正気を堕とせ
思えば二人で迷宮に潜るのは初めてだろうか。
装備品なんかは良くわからないとの事で俺に任されていたが、迷宮がどんなモノかと言うくらいは十分知っているそうなので、戦いに関しては一回手を出さずに任せてみよう。
「うわぁ〜!」
迷宮01に来て、テンションが上がった様子の篠原さんをチラリと確認する。
昔から性格が男子似で会ったのは知っていたが、こんな純粋な冒険心を持っていてらそれはそれで困る。
遊び感覚で入って命を落とした若者は何百人もいる。
彼女……というか、未だに学生の大半が『迷宮』について美化し過ぎているのだ。
まあ、大抵の場合その考えも迷宮で戦っていくウチにすぐ変わるんだけど。
「リリィ」
「はい」
俺はリリィを召喚し、手招く。
「それが相沢のモンスター?」
「ああ」
「ん〜何だろ? ヴァンパイアっぽいけど、にしてはちょっと見た目違うよね? ていうかヴァンパイアはE+ランクのモンスターだし……」
言われてみれば駆け出しの探索者がE+ランクのモンスターを持ってるのはおかしいか。
「まあ色々あって。デビルヴァンパイアのリリィだよ」
「あ、どうも」
リリィが丁寧に頭を下げる。
今のリリィは篠原さんより背も高いし顔つきも大人っぽいせいで、若干違和感はあったけど。
「へぇ。凄いね……リリィってのは名前?」
「ああ」
「えっと、よろしくリリィ。美香でいいよ」
「よろしく。美香」
篠原さんには砕けた様子で話すリリィに、俺は何とも言えない感情を抱いた。
俺と出会った頃のリリィはもっとツンツンしてたような気がするんだが……。
「あ、そろそろ彼女も呼び出してみたらどうだ?」
「うん。そうして見る」
俺が呼びかけ、篠原さんはエインセルを呼び出した。
「エインセル」
「初めまして!貴方が私のマスターなのかな?」
「うん。私が貴方のマスターよ」
彼女の右腕から痛々しいほどの火傷跡が見える。
顔は幼く、少女は十三、四歳といった所か。尖った耳に、緑色の鮮やかな髪色。そして煌びやかな羽を持った彼女はまさに、【妖精】と呼ぶほか無かった。
俺は思わず目線をやってしまっていたが、篠原さんは気にした様子などなく話を続けている。
「えっと、貴方は何が出来るの?」
「私? 私は治癒魔法のヒールと、光魔法のフラッシュ、それから風魔法の風刃が使えるかな!」
「なるほどねー」
イマイチ決定力に欠けるだろうか。
かといって近接戦闘は……いくら何でも無理だよな。
彼女の背丈は150cmほど。年齢相応ではあるが、俺たちより小さい子を前線に立たせるのは抵抗感があるだろう。
「とりあえずスライムでも見つけてみないか? 篠原は中学の頃に迷宮の防災訓練でシミュレーションルームを一回使ったくらいだろ? 慣れといた方がいいかも」
「そうだよね」
うんうん、と篠原さんは肯定の為、頭を短く縦に振った。
俺たちは迷宮001の一階層を歩き始める。
歩き始めて一分ほどで早速スライムが現れる。
スライムは全てのモンスターの中でも最弱と呼ばれる、G-ランクのモンスターだ。そのカードは数百円にも満たない。
ぷにぷにとした球状のそれは、こちらを確認すると同時に、キュッと鳴き声を上げながら突っ込んで来た。
篠原さんが戦いやすいよう、数歩後ろに下がって先頭の行方を追う。
「エインセル、引き付けてから、よく狙って攻撃!」
「了解!!──風刃!!」
エインセルの手のひらから風が吹き荒れ、集まり、そして刃を成した。
緑色に輝く魔力が風を制御する。
二秒とかからず、『風刃』はスライムを目掛けて発射された。
エイム力が良いのか、はたまたはスライムの動きが一直線に飛びかかって来たからなのかは分からないが、攻撃はしっかりとスライムの中心部分を捉えた。
空中でのけぞる様に勢いを失ったスライムは、青いゼリー状の体が裂けて地面にぶちまけながらも、中心部のコアは割れかけながらも、生命の活動を維持している。
キュゥウ!!
