18
2件目の娼館のドアを開けた。一歩踏み込むと、もう一枚、厚い木材が金具でしっかり止められたドアがある。ドアの上部に小さな覗き窓があり、そこから1組の薄暗い瞳が覗いていた。
1件目よりは胡散臭いな、と考えていると、覗いている男が声をかけてきた。
「旦那、二晩続けてとは、豪勢だね。」
私は片方の眉をあげながら答える。
「来週には北の砦にいっちゃうのよ。あっちには娯楽ないし。今のうちにあそんどかなきゃね。」
厚いドアが、音もなく開く。中には、背中の曲がった中年の男がいる。
「毎晩遊んでるなんて、よくわかったわね。」
と、言うと、男がニヤッとした。
「競争相手のことはちゃんと見てないとね。」
抜け目のないこと、危ない危ない。
「で、どんな子がお好みだい?」
聞かれて、モーガンの好みを頭に浮かべた。
「昨日の店はちょっと、若すぎたかな。私の好みは・・・こう、筋肉質だけど、がっちりしすぎない、スマートで背の高い男よ。子供じゃなくってね。」
男が口のなかでつぶやいている。
「抱かれる側かい。めったに見間違わないんだがな。ふむ。」
「どっちもいけるわよ。」
男の思考に口を挟んでやる。ちょっと目を見開いたところを見ると、何か思いついたようだ。
「ああ、うまいのがいるよ。3番の部屋だ。ノックして入ってくれ。1時間銀貨3枚、料金は前払いでな。」
財布は持ってこなかった。ズボンのポケットに入れていた銀貨を直接取り出して渡すと、男が顎でさした方へ向かう。
どうやらこの店は1階だけしかないようだ。それぞれの部屋のドアは閉まっているが、ドアが短く作られていて、下の方が、10センチばかり空いている。中の様子が店側にわかるような作りだ。まあ、テオの出入りに便利だけど。
ハツカネズミは、私がかがみこむのを待ちきれないように、ジャケットのポケットから顔を覗かせたかと思うと、そのまま、滑り出て、ズボンを伝って消えてしまった。
今度こそ。
3番目のドアをノックして返事を待たずに開ける。ガウンを着た男が、ベッド脇に立っていた。なるほど、こんな日の当たらない場所に長くいるのだろうに、病的なところがあまりない男だわ。珍しくすらっとした筋肉がまくったガウンの袖から見え隠れしている。その黒黒とした髪は、腰まで届くほど伸びている。
私はその美しい艶のある髪に手を伸ばした。
「あら、なかなかなものね。」
一房手にとってみる。
「貴方の髪もすごく綺麗だ。」
男は私のトレッドロックを撫ぜる。
「僕もやってみようかな。手入れは大変?」
「まあね。」
いつもジャービスにやらせてるから、それほどでもないんだけど。面倒見てくれる人がいないのなら、わずららしいだろう。
「仕事の時に邪魔になるから、こうやってまとめてるのよ。」
「お仕事何してるか、当ててもいいですか?」
私が頷く。
「騎士。」
「あたり。なんでわかったの?」
正確ではないけど、正体をばらすつもりはない。
微笑みながら、男娼が答える。
「貴方のように鍛えぬいた体を拝見できる機会はなかなかありませんから。」
男の手が私の髪から肩に移り、シャツの間から、その手を滑り込ませる。
「灯りは?」
男が尋ねるので、
「そのままで。」
と、答えた。お互いの体が白く浮き上がるぐらいのキャンドルライトがベッドの脇にある。
「名前は?」
ベッドに押し倒しながら、私が尋ねると、
「ひと夜の契りに名前は無粋でしょう。」
と、言われた。
「まあ、そうね。」
私がガウンを剥ぎ取ると、下着を全く付けていなかった男の体が、ライトの元に煌めいた。
なかなかいい眺めだわ。
自分のシャツを脱ぎながら、唇を男の喉元から肩にかけて這わせる。自分の感じるところに、自然と手が行くものだ。この男は、私の肩をずいぶん気に入っていたわね。
「・・・・」
男の右肩に口を寄せた時に、小さな刺青が目に入った。
弓だ。
ああ、たとえ1時でも、モーガンにこの男の真実があったことを、心から願う。
+
馬車に戻ると、テオがイライラしながら待っていた。
「遅いっすよ!一番奥の部屋で、縛られて転がされてます。ひどく衰弱してるから、すぐにでも助け出さないとやばいっすよ。」
頷く。押し殺した声で指示を出す。
「すぐに警備隊に向かって!」
テオが馬車から飛び出した。




