6
まるで三竦みのように、家令(+ネッド)と侍女(+ミーガン)と私が睨み合っているところに、ノックの音がする。
「戻りましたぁ。」
のんびりした声に、ネッドが返事をする。
「クリストフ、おかえりなさい。入って。」
一番ドアの近くにいた侍女の腕の中のミーガンを見て、クリストフが顔を綻ばせた。
「おお、この子が噂のミケランジェリーナちゃんか。」
「「ミケランジェリーナ!?」」
思わず皆の声が重なっちゃった。どんな由来かしらないけど、ひどいキラキラネームだわ。ため息と共に、
「以降、ミーガンと呼ぶことに賛成の人?」
と、多数決を採った。何が起きているかわかっていないクリストフとミーガン以外は、全員手を上げる。
目の前のネッドはフォークを持つ右手ではなく、左手を挙げている。
「左手、動くの?」
と、聞いた。
「ええ、左半身が常に痺れている感じで、感覚は鈍いのですが、動かせないわけではありません。力の入れ具合がわからないのですけど。」
クリストフは入り口に一番近いところにいた、反応の薄いミーガンに、いないいないばぁをしている。
そのクリストフに、ネッドが声を掛けた。
「フリスは?」
「今夜は殿下のところに詰めるそうです。『なにやら貴族院の動きがきな臭いから』って言ってました。どうやら砦に戻る前に、自分のところの娘たちと殿下を会わせたいという高位貴族があとをたたないようで。フリスが露払いしてます。」
クリストフがミーガンを抱っこして、長椅子の私たちに合流する。合流したとたん、ミーガンは私の膝の上に戻ってきた。
「ミーガンのこと何かわかったの?」
私が問うと、
「まんま、食べる?」
といいながら、ミーガンに食事をさせようとしていたクリストフが、困惑したように眉を下げた。
「ミーガン?ああ、ミケランジェリーナちゃんのことですか?ええ。貴族院に提出されている記録によると、もうすぐ、一歳でしゅねー。」
途中からミーガンに話しかけている。子供好きらしい。こんな普通・・・いや善良な奴が好みなのか、妹ちゃんよ。
「昨日、アーロン・イエーツ伯爵から、『モーガン、ミュリエル両夫婦が子供のミケランジェリーナを連れて出奔したため、新たに、エドゥイン・イエーツに家を継がせたい』という申請がなされています。」
ネッドが落ち着いた声で、
「子供ごと除籍しようとしてるの?まだ赤ん坊だし、そのままイエーツ伯のところで養育するということは考えられないのかな。」
と、聞いた。
「エドウィンは結婚していて、妻との間に二人子供がいます。一人は男の子ですし、家族丸ごと養子にする予定らしいですね。ミーガン?ちゃんの入る余地はないのかもしれません。」
あら、あの男人のものだったのね。私は人のものには手をださないんだけど。今度はぶん殴ることにしよう。
「養子縁組になにか不審な点は?」
ネッドが重ねて聞く。
「イエーツ伯爵が急いでいること以外は、特に。ただ、フリスの話によると、モーガン・イエーツが出奔したのはかなり前のことらしいんですよ。数ヶ月になるそうです。それまでもしょっ中飲み歩いていたそうですけど、家には戻って来てたらしいんですね。それが、ふた月前ぐらいから、イエーツ家に寄り付かなくなったそうです。イエーツ伯爵も流石に堪忍袋の尾が切れて、ミュリエルさんに離縁しろと言っていたらしいんですけど、ミュリエルさんが、がんとして応じなかったと。これはフリスの推理ですけど・・・」
「イエーツ伯爵が、『モーガンと離縁しないのであれば、お前も出ていけ』、とでもいったのでしょうね。」
ネッドが言葉を繋いだ。私も同意。
「で、追い出されたか、もしくはモーガンを探しにミュリエルも自ら出て行ったか。そのどちらかよね。それにしてもなんでこの子をイエーツに残していかず、私のところに置いてったの?」
ミーガンを見下ろすと、お腹がいっぱいになったのか、眠気を催して、頭が前後に揺れている。はやっ!
その様子をにまにま見ていたクリストフが推理を続ける。
「坊主憎けりゃ袈裟まで、ですかね。モーガンのことを嫌ってその子供のことも・・・」
まだ言葉はわからないのだろうけれど、クリストフはその先、言葉を濁した。
「いや、こんなにミュリエルにそっくりで、おまけに向こうにはおばあちゃんであるイエーツ伯爵夫人だっているんでしょ?普通おいてかない?おまけになんでウチなわけ?意味不明だわ。」
侍女と家令も首をひねっている。
ネッドがミーガンを驚かせないよう、声を潜めて言った。
「貴方なら、モーガンの子を大切にしてくれると思ったのではないですか?イエーツ家では迫害されるかもしれない、と。」
ちょっと奥歯を噛み締めてしまった。
「ミュリエルが私を信頼するとは思えないけどね。結構露骨にライバル視されてたし。」
すっかりおねむのミーガンを片手で抱いて、立ち上がった。
「何はともあれ、遊びまわってるモーガンを見つければ、自然とミュリエルも捕まえられるわね。心当たりがないわけじゃないから、モーガン、探してみるわ。」
まずは仲間の集まるバーからだわね。
ネッドが、ふっ、と、息を吐いた。
「貴方にとっての不平等は・・・」
「何?ゲイだってこと?」
つっかかると、ネッドがちょっと目を丸くした。そんな答えは予想しなかったと言わんばかりだ。
「いえ、その価値のない男をずっと諦められないということじゃないですか。」
初めて心を繋いだ相手。そんなに簡単に切り捨てられないのは自覚してるわ。




