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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第九章:トラウマ ~ルドマン編~
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第七話

───8月5日23時前。

南東部区域カトレア。南部区域ワトルから続くように置かれたこの区域。

ワトルから鉄道の高架を挟み、カトレアのショッピングモール「パンタム」に続く道は様々な小売店が構えている。

パンタムを過ぎると店の数は少なくなり、集合住宅が数多く建つ区画と一軒家の多い区画を挟むように大きな道路が通る。

郊外方向に近づくにつれ住宅の数は少なく、そして大きくなる。その中にルドマン邸がそびえていた。

普段から治安が良好で夜間にも人の出入りが多いカトレア。だが今日は道行く人影は一切存在しない。

それどころかほぼ全ての建物の電気は消され、ただ街灯のみが夜道を照らす。


風吹き乱れるパンタムの屋上。そこはカトレアの主要区画を見渡すことの出来るスポットである。

其処に存在する者はただ一人の女性の影。

その女、アコニットは屋上の端で電子タバコを銜えてカトレアを見渡す。

レイヴンからの報告では後三分でカトレアにジョングオ派の陽動部隊が到着する。

そしてステラと晃司の調べ上げた情報だと、ランスレッドにはおよそ100人近くのジョングオ派の構成員が潜伏していたらしい。

ステラはともかくあの晃司という不届き者も使えないことはないという事が分かったのが今回一番の収穫かもしれない。


「…このフレーバーも飽きてきたなぁ」


アコニットは電子タバコを離して白衣のポケットに突っ込む。

エアロゾルの鎮静剤で脳を休めようとしても、やはり内なる狂気は抑えつけられないものだ。

ルドマン家を、カトレアを、一般市民を守る。それは彼女にとって最も重大な使命。

だが、数年振りに心行くまで狩りを行える事の興奮が、己を人から怪物へと姿を変えようとしてやまない。

しかも偶然にも滅多に手の入らない榴弾や爆弾もこの前の取引で大量に手に入れることが出来た。


「…うわ、何この顔」


最後の身だしなみを行うために手鏡を開き、自分の表情につい驚く。

これからの狂宴を想像するだけで口角が釣り上がってしまったらしい。

一秒、一秒、その時が近づくに連れて徐々に下腹部が疼きだす。

体はどんどんと軽くなり、このまま空を飛べそうなくらいだ。

本当に久しいこの感覚。私が私であることを自覚できる最高の瞬間。

意識してないのに甘い吐息が漏れて行く。まるで淫奔な娘の如く肉欲が太股を湿らせる。

空想だけで絶頂を迎えそうになった時、右目の赤外線ゴーグルで、ワトル方向から車列が訪れるのが確認できた。


今宵の宴の材料は全て揃った。


背中の大鉈を左手に持ち、刃の根元についた引き金を引くと、それは瞬く間に巨大な弓へと変貌した。

彼女の隣に置いていた小型コンテナから、大弓に相応しい矢を取り出して番える。

瞬時にゴーグルによって標的の距離が算出された。1152m。十分な距離だ。

右手で弦を掴むと、機械仕掛けのグローブから蒸気が噴出して標的に矢が届くための適正な力で弦を自動で引っ張る。

獲物に狙いを定め、アコニットはいよいよ狂ったかのように左目を見開いた。

彼女の射撃を見守るかのごとく一瞬風が止まり、深淵の虚空に弦音が響き渡る。

巨大な弓から放たれた巨大な矢は、パンタム方面に迫る車列の先頭車両のボンネットに見事命中した。

その瞬間鏃に仕込まれた榴弾が炸裂、黒煙が広がった後に車両は爆発炎上を起こす。


「…破損箇所は道路のみ…後続車両の連鎖爆発もなし…うんうん、計算どおり」


今回の戦闘ではなるべく街への被害を抑える必要がある。もちろん敵側はそんな事情に構うことなく暴れるだろうから、せめて自分だけでも最小限の損害に留められるよう勤めなければならなかった。

