20
隣に建つ建物との間にある狭い小路。体を横にしないと歩けない。こんなところに裏口があったのか。この狭さを口実に、私とテオ、そして文官くんことクリストフの三人しか、ここにはいない。
「ここ。」
テオが囁く。確かに周りの壁と完全に同化していて、ドアだとは誰も思わないだろう。言葉を放ったかと思うと、テオはいきなりハツカネズミに変化した。
落ちた服の間から、ネズミが走り出して消える。どこかに忍び込めるところがあるのね。なかなか有能だわ。
目を丸くして落ちた服を見つめている文官くん。私は文官くんの唇に人差し指を当てて、
「内緒よ。」
と、言った。文官くんは、
「フェリシティには隠し事できた試しがないんですけど。」
と、ぼやいた。どうして誰も彼も妹ちゃんには喋っちゃうのか不思議だわ。とはいえ、あの子は簡単に秘密を話すことはないだろう。利用できる時以外は。
服を拾って文官くんに渡す。その時一緒に長めの丸太を持たせる。
「ドアが開いたら私が飛び込む。この服をテオに渡して、ドアを閉めてね。で、この丸太をつっかえ棒にして、ドア開かないようにして。」
頷く文官くんの目の前で、ドアが開いた。テオだ。体をずらしてくれたテオの横を通って滑り込む。
「裸?!」
と驚く文官くんから服を受け取り、すぐにドアが閉まる気配がした。
まっすぐ続く廊下の先、ドアのあるあたりで、やりとりが交わされている。
「入れろ!早くせんか!」
「警備隊をお迎えするようなことしてませんよ。」
「うるさい!開けろ!」
「てめーらに踏み込まさせるかよ!」
どうやら二重ドアのところに店側の用心棒も5人ほど集まっているらしい。狭い空間に人の気配がひしめいている。
灯りがないわけではないから、各部屋から、男娼たちが何事かと顔を覗かせているのが見えた。そのまますっこんでろ。
目が慣れなくても気配で打てる。
馬車から持ってきた小型の弓を構える。ものも言わず矢を放った。
ブン。
低い音とともに一番手前にいた男が倒れる。
振り返った奴らに、
「開けろ。」
と、命じた。
一番体格のいい男が、こちらに向かって走る。その手に構えたものはナイフだろうか。2番目の矢が、男の喉を襲った。
倒れ込む男の向こうに、再度言いつけた。
「2度は言わん。命が惜しくば、そのドアを開けろ。」
3度目の矢は、背の曲がった男の顔のすぐ横に放った。男がドアを開けると、すぐさま警備隊が駆け込んでくる。
「捕縛しろ!」
あとは任せて振り返る。
「この部屋です。」
ズボンを治しながら、テオが右側のドアを指し示した。
ノブを回すが開かない。鍵がかかっているのか。
「「せーの!!」」
テオと一緒に蹴破った。2回目にしてドアが吹っ飛ぶ。
ベッドに駆け寄る。誰よ、この子?あの丸々と血色の良かった頬は、青白く、こけている。勝ち誇ったように微笑んだ唇はカサカサになり、いくつもの血の滲む縦ヒビが入っている。
「テオ!水と布だ!」
テオが走り去る。
「ミュリエル?ミュリエル?」
息をしてるのか?胸の動きもない。
そっとまつげに触れると、まぶたがピクッと動く。生きている!
「ミュリエル?」
耳元で声を掛ける。
テオが水とハンカチを持って戻ってきた。ハンカチに水をぶちまけて渡してくる。
「医者を呼んでこい。」
頷いたテオが、再び走り去る。
ハンカチで、ミュリエルの唇を湿した。
「ミュリエル?」
ゆっくり瞳が開く。焦点が合わないようだ。ぼんやりした視線が私の顔に向かう。
「ミュリエル、わかる?セスよ。」
「・・・モーガンがね・・・助けてくれようと・・・したの。」
うん。貴方はすごく愛されてたんだよ。
再び目を閉じようとするミュリエルに叫ぶ。
「寝るんじゃない!ミケランジェリーナが待ってるのよ!」
「だ、い・・・じょう・・ぶ。あの・・子・・は パパに・・・そ・・っく・・りだも・・ん。し・・あ・わ・せに・・な・・」
再び目覚めることはなく、ミュリエルはモーガンの元に逝ってしまった。




