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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第九章:トラウマ ~ルドマン編~
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第四話

───8月3日16時頃、キャスタニア郊外「Dear Friends」にて。

日が徐々に傾きだした頃、おやつ時と夕食の時間帯の僅かな自由時間。

シュトーレは店の裏で日課である薙刀の素振りを行っていた。

一振り一振りに精神を研ぎ澄まし、薙刀は美しい軌跡を描きながら振り下ろされる。

その練習を見守る影が、いつの間にかシュトーレの後ろに迫っていたが彼女は練習に集中しており全く気づいていないようだった。

一通り練習が終わった頃合を見はかり、影はシュトーレに声をかける。


「へぇ…薙刀か、珍しい」


その声にはっとしてシュトーレが振り向くと、其処には昨日パン屋に訪れていた客がニヤリと笑って立っていた。


「あ、えっと…お客さん、ですか…?すみません、全然気がつかなくて…」

「それだけ集中していたって事かしら。実に良い精神。その集中力、私も見習わないと」

「…ええっと…私に用ですか…?」

「ん、直接用はないけど。そうだ、お前さんの名前、シュトーレで合ってる?昨日この店のクロワから聞いたんだけど」

「あ、はいそうです。お客さんは…ジャンヌさんですよね?昨日クロワから聞きました」

「…個人情報がダダ漏れ。別に気にしないけど」

「あ、すみません…でもクロワってそういう子なんで…どうか許してあげてください…」

「フフッ、でしょうね。アレは中々面白い子だ。そうだ、オバサンの話し相手になってくれない?暇で暇で仕方なくて」

「え?は、はい私でよければ…店内でゆっくりされますか?」

「此処で構わないから、それとも二人きりで話すのは怖い?」

「怖い…ですか?全くそんな事思ってないですよ」

「…肝っ玉据わってるわね。じゃ、そこのベンチでいいかしら」


ジャンヌはそう言って店の近くに置かれていたベンチに腰かける。

シュトーレも薙刀をバッグにしまって彼女の隣に座った。


「薙刀、昔からやってたの?」

「はい。六歳位の時から」

「柔道と空手以外の武道やってる人間自体少ないのに、更にマイナーな薙刀なんて、競技人口いるの?」

「決して多くは無いです…州大会は多くて10人程度、代表選手権大会でも50人ぐらいでしたし」

「そんだけならお前さんもそこそこいい所まで行けたんじゃない?さっきの動き見た感じ素人目でも筋が良いのが分かったし」

「一応、代表選手権でベスト8まで行った事はあります。でも、それは実質不戦勝の結果みたいなもので…」

「ふぅん。あ、そうだ。私、薙刀やってたっぽい知り合いが居るんだけど、もしかしたら名前知ってたりする?」

「え?ま、まぁもしかしたら…」

「リリって自分では名乗ってる子でさ、生意気だけど腕は確か。どうも薙刀の事を話すの嫌いみたいで、何かあったのか気になってさ」


リリという名前を聞き、シュトーレは少しの間思い出の引き出しを開けてゆく。

そしてはっとした顔でジャンヌのほうを向いた。


「リリさん…もしかして清黎々(しんりりー)の事かも…でも生意気かって言われると…むしろ凄く真面目でお淑やかな方でしたし…」

「清…へぇ、そっかそっか成程…多分、その子だろう」

「リリさんとは州大会で毎回顔を合わせてて、私よりも強くて試合でも殆ど勝てなかったんです。でも2007年の州大会に無断で参加されなくなって以来姿を見かけなくなっちゃって…その年代表選手に始めて私が選ばれて」


2007年、今から5年前。この年数にジャンヌはあることを察する。

清龍党前支部長が病に伏した年、そしてシュトーレ…シトレン・ルドマンが例の工科大学襲撃事件に巻き込まれた年。

偶然か否かまでは推測できないが、シュトーレとリリの間にも関係があるとは思いもよらず、ジャンヌは少しだけ口角を吊り上げる。


「あの子がそんな強かったとは思わなかった。ありがとう、いい暇つぶしになったわ。そうだ、良ければ今度リリも連れてきてあげる。聞いてた感じだと、薙刀の試合なんてめっきりやってないんじゃない?」

「ええ、一人での練習ばっかりでして。でもリリさんにも悪いですし…何か事情があって薙刀の道を辞めたと思うんで…」


そう口では言っているが、ジャンヌはシュトーレが練習試合を組める可能性に喜んでいることを見通していた。

闘争本能。血に飢えた獣から正式なスポーツ選手まで、戦いに身を投じる者全てが内に秘める“狂気”。誰よりもそれを抱き、それを見てきたジャンヌには彼女の闘争本能を感じ取ることは容易だった。


