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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第八章:Merchants of Death ~武器商人編~
56/71

第四話

───…

「…こちらの提示する条件は以上です、どうでしょうか?」

「確かに悪くないが…何故お前等がこの情報を?」

「あまりライバルに差をつけられると困るんですよ…例の武器取引がファミリーにまで手が伸びている事はご存知でしょう?」

「当たり前だ。で、お前等は清龍党に先を越されたから俺等側につこうって腹積もりか?」

「ええ、そのつもりです。我々は別に武器なんていりませんから」

「えらく余裕だな。まぁいい、その情報が本当ならその時が狙い目だな。お前等はどうするつもりだ?」

「我々はあくまで事態を静観していた、そういうことにしておきましょう」

「ハッ、お前等らしい。対価は今度あのルートで流す」

「ええお願いします。それではこの街の平和のために、どうぞ頑張ってください」

「うるせぇ、何が平和だ…切るぞ」


───7月9日2時頃、南東部カトレア、ショッピングモールにて。

今日も警備の仕事だ。もうすっかり俺も警備員。

例の依頼も片付けたし、後は報酬を貰って終わりのはず。

…やはり今日も来ていたか。ふと後ろに人の気配を感じる。


「はいはいお疲れさん。はいコーラ」


俺が振り返るのと同時に、後ろに立っていたアコニットがコーラの瓶を投げてきた。

左手でキャッチはするがとてもこれを飲む気にはなれない。


「…報酬を渡しに来たのか?」

「ん?あ…さっき電話掛かってきて明日の深夜この場所で取引することになってね。まずは依頼達成ご苦労様って声掛けようと思って」

「それはどうも」

「でさ、相手どんな感じだった?イマイチ人物像つかめてなくて困ってる訳。男?女?何人組?イケメン?」

「相手は男三人組。見た目は普通のビジネスマンだが…中々の大物らしい」

「ふーん…へぇ、成程…あー、どうしようか…もしもの事があるからなぁ…でも此れはちょっとなぁ…いや、でも頼める人いないし…」


彼女は逐一ブツブツと口に出さないと考え事が出来ないのか。

しばらく独り言は続き、やっとアコニットがこちらを向き直した。


「追加依頼、頼まれてくれる?」

「…内容は?」

「取引の立会人。一応相手とこちら両方の顔を知る人がいたほうがいいでしょ?黙って取引見てるだけでいいから。報酬は何も起きなければ三千、どう?」


まだ俺にこの件に関われと言うのか。

ステラも言ってたが、流石にこれ以上足を突っ込むとトラブルに巻き込まれかねない。


「…悪い、これ以上は遠慮しておく」

「え、嘘この条件で断る?…いやいや、困ったなぁ…うーん、まぁそうか…分かった、五千ならどう?」

「金の問題じゃない。俺はあまり厄介事に巻き込まれたくないだけだ」

「…殺し屋如きが偉そうに…誰のお陰で飯食えてると思ってるんだか…っと、じゃあ別にいいや。報酬はカリスト伝いだから暇なときにでも受け取って」


愚痴まで表に出すのかこの女。にしてもルドマン家はカリストを経由するのが好きだな。

まぁあそこなら人目につかないしこちらも助かる。


「…分かった」

「あ、じゃあ明日は休みとっといて。なるべく部外者は入れたくないから」

「元々明日は休みだ、心配要らない」

「あっそ。じゃ」


こちらが依頼を受けないと分かればこの態度の変わりようである。

とにかくこれでこの案件から手を引くことが出来る…はずだ。



───同日10時頃、北部区域ニビヤシアック、フウリーガーデン前にて。

今日も特に仕事は入っていない、とても暇な一日。

いつも通りステラさんが来るのを待って、それからは何をしようかしら。


「…ステラさん遅いね」


階段に二人で並んで座って時が過ぎ行くのをただ感じる。


