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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第九章:トラウマ ~ルドマン編~
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第五話

───8月4日13時頃、南部区域ワトルにて。

ワトルのビジネス街を南下する一台の乗用車。その運転席にはステラ、そして隣には晃司が座っていた。


「ランスレッドは此処を抜けて20分ぐらい掛かるかな。しばらく何も無い道だから退屈だよ」

「へぇ、そうなんですか…それにしても、まさかステラさんのほうから仕事に誘われるなんて」

「なんだい、折角頼りにしてやったってのにご不満?」

「いえいえ!ほら、あんま今回の事件には関わらないよう言われてたじゃないですか。なのにいいのかなーなんて」

「どうせアンタにゃ言っても聞かないだろうし、ならいっその事手伝ってもらおうって思ってね」

「こっちとしても報酬が貰えて情報も仕入れられるんで助かりました」


晃司がそう言うと、ステラの表情が少し固くなる。


「…アンタさ、今回の事件について何処まで踏み入る気なんだい。忠告だけはしとくよ…アンタ、アコニットさんは本当に恐ろしい人だからね、気をつけなよ」

「分かってます。あの人は容赦が無い方だって実感したんで…」


そう語る晃司の顔を横目で確認し、ステラはため息をつく。


「でも、気になるって感じ?あの人の事」

「…ばれちゃいました?」

「…あんま軽いノリで話すことでもないんだけどねぇ…いいや、直接アコニットさんに取材してぶち殺されても面倒だし、答えられる範囲までなら答えてあげていいよ」

「いいんですか?でしたら…あの方、キャリアがかなり長いらしいんですけど、何時頃からこの街にいらしたんでしょうか?」

「…いきなりそんなブッ込んだ話からかい。アコニットさんはルドマン家の先代からずっと仕えてるんだよ、今と変わらず」


ステラの話を、晃司は黙って聞き続けた。


「噂じゃどっかの研究開発者やってたエリートらしいけど、どこかで道を誤ってマフィアにまで転落。でも其処で時代作れるんだから凄い人だよホント」

「成程…」

「たださ、アタシにも分からないんだよ。あの人が何でルドマン家に仕えてるか。マッドサイエンティストみたいに研究さえ出来ればいい素振りを見せといて、こういうファミリーの非常事態には全力で立ち向かう忠誠心も持ってる」

「…自分の所属するファミリーが無くなれば研究が出来なくなるから、とかですかね」

「そんなんじゃないと思うけどねぇ…今までいろんな人に出会ってきたけど、アコニットさんが一番裏の見えない人かもしれないや」

「この街にはもっと曲者が多そうな気もしますけど…」

「例えばさ、レイヴンさんもかなり変な人だけど、根幹にある行動原理は分かりやすいでしょ?あの人は戦いが出来ればそれでいいって人だし。アタシや旦那なんかは最終的に家族の為にこの街で生活してるし、他の人だってある程度分かりやすい動機を持ってる」

「…でも、アコニットさんからはそれが見えないと」

「そんな人なんだ、下手に関わると何されるか分からない。なるべく関わらないほうが身のためってことさ」


車はワトルを通り過ぎ、キャスタニアの境を抜けて一本の道をひたすら直進する。

アコニットに関する話は気がつけば終わり、何気ない世間話で二人は時間をやり過ごしていた。

晃司はステラと話をしながら、アコニットが言っていた言葉をふと思い出す。

彼女がどれだけの修羅場を乗り越えてきて、どれだけの狂気を孕んでいるのか。

冷静に思い返せば、イブリースやファミリーといった相手と対等に取引を行える彼女は、いくらイブリースに所属するビッグジョージの妻だからとは言え只者でないことは確かだ。

しかし彼女がどんな人生を歩んできたかなんて直接話してくれるはずも無い。それに晃司が抱いている彼女のイメージが、真実を知ることで崩れ去ってしまうことに少なからず恐れを感じていた。

いずれ情報を探る日が来るかもしれないが、今はまだその時ではないのだろう。


「…ふぅ、やっと到着したよ」


およそ30分ぐらいでぽつぽつと住宅が見え始めた。

寂れた田舎街ランスレッド。道行く人は僅かしかおらず、キャスタニアと比べて明らかに人口が少ない事が分かる。

街に入った車はしばらく寂しい道を進む。


「適当なカフェで車を停めたら後はひたすら足で稼ぐよ。晃司君はアジア系に絞って探りを入れたほうが分かりやすいんじゃない」

「そうですね」

「それと、何かある前に身を引くんだよ。一度怪しまれたら二度と尻尾は掴めないと思ったほうがいいからね。決定的な情報を手に入れるか、これ以上は無駄だと思ったら再度集合ってことで」