第一陣の敵車両数は6両。セダンタイプの車両なため一両辺りの人員は多くて5人程度か。

残り5両が煙の中から出てくる様子は無い。二撃目を警戒してか停車しているようだ。

アコニットは次に左手に装着したグローブに埋め込まれたテンキーを右手で軽く操作した。

すると敵側陣地で小規模な炸裂音が幾度も鳴り響き、かすかに悲鳴も確認できた。


「成程成程、C4使った炸薬は製造も楽だし次回以降も採用っと…」


まるで試験をしているかのような口ぶりで自身の作った兵器のチェックを行う。

ようやく、黒煙内から数人の人影が現れる。皆どこかから血を流しており、戦闘能力は殆どないに等しかった。

間髪入れずアコニットは大矢を番えて敵陣に打ち込む。

大矢は敵の一人に突き刺さり、それと同時に肉体を粉々に吹き飛ばした。

人体の欠片は他の者たちの体も貫く凶器となる。


「第一陣は片付いた…かな。さてさて、あちらのほうはどうなっているかしら」


アコニットはそう言いながら右耳につけた無線に触れる。


「こちらアコニット。状況はどう?」

「こちらビッグジョージ…第二陣がワトルよりカトレアへ移動中。大型トラック三台だ」

「トラックかぁ…とりあえず榴弾と…いや、ドライバーだけ抜くほうが低コストだし…うーん、迷うなぁ…」

「…本当に俺は相手の監視だけでいいのか?」

「え?ああ、端から“戦力”として他人なんてアテにしてないから心配しないで」

「…そうか…ん、あの車列は…!?緊急連絡、乱入者だ…かなり厄介な相手だぞ…!」

「ふーん、誰?」

「日久組の与一と鉄砲玉数人…トラックに銃弾ぶち込んでやがる、一体何がしたいんだ…?」


ビッグジョージの無線と同時に、遠方から銃声が聞こえ始めた。

日久組が態々こちらまで出向く理由。それは恐らくジョングオ派と敵対関係にあることをアピールしたいのだろうか。

とにかく自身の作戦が妨害されるのは気に食わない。何よりあの与一本人が出向いている以上、獲物を全て奪われる可能性まである。


「へぇ…人の狩場荒らしてストレス発散か、あのクソジジイが…」


そう言ってアコニットは舌打ちをする。しかしその舌打ちは与一に対するものではなかった。

僅かに首を傾げて凶弾を容易く回避する。

北東アイリス方面からの狙撃。アイリスのビルはパンタムより高い物が多く、超長距離であることを除けば狙撃に向いている立地だ。

アイリスの主であるフォスター家がこの状況で自分を殺すはずがない。恐らくフリーかイブリースのどちらかだろう。


「ビッグジョージ、イブリースナンバーに狙撃手は何人いる?」


アコニットは屋上で次の手を練りながら歩き回る。


「ナンバー4のレイヴンならどの距離でも当ててくるだろうな」

「そんな分かりきった事は聞いてない、それ以外は?」

「ナンバー6と7のアフロビート兄弟は狙撃のプロだ。兄が観測、弟が狙撃…もしかして狙撃されたのか?」


ビッグジョージの問いにアコニットは答えず、ただ口角を吊り上げる。


「成程成程、イブリースなら割りと腕が立つのにも納得できる…よし決めた、私も白兵戦に切り替えよう」


背中に大型のサックを背負い、右手に大鉈を持ったアコニットは先ほどから顔を掠める弾丸に一切物怖じすることなく屋上に立つ。

そして下で銃声の鳴り響く方角目掛けて軽く助走をつけ、屋上から飛び降りたのだ。

素早くサックの紐を引くと、ハングライダーのような翼が飛び出して気流を捉える。

そのまま、アコニットは黒煙を抜けてその先の戦場へと着陸した。

既にトラック三台は停車し、向かい合うように日久組の車が停まっている。お互いの組員は激しい銃撃戦を繰り広げ、両者ともに死人が生じていた。

緊迫した状況にも関わらず、与一は車の影でヴォーグをふかせていた。

サックを捨てて、弾雨を気にせずにアコニットが彼に近づくと、彼はタバコを投げ捨てて一礼する。


「ご無沙汰ですな、アコニット様」

「はいはいどうもどうも。で?色々説明することあるんじゃないの?」

「…我々日久組にとってジョングオ派は滅ぼすべき相手、それ故今回の騒動も傍観するつもりは始めからございませんでした」

