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エヴァの声に男は全く反応しない。濁ったこの目には何も見えていないのだろうか。
「誰?」
イザドラがエヴァに問う。
「ダーリンの一番弟子さ。先の戦いでも一緒に出兵してたんだが、戻ってからが酷くってね。酒で体を壊して、使い物にならなくなったんだよ。仕事にもならないどころか、魔術もおぼつかなかったね。」
イザドラが納得する。
「典型的な戦争神経症ね。」
「ジェサイア、とかいってたと思うけど。ダーリンが庇って、田舎に引っこめたんだよ。そういや、ジェサイアが行くはずだった西の森魔女征伐も、ダーリンが引き受けて、私たちがずらかる計画たてたんだっけ。」
皆が顔を見合わせた。なるほど。当時は徹底して余り物が集められたわけだ。
「それにしても、田舎にひっこむ時に、『どうしてもついていく』って、幼馴染の女の子が一緒だったはずだけど・・・」
いやな予感しかしなかった。
「名前は?」
イザドラがエヴァに詰め寄る。
「カメレ、カメラ・・・カルメーラだ。うん。」
イザドラは、膝をついて、ジェサイアの耳元に囁いた。
「ジェサイア、カルメーラはどこ?」
ジェサイアの瞼がヒクッと動いた。
「もう・・・聞こえない。何日も、聞こえない。アイゼアは?どこ?」
「アイゼアって?誰?」
イザドラがエヴァを見上げるが、エヴァは首を横に降った。
「知らんね。二人とも家族はいなかったしね。子供かね?」
イザドラがジェサイアに再び話しかける。
「息子さんがいるの?」
瞼が一度閉じたところを見ると、そうなのだろう。ジェサイアの唇が動く。
「泣いてた。どこ?」
エヴァが、蔓ごと太った男を近くまで引きずり下ろした。口を塞いでいた蔓を外すと、
「この男の妻子はどこだい?」
と聞く。声は穏やかだが、有無をも言わせぬ迫力だ。男の目が泳いでいる。
「どこだい?」
そう言うと男の体を顔から地面に叩きつけた。
「ああああ!」
男をもう一度空中に放り投げ、地面に落ちる直前に止めた。
「どこだい?」
男の口から、鼻から、血が吹き出している。
「・・・知らん。」
エヴァが再び男を空中に放り投げたが、今度は落下を止めなかった。
バーン!
叩きつけられた男の体は動かなかった。
部屋の隅から別の兵士の声がした。
「やりすぎたんです。止められなかった。もうおしまいだ。」
イザドラを拝んでいた奴だ。
エヴァが、抵抗しない男をそばに引き寄せる。
「両方ともここにいるのかい?」
男が頷く。
「魔術師が躊躇う度に、子供と母親の叫び声を聞かせていたんです。でも・・・もうダメだ。」
「どこだ!」
ヴァルが声を荒げると、
「右から2番目の洞窟です。」
と、答えが戻ってきた。ヴァルとテオが駆け出した。
イザドラは、魔法陣を気にすることなくジェサイアの近くまで這いずり寄り、ジェサイアの唇に持っていた水筒の水で濡らしたハンカチを当てた。だが、反応はない。
「もう、おしまいだ。」
呟く男の声だけが聞こえている。
しばらくして重い足取りのヴァルとテオが戻ってきた。私の顔を見ると、ヴァルが首を横に降った。
「鎖に繋がれたまま、両者とも一部白骨化している。」
テオが、
「まだ、ほんの小さな男の子だ。」
と付け加えた。
その瞬間、四人の兵士の体が、洞窟の壁にそれぞれ叩きつけられた。
「一人いりゃあ、話は聞ける。」
エヴァが吐き出すように言い放った。私は黙って頷いた。楽な死に方をさせてもらったものだ。