「はい、分かりました」

「幸い“目”は殆どないから動きやすいと思うけど…ま、お互いしっかり働こうか!」



───同日16時頃、キャスタニア郊外にて。

引き続きシュトーレの監視及び護衛についているレイヴンは、彼女が一人車で外出したのを見て、気づかれないようバイクで尾行していた。

シュトーレが向った場所は、キャスタニア郊外の東端、教会だった。

古く小さな教会と、数多くの墓が広がるこの地。今日は土曜日という事もあり、殆ど人の姿は見えない。

駐車場に車を停めたシュトーレはそのまま教会へと足を運んだ。

彼女が建物に入ったのを見計らい、レイヴンもバイクを停める。


「…あ、着信」


バイクから降りて携帯を見てみると、どうやらマフィンから電話が来ていたらしい。


「…はいはーい、レイヴンさん!掛け直してもらってありがとうございやすー」

「運転中で出られなくてごめんなさいね。で、用件は?」

「えっとですね、“ジャンヌ”さん宛てに資料の運搬依頼あったんでGPS信号を教えたって事をお伝えしとこうかなーなんて」

「ああ、そりゃどうも…お互いめんどくさいわね」

「へ?」

「いいや、別に」

「…で、もう一つあるんすけど…これ、レイヴンさんが裏の仕事中だから流すんで、他言無用でお願いしますよ。信用問題に関わっちゃうんで」

「へぇ、それは楽しみ」

「運搬依頼受けたイブリースナンバー13のニック、別件で例のルドマン家の娘の暗殺依頼も受けててですね」

「成程、依頼主は何処?」

「名前はジャック…ダミーネームですなぁ…ただ態々こんなホットな依頼をイブリース本部に通すってことは…」

「何も知らない馬鹿か、あえてこちらに依頼の存在を知らせたかった、って所か」

「依頼主はちょっち探ってみます。あ、ニックはお互いお仕事を全うしたって事でテケトーに処理しちゃってください!多分レイヴンさんには物足りない相手ですけど…」

「一応暇つぶしにはさせてもらうわ。情報ありがと、それじゃ」

「はーい、お仕事頑張ってくださいなー!」


電話を切り、レイヴンはにやりと笑いながら遠くからやって来るもう一台のバイクを見つめる。

しばらくしてバイクは駐車場で停車し、一人の男性が封筒を持ってレイヴンのほうへやって来た。


「…ジャンヌさんでお間違いないくて?」


ライダースジャケットを着た白人男性。パット見何処にでも居るような若者だ。

懐には護身用であろう自動拳銃を提げているだけ。

一般人に紛れて暗殺を図る様なタイプだろう。実に殺し屋らしいが、この街ではこんな輩は掃いて捨てるほどいる。


「そうだけど」

「お届け物です。ああ失礼、俺ニックって言う…同業者です」

「知ってる、運搬ご苦労。とりあえず中身チェックしたいから渡してもらえる?」

「はいはい、どうぞ」


ニックは封筒をレイヴンに手渡す。

適当に封を切り、中に入ってある資料を覗く。どうやら中身は本物だ。


「…確かに」

「依頼完了ですね。ふぅ、一仕事終わった…ああ、どうしよっかな、せっかくだし教会にも顔出しとこうかな…一応クリスチャンだし」

「…ふぅん」

「じゃ、俺はこの辺で」


ニックはそう言って教会の方へ向かおうとしたが、レイヴンがそれを許す訳がなかった。

封筒を手放してレイヴンは狂気的に微笑むと、左手でナイフを抜きながらニックに迫る。

地面に封筒が落ちたのと同時に、彼女はニックの首元に手を伸ばす。


「はぁ!?」


とっさの行動にニックは何も出来ず、いとも簡単にレイヴンに首根っこを掴まれてしまった。


「相手が大物ならともかく、お前さんみたいなのはとっとと処理しとかないと」

「な、何なんですかいきなり…!」

「…殺しに来たんだろう?ルドマン家の娘を」

「…チッ、何でばれてんだよ…!?」

「どうせ揺する価値も無いだろし、じゃ」


ニックの服を掴んでいた右手を離すと同時に、逆手で持ったナイフを振り抜く。

