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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第十章:守る為に、壊す ~リリ編~
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第四話

───8月6日19時頃、キャスタニア郊外、Dear Friendsにて。

夕日が眩しく厨房に突き刺さり、つい目を閉じてしまう。

シュトーレの事もあって、現在お店は休業中。それでも、せめて私にできることとして、みんなの分のパンだけは欠かさず作っている。

昨日の一件でレイヴンさんに言われた事は、私の胸の中に深く刻まれていた。

私はプレッツェ達みたいに強くない。なら私にできることは何かと考えた時、こうやって食事を賄う事だと気付かされた。

今もプレッツェは外で見張りをしている。そしてシュトーレは…


「…ねぇ、何でお父さんはいつもそうやって勝手な事ばっかり…!私の事が心配って…私だってお父さんの事がとっても心配だったんだよ…何で教えてくれなかったの…」


ホールでシュトーレが声を震わせながら電話で話している。

事が一旦落ち着いた後、シュトーレもレイヴンさんから事件の事…シュトーレのお父さんの事を聞いていた。

お父さんが大怪我を負っていることを一切知らせてもらえなかったことに対し、シュトーレはとても怒っているようだった。


「…見舞いに来るなって…どうして…!?大丈夫なわけないよ…!…ごめんなさい、そう、だよね…分かった、だったらもし何かあったら絶対教えて…」


お話は終わったらしい。受話器の置く音が聞こえた後、とっても暗い顔でシュトーレが厨房にやってきた。


「…ごめん、クロワ。うるさかった?」

「いーよいーよ。ねぇ、何か飲む?」

「う、うん…紅茶お願い」

「分かったー!じゃあそろそろご飯にしよっか!プレッツェも呼んでこないと…」


と、言ったところで丁度プレッツェが裏口から厨房へ入ってきた。

新しいスーツを着た彼女はとってもカッコよく私の目に映っていた。


「あ、プレッツェ丁度いいところに!今からご飯にしようかと思ってたんだけど…」

「…クロワ、シュトーレ。此処でじっとしていろ。いいな」


そう言うプレッツェの目はとても真剣で、私でも何か良くないことが起こりそうだと言う事が分かった。

私はつばを飲み込んで、黙ったまま頷いた。シュトーレもただ首を縦に振る。

私達の目を見た後、プレッツェはほんの少しだけ私達に向かって微笑みかけてくれた。心配させないようにする配慮なんだと思い、彼女の優しさを実感した。

プレッツェは厨房を抜けてホールへと走って行った。そして同時にホールの扉が開く音も聞こえてきた。

厨房からホールの方を覗いてみると、入り口のほうにレイヴンさんがいる事が分かる。でもなんでレイヴンさんが来ただけで私達を引きとめたんだろう。


「…どういうつもりだ」


プレッツェが低い声でレイヴンさんに問いかける。


「心配いらないさ、何かあれば私がぶちのめす」

「…何かあったら駄目なのが分かっているだろ…ふざけるな…!」

「これでも相手の心境を読むのは自信があるのさ。あの子は大丈夫だ。それにあまり気が張りすぎるのもよくない、特にシュトーレにとってはね。会わせてやってくれないか、雀蜂」

「…クソ、もういい。もし少しでも危害を加えたら容赦しないぞ」

「それでいい…そう言うことだ、入って来い」


レイヴンさんがそう言うと、また一人店内へと入ってきた。

金髪ロングでお化粧が濃い、胸のおっきな女の子。そして肩からながーい鞄と大きな包みを掲げている。

あれ、あの鞄見たことあるような…


「…な、薙刀…?」


横に立っていたシュトーレが、来客を見てそう呟く。

そう、シュトーレが大切にしている薙刀の一式が入った鞄と一緒だ!


