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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第九章:トラウマ ~ルドマン編~
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第八話

───8月5日23時頃、キャスタニア郊外にて。

安らかな暗闇に覆われ、星の煌く夏の空。

Dear Friendsの屋上。そこに二匹の獣が佇む。

レイヴンは暗視スコープを取り付けたWA2000をニーリングポジションで構えて来るべき敵に備えていた。

そしてプレッツェもまた暗視ゴーグルを装備して辺りを見渡す。

敵もまた暗視可能な装備を持っていれば、こちらの姿を知ることは出来るだろう。

だが、それよりも先にこちらが動ければ何も問題はない。


「…七時方向、バイク1。距離およそ3000」


プレッツェの呟きに対してレイヴンはニヤリと笑いながら銃をその方角に向けた。

こんな深夜にわざわざ郊外をバイク一台で走るような相手。どう考えても怪しいが、レイヴンはまだ引き金を引かずじっと相手の出方を窺う。

相手もやはり暗視スコープをつけており、此方の存在に気づいたようだ。背中に背負っていたサブマシンガンを左手に持とうとする。

バイクの速度も十分にあり、既に此方の射程範囲。風を読み、レイヴンは静かに右人差し指を引く。

夜空をつんざく銃声。左胸部に風穴を広げ、バイクは横転する。


「…恐らく陽動だ、ありゃあ」


屋根を転がる薬莢を足で蹴り寄せてキャッチしながらレイヴンはそう言った。

プレッツェも何も言わず辺りの監視を続けていたが、突如暗視スコープを投げ捨てた。


「…九時方向の森、3人。更に七時方向にバイク3」

「ちょっとは楽しくなって来たか。作戦通りに」


レイヴンは引き続きバイクを狙いながらそう言う。プレッツェもただ頷いてレイピアを鞘から抜く。

背の高くなった小麦畑が大きく揺れ始め、敵の襲来を嫌でも感じさせられる。

このままこちらも畑に潜れば、相手を仕留める事など造作でもない。だがクロワの、私達の大切な小麦に不浄な生血を注ぐことはしたくなかった。

首を討つのは畑と店の間にある道路。プレッツェはそう考えていた。

音も無く屋根から飛び降りて、店の前で敵を待つ。その眼光は闇に紛れようと鋭く輝くように見えた。

畑と道路の境で小麦の揺れが止まる。草の薫りで向こうの編成が読めず、辛うじて相手が三人だという事だけが感じ取れた。

その時、屋根の上でレイヴンが二発目を放つ。その銃声がこちらの開戦の合図だった。

マズルフラッシュが小麦畑から幾つも漏れて光る。一人はマシンガンを持っているらしい。

プレッツェは地を蹴り、乗用車一台が余裕を持って走れるぐらいの幅である道路を一足で越えて見せた。

そして畑の中に潜む一人に瞬時に迫る。

その一人は拳銃だけを構えて油断していたようだった。プレッツェの突然の到来に引き金を引けず、彼女の伸ばした左手になす術がなかった。

プレッツェは敵の右腕を掴むと、全身の力を巧みに利用して容易く敵を畑から引きずり出し、そのまま道路の上に叩き付けた。

更に敵が手放して宙を落ちる拳銃を素早く左手でキャッチし、即座に引き金を数回引いて確実に息の根を止める。

どうやら敵も畑の中からだと此方が見難かったのだろうか、拳銃を捨てながら振り返ってみるとマシンガン持ちの敵は畑から出てサブマシンガンを構えていた。

無数の弾が放たれるが、プレッツェは冷静に小麦畑に潜り込んだ。

敵は小麦の揺れたほうへマシンガンを撃ち込む。だがそれは風に吹かれた小麦の揺れだった。

天を味方につけたプレッツェは、軌道の逸れた敵の側面に音も無く近づく。

敵が顔を向けた時、既にレイピアは敵の喉を貫いていた。

彼女は敵を蹴り倒しながらレイピアを抜き、三人目の気配を探す。

…おかしい、確かに先ほどまで三人いたはずだ。しかし今小麦畑から何も気配を感じられない。


「…静かになったねぇ、お前さんですら感じられないとなると厄介だ」


そう言いながらレイヴンは的確に遠方の敵を狙撃する。向こうはおそらく後一台のみだろう。

辺りを見回し、殺気を探す。だがその姿を見る前に、何かがプレッツェ目掛けて飛来してきたのだ。