その一閃にニックは声を出すことすら叶わずに首筋から鮮血を溢れさせて事切れた。

返り血を避けようとすらせず、レイヴンは口を歪めてナイフをしまう。


「…あーら、丁度いいところに」


そう言いながらレイヴンは何時の間にかやって来ていた若い男のほうを向く。

ローマンカラーのシャツを中に着たスーツ姿から、彼が牧師であることが推測できる。

牧師はレイヴンに対し一礼した後、地面に転がるニックの死体に近づいて跪き、彼の瞼を閉じる。


「来る日も来る日も、貴方達は人を殺める。他者を殺すという行為は立派な罪です」

「残念、私は宗教なんてこれっぽちも信じちゃいない。罪なんて意識も全く持ってない…それはお前さんも同じだろう、ローレンス?」

「…堅苦しくそれっぽいこと言っておけば多少は牧師っぽく見えるでしょ。直接会うのは久々ですね、レイヴンさん」

「そう言えばそうか。死体処理の仕事はしょっちゅう頼んでたからご無沙汰な気がしないや」


キャスタニア教会牧師ローレンス。

代々この教会はならず者共を始め街で殺された身寄りの無い人々を弔うという形で死体処理業に携わってきた。

そのためローレンスはファミリーやイブリースナンバーたちとの面識があり、レイヴンも例外でなかった。


「せめて教会の敷地では殺さないで欲しかったんですけどね、血の跡掃除するの大変だし」

「そりゃ悪かったわ。あ、てかいいの?教会に人いるんじゃない?」

「一人おられますが、その方は一人でお祈りされてますので邪魔になったら悪いかと」

「ちょっとは牧師らしく付き合ってやればいいのに」

「その方は良く教会に来られるので態々説教垂れたりするのもうざったいでしょうし、大丈夫です」

「…ホント牧師の自覚ないのねぇ」


レイヴンはそう言ってニヤニヤ笑いながら、地面に落ちた封筒を拾い上げる。幸い外側が軽く血で汚れただけで済んでいるようだった。


「…それは?」

「大事な文書。そうだ、どっか適当な部屋貸してもらえない?外で読むのは流石に憚られる」

「応接室が開いてますのでどうぞ。ご案内します」


ローレンスはそう言ってレイヴンを教会のほうへと案内し始めた。

歩きながら彼は電話で業者に死体処理を行うよう指示する。


「…そういえば、どうしてこんな場所で待ち合わせを?ご自宅から近いからですか?」


電話を切り、ローレンスはレイヴンにそう問いかける。


「元々此処に来たのは別件さ。資料受け取ったのは偶然」

「つまり…この教会に用事?」

「いや、それも違う」

「…もしかしてですけど…例のロイドさん絡み?」


ローレンスの的中した推測に、レイヴンは笑みを浮かべる。


「あーら、お前さんの耳にも入ってきてたの。メディアは情報規制で被害者の名前を挙げる事が出来なかったのに」

「街に仕事に行った人から聞きましたよ。でも命に別状はないみたいで良かったですね」


教会の裏に到着し、ローレンスが扉を開けてレイヴンを招く。

細い廊下を通り過ぎ、応接室へと足を運ぶ。


「でも、何故それ絡みだと思ったのかしら?」

「…職業柄、相談を受けることも多いですから」

「…そう」

「何か入れてきます。お酒は無いですけど何がいいですか?」

「持ってきたヤツを喉に通すからお構いなく」

「そうですか。じゃあ僕の分だけ作ってきますね」


ローレンスはそう言って部屋から出て行った。

レイヴンはソファに座り、早速封筒から資料を取り出して目を通し始めた。

数箇所黒線で文字が消されている部分があったが、恐らく私に知らせるべきでない情報でも書いてあったのだろう。相手はCIAなんていう雲の上の存在だ、仕方あるまい。


「ほぅ…これはこれは」


資料の内容を大きくまとめれば、2007年8月4日に起きたハワード私立工科大学爆発事件は計画性の極めて高い犯行であること、実行犯の特定には至っていないが類似した事件の犯人より組織犯罪で間違いないこと、そして少なくとも韓国の犯罪組織“ジョングオ派”が関わっているということ。