「クロワ、シュトーレ。そんな所で見てないでこっちに来なさいな」


レイヴンさんは厨房の方を見ながらそう言って手を振った。

プレッツェも振り返って、何かをあきらめたような複雑な顔でこちらを見ている。


「ク、クロワ…どうしよう…」

「うーん…いこっか!」


何となくだけど、私もあの女の子は危険な人じゃない気がした。

私の答えに対してシュトーレも頷いて、私達はホールへと向かった。


「こんばんはー!初めまして!」


私はすぐに女の子に近づいて挨拶をする。女の子は私を見てバツの悪そうな表情を浮かべていた。意外と恥ずかしがり屋さんなのかな?

シュトーレも私に続くように急いで一礼する。するとやっと女の子が口を開いた。


「て、てめぇが噂の薙刀やってる奴だな!レイヴンから聞いてるぜ!」


女の子はそう言ってシュトーレを指差した。突然の事にシュトーレは動揺しているみたいだった。


「え、え…は、はい薙刀は一応…」

「フフッ。シュトーレ、この子が前に話していたリリだ。薙刀道がしたくてたまらないらしい」

「リリさんって…ええっと、もしかして清…」

「おーっとそいつは人違いだ!レイヴンに何吹き込まれた知らねぇけど、ウチはその清なんとかってのとは何もカンケーねー!」


何だろう、リリさんの話し方、とっても演技っぽいけど…


「あ、そうなんですか…す、すみません…」

「…そういうことらしくて、あの話は私の勘違いだったらしい。じゃ、リリ後は好きなように」

「おう。シュトーレ…ウチと薙刀で勝負しろ!」

「…え、そんないきなり…」

「拒否権は無し!リリ様権限は絶対!これジョーシキ!」


す、すごく強引に話が進んでる…シュトーレはどうしたらいいか分からないみたいだし、プレッツェも唖然としてる。

レイヴンさんだけが笑って二人のやり取りを見守ってるし…


「…はっはーん?もしかしてホントは薙刀の自信がないから勝負に乗ってこねぇんだろー?」


リリさんの挑発で、ちょっとだけシュトーレがむっとした表情を浮かべた。


「…分かりました。そこまで言うなら…」

「よっしゃ!ま、準備とかいろいろあるだろうし、30分後に此処で勝負だ!」

「で、でも審判は…」

「んなもんレイヴンにでもやらせりゃいいじゃん。な?」


リリさんがそう言うと、レイヴンさんが笑いながら軽く左手を挙げて見せた。


「残りのやつらは試合会場をセッティングしとけ!テーブルどけるだけでいいからよ!じゃあ準備始め!」


とは言われても、みんな状況が掴めずに立ってるだけ。

な、なんだか良く分からないけど…試合なら楽しそうだし、別にいいかな!