弾丸より遥かに遅いその何かを、軽くレイピアで弾き落として得物を確認する。それは円形の刃物…確かチャクラムという名の時代遅れな武器だ。

こういう色物武器を扱う相手は大きく分けてロマン派の馬鹿かそれに憧れて形だけ似せた馬鹿のどちらかだ。

当然、前者のほうが圧倒的に強い。そしてこの武器の持ち主もまたその前者に違いない。


「・・・そっちの相手はちゃんとしてもらわなきゃ困るじゃないの」


一瞬の考慮の隙に、チャクラムがレイヴンに向かって投げられた。

あの程度なら援護する必要もないとプレッツェは考え、飛来方向から敵の位置を推測する。

レイヴンも軽くチャクラムを避けて、また狙撃準備へと移った。

畑から投擲を行うだけでは無駄だと敵も考えたのだろう、先ほどまでと裏腹に恐ろしく強い殺気を撒きながらプレッツェへと迫り来る。

小麦の中から飛出しながら両手に持ったチャクラムを素早く振るうその姿は、今までの敵とは一線を画していた。

全身を黒く仕立てチェスターコートをなびかせる体とは反対に、その顔には目の部分を除いて真っ白な仮面をつけていた。

また目の部分も真暗で、表情はおろか本当に顔が存在するのかどうかも怪しかった。

プレッツェはバックステップで刃を避け、更に追撃を予測して左に身を翻す。

だが、それを予測していたのかは分からないが敵も間髪入れずプレッツェ目掛けて右手のチャクラムを投擲した。

近距離の刃を弾ききることができず、右肩のスーツが切り裂かれる。幸い表皮まで傷は至らなかったらしい。

プレッツェも反撃に移り、レイピアを疾風の如く突き出すが、紙一重で敵は回避する。

その後も一進一退の攻防を繰り返す二人だが、衣服以外に傷をつけることは出来ずにいた。

戦いの中で、プレッツェはこの敵の行動パターンを推測していた。

自分を始めとした近距離主体のスピードタイプの戦法を用いる人間は、もちろんとっさの行動にも長けている。

だが戦闘において超人的なスピードを叩き出すためには、やはり相手の動きを読んで先を行く事が大事なのだ。

しかし…この相手は恐らく先読みを行っていない。こちらの行動を見てから動いているのだ。

こちらのスピード程度、避ける事など造作も無いということだろう。

事実、未だ相手に致命傷を与えられない。本気の彼女にとって一対一で此処まで戦闘が長引くことなど滅多になかった。

そして回避しながら店側を見た時、更なる負担が彼女を動揺させる。店の窓に、クロワとシュトーレが映っていたのだ。

自分の身を案じて見守っていたのだろう。その優しさはこの場にとって不要だというのに。


「レイヴン…!」


プレッツェはとっさに彼女の名を呼んだ。


「…もう少しだったのに。心配なさんな、お前さんならいずれ勝つさ」


面倒そうに銃を下ろしながらレイヴンは下を見る。


「…すまない、店の中に…」


プレッツェの言葉を全て聞く前に、レイヴンは彼女の言いたいことを察した。


「そりゃとんだ邪魔者だ、仕方ない」


レイヴンはすぐに屋根から飛び降りて店の窓に近づくと、中にいる二人に向かって首を横に振る。

だが二人ともまだその場を離れようとしない。

その時だった、音も無くチャクラムが飛来している事が後ろのプレッツェの声で予測できた。

ため息を吐きながら、レイヴンは振り返らず左腕を伸ばした。

窓の中のシュトーレを狙っていたその刃を腕で叩き落す。中の鉄骨を除き、腕の肉は完全に切り裂かれていた。

鮮血を垂らしながら、レイヴンは窓を無理やりこじ開ける。今の彼女は闘争より失望のほうがはるかに勝っていた。


「…レ、レイヴンさん…!だ、大丈夫ですか!?」


こちらの怪我を見てクロワはどうしていいのか分からないままそう言った。シュトーレもさっきの一撃に怯えているようだった。


「…言っただろう?お前さんたちは店の中でじっと待ってろって」

「すみません…で、でもプレッツェやレイヴンさんの事が心配で…」

「あーら、お二人にご心配されるほど私達は弱くないから」


そう言ってレイヴンは無理やり口角を吊り上げて言葉を続ける。


「いいかい、私は戦えないくせに戦闘に混ざろうとする輩が一番嫌いなの。武器持って暴れるだけでなくて、お前さんたちみたいに態々危険地帯に顔を出すだけでもこちらは迷惑なのさ」

