第一話
───8月5日22時頃、キャスタニア郊外にて。
郊外へ向かう道路。滅多に車の通らない道端で私は車を降りる。
この道は隣街ランスレッドから、キャスタニア市街を介さず郊外~アルゲトンへと向かう道である。
街灯はわずかしかなく、遠方の状況は殆ど分からない。
携帯を開いて時刻を確認する。22時30分…リリの証言と、例のDear Friendsというパン屋との距離を考えるに、そろそろだろう。
フロッドさんからの仕事は、ジョングオ派のヒットマンの足止めだった。そしてなるべく他の人にばれる事がないようにと言われた。
私にはフロッドさんがこのような仕事を行わせる理由が分からなかった。でも、あの方にも何か考えがあるに違いない。
周りに人がいないことを確認して、私は普段着を脱いでマジック用衣装の一つである警察制服を着用した。当然旧式の物なので良く見ればすぐバレちゃうけど。
三角コーンをそれらしく道路に設置し、最後に誘導灯のスイッチを入れて準備完了。
今回はあくまで足止めが仕事。それにいきなりこちらから襲って、もし部外者だったりしたら大変なのでこんな感じで検問を装ってみた。
あ、流石にカチューシャ外さないと。
およそ五分ほど、道路端で夜に鳴く虫たちの音色をじっと聞いていると遠方からエンジン音が聞こえ出した。
そしてすぐに5台のバイクの明りが見えた。ありきたりなスポーツタイプのものを凄まじいスピードで走らせているらしい。
誘導灯を振りながら相手にこちらの存在をアピールしてみると、どうやらこちらの意思を汲み取ってくれたらしく徐々に減速しながら私の前に停車した。
「すみません、ただいま検閲を行っております」
私は先頭に停まっていたバイクに近づいて声をかける。ヘルメットを外した男は明らかに不満そうだ。
そして男はこちらの言葉に対し、韓国語で何かを返してきた。
ジョングオ派は確かコリアンマフィア、この時点でほぼクロ。
生憎私は韓国語は分からない…なら、もしかすると。
私はダメ元で日本語で先ほどの言葉を話してみた。
「…オマエ、日本人?」
対話に成功。
「はい、日本生まれです」
「俺も日本語分かる。だから頼み、急いでるから見逃して」
「すみません、仕事ですので少しお付き合いを」
「…オタク、警察よね?何で一人?」
「此処の受け持ちは私だけですから」
「警察、普通複数人で仕事する。危険だから」
確かに、言われてみれば検問なんて危ない仕事を一人で行うのはおかしい。
一本とられた、ごまかさないと。
「私、こう見えて手練なので」
「は?意味分からないね」
「とにかく、所持物を確認させてもらいます。反抗すれば逮捕します」
「…ジョーダンへたくそ。多分オマエ警察違う」
男はそう言うと背中に担いでいたサブマシンガンを構える。それに続くように他のドライバー達も銃を構えだした。
「…銃刀法違反で現行犯逮捕します」
「いい加減正体表すよ。謝れば許したげる」
「…では、そちらの正体から尋ねます。そちらはジョングオ派に関係する一員で間違いないでしょうか」
こうなったら穏便に済ませることは不可能。なら一気に核心を突いたほうが手っ取り早い。
「…やっぱオマエ只者じゃないか」
図星。
「悪いけど此処で死んでもら…」
遅い。
まず誘導灯で男の頭部をぶん殴りつつ、左手でホルスターからUSPを抜いて後ろの敵一人の胸部を撃ち抜く。
粉砕した誘導灯を捨てて、ひるむ男の胸倉を掴んでバイクから引き摺り下ろして首に腕を回す。さて相手はこの男を捨てることが出来るか。
…やはりヒットマン、元より命はないようなもの。残された敵達は躊躇なく引き金を引いてきた。
私は穴だらけの人質を即座に前方に投げ放し、全力疾走で道路端の草木の中に潜った。
その中にはあらかじめセットしておいたスパス12が置いてある。マジックの基本は事前の仕込み。
スパス12を持って、近くの木を昇る。銃弾は未だこちらを追い続ける。
木の末端にたどり着き、其処から大きく飛び上がった。そしてまず一発。
着弾地点を確認する前に、反動で斜め後ろ上に飛ぶ体。より高い地点に足が着いたので更にジャンプ。
今度はより前方に飛び出し、宙返りしながら二発目。その反動でギリギリ向こう側の木の枝に足が届く。
体勢を整える時間は無い。足に力を入れて斜め下に落ちながら三発目。地に着いて受身。
処理完了。
手早くリロードを行っていると、また遠方からバイクが今度は6台。
こちらに近づくや否やバイクに乗りながら銃撃される。
私は一旦道路端に移動してこちらの射程範囲に相手が来るまで待つ事にした。
…だがそこでイレギュラーが発生。明らかに異質な爆音が鳴り響き、空気が揺れる。
そして遠方のバイク1台が転倒。残りも急停車して予想外の一撃にひるむ。
「…リリさん?いやまさか」
この射撃音…明らかに対人用でない銃。そしてそれを用いる人物といえばリリ。しかし何故この場に?
