えながら携帯を確認した。
通知によればあと十五分ほどか。
まだ時間はあるけど、あと十分程度あれば食べ終われるだろう。
財布には、ここの晩飯を奢れるくらいの金額はあった筈。
適当にお祝いだとか理由を付けておけば、支払いは俺が出来るだろう。
……あれ、これデートじゃね?
「ん? どうしたの?」
「あ、いや」
迷宮探索に付き合うって話だったのに、気づいたら買い物して探索して飯食ってるんだけど?
確かに日程のスケジュールを組んだのは俺だけど、買い物やら飯やらは流れで決まっていた。
よくよく考えたら、色々詳しいから買い物は一緒にしようだとか、時間空くからって飯も一緒に食べようとか、デートに誘ってるとしか思えないじゃん?
何で無自覚でここまで来てんの? 俺はバカか? 死にたいんだが?
…というか、何故彼女はわざわざ付き合ってくれているのだろうか。
いや待って、そもそも彼女もこれがデートだと気付いてない可能性が微レ存──
「それで、今日は、その……デート……に、誘ってくれてありがとうね」
おいタイミング!!
しかもデートを小声で言うの可愛い! タイプだわ!
「い、いやいや。楽しんでくれて良かったよ。お支払い済ませとくから、先にお店出ておいて良いよ」
二人ともデザートまで食べ終わっていた為、俺は時間をチラ見しつつお支払いを済ませると切り出す。
「え? そんな、悪いよ。私も払うしさ」
「大丈夫大丈夫。今日は特段頑張った筈だしお祝いって事で。代わりに換金受付の方で待機してくれてたらありがたいしさ」
「そう? うん分かった。ありがとう」
俺は食事は誘った側が奢るのが吉、という斎藤の言葉を信じて数枚の千円札を店員さんに渡し、お釣りを受け取る。
その後俺は篠原さんの後を追いかけるように換金所へと向かったのだった。
**
「……合計で二千四百円ですね。振り込みは探索者カードで宜しかったでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」
一層を潜っただけな上、サポート役に徹していた物だから大した討伐数は稼げなかった。
俺は換金を済ませた篠原さんに声をかける。
「終わったよ。お疲れ様」
「うん、相沢こそお疲れ様」
二人揃ってギルドを出る。
既に夜は暗くなっていて、電灯が人混みを照らしていた。
「途中までは帰り一緒だよね? 一緒に行こ」
「ああ」
すぐ近くの駅に入り、交通系ICカードを使って電車に乗り込む。
そして、俺たちは電車に揺られながら窓の外を眺めていた。
**
side篠原 美香。
もうすぐ十五歳になる。
実はというと、私は迷宮と言うものに興味がある。
というか、昔からそこそこ興味はあった。
その思いが強くなったのは最近になってからだった。
私はとある迷宮系インフルエンサーの配信を見るようになっていた。
主に見晴らしの良い安全地帯でモンスター達とキャンプをする様な緩やかな動画だ。
動画内容も面白いのだが、迷宮が織りなす美しさと、非現実的な情景に憧れを抱くようになった。
モンスターとの友情だとか、絆だとか。
そういう題材のドラマや映画にも影響を受けていたと思う。
そう思って、私は思い切って実際の戦闘を行う配信を見に行った。
その配信は思うよりグロさは無かった。
相手がスライムやスケルトンのようなモンスターだったからかもしれないけれど。
グロさ。最大の懸念を、私は超えた。
そうなると、より一層迷宮に潜って見たいとも思うようになった。
流石に女子一人で行くのは危険なので、もう一人二人欲しいけど。
しかし周りに迷宮に興味がありそうな女子はいなかった。中学2年までは陸上部だったので、その伝手も考えたが少し気まずさも感じたので断念した。
友人で信用出来そうなのは全滅。
知り合い辺りに妥協するべきかな? 仲は深めれば良い訳だし。
ただ、信用出来る知り合いかぁ。
そうこう考えてるうちに、私は気づけば十五歳になっていて、焦りが強くなり始めていた。
聞けば小学生の頃仲が良かった加奈も事務所で迷宮系の配信者を始めてまだ数ヶ月だというのに登録者一万人を達成したと言うらしい。
楽しそうだと羨ましくなった。
……あ、そう言えば颯太、もといクラスメイトの相沢がいるじゃん。
アイツなら誕生日は先月だったし、探索者もやっていて、口も硬い。
中学に入ってからあんまり絡んでなかったけど、面白くて気遣いが出来て、中々に良い奴だった。
ただ当時は加奈がベッタリだったから女子との距離感は一定だったけど。
そう考えつくとたまたまアイツと話す機会があったので、すぐに接触を取った。
相沢はまあ、相変わらずと言った印象だった。
余裕があって、女子との会話も慣れているのか気軽に話しやすい。
相沢ならよく知っているし、安心だろう。
そんな風に考えて、私はL○NEのやり取りを始めた。
○月○日
相沢「連絡取るのは初めてだよな?よろしく、篠原」
篠原「うん、よろしくね!」
相沢「ああ。俺も話し相手欲しかったし、ありがとう。」
相沢「頼まれた通り困ってる事は可能な限り助けるよ」
篠原「私も一人だと不安だし、こちらこそありがとうね」
やけに積極的だ。
こういう奴なのは知ってるけれど、普通はこんなに親身にならない。
というかそこまで必死にしなくても良いんだけど。
私の事が好きとか?