「…でも私の問題なのに、頼りっきりなのも…」


シュトーレがそう言うと、レイヴンは歯軋りをして彼女を睨んだ。


「頼れ。無力なお前に何が出来る」


低く威圧感を持った声でレイヴンはそう言い渡す。その迫力にシュトーレはもちろんクロワですら不意に後ろに下がってしまう。


「じゃあ逆に聞こうか?お前さんたちに、一切ためらわずに人を殺せるかい?こんな風に」


残っていた最後の一台がとうとう店前まで到達し、敵がバイクから降りて銃を構える。

プレッツェは未だ仮面の敵と激戦を繰り広げているらしく、その敵を相手できないらしい。

レイヴンはチラリと敵のほうを見るだけで体を動かさず、右手のWA2000を敵に向けて引き金を引く。

銃弾は見事敵の頭部を捉えていた。


「それが出来るなら今からでも武器を持たせてやる。そして親友を助けてやればいいさ。だがそれは私達にとって無駄でしかない」


間近で聞く銃声と断末魔に、二人とも完全に萎縮しきっていた。

他人を心配するその心は確かに悪くない。だが余計な想いは結果として破滅を導く。

誰よりも闘争を見てきたレイヴンにとって、二人のような人間が無残に死ぬ姿も幾度と無く見てきた。

特にシュトーレは本作戦の要、敵にとってのターゲット。下手に動かれると最悪の事態を招きかねない。


「分かったら奥でじっとしていなさい。これ以上は付き合えないよ」


未だに何も言えそうにない二人を置いて、レイヴンは外へと去った。

WA2000を捨てて、ナイフシースからナイフを抜きつつプレッツェの元へ走り寄る。


「…すまない」


敵の攻撃を避けつつプレッツェはそう呟いた。


「実に良い友情じゃないか。お前さんの人間性を少し誤解していたかもしれない」


レイヴンはそう言って、敵目掛けてタックルを繰り出した。

だがそれも敵は容易く回避し、チャクラムを振りかざす。

その一撃を待っていたと言わんばかりにレイヴンは微笑み、左腕で再び刃を受け止めた。

前腕の肉が殆ど削ぎ落とされるが、彼女は一切気にせず右手のナイフを素早く薙ぎ払った。


「…あーら成程。お前さんが苦戦する理由も分かった」


やはりその敵は此方の攻撃を完璧に対処してきた。レイヴンのナイフをもう片方のチャクラムで確実にガードしていたのだ。

即座にプレッツェが割り込むようにレイピアを突き出すが、敵は大きく右に翻って回避する。

そのまま敵は左手のチャクラムをレイヴンに投擲する。それを左腕で受けたところで、とうとう鉄骨が顔を覗かせる。


「確かに速い…だがそれだけか」


そう呟きながらレイヴンは敵に近づく。敵はチェスターコートの裏からチャクラムを取り出しつつ、右手を振るった。

だが今度は腕ではなく、何と口を広げて相手の刃を受けたのだ。

しっかりと歯を閉じてチャクラムに噛み付き、口角から血を流しながらもレイヴンは敵に迫る。

あまりに狂気的で突貫的な進行に敵の体は追いつかず、遂にレイヴンは相手からチャクラムを奪いつつ懐にタックルを入れることに成功する。

後ろに大きく吹き飛ばされる敵が着地するよりはるかに速く、今度はプレッツェが前方に飛び出す。

流石に生身の人間が空中で針路転換は出来ず、プレッツェの一撃で敵の心臓は貫かれた。

ほぼ同時に二人は地に着く。しかしプレッツェだけが其処に立っていた。