レイヴンの気になっていた清龍党の存在もまた資料に記載されている。

2007年3月24日、清龍党前キャスタニア支部長清丕承が肺がんの悪化により病死。更に7月15日には支部長代理を務めていた丕承の妻黎姪が暗殺されている。

そして清龍党キャスタニア支部幹部の一人だった周偉が支部長となったが、こちらも10月未明に死亡。そこから清龍党キャスタニア支部は次期支部長の座を巡った抗争が生じたそうだ。

この一連の事件にもまたジョングオ派が噛んでいるようで、周偉はジョングオ派のスパイ疑惑があったらしい。


「…少し見えてきたわねぇ…」


ふとレイヴンがそう呟いた時、彼女の耳に聞きなれた音が響く。

銃声。壁をいくつも隔てた先からかすかに漏れたその音に、レイヴンはニヤリと笑い腰を上げる。

応接室を抜けて廊下を走り、彼女は一つの扉を開けた。


「やっぱりローレンスの得物だったか。いいの?牧師が教会内で人殺しなんて」


扉の先は礼拝堂へと繋がっており、其処には上下二連を構えたローレンスと一人の女性の死体、そして最前列の教会椅子近くで怯えた表情で立ちすくむシュトーレの姿があった。

ローレンスは銃を背中に担ぎ、ポケットからラキストのボックスと安物のライターを取り出し火を衝けた。


「教会で殺しを働こうとする不届き者こそ始末すべきでは?」

「それは確かに」


ローレンスはまるで何もなかったかのように死体に近づく。

一方レイヴンはシュトーレの目線を感じて彼女のほうを向き、ゆっくりと彼女に近寄る。


「え、あ…ジャ、ジャンヌ…さん…?」

「間違っては無い。見た感じ外傷はない様で一安心」

「な、何で此処に…?」

「…全く、シュトーレさんの護衛を任されているならしっかり働いて下さいよ。そうすれば僕が無駄弾を使わずに済んだのに」


ローレンスはそう言いながら死体を調べる。

その死体は白人女性のようで、右手にはコルトパイソンがしっかりと握られていた。恐らく有象無象の殺し屋の一人だろう。


「護衛…?」

「あーらら、まだこの子には知らせてなかったのに何でばらすかねぇ…」


レイヴンはニヤニヤと腕組をしながらローレンスのほうを向く。


「え、もしかして当たってたんですか?適当なこと言ってみただけなのに」

「嘘はダメさローレンス。お前さんが情報の伝を多く持ってることぐらいこっちは知ってるんだから」

「すみません、ついつい癖で」


一通り死体を調べ終わったローレンスは立ち上がり、レイヴンとシュトーレのほうを見た。

シュトーレは今もまだ恐怖で動くことが出来ないようだった。

ローレンスはそのまま携帯を持って業者へ電話を掛け始める。


「影から護衛もこれじゃもう無理か。ならお前さんにはきちんと話してあげるよ」


と、レイヴンがシュトーレに向かって言う。

シュトーレは僅かに首を縦に振る。


「…その前に一つ。お前さんが何処まで知っているかを教えてくれないかしら。お前さんの父親、ロイド・ルドマンの事について」

「お、お父さんの事…?」

「キャスタニアの民間警備会社の会長…って事位は知ってるだろう?」

「…はい」

「なら次。お前さんはキャスタニアにマフィア組織が幾つもある事は知ってる?」

「い、一応…」

「じゃあ最後の質問だ。お前さんの父親はキャスタニアのマフィアの一つ、ルドマン家の現総代だって事は…?」


ルドマン家。その名を聞いた瞬間シュトーレの表情が一変する。

先ほどまでの生命の危機に対する怯えとは異なる、知りたくないこと…認めたくない事を拒む怯えた表情。


「…出鱈目言わないで下さい!お父さんが、マフィアな訳…!!!」


これまで聞いたことないぐらい大きな声でシュトーレはそう言い放つ。だが声は震え、動揺していることが一目瞭然だ。


「そんなに否定したい事柄かい?何も恥じることでないだろう?」

「だから、そんなの嘘です!嘘…なんです…」

「いいや、事実さ。あの街に住む塵共は皆知っている紛れもない真実。それを実の娘であるお前さんは何故受け入れないのかしらね?」

「お父さんがマフィアなんて犯罪者なはず絶対に…絶対に…」


その時、レイヴンは迫り来る殺意を察知する。

どうやらまだまだ殺し屋共が潜んでいるらしい。


「…こりゃ少し楽しめそうねぇ」


レイヴンはそう呟いてニヤリと笑うと、即座にシュトーレの横を走り抜けて礼拝堂の祭壇方向へ進む。

それと同時に祭壇上部のガラスが音を立てて割られ、其処から人影が舞い降りた。

タクティカルジャケットを着た大柄な男は、特殊警棒を構える。


「ローレンス、入り口方向にも何人かいるらしい。お前さんの腕なら問題ないだろうが」


レイヴンはそう言いながらホルスターからM1911を抜いて引き金を引く。

弾丸は男の腹部に当たるが鮮血は飛び散らない。予想通り、防弾ジャケットを着込んでいるらしい。

後ろでシュトーレはどうすればいいか分からずひっきりなしに首だけを動かす。

そんな彼女の元にローレンスはすぐに近寄る。


「僕の後ろにいれば大丈夫です、恐らく」

「は、はい…!」


ローレンスは銜えていたタバコを吐き捨て、上下二連のリロードを行って礼拝堂入り口を睨む。


「レイヴンさん、そっちのバックアップは必要そうですか?」

「個々の戦力はゴミクズみたいだし不要さ」

「ではそちらはお任せってことで」


レイヴンと男は両者構えたままだったが、先ほどのレイヴンの挑発で男の足が前に出る。

ギリギリ発砲が間に合う距離にも関わらず、レイヴンはあえて二発目を撃たずに男に迫り寄った。

男は特殊警棒を薙ぎ払う。大の男が鈍器を振り回すだけでそれは人一人を殴り殺すのに十分な威力を持つ。

だがレイヴンはやはり避けようともせず、その鈍器を左腕でガードしてみせた。

彼女の腕が僅かに曲がるも、彼女は顔色一つ変えず銃を持った右手で男の左肩を殴る。

ガードされると思ってもいなかった男はレイヴンの一撃目でひるんでしまった。

ひるみから再び特殊警棒を振りぬくまでの僅かな時間。その一瞬をレイヴンは確実に捉え、男の左太ももに膝蹴りをぶち込みつつ更に距離を縮める。

レイヴンと男の身体が密着したと同時にレイヴンは右腕を男の後ろ首に回す。


「もう少し力があれば確実に腕が折れてたよ」


そうレイヴンは男の耳に囁く。

そして右手首辺りを左手で握ると、まるでペンチのように腕で男の首を締めにかかったのだ。

尋常ならない怪力に骨の砕ける音が響き渡り、男は絶命した。


「ローレンス、まだ相手は来ないかしら?」


男から離れて再度M1911を構えながらレイヴンはローレンスのほうを向く。


「多分、もう扉が開きますよ」


ローレンスの予言どおり、扉が銃声と共に破られる。

そして同時にローレンスの上下二連が火を吹いた。

流れるように二発の散弾が放たれ、扉の向こうに立っていた男の腹部を食いちぎる。


「生きてる銃持ちがお二人ほど残りやがってます」


ローレンスはそう言いながらシュトーレにしゃがむよう手で促した。


「な、何でこんな事に…」

「後でゆっくり教えてあげるから、今は大人しくしておく事さ」


レイヴンはそう言って、教会椅子に飛び乗る。

一方ローレンスとシュトーレは教会椅子を盾にするようにしゃがんで敵の銃弾から身を守る。


「レイヴンさん、遊ばれるのも程ほどにして下さいよ。また接近戦に持ち込むつもりでしょう」


ローレンスは上下二連をリロードしながらそうレイヴンに言う。


「この距離で銃使えば私が必ず勝つ。それじゃ少々物足りないでしょ?」


レイヴンは教会椅子を飛び移りながら入り口方面へ突き進む。

入り口にいた二人の男は散弾銃を撃ちながら礼拝堂内へ突入してきた。

散弾がレイヴンの脇腹をかするが彼女は一切留まろうとしない。


「ハァ…あんまり備品を汚されると掃除が面倒なんでやめてもらえますか?」


ローレンスは半身を乗り出して上下二連を素早く二発撃ち込む。

今度はスラッグ弾を装填していたため、鉛弾は確実に二人の男のみを捉えていた。


「あらあら、横取りされたか」


レイヴンは残念そうにそう言って椅子から飛び降り、M1911を構えて全方向を見渡した。

そして未だ消えぬ殺気の位置を探り当てて舌打ちをする。


「…チッ、ローレンス、盾に…」


レイヴンの指示が通る前に、別の窓が割れて男が飛び降りてくる。

シュトーレの真後ろ丁度に着地した男は、シュトーレが振り向く前に彼女を左腕で羽交い絞めにした。

首を絞められシュトーレの顔が歪む。

