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勇者様と言うなかれ  作者: 大島周防
愛の狩人編
68/91

20

隣に建つ建物との間にある狭い小路。体を横にしないと歩けない。こんなところに裏口があったのか。この狭さを口実に、私とテオ、そして文官くんことクリストフの三人しか、ここにはいない。


「ここ。」


テオが囁く。確かに周りの壁と完全に同化していて、ドアだとは誰も思わないだろう。言葉を放ったかと思うと、テオはいきなりハツカネズミに変化(へんげ)した。


落ちた服の間から、ネズミが走り出して消える。どこかに忍び込めるところがあるのね。なかなか有能だわ。


目を丸くして落ちた服を見つめている文官くん。私は文官くんの唇に人差し指を当てて、


「内緒よ。」


と、言った。文官くんは、


「フェリシティには隠し事できた試しがないんですけど。」


と、ぼやいた。どうして誰も彼も妹ちゃんには喋っちゃうのか不思議だわ。とはいえ、あの子は簡単に秘密を話すことはないだろう。利用できる時以外は。


服を拾って文官くんに渡す。その時一緒に長めの丸太を持たせる。


「ドアが開いたら私が飛び込む。この服をテオに渡して、ドアを閉めてね。で、この丸太をつっかえ棒にして、ドア開かないようにして。」


頷く文官くんの目の前で、ドアが開いた。テオだ。体をずらしてくれたテオの横を通って滑り込む。


「裸?!」


と驚く文官くんから服を受け取り、すぐにドアが閉まる気配がした。


まっすぐ続く廊下の先、ドアのあるあたりで、やりとりが交わされている。


「入れろ!早くせんか!」


「警備隊をお迎えするようなことしてませんよ。」


「うるさい!開けろ!」


「てめーらに踏み込まさせるかよ!」


どうやら二重ドアのところに店側の用心棒も5人ほど集まっているらしい。狭い空間に人の気配がひしめいている。


灯りがないわけではないから、各部屋から、男娼たちが何事かと顔を覗かせているのが見えた。そのまますっこんでろ。


目が慣れなくても気配で打てる。


馬車から持ってきた小型の弓を構える。ものも言わず矢を放った。


ブン。


低い音とともに一番手前にいた男が倒れる。


振り返った奴らに、


「開けろ。」


と、命じた。


一番体格のいい男が、こちらに向かって走る。その手に構えたものはナイフだろうか。2番目の矢が、男の喉を襲った。


倒れ込む男の向こうに、再度言いつけた。


「2度は言わん。命が惜しくば、そのドアを開けろ。」


3度目の矢は、背の曲がった男の顔のすぐ横に放った。男がドアを開けると、すぐさま警備隊が駆け込んでくる。


「捕縛しろ!」


あとは任せて振り返る。


「この部屋です。」


ズボンを治しながら、テオが右側のドアを指し示した。


ノブを回すが開かない。鍵がかかっているのか。


「「せーの!!」」


テオと一緒に蹴破った。2回目にしてドアが吹っ飛ぶ。


ベッドに駆け寄る。誰よ、この子?あの丸々と血色の良かった頬は、青白く、こけている。勝ち誇ったように微笑んだ唇はカサカサになり、いくつもの血の滲む縦ヒビが入っている。


「テオ!水と布だ!」


テオが走り去る。


「ミュリエル?ミュリエル?」


息をしてるのか?胸の動きもない。


そっとまつげに触れると、まぶたがピクッと動く。生きている!


「ミュリエル?」


耳元で声を掛ける。


テオが水とハンカチを持って戻ってきた。ハンカチに水をぶちまけて渡してくる。


「医者を呼んでこい。」


頷いたテオが、再び走り去る。


ハンカチで、ミュリエルの唇を湿した。


「ミュリエル?」


ゆっくり瞳が開く。焦点が合わないようだ。ぼんやりした視線が私の顔に向かう。


「ミュリエル、わかる?セスよ。」


「・・・モーガンがね・・・助けてくれようと・・・したの。」


うん。貴方はすごく愛されてたんだよ。


再び目を閉じようとするミュリエルに叫ぶ。


「寝るんじゃない!ミケランジェリーナが待ってるのよ!」


「だ、い・・・じょう・・ぶ。あの・・子・・は パパに・・・そ・・っく・・りだも・・ん。し・・あ・わ・せに・・な・・」


再び目覚めることはなく、ミュリエルはモーガンの元に逝ってしまった。


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