「またルートを変えたのかしらね」


タバコも短くなり、そろそろ尽きそう。

適当に吸殻を投げ捨てて新しい一本を銜える。


「ジェシー…そういえば、あの人の件ってどうなったの…?」

「…あの人?」

「ほら、プレッツェって人…あれから会ったりしてるの?」


いきなりどうしたのかしら、こんなこと聞いてくるなんて珍しい。


「いいえ、会ってないし連絡も取っていない」

「…そう、なんだ」


チラリとアリーチェの顔色を窺うと、その表情は曇りきっている。


「もしかしてあの子に嫉妬しているのかしら?」

「嫉妬!?な、何で私が…!?」

「確かに私はあの子との付き合いも長いわ、アリーチェ以上に」

「言われなくてもそんな事分かってるし!」

「フフッ、でもこれからはずっとあんたの傍にいるから安心しなさい。あんたが私の弟子である限り、私はあんたを見捨てるようなことはしないから」


…あの時プレッツェと再会した事によって、私の中に開いた心の穴が少し塞がれた気がする。

あの子は今も元気でやっている。それだけで私にとっては十分なのだ。

それに、私にはこんなに可愛いお嬢様が傍にいるじゃない。こんなに贅沢な生活を送っといて、これ以上何を望むというのか。


「…馬鹿、当ったり前じゃない…」

「…やっと来たわね」


私はゆっくりと立ち上がり、路肩に停まったステラさんの車に近づいた。

アリーチェも私に続く。


「ふぅ、遅くなってごめんね!」


そう言いながらステラさんが車から降りてきた。


「気にしてないわ。待つのも楽しいし」

「おはようございます、ステラさん!」

「はいはいおはよう!…っと、今日遅れたのにはワケがあってさ。いいネタが入ったんだけどどうかしら?」


此処最近で欲しいネタとなるとなると…例のSLIT社の件か。

晃司に連中の概要を調べさせたところまでは良かったが、中々潜伏先を割り出すことが出来ずに困っていたところだった。


「是非聞かせて欲しいわ」

「フフン、毎度あり。ネタってのはSLIT社の三人組の件。今探ってるんでしょ?」

「ええ。それで?」

「連中は明日の深夜、カトレアのショッピングモールで取引を行うらしい」

「成程…狙い目って事か」

「でも気をつけたほうがいいよ。相手はルドマン家のアコニットさん、更にSLIT社の護衛にはフロッド君とチェシャちゃんまでいる」


へぇ、フロッド達もこの件に一枚噛んでいたか。こっちに帰って来ていた事は知っていたが、特に連絡もなかったしこちら側の仕事は行っていないと思っていた。


「フフッ、それは楽しそうなメンツがお揃いで」

「チェシャも、か…」


そうボソリと呟くアリーチェ。やっぱりお友達と刃を交えるのが好きじゃないご様子。

まだまだ甘いわね、この子も。


「後ね…今日の街の様子は何時にも増しておかしい。“目”が多いんだよ、特に中心区域には至る所に潜んでる」

「ファミリーや警察がそこらじゅうに潜んでいるのはいつもの事でしょう?」

「いや、それでもだよ。恐らくだけど…外部の組織じゃないかとアタシは踏んでる」

「そんなに大物なのかしら、SLIT社って」

「だろうね。別にアンタ等が乱闘起こすことは何も危惧しちゃいないよアタシは。でも警察とか組織とかのゴタゴタは面倒でしょ?」

「フフッ、忠告どうも、肝に銘じとくわ。報酬はいつも通りで。後お腹がすいたから早く何か食べたいわ…」

「あっと、ゴメンゴメン!じゃあすぐに準備するから!アリーチェちゃんも手伝う?」

「はい、もちろんです!」


ステラさんの情報で一つ大きな仕事が出来て良かった。

タチアナ婆さんのメンテナンスの終わった相棒達を思う存分使えそうで何より。

今日はどんな楽しい夜を明かせるかしら…



───7月10日1時頃、南東部カトレア、ショッピングモールにて。

ショッピングモールの地下駐車場。まだオープンしていないこの施設には当然一台も車が停まっていない。その代わり建築資材などが至る所に並べられていた。