「あの子も試合できるって知れば飛びついてくるはずさ。それじゃ、また今度」


ジャンヌはそう言ってゆっくりと立ち上がり、シュトーレに軽く手を振った。シュトーレも急いで立ち上がって軽く一礼を返す。


「こちらこそありがとうございました、またいらしてくださいね」


シュトーレの言葉に再度左手を挙げて応じながら、ジャンヌはパン屋から遠ざかる。

そして携帯を手に持ち、ある人物に電話をかけた。


「…仕事だ、トルテ」

「…了承」

「2007年のハワード私立工科大学襲撃テロについて、分かりうる全ての情報を洗い出せ。どうやら予想以上に臭う案件らしい」

「…纏め次第、イブリース経由にて」

「よろしく」


ごく短い会話を交わして携帯を切り、ジャンヌはため息をついて振り返った。


「…何か用か、雀蜂」


彼女の後ろに立っていたプレッツェに対し、ジャンヌは問いかける。


「…あまり彼女に接触されるとこちらもお前を監視せざるを得ない」

「心配なさんな。あの子ぶっ殺すほど飢えちゃいない…それに本当は知りたいから私を見守っていたんだろう?あの子の過去を」


ジャンヌの指摘は図星だった。プレッツェは何も答えようとしない。


「残念だがトルテの情報料は相当高い。安易に流すのは無理さ」

「元より頼りにしていない」

「嘘をつきなさんな。お前さんは恐れているんだ。あの子の口から過去を語らせる事で、自分との間に更に深い溝が生まれることを」


そう言ってジャンヌはぐっとプレッツェに迫り寄る。


「お前さんの殺し屋の過去をあの二人は受け止めてくれたんだろう、表向きは。実に良い友情じゃないか。だがお前さんは臆病者、友の忌々しい過去を受け止めることが出来ない」

「…黙れ」

「変わることが怖い、人の目が怖い。友の映る姿が変わることが怖い。お前さんの強さ、そして弱さの源は恐怖からの逃避だ。ありとあらゆる事が恐怖でしかない、お前さんにとってはね」

「…煩い」

「…ジェロシアから一度逃げ、そして再会したのも結局はあの二人に危機が訪れるのが怖くてとった行動だろう?恐れ、逃げる事は大事なことさ。だが、時には無謀と分かっていても立ち向かうことが必要になる。そうだろう?」

「…お前に何が分かる。知ったような口を聞きやがって…好き放題他人の人生を荒らしておいて、賢人ぶったことを抜かす権利がお前にあるのか…!?」

「それはジェロシアの事を言ってるのかい?それともお前さんをイブリースに引きずり込んだこと?言っておくが、私はお前達には道を示しただけだ。それを選んどいて、今更後悔して私に当たるのはお門違いさ」

「私の事じゃない…ジェロシアの事だ、私が言いたいのは。お前は彼女を殺し屋に仕立て上げた最大の加害者だ。お前は彼女にたった一本しか道を見せない、卑怯な真似を行ったんだから」

「…言いがかりも大概にしなさいな。これでも私はお前さんに感謝してるんだ、ジェロシアにたった短期間でチームワークを叩き込んだお前さんの功績を」

「…結局、お前は戦いでしか人を図ることが出来ない狂人だ。今回の仕事が終わったら二度と私達の前に現れるな」

「もちろん、その予定さ。それまではお互いなるべく干渉せず、守るべき者を守りましょう」


ジャンヌはそう言ってプレッツェから離れ、パン屋の向かいにある小麦畑のほうへと歩いて行った。

そしてそのまま更に奥に広がる森の中へと姿を消した。

プレッツェは一人舌打ちを鳴らし、パン屋へと帰った。


───8月4日1時頃、南東部カトレアにて。

カトレアの一角にそびえる邸宅。その離れに備え付けられた平屋の建物はアコニットのラボであり、ルドマン家の全戦力が押し込まれた武器庫だ。

ルドマン家の緊急医療隊。表向きは貧困層を始めとする病院で治療を受けられない人たちを助けるボランティア組織。

だが実際はアコニットが自身の研究開発のため、そしてルドマン家の主戦力を維持するために存在する組織。


「…成程、ランスレッドから」

「例のアジア男性だけじゃない、他にもそれなりのアジア人がランスレッドからキャスタニアに流入している」

「あんな小さい街を隠れ蓑にしてたなんて…いや、まだ確証は無いか」

「…幹部クラスでも確認できないと流石にジョングオ派かどうかは分からない。もっとも連中がランスレッドやキャスタニアに武力を蓄えていればクロだろうがな」

「その調査も引き続きお願いできる?」

「前金分はしっかり働く。また分かり次第連絡する」

「お願いね、シャロウ・タン」


一人、ラボのデスクでアコニットは携帯を切り、電子タバコを手に持って一服する。


「ランスレッドとなると出入りがやや面倒になるわねぇ…」


ランスレッドはキャスタニアより南部に位置する小さな街である。

治安は決して悪くないが寂れた田舎街で、人口も10万を切っているらしい。

経済的にも価値の無い都市として、キャスタニアに根付くファミリーもこの街の事など全く気に留めていない。

しばらく考えを巡らせた後、アコニットは再び携帯を開く。


「…もしもし、夜遅くに悪いわねー、ステラ」

「ご無沙汰してますアコニットさん」

「ねね、早速だけど調べ物お願いしていい?報酬八千で」

「…アタシにですか?出来ること限られますよ」

「いーのいーの!多分ステラが適任だろうから。依頼はランスレッドの状況報告なんだけどさ」

「…ランスレッドですか?えっと、話が見えないんですけど…」

「…さてと、じゃあステラは何処まで情報持ってる?仕事を依頼する以上、情報の共有化は仕方ないし、知らないことがあれば教えてあげるよ」

「あまり詳しい内容は必要ないですよ、ぶっちゃけ深く関わりたくないですし。とりあえずランスレッドで何の状況報告をすればいいかだけを教えてもらえれば」

「それは簡単、どうやらランスレッドにアジア人の組織がいるっぽくて、それを上手い具合に調べて欲しいのよ」

「アジア人…分かりました。お金のほうはビッグジョージに受け取らせます。そっちも大変な時でしょうからなるべく早急に調べますね」

「助かるわ!それじゃあよろしくね」



───ウィルソン家にて、ステラはベッドで携帯を切る。


「…アコニット直々に依頼か?」


と、ステラの横で寝そべっていたビッグジョージが言った。


「ハァ…ルドマン家はコネが少ないからもしかしたらって身構えてたけど…アタシにまで話が来るとはね」

「断れば良かったじゃないか。お前も今回は関わりたくないだろう」

「アコニットさんには何だかんだ恩があるからさ、断りきれないよ流石に。それにしてもどうするかねぇ、ランスレッドでアジア人の観察だなんて」

「いくら小さい街と言えど、お前一人じゃ無理だろ。俺も同行するぞ」

「何言ってんだい、アンタはルドマン家警備のヘルプがあるじゃない」

「それはそうだが…」


ビッグジョージは現在、ルドマン家が有事の際に戦力として参加できるようイブリース伝いで依頼を受けている。

現在表立った抗争こそ起きてないが、一度ルドマン家と何処かの戦闘が始まれば、彼も参加しなければならない。


「アンタは此処を離れられないし、他の捜索人もランスレッドは断るだろうし…そうだ、アジア人なら…!」

「…晃司を使う気か?」

「多分あの子は大人しくするよう言っても聞かないだろうしね、いっそ巻き沿いになって貰おうかしらね」

「前から思っていたんだが…お前、えらく晃司を気に入ってるな…」

「なんだい、妬いてるのかい?」

「…少しな」

「心配なさんなよ。アタシはただ使える輩にコネ作ってるだけだからさ。それに晃司は意外と肝っ玉据わってる上に馬鹿だから扱いやすいし」


態々危険な事件に、ただの好奇心でずかずかと踏み入ってゆく晃司という男。

それでもって情報収集能力もそれなりに備えている、上手く扱えばこちらの仕事にも利用できる人材だ。

何より彼には報酬と称して適当な情報を渡すだけで済むので安上がりである。


「いくら警察の加護がなくなったとは言え外国人だ、死なすと色々厄介だぞ」

「大丈夫でしょ。馬鹿な旅行客がトラブルに巻き込まれて殺されたぐらいで問題なんて何も起きないよ」

「…それもそうだな」

「アタシもそろそろ寝て仕事に備えないと。アンタも頑張りなよ。この事件は相当ヤバイ山だからね」

「言われなくても分かってるさ…おやすみ、ステラ」

「ええ、おやすみなさい」

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