「…終わったわねぇ」


咥えたチャクラムを吐き捨てて、レイヴンがそう言った。

プレッツェも黙ったままレイピアを抜いて血を払い、鞘に直す。

負った傷を気にすることなく、レイヴンは仮面の敵に近づいてその仮面をとって見せた。


「…何?」


その顔を見て、プレッツェはそう言い漏らす。鼻と唇が切り落とされ、表皮がめくられたその奇妙な表情。だが一番気味が悪いのが眼だった。

仮面の黒い模様か何かだと思っていた部分は、何とこの敵の眼そのものだった。真っ黒で瞳すらなく異質極まりない。


「…へぇ、こんな化け物持ってるなんて、ジョングオ派も中々変な所だ」


仮面を投げ捨てながらレイヴンはそう言って、携帯を取り出して社長へ連絡する。


「…やっと来たか。それで、当然上手く行ったよな?」

「もちろん。だが一匹気持ち悪いのが混じっていた」

「どういう事だ?」

「何て言えばいいかねぇ…ミイラみたいな顔した腕の立つ野郎。B級ホラーの主役みたいでとっても面白いわよ」

「…ほう。レイヴン、何ならその死体、ローレンスに検死を頼んでみてくれないか?」

「別にいいけど、それで何が知りたいの?」

「お前が腕を認めるぐらいだ、もしかすると中身が何か特殊かもしれないだろう」

「さぁ、どうだか。ま、とにかくこっちは落ち着いたからロイドへの連絡よろしく」

「ああ。それじゃあな」


社長の言葉の後に電話は切られ、レイヴンは続けてローレンスに死体処理を頼んだ。

そしてレイヴンとプレッツェの二人はパン屋へと足を運ぶ。


「あーら、あれだけ言ったのにまだそんな所に」


クロワとシュトーレはパン屋の入り口で二人を待っていた。


「…終わったんですよね…?」


と、クロワは未だ不安そうにそう問いかける。


「…ああ。恐らく」


プレッツェがそう呟くと、クロワとシュトーレは肩をなでおろした。


「プレッツェ、レイヴンさん…その、今回は私の事でご迷惑をお掛けしました」


シュトーレはそう言って二人に頭を下げる。


「まだ安心するのは早いさ。ジョングオ派は何も完全に滅びたわけじゃない。これからも刺客を送りつけてくる可能性は高い」


レイヴンの言葉に、プレッツェが続く。


「…でも心配は要らない。必ず守ってみせる」


その言葉を聞いてレイヴンは少し微笑む。


「フフッ、だからもう少し私も此処のパンを頂くことになるかしらねぇ」


そう言って、ふとレイヴンは空を見上げる。

恐らく、今回のジョングオ派襲撃事件は一旦静まるだろう。

だが問題は何も解決していないに等しい。ジョングオ派が残っていることは勿論、あの清龍党の動きも未だ謎が多い。

勝利の美酒を味わうのは当分先になるだろう。だがそれだけ闘争を味わえるなら何も言う事はない。

またあんな化け物が来る可能性もある。そうなれば至高の一戦を楽しめる。


「…リリ、後はお前さんの行動次第さ」


この先どう事態が動くか、恐らく鍵を握っているのはリリだと、彼女は確信していた。


                                        《ルドマン編 完》

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