そんな駐車場の開いたスペースに一人、アコニットが佇んでいた。

右目を真鍮製のモノクルで覆い、右腕を機械のグローブで包んだ白衣の女はありふれた景色の中で一際異彩を放っていた。

静かに来訪者を待つ彼女の耳に数台の車のエンジン音が聞こえる。

小さくため息をついて、資材の上に置いていたアタッシュケースを右手に持った。

一台の車がアコニットの前で停車し、その後ろに二台のトラックも停まった。

トラックの側面には良く目にする食品メーカーの名前が綴られており、この取引の場に相応しくない外装をしていた。

車から三人の男が降りる。助手席から降りてきた中年男性がまずアコニットに近づき、メガネをかけた黒人男性とアジア系の青年がそれに続いた。

後ろのトラックでは荷物の積み下ろしが始まっているようで、物音が絶えず聞こえてくる。


「初めまして!我々はSLIT社特殊機器部門に所属する者です。私はヘクター、こちらのメガネの彼がゲイリー、そしてこちらはグエンというものです!」


ヘクターの言葉の後に、三人は軽く頭を下げる。


「こちらこそ初めまして。私はルドマン家緊急医療隊隊長、アコニットと申します。それにしてもすみませんねー、急な取引に応じてもらって!」

「いえいえ御気になさらず!我々の扱う商品が欲しいとなればいつでもどこでも駆けつけますよ、我々は」

「流石ですねー。貿易会社が個人取引まで行うなんてなんと商人根性猛々しい!さぞ商品の横流しに長けておられるんでしょ?」


口角を吊り上げながらアコニットが皮肉をこぼす。


「アハハ、お褒めいただけて光栄ですよ。それにしても、この街は凄いですね…実に変な世界だ」

「そうでしょう?色んなところと取引してみて、この街を気に入っていただけた?」

「いいや、我々には少し合いそうにないです。マフィアなんていう表世界に出て来てはいけない者達が、此処では群雄闊歩している。どうもマフィアは苦手でして」


中々取引を始めようとしないヘクターに、そっとゲイリーが耳打ちする。


「ヘクターさん…先ほども言いましたけど、連中がそこらじゅう嗅ぎまわっているんです。早く済まさないと…」

「ゲイリー君、少し待ってくれたまえ…取引の前のおしゃべりはとても大事なんだから」

「は、はぁ…じゃあ早く話を終わらせてくださいよ…あの人、相当イカレた格好してて何しでかすか…」

「イカレた格好!久々に言われちゃったー!最近中々ツッコミ入れてくれる人がいなくて退屈してましてー!いやぁ、ありがとうございますー!」


えらく上機嫌でアコニットはそう言うが、その目は全く笑っていない。


「その見た目で誰からもスルーされるとは…ハ、ハハ…やっぱこの街はヤバイ所ですね…」


ゲイリーはアコニットの返答に、苦笑いで返すことしか出来ない。


「この街のマフィアは力を持ってますよね、警察以上に。力ある者の下には多くの人が集う。その人々の質は、その世界の質に左右される」

「世界の質!面白い、この街の、この世界の質を是非聞かせてくださいよ。エリートボンボンの貴方からどんな風にこの街が映っているか気になりますよ」

「ええ。この世界の質は…実に最悪。知性も気品も何もありゃしない。力が手に入ると知れば二言でそれを金で買う。快楽が欲しいなら人を殺すことすら厭わない」

「でしょでしょ?この世界の質、この世界の薫り。私てっきり貴方達が大好きなものかと思ってましたよ」

「へぇ、どうしてでしょうか?」

「…SLIT社特殊機器部門。大層な名前してますけど、要は戦争の薫り嗅ぎつけて軍隊に武器売って血を流させる死の商人共なんでしょう?」

「よくご存知でして。しかも我々は反政府組織、テロリストにだって流していますよ。でも連中はあくまで正義を掲げて武器を欲するのですよ。この街の連中は欲望のために武器を持ち、人を殺す。そんな世界のパワーバランスが、今の今まで保たれて来た事に驚きが隠せないよ」