バスケボールくらいの大きさがあるスライムが、着地と同時にバネの様に跳ねて、再びエインセルへと飛びかかった。
エインセルの場合、風刃の使用制限は十五秒。
と言うか、初級魔法のクールタイムは大体十秒から三十秒ほどの間だ。
そしてエインセルは武器を持っていないため、攻撃手段の風刃が回復するまで時間を稼ぐ必要がある。
その役割は誰か?
篠原さんだ。
「っあ!!」
肩付近に纏わりつき、エインセルから痛みを訴える悲鳴が聞こえる。
スライムは基本的に攻撃性が低いモンスターだが、殺されかけた事で必死になっているのだろう。
酸が皮膚を溶かす。今、エインセルには相当な苦痛が走っているはずだ。
「!!」
篠原さんは即座に走り出し、スライムを強引に剥がす様にして引っ張った。
スライム自体の吸引力は弱く、すぐに外れたが、代わりに体を変体させ篠原さんの手の付近に纏わりつこうとする。
「ひっ!!」
恐怖の顔色をみせ、必死に腕を振ってスライムを振り落とした。
彼女の手を確認するが、溶かされた様子はない。
攻撃は受けてないか。
「颯太様、助けに入らなくて大丈夫ですか?」
「いやまだ待とう。流石にスライムくらいは篠原さん自身で倒させないと」
エインセルも篠原さんも、戦闘慣れしていない様子が着実に出ている。
それに動きにキレがない。
インプだった時のリリィがある程度人間離れした疾さを見せていたせいで感覚がバグっているが、普通に人間の動きの限界なんてこの程度だ。
一直線でノロノロとしたスライムの飛びかかりすら避けるのが怪しく、必死に振りかぶって殴りかかろうとしてもあっさり躱される。
これが大抵の人間の現実だ。
だから人は怪物を倒すため、モンスターに頼る。
「エインセル!今!」
「うん!!」
スライムの飛び掛かりを転けながらも避けると、エインせるが息を合わせるように手を翳した。
『風刃』
風の刃がスライムへと向かい──柔らかな肉体を裂きながら、赤色の球体、コアへと到達し、真っ二つに切り裂いた。
キュウゥウウッ───!!
断末魔はは途中で途切れ、事切れたようにピクピクしていた肉体の破片が動かなくなる。
ゼリー状の肉体が飛び散るように散乱しており、唯一本体と呼ばれるコアのみが本来の形を保っていた。
スライムに感情があるかどうかは知らないが、彼らは死ぬ前に何を思ったのだろうか。
光の粒子に包まれ、一瞬の内に消え去る。
「倒せてるな」
魔石が落ちているのを見て、完全な消滅を確認する。
しかし篠原さんは蹲ったまま動かない。
「モンスターカードはドロップしなかったな──大丈夫か?」
フォローする言葉を脳内で必死に回し、一旦声を掛ける。
「う、うん。多分。──ちょっと、……ていうか、だいぶ想像してたより辛かったから」
辛かった、と言うのは難易度の話ではなく精神的な辛さという意味だろう。
スライムといえど、相手はそこそこサイズのある生命体。
蟻を踏んだり、蚊を潰したり、蠅を叩いたり、ゴキブリを殺したりするのとはわけが違う。
彼女は見たところ、あまりグロ耐性が無い。
心構えは出来ている、と言っていたが、少しキツかっただろうか。
「一旦休む?無理せずやめるのも手だしさ」
フォローするような言葉を投げかけながらも、心にもないことを言っていると思った。
答えは知っていたのだから。
篠原さんの目を見れば、簡単に分かるほどに……彼女の目つきに諦めは一切感じなかった。
「舐めないでよ。……うん──うん、大丈夫。もう大丈夫。……は、ははっ」
彼女の目が変わる。
表情からは歪みが見え、意図的に口元が笑っていた。
怯える自分を嘲笑う様にして、彼女は嗤う。
それは紛れもなく、【探索者】としてのあるべき表情だった。
その表情が、包み隠さず見える本性が、感情が、世界の誰よりも理解出来る気がして。
気づけば彼女の表情にぞくぞくと興奮が湧き上がり、オレの表情さえも気付かぬうちに歪む。
その表情を見せぬように、後ろだけを向いていた。




