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ぺちょん。
黒い液体が床から盛り上がってくる。ドロドロと流れながらも、ゆっくりと形をなしてくる。どこかで見た覚えがある。
ヴァルが剣を手にする気配がする。
「おや、お忘れかい。」
黒い液体が流れ落ちた後に、女性が立っている。髪を高く結い上げ、体にピッタリ張り付くような黒いドレスを着ている。深く開いたドレスの胸元は、白い毛皮で縁取られており、おまけに腰までパックリ割れたスリットが入っている。
こいつ絶対下着つけてない。
格好に気を取られていた私たちが一斉に叫んだ。
「「西の森の魔女?!」」
そこまでは皆の気持ちが一致していたのだが、それ以降はてんでバラバラだ。
「何よその格好。」
「ひえ、まだ生きてたんだ。」
「アプレイウス師になにか?」
「なんか若返ってないっすか?何食ってんですか。」
「ふうん、貴方が噂に聞く西の森の魔女ですか。」
「ちょっと、死んだことになってるんだから、やたら外に出ないでよ。」
「えば、えば、なんだっけ、名前。」
誰もが口々に好きなことを言っているが、肝心なことが聞けていない。同じ魔力を持つ同士。私が船頭となろう。
「エヴァンジェリン、ここに何をしに来たんですか?」
一番真っ当な問いかけをした自信があるぞ。
「ああ、この子をもらいに来たのさ。」
そう言うと、エヴァンジェリンの髪の毛がスルッと解け、するするするっと伸びてきた、と思うと、イザドラの体にまとわりつき、イザドラを完全に絡め取った。
「ちょっと!」
叫ぶイザドラの横で、テオがイザドラから髪の毛を取り外そうと必死に足掻いている。
ヴァルが腰にしていた剣を抜きざま、イザドラとエヴァの間に伸びる髪の毛を叩き斬ろうとし、セスが容赦なく、エヴァの顔に向け、小型の弓から矢を放った。
だが残念ながら、どちらの武器もエヴァの髪に跳ね返される。
再び矢をつがえたセスと、テーブルに乗って、飛び降りざまに髪を切ろうとするヴァルを、私が両手を広げて止める。
「エヴァ、いったいイザドラに何用ですか、説明してください。イザドラは納得しないと動きませんよ。」
「その通り!」
イザドラが叫ぶ。エヴァの髪の毛でぐるぐる巻きにされているとはいえ、苦しがっている様子もない。何気にソフトなタッチだ。
「ダーリンが反応しなくなった。多分あんたの得意分野だよ。治療して。」
「「は?」」
あまりに予想外の返答に、皆の動きが止まった。
「ええと、ダーリンというのは、アプレイウス師ですよね。反応しないとは?」
私がこの場を仕切ることにした、のに、セスが余計なことを言う。
「ええ、立たなくなったの?」
黙れ、セス。
「床についたまま、起き上がれない。話しかけても反応しない。何も食べないし、眠りもしない。一回、電撃食らわせてみたんだけど、それにも無反応さ。抵抗さえしやしない。」
なんとなく話が見えてきた。
「いつからですか?私たちと別れてからずっと?」
エヴァの眼差しが床に落ちた。
「いや、まあ、もともと遥か彼方をぼんやり見つめているようなところはあったんだけどね。そんな時を除けば、結構これでも仲良くやってたさ。この格好だって結構ダーリン気に入ってくれてね・・・」
フリスがセスの口を抑え込んだ。よくやった。
「ところがここ2月ばかり、全く起き上がれなくなってね。私のことも認識していないようだし。だから、その子を・・・」
なるほど。
「イザドラをご指名ということは、アプレイウス師が戦争の後遺症による神経症を患っているということでよいですか?」
エヴァが頷いた。
イザドラが、髪に巻き取られたまま、顔をしかめた。
「アプレイウスに会うのはやぶさかじゃないけど、うーん、タイミングが。今、こっちも立て込んでるし。」
エヴァの瞳が怒りで燃える。
「知ったこっちゃないね。ここで黒龍に踏み潰されるぐらいなら、森に来てダーリンの治療をしなさいよ。」
エヴァが黒龍のことを言ったとたん、さっきからぼんやり考えていたことが頭の中で明確になった。
「アプレイウス師の調子が悪くなったのって、黒龍の動きと関係があるのではないですか?」