「ふーん、それでこうやって助太刀した気になってヒーローごっこ?はぁ…死体片付けるのもタダじゃないんだから増やさないで欲しかったんだけど…」

「…それもそうですな。あのジョングオ派、予想以上に武力を持っていて此方の部下も手を焼いているようだ。そこでアコニット様、一つ提案があります」


与一は表情一つ変えず、しかしその目を輝かせながら言葉を続ける。


「私とアコニット様、どちらがより優れた狩人か…あの時の決闘でなく、この共闘で示すというのは如何かな?」


与一の提案を聞き、不満そうだったアコニットの表情はすぐに変貌する。


「へぇ、面白い…もうヨボヨボになったジジイが私と競い合えるなんて思ってるの?」

「…そちらも死期の近い身、老兵なのは同じでしょう」

「あ、レディーになんてこと…いいわよ、絶対に勝ってやるんだから」

「…乗り気になってもらえて幸いです。皆の者、撤退準備に移るよう」


与一の一声で、日久組組員は銃撃を止めて次々と路地裏へと撤退していった。

残された与一とアコニットは、黙ったまま車の陰から抜け出す。

同じ人間とは考えたくないようなその風貌に、ジョングオ派組員は一瞬ひるんだ。

アコニットは大鉈を持って佇み、与一に至っては何も構えをとろうとしない。

次に両者が行動を移した時、その戦場にはただ断末魔のみが響き渡った。

大鉈で胴体を二分され、しなる片脚が頭部を千切り飛ばす。ただ淡々と、欠損死体が積みあがっていった。


───「…ああ、良いわぁ…私も混ざりたいぐらい…」


建物の下で起こる惨劇を鑑賞し、ビッグジョージと共にいたジェロシアがそう呟いた。


「…ジェシー、もしもの事があったら助けるようブルーノさんに言われてたけど…もう私達要らないんじゃ…」


と、ジェロシアの隣でアリーチェが言った。


「そうねぇ…どうせならアフロビート達の相手でもしてあげる?多分とっても暇してるわよ」

「おいおい、あの二人は恐らくアイリスから狙撃してきてるのにどうやって向かうつもりだ」


ジェロシアの言葉に対してビッグジョージが呆れながらそう言った。


「それもそうね。フフッ、そろそろ第二陣も片付きそうねぇ…」


ジェロシアは携帯を開いて時刻をチェックし、妖艶に微笑む。


「総勢66人を5分かからずに…流石ね」

「第一陣とあわせて90人以上…第三陣が来る様子は無いな…」

「マグノリアのほうも火は上がってないみたいだし、とりあえず一段落といった所かしら」


ジェロシアはそう言って顔を上げる。

此処カトレアで戦火が昇ったのは実に久しい事だった。

そのためだろうか、今この領地では我々だけでなく、他のファミリーの主力が幾つか密かにこの一戦を監視していたのだ。

ファミリーの均衡を保つため…なんて建前の元、実際はただ狂気の宴を観たい一心で訪れている者しかいない。


───今、ルドマン家とジョングオ派の“キャスタニア”での抗争は終わりを告げたと言っていいだろう。

ジェロシアたちイブリースも撤退準備に入り、ファミリーたちも人知れず姿を消す。

しかし、ただ一人アコニットだけがまだ残された作戦の安否を気にしていた。

与一も既に去った後、アコニットはロイドに電話をかけた。


「…ロイドさん、アコニットです」

「…どうだった」

「陽動部隊は全て片付きました。日久組の乱入がありましたが、それ以外は予定通りです。一般市民への被害も現状確認されていません」

「…良くやったアコニット。悪いが後処理のほうも迅速にな」

「…はい」

「…向こうからはまだ連絡は来ていない。あちらの決着がつき次第、こちらから連絡する」

「…分かりました」


アコニットは電話を切り、深くため息をついた。

一時の狩りは天にも昇る程心地よく、与一との共闘もまた胸踊るものだった。

だが、まだ我々の戦いは終わらない。シトレン・ルドマンの無事が確保された時が真の決着なのだから。

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