……いや、早とちりか。
○月○日
篠原「相沢は情報とかはどうやって仕入れてるの?」
相沢「俺は解説系の動画とか結構詳しいタイプの配信者やらだなぁ。篠原は?」
篠原「私は配信者辺りからが多いかな。SHINOさんって知ってる? よく見るんだけど」
相沢「マジで? SHINOさんは俺も好きだよ! 野外バーベキューとかちょっとやってみたい、って憧れてるんだよね。ウチ マンション暮らしだからさ」
篠原「えっ、本当!? 私もキャンプファイアーでマシュマロ焼くのとかやってみたいんだよね!」
相沢「それめっちゃ分かるわ」
思いの外、私と相沢は趣味が合った。
男子とは反りが合わない物だと思っていたので意外だ。
**
篠原「SHINOさんってトークとかめっちゃ面白いよね。モンスター達もみんな可愛くて癒されるし」
**
会話が盛り上がり、私も気分を良くしながらチャットを打ち込む。
……返事遅いな。
割と早めに返信が来ていたのだが、既読すら付いていない。
ご飯でも食べているのだろうか。
話の途中だったのでモヤモヤする。
返事、来ないかな……。
三十分後、ご飯を食べていただけという事に安堵して楽しい会話を続けた。
こうして。
時はあっという間に過ぎ、私は待ち合わせ場所で待っていた。
……これって、デートだよね?
向こうにはそのつもりがない様だったけど、買い物に行って、遊んで(?)、ご飯を食べるのは普通にデートだ。…別に断る理由もなかったので承諾したけど、こうして待っていると地味に焦ったい。
私が早く来たのもあるだろうけど、アイツが中々来ない。
「悪いちょっと遅れた!」
その言葉に安堵感を覚えている事を、自覚しないまま。
私は時を楽しんだ。
こうして改めて見ると、彼の良い点ばかりに目が行く。
会話を聞いてくれる所とか、こまめに心配してくれる所とか、言って欲しい事を察してくれる所とか、常に気を遣ってくれる所とか、時々褒めてくれる所とか。
勿論ちょっとドジだったり、カッコつけたがりだったり、そういう欠点もあるけど。
でもそれすら引っくるめて可愛いとも思ってしまった。
「あ、いや」
イタリアンで甘いジェラートを口に含みながら、何かに気づいたように声を上げた彼は、私が問う質問を誤魔化した。
どことなく、上原の考えてる事が分かった。そこそこ態度に出やすい奴だ。
もしかして、今更デートだと気づいたのだろうか。
周りを見渡したり、ソワソワした様子になり始めてた。
私も側から見れば男女が一対一なのだからカップルに見られても不思議じゃない事を自覚し、少し気恥ずかしくなる。
「それで、今日は、その……デート……に、誘ってくれてありがとうね」
顔が真っ赤で、恥ずかしさに負けた為、別に気にしていないような、余裕を持った言動で答えようと言う目論見は完全違に失敗した。
彼の顔を見れば、同じくほんのり赤く染まっているのが分かった。
場の雰囲気はどこか甘やかで、彼の表情が仕草が色気が私を狂わせている。
変な雰囲気に呑まれながら、私は気付けばもう帰る時間だという事に気づく。
そして電車に揺られながら、相沢の肩の上で私は彼との甘い夢を見た。
**
「篠原さん、起きて」
俺は、肩に寄りかかって寝ていた篠原さんを起こす。
「あれ、いつの間に……」
「疲れていたんでしょ。十数分ほど寝てたよ」
「あ、そ、そうだったんだ……ごめん。重かったよね?」
「いや全然」
キツくない程度の香水が、彼女を引き立てていた。
気にならなかったのは、それに意識が集中し過ぎていたせいかも知れない。
「あ、篠原じゃなくて美香って呼んで良いからね」
「え」
「そっちは颯太、で良いよね?」
断ると言う選択肢は、頭に無かった。
「勿論。じゃあ美香、降りようか」
「うん、そうだね」
乗り換え線の移動の為、俺たちは空いた駅内へと降りた。
彼女と別れるまで、彼女の手を引きながら。
次回は間話です。めっちゃ時間かけたので長くなってますが、是非付き合って頂けると幸いです。