私は銃撃のあった場所を見てみる…銃声から察していたが、正体は思ったより近くにいた。
「丁度いい高台あったから使わせてもらったわー」
私の車の上で寝そべりながらPTRS1941を構えていたのは、やはりリリ。
緊張状態の戦況を利用して私はすぐにリリの元に近づいた。
「…どうして此処に?」
昨日会ってから消息は分からずじまいだったが、彼女の言動からなにかとてつもなく大きな葛藤を抱えていたことは明白。
「ウチのやるべきことの前に、助けてやらねーと」
「…シュトーレさん、でしたっけ?」
「そそ。言っとくけどコイツは最初からやるって決めてたことだから、テメェやレイヴンとは何もカンケーねーから」
あえてそういう断りを言っちゃうところがこの人らしい。
「そうですか」
「…ま、テメェと喧嘩別れみたいになるのも嫌だったってのもあるけどさ」
「それは私も同感です」
「ぜってー思ってねーだろ、その言い方さー」
「本気です」
「…へヘッ、そか」
そう言ってリリは引き金を引く。やはり近くで聞くこの銃声は身体が痺れるレベルだ。
遠距離戦になってしまった以上、私は此処で待つしかない。
「…リリさん、この戦いが終わったらどうされるんですか?」
「…そういうのは事が済んだらにしよーぜ。死亡フラグ立てたくないじゃん」
「それもそうですね…あ」
先ほどまで何も感じなかったのに、突如殺気が巻き起こる。
私は車の下に置いていたナイフを左手に持ちつつ殺気目掛けて引き金を引いた。敵は道路端の草の中。
「ワリィ、そっちよろ」
「了承」
また殺気が消えたと思えば、今度は木の上。
そして其処から何かの投擲物。すぐに撃ち落すが、やはり本体には弾が当たらない。
落ちてきた得物は円形の刃物、チャクラムだ。
だがそれを詳しく調べる時間は与えられず、遂に敵の正体がチャクラムを振るいながら現れた。
黒一式に白い仮面のその敵。不気味で、速い。
ナイフで辛うじてガードするが、その連撃に対し反撃が出来ない。
不意に相手の一撃の軌道が変わる…ダメだ、ナイフでガードできない。そしてこのままだと首が確実に討たれる。
仕方なく私は右肩で相手の一撃を受けた。骨まで切れなかったのが幸いか。だが大静脈辺りが切れたらしく、出血量が酷い。
「チェシャ!!」
リリはすぐに立ち上がってPTRS1941を影に放つ。しかし容易に銃撃をかわしながらチャクラムをリリ目掛けて飛ばした。
…ダメだ、一瞬視界がぼやけ、耳が遠くなる。辛うじて金属の当たる音が聞こえ、リリが防御に成功したことが推測できた。
すぐにナイフを捨ててハンカチを取り出して左手で強く肩を抑えた。
しかし徐々に足に力が入らなくなり、仕方なくその場にしゃがみこむ。
「…シャ、おい…」
これ、もしかして動脈も切れてる…?すごくまぶたがおもく…
───8月6日11時頃、キャスタニア郊外、教会にて。
教会の別棟。そこはローレンスの仕切る業務に用いられる、いわば死体処理室だ。
その一室で私はスキットルを手に持つ。するとすぐに怒りの鉄拳が私の頭を襲った。
「この大馬鹿者が!さっき手術したばかりで酒を飲むな!」
私を殴れる大した度胸の持ち主。それは私のかかりつけ医であり、キャスタニアで最も有名な闇医者「ホールデム」。
キャスタニアにいくつも診療所を持っており、私のようなならず者の治療を専門に生計を立てている初老男性だ。
…ま、私とは腐れ縁でもあるんだけど。
今、私はローレンスに例の仮面野郎の検死の依頼を、そしてホールデムは死体調査のためローレンスに立会いを依頼されていた。
「別にいいじゃない、腕も治ったんだし」
私はそう言って包帯でぐるぐる巻きの左腕を見る。
前回の闘争で流石に大幅に筋肉が損傷したので取替えを頼んでみたが、驚くほどすぐ体に馴染んだので驚きだ。
「ダメだダメだ、お前のヤツはわざわざ血管と神経通してるんだから、アルコールの影響もデカイんだぞ」
「なら尚更今のうちに酒の味を覚えさせてあげないと」
「もしそれで使い物にならなくなったら…次回以降の取替えは20倍貰うぞ、いいな!」
「はいはい、分かりましたお医者様」
今回の治療費だけで数万ドルかかったのに、更に取られると流石に困る。
「はぁ…徹夜で二人も患者を診てこっちは疲れているって言うのに…まだ仕事があるとは…」
「ああ、そういえばチェシャはどうだった?何か動脈いかれてるって聞いたけど」
「あんなのかすり傷だ、お前らにとっちゃな。輸血と縫合ですぐ帰らせた。全く最近の若いのは、ちょっと怪我しただけでピーピーピーピー煩くて敵わん」
「チェシャがそんな喚いたの?珍しい」
「違う違う、付き人のほうだ。半泣きでやって来て、大金置いてすぐ帰っちまったけどな」
「ふーん。あの糞道化がそんな事を」
「糞道化?いや、リリだリリ。ほら清龍党の」