ローレンスは急いで上下二連を構えるが、生憎弾は一発も入っていない。

男は右手に持っていた特殊警棒でローレンスの上下二連を叩き落す。


「こりゃちょっと厄介な事で」


レイヴンはM1911を構えたまま足を止めている。下手に動けば男がシュトーレを仕留めに掛かるかもしれない。

まだ男はシュトーレを殺そうとはしていないことが腕の締め付け具合から推測できる。


「…銃を降ろせよ、じゃないと小娘を殺す」


男は静かにそう呟く。

レイヴンはニヤニヤ笑いながらM1911を床に転がしてみせた。


「それでいい。じゃあな」


男はそう言うと、腰につけていた命綱の根元のボタンを押す。

すると窓の外に繋がっているロープが動き始め、男とシュトーレが徐々に宙に浮いている事が分かった。


「あーらーあら、愚行も甚だしい」


それは明らかな隙を生んでいた。レイヴンはすぐさま左手でナイフを抜いて投擲してみせた。

風を切り裂きながらナイフは窓へと飛んで行き、ロープに突き刺さった。

完全にロープが切れることは無かったが、男の身体が大きく揺れてしまい、遂にシュトーレを離してしまった。

急いでローレンスはシュトーレの下へ走り、彼女をキャッチするも体勢が崩れて二人とも地面に倒れこむ。

レイヴンは再び教会椅子に飛び乗って目で追えないスピードで一気にぶら下がる男に迫る。

男がロープを外す前にレイヴンは高くジャンプし、予備のナイフで男の右太ももを突き刺して見せた。

ナイフは深く突き刺さり、レイヴンの体重を支えることさえ出来た。


「所詮、それなりにいい装備渡されたド素人か」


そう言って、レイヴンは男の身体をよじ登って彼の後ろにしがみつく。

無駄にもがく男を気にすることなくレイヴンは首に右腕を回した。

そして左拳でコメカミを殴り潰す。その一撃で男の首が吹き飛びそうなほど横に大きく曲がった。

腕を解き、音を立てず着地したレイヴンはすぐにシュトーレたちの元へ行く。

ローレンスは既に立ち上がっていたが、シュトーレは横になったままだ。


「ローレンス、彼女は?」

「…ダメです、気絶してます」


肉体的、精神的な衝撃が大きかったのだろう。シュトーレは床の上で目を閉じて微動だにしない。


「少々オフザケが過ぎた。ごめんなさいね」

「全くですよ…どうするんですか、あまり彼女の帰りが遅いとパン屋の人達が怪しみますよ」

「…仕方ない。ローレンス、そのパン屋…Dear Friendsの連絡先は分かる?」

「ええ。彼女達の店は良く使わせてもらってるんで」

「ならあそこの店員、クロワとプレッツェを此処に呼び出してくれる?」


突拍子の無い発言にローレンスは少しうろたえる。


「…何言ってるんですか?」

「彼女がここまで巻き込まれてしまった以上、更に面倒なことになる。その時味方同士が状況を把握できてないと思わぬトラブルを引き起こしかねない」

「つまり…皆に包み隠さず話すつもりですか、今の状況を。でもプレッツェさんはともかく、クロワさんは…」

「聞いた話じゃプレッツェの過去も知ってるらしいじゃないか、あの子。だから今回も知るべきなのさ、もう一人の友の過去を、そして危機を」

「…分かりました。教会のほうは警備を強くさせます。それからお二人を呼びましょう。レイヴンさんはシュトーレさんを応接室で寝かせてあげてください」

「了解。世話かけて悪いわローレンス」


シュトーレを狙う影。その影が確実に彼女を監視していることが明らかになった。

まだ見ぬ闘争への渇望。それはレイヴンの心中に確かに渦巻いていた。

だが、同時にレイヴンはシュトーレに対し複雑な感情も生まれていた。

話したくない過去、受け入れたくない現実。

恐らく彼女を蝕み続けているトラウマが、忌々しき実体を持って姿を現す。

この恐怖を、果たして彼女は耐えることが出来るかどうか。

護衛という任務についた以上、ただ彼女の身を守るだけでなく彼女に深い心の傷を負わせないようにせねばならない。

シュトーレを応接室のソファに寝かせ、レイヴンは一人ため息をつく。

窓から突き刺さる夕日と共に、鴉の鳴き声がかすかに聞こえていた。

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