「そりゃあ、私達マフィアに力がありましたから。そのパワーバランスも貴方達に崩されて、今この街はちょっとしたパニック状態。何の目的か知らないですけど」

「我々はビジネスが出来ればそれで十分なんです。それでこの世界が壊れようと知った事ではない。むしろ我々のビジネスチャンスが増える、実に良いことだ」


何故この二人は煽り合いを行うのか、ゲイリーにはさっぱり理解できない。

ヘクターがアコニットの一言で気に触れたのなら、なんと大人気ない方か。

グエンはじっとアコニットを睨みつけていた。彼はどうやら彼女の恐ろしさを直感で気づいているらしい。


「…では取引を始めよう。アコニットさん、貴方の欲しいものは全てこのトラックに積んであります。一つ現物を」


ヘクターがそう言うと、トラックのほうから一人の男がRPG-7を抱えてやって来た。

それを受け取り、ヘクターは揚々とRPG-7を見せ付ける。


「紛争地帯なら誰でも持ってるんですけど、この街じゃ殆ど出回ってなくて逆に驚きですよ。他にもリクエスト全てを用意してあります。価格は…面倒ですし百万ってところで一つ」

「それはお安くて助かりますねぇー。五百万も持ってきて損しましたよ。じゃあこのアタッシュケースに百万…っと、新しい客人か。そりゃ来るよねぇ」


アコニットがそう言った瞬間、トラックのほうから男達の叫び声が轟く。

呆れ顔でその方角を見るアコニットと、すぐさま後ろを振り向く三人の武器商人。

刹那、ひとつの影がヘクター目掛けて一閃を解き放つ。


「…エヘヘ、これ受けれる人がいたなんて…嬉しいなぁ…」


ヘクターの前に立つグエン。その右手にはいつの間にかククリナイフが握られていた。

そして彼に向かい合っていたのは金髪の青年。シルヴァーニ家第三部隊隊長、チェレンティーだった。

寸での所でグエンは鉤爪をガード出来ていた。あと少し遅れていれば確実にヘクターの首は討たれていただろう。


「や、やぁ僕。話し合いで解決する気とか…ないよねぇ…」


グエンの後ろでヘクターがそう言うが、チェレンティーはニヤニヤ笑うだけだ。


「え、まさかシルヴァーニ家って今の今までSLIT社と顔合わせてないワケ…やっぱ無能がトップの組織は一味違うわねぇ…」

「エヘヘ…もしかしてキリルさんの侮辱?オバサンは後で血祭り決定…!」


チェレンティーはそう言いながら素早く後ろに下がる。

アコニットも、そしてグエンも新たな来客の存在を察していた。

次に響き渡るのは散弾銃の銃声だった。


「やれやれ、取引は一時中断ですか」


建築資材の上に二人の影。それを見てヘクターとゲイリーはほっとため息をついた。


「いやはや、すみません!最後の最後で手を汚させることになって」

「いえいえ、我々の仕事ですから…チェシャ、まずはチェレンティーを足止めするんだ。あのグエンさんと組めばまず大丈夫だろう」

「了承」


そう言ってチェシャはスパス12を右手に担ぎ、後ろ腰から巨大なナイフを左手で抜き出しながら着地する。

チェレンティーは狂気的な笑みを浮かべるが、あくまでグエンのほうを見続ける。


「また面白い人がやって来た…エヘヘ、楽しいなぁ…!でも、まずはこっちから…!」


チェレンティーはチェシャの存在を気にかけることなくグエンに迫り、鉤爪を振るう。

チェシャは黙ったまま彼の後ろに一気に近づく。が、チェレンティーは軽く身を滑らせながらチェシャのナイフとグエンのナイフを鉤爪でいなす。


「ふぅ…今のうちに」