リリ…?まさかチェシャと動いてたなんて。
現在のリリの行動は特に重要視すべきだと私は勝手に考えている。
これは帰ったらチェシャに会って話を聞かないと。
私達が待合室で待っていると、やっと扉が開かれてローレンスがやって来る。
「すみません、一通り準備が終わりましたので此方に」
手術衣を来たローレンスがそう言って私達を案内する。廊下は薄暗く、死体もないのに血生臭い。
通された部屋は検死室で、台の上には昨日戦ったあの仮面野郎が乗っていた。顔以外は一応表皮が存在している。
…あ、ついてる。つまりコイツは男か。
ホールデムは咳払いをしてゴム手袋とマスクを着用する。私は死体に触れるつもりもないし何もつけない。
「…顔は最初からこれか?」
ホールデムは死体の顔を見て不快そうに私に尋ねた。
「仮面をつけてたけど、その裏には何もなかったし始めからそんな感じだったわ」
「…ホールデムさん、何処から診ましょうか?」
「その目は最後にするか…まずは左腕を」
ホールデムの言葉を聞き、ローレンスは手早くメスを持って左腕の表皮を切ってゆく。
…素人が見ても一発で分かる。中の筋肉は明らかに人工的な代物だ。
そして出血も殆ど確認できないことから、私の物ともまた違うことが分かる。
ホールデムは慎重に腕を触りながらその人工筋肉を調べる。
「…旧式じゃないな。俺も見た事ない造りだ…」
「私も初めて見ました、此処まで機械化できちゃうものなんですね」
「恐らく足も人工化されているだろうな。腹部はどうだ?」
この後腹部を開いてみると、やはり全ての臓器が人工物。驚くことに血管も。
そして最後に目を調べたらホールデムはぎょっとしていた。
「凄いな…眼球から後頭葉が完全にコンピュータ化されている」
「へぇ…ホントにサイボーグじゃない」
「全くだ。よくこんなのに勝ったな」
「お褒めの言葉ありがとう」
一通り解剖も終わり、ローレンスとホールデムはため息をつく。
「…さて、ホールデムさん、レイヴンさん。この人物ですが…どうしますか?」
と、ローレンスが言う。彼が言いたい事はずばり、この死体の活用法についてだろう。
未知の技術が使われたサイボーグともなると研究価値が非常に高いだろうし、そして市場価値もかなりのものになるはず。
ま、私は正直どうでもいいけど、あの社長がどう出るかしら。
「少し時間をくれないかしら」
私は断りを入れて携帯で社長と連絡を取る。
サイボーグの話をしてあげるが、社長はあまり嬉しくない様子。
「…分かった。今回はその情報だけ頂いておこう」
「なんなら死体を買ってもいいんじゃないの?」
「いらんだろう。飾る所もないし」
「そう、じゃあそう言っとくわ」
私は携帯を切って、二人に向かって軽く首を振ってみせる。
「分かりました。ホールデムさんはどうなさいましょうか?」
「…即決幾らだ?」
「そうですね…正直分からないのが本音ですね…ただ見込みでは100万は下らないかと」
ローレンスは死体処理の傍ら、保存状態の良い物は販売ルートに流しているそうだ。
死体というものは意外と高く売れるらしい。しかし人権も何もあったものじゃないビジネスを牧師が展開している事が狂っている。実に素晴らしい。
「…いいだろう。200万なら文句はあるまい」
「ありがとうございます。では其処から今回の立会い費用50万引いて150万でお売りします」
「分かった、後日護送車で訪れる」
「はい、お待ちしております」
このオッサン、本気か。いくらなんでも死体に其処まで金を積むとは、こちらも大概イカレている、とても良いことだ。
「私はそろそろ帰るわ。また面白いの殺したら持ってきてあげる。報酬はいらないから」
「いえいえそれは流石に…」
「死体で金稼ぎは性に合わないし。あくまで戦いのついでに金を貰うのが身の丈に合ってるのよ」
「…レイヴンさんらしいですね。分かりました。これからのお仕事もどうかお気をつけて」
「ええ。ホールデムもしばらく世話になると思うわ」
「だろうな。無茶はするなよ」
「それは無理な相談だ。それじゃ」
私は二人に軽く手を振って部屋を後にした。
今朝、社長を通して街の情報が入ってきていた。
ルドマン家はアコニットの活躍で欠員無し、街自体もカトレア以外に損害は出ていない。
他のファミリーの動きとしては日久組がルドマン家に加勢した事ぐらい。
後はイブリースのアフロビート兄弟が恐らくジョングオ派から依頼を受けてアコニット暗殺を図ったが失敗したぐらい。
やはり、表向きの事件は収束しようと各方面で動きがあるらしい。近々緊急集会も予定されているそうだ。
…それまでに、清龍党が、そしてリリがどう動くか。更にジョングオ派はどうなるか、ルドマン家は今後もターゲットとなりうるのか。
未だ闘争の酔いが醒めぬ状況に、一人レイヴンは笑みを零した。