「…んだよ、動けよ!てか着替える場所何処だよ!リリ様の裸は安くねーぞ!」

「あ、はいじゃあ浴室を使ってください!」


私がそう言うと、リリさんが私に近づく。


「サンキュッ、んじゃ案内よろー」

「はい、ではこちらへどうぞー。プレッツェ、テーブル移動させといてねー」


私の言葉を聞いて、プレッツェも渋々動き始めた。


「私は寝室で着替えてくるね」


シュトーレはそう言って先に寝室の方へと走って行った。

私とリリさんも続いて浴室へと向かう。


「…面倒かけてワリィ…クロワ、だっけ?」


私の後ろで、ふとリリさんがそう言った。


「面倒なんて全然思ってないですよー!ちょっといきなりすぎてびっくりはしたけど…」

「ヘッ、サプライズってやつさ…あのさ、シュトーレ、元気にしてるか?」

「うーん、今はちょっと色々あってあんまり…」

「…だろうなぁ。ま、でもこのリリ様が顔を出してやったからにはもう何も心配いらねー!アイツだって薙刀振ればすぐ元気になるぜ、マジ」

「すごーい!…って、リリさんってシュトーレの知り合いさんじゃないんですよね?」

「ん?あ、ああそうそう…ヘヘッ、ま、なんつーか、薙刀やってる奴なんてすくねーし、やっぱ試合出来るってなると燃えるんだわ皆」

「なるほど…アハッ、シュトーレもちょっと嬉しそうだったし、そうかもしれませんね。リリさん、ありがとうございます―!」

「お、おう…なんか面と向かって言われると照れるな」


既に浴室には着いていたが、ついお話が延びちゃった。


「あ、此処でどうぞ着替えて下さいねー!」

「りょりょ。んじゃまた後でな」



───30分後、私は防具を着けてホールでウォーミングアップをしていた。

ほぼ毎日薙刀の素振りは行っていたが、防具を着けたのは本当に久々だ。

クロワ達もホールのテーブルをどかしてくれて、更に床までピカピカに掃除してくれていて裸足で存分に踏み込める。

向かいではリリさんも素振りをしている。垂の名札が取り外されているが、防具は非常に手入れが行き届いている上に恐らく手刺しの高級品だ。

何より薙刀の振る速度が尋常でない速さだ。軌道に一切ブレもない。

…間違いない、リリさんは私が見てきた中で最も強い相手だろう。試合をせずとも分かるほどだ。

お互いに一通り素振りも終わり、黙ったまま向き合って頷く。


「…じゃ、そろそろ試合を始めようか。ルールは三分、二本先取。延長は二分で一本先取。生憎私はこの道のド素人だけど…お前さん等なら素人が見ても分かるような一本を取ってくれるだろうさ」


そう言ってレイヴンさんはニヤリと笑ってみせた。

ちらりとクロワ達のほうを見てみると、クロワもプレッツェも真剣なまなざしで私達を見ていた。

ホールの空気が張り詰め、私の心臓の鼓動も徐々に高まり出した。

いきなり試合だってリリさんが言い出した時は戸惑いしか感じなかったが、防具を着てこうやって向き合うことで私は薙刀がやりたかったことを再認識させられた。

…毎日一人で稽古していたのも、いつか薙刀道に復帰して大会に出たかったから。

私の“選手”としての薙刀道。それはあの日のあの事件があったせいで完全に道が閉ざされた。

受け入れる事なんてとてもできやしなかった、私が“死んだ”人間である事なんて。大学の友人や先輩後輩、教授方全員が既にこの世に存在しないことも、何もかも。

でも、それでもクロワやプレッツェのおかげで私の薙刀道は続いている。そして今回の騒動で、過去のトラウマを受け入れる決心も少しだけついた。

今、試合をすることになったのも、運命が私に“道”を進ませるかどうか審判しようとしているんじゃないかななんて、勝手に思ってみた。

勝敗じゃない、悔いのない試合をしよう。ギュッと右手で薙刀を握って、私は決意した。


「それじゃ、構え」


レイブンさんの声で、私とリリさんは互いに一礼をして薙刀を左に構えた。

面越しに、リリさんの目が映る。彼女の気迫を、私は全身で感じ取る。

まだ軽くしか動いていないのに、私の額に汗が滲み始めた。

唾を飲み込む事さえ許されないような空気。ホールが静寂に包まれる。


「始め」


試合開始だ。気合いの一声を出して、少しだけ左足を左側に滑らせようと動かす。

その瞬間、相手がまるで跳躍したかのように大きく踏み込みながら薙刀を振るった。

脳天が割れそうになるほどの一撃。返し技を繰り出す暇さえなかった。


「リリの一本。面…だったか」


誰が見ても分かる、完璧な一本だ。

そしてこの一本で私は確信した。やはり彼女は清黎々と全く同じ動きだ。

圧倒的な突進力で、相手の技を全て掻き消す攻撃的な戦法。

実力が同じぐらいだとにらみ合いから泥仕合に陥りやすい薙刀道において、清黎々は全試合を三十秒もかからずに勝ち上がっていたのを思い出す。

それだけ彼女の突進力、破壊力は桁違いだった。

私も何度、州大会の優勝を目前に一瞬で敗れたことか。実力差を分かっていながらも悔し涙をどれだけ流して来たか。

だから、だからこそどうすれば彼女に勝てるか考えてきた、最後に私が大会に出た時まで。


「二本目、始め」


思考時間はごく僅か。もしリリさんが清黎々と同じパターンで来るなら…

深読みに嵌ると痛い目を見る。一手だけでいい、確実な手を、確実に返すだけでいい。

リリさんの薙刀の軌道は面…かと思わせて胴を狙っていた。読みは当たった。

胴を打つために伸びた相手の右篭手に一撃。心技体が一つとなり、ホールに響き渡る。


「…シュトーレの一本。篭手か」


残心を示して一本を得た。

お互いに構え直した時、リリさんがふと微笑んだように見えた。

まだ一分も経っていない短い試合。その一瞬を限界まで集中し、そして楽しんでいる。リリさんだけでなく、私も。

さぁ、どちらかがもう一本取れば勝敗は決する。

汗が目に入って沁みるが、瞬きすら許されない状況。

レイヴンさんの声が聞こえ、三本目が始まる。

互いに一声、でも私も、そしてリリさんも足を動かせなかった。

じっと睨み合い、出方を窺う。リリさん…清黎々なら、すぐに打ち出してくるはずなのに。

無数の憶測が頭の中を駆け回る。最善の一手は…分からない。

薙刀の剣先を静かに触れ合わせ、相手に行動を促す。

…ダメ、誘いに乗ってこない。時間だけが過ぎ、戦局は動かない。

焦りは禁物と分かっていてもどうにもじれったい。


…早さで、勝てるかな。


考えがよぎった時には、既に互いの薙刀が面を確実に打ち抜いていた。

心技体、全て揃っていたのは両者同じ。後は審判の判定次第。


「…痺れるわねぇ…シュトーレの面が速かった、私の目が正しければ」


レイヴンさんがそう言うと、リリさんは一瞬悔しそうな表情を浮かべたが、すぐに優しく笑って見せた。


「ヘッ、間違いねぇ。ウチが遅れた」


相面を決めることが出来たのは、私だった。まさか、勝てるなんて…


「この勝負、シュトーレの勝ちだ。お疲れ様」


お互いに一礼し、試合を終えて私は一息ついた。

気持ちのいい疲労感と、何とも言い難い満足感が私を包み込む。


「シュトーレ、おめでとー!」


ホールの端で観戦していたクロワが、私の元に駆け寄ってきて嬉しそうにそう言った。まるで自分が勝負に勝ったみたいにしている。

端ではプレッツェもこちらを見て微笑んで頷いていた。彼女なりの讃え方らしい。

一方、リリさんはすぐに防具を外して私に近づく。私も急いで防具を外した。


「…試合してくれてありがとな」


と、リリさんはぼそっと呟いた。


「こちらこそ、久しぶりに試合が出来て楽しかったです。ありがとうございました」

「…大変な時だろうけどさ、ぜってー上手くいくから。ウチが保証してやる」

「…はい」

「んじゃ、ウチはそろそろ帰るわ。んじゃ」

「えっ、もう帰られるんですか…もう少しお話とか…」


そう言いかけて、私は自分の発言に少し驚いてしまう。私が誰かとお話したいと言ってしまうなんて。

引っ込み思案の私らしくないけど…でも、同じ薙刀の道を歩んでいる者同士、色々とお話してみたいし…


「ワリィ、ウチも色々あんだわ」

「…そうですか…帰り道、気をつけてくださいね」

「ああ。他の奴らもメンドーかけて悪かった。片付け参加できないけど許してくれ」


リリさんはクロワとプレッツェのほうを見てそう言った。


「大丈夫ですよー!あ、もしよければパン、持って帰りませんか!売れ残りですけど…おいしいですよー!」


何ともクロワらしいサービス精神。


「気ぃ遣わなくていいから…ま、そんなに言うなら貰ってやらなくてもいいけどよ」

「ホントですか!プレッツェー、シトレン持ってきてくれる?」


クロワの言葉に対し、プレッツェはやや呆れた表情で笑いながら厨房へと去って行った。

ふとレイヴンさんがいた方向を見てみると、既に彼女はホールから姿を消していた。

そうだ、まだ何が起こるか分からない危険な状況なのは変わっていないんだ。

リリさんとの出会いと試合は、気持ちを落ち着けて目の前の問題に改めて向き合うとてもいい機会になった。

…だから、私も頑張るんだ。

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