フロッドもすぐにヘクターたちに近づき、乱戦状態になったチェレンティーたちから離れるように指示を出す。


「はぁ…なるべく汚さないでよ…ロイドさんにばれたら大目玉だし…ほら、逃げるなら金持ってって頂戴」


アコニットは右手に持ったアタッシュケースを床に滑らせてヘクターに渡した。

ヘクターはすぐにアタッシュケースを手に持つ。


「ありがとうございます…いやはや、すみませんホント。事が落ち着いたらトラックと死体を回収しに…!?」


今度は何処からの攻撃か。幾つもの刃がヘクターたち目掛けて飛んできたのだ。

とっさにヘクターとゲイリーはしゃがみこみ、そしてフロッドはにやりと笑いながら軽く避けた。

アコニットも即座に建築資材の影に隠れて刃の弾丸をやり過ごした。


「これはこれは厄介だ。すみませんヘクターさん、どうやら我々は来客の足止めに全力を尽くす必要があるようです」


フロッドは刃の出所をじっと見ながらそう言った。ヘクター達がその方角を見ると、其処には喪服姿の少女と、赤髪の女性が立っていた。

チェシャも二人の女性の登場に気づき、チェレンティーの鉤爪を受けながらグエンのほうを見た。


「グエンさん、少し彼を任せてよろしいですか?」


チェシャの言葉に対し、表情一つ変えずグエンは頷く。

即座にチェシャは戦闘から離脱し、見慣れた二人のほうへ走り寄った。


「ヘクターさん、我々はあの二人を食い止めるので、その間に脱出を」

「うーん、仕方ない…ゲイリー君、行こう!」

「ええ、分かってますよ…グエン、頑張ってくれ!」


ヘクターとゲイリーは急いで車に近づこうとするが、車の窓ガラスは遠方からの弾丸で砕き割られてしまう。

射手はあの赤髪の女。車に乗り込むことも叶わず、ドアを盾代わりにしゃがみこむ。


「久しいねぇ、君と一戦交えるなんて」


フロッドは弾丸に臆することなく、ゆっくりと二人の女性に近づいて行った。


「フフッ、全くあんたらしいわぁ。此処まで来るまでにどれだけ罠を仕掛けてるのよ」

「それを全て潜り抜けてきたのだろう?流石だよジェロシア。でも、仕事なんだ」


フロッドはそう言って左手でフィンガースナップを放つ。

その瞬間、駐車場の至る所からジェロシアとアリーチェ目掛けて銃弾が放たれたのだ。

二人はその場からすぐさま離れる。ジェロシアはそのまま間髪入れずに右手のSAAを構えようとするが、それより早く第二波が襲い掛かる。

一方アリーチェも両手に剣を構えてフロッドに近づこうとしたが、チェシャが彼女に近づいてナイフを振り下ろした。

とっさに剣をクロスさせてナイフを受け止める。


「チェシャ…!」


何かを言いたそうなアリーチェをよそに、チェシャはナイフを引いて再度振り下ろす。


「いいわぁ…やっぱりいいわぁ…全然隙がないもの、楽しくて仕方が無い…」


ジェロシアはそう言いながらもフロッドの罠をかいくぐり、瞬時にSAAを構えて銃撃を行う。

フロッドもすぐに物陰に身を隠して銃弾をやり過ごす。

グエンはチェレンティー、チェシャはアリーチェ、そしてフロッドはジェロシア。六人の乱闘はいつの間にか一対一の形となりつつあった。


「今だね、ゲイリー君」

「ええ、行きますよ!」


この瞬間を狙っていた二人はすぐさま車に乗り込んで、エンジンを始動させる。

運転席に座ったゲイリーはアクセルを踏む。タイヤがこすれて僅かに土煙が上がり、喧しくスリップ音が鳴った。

チェレンティー、アリーチェ、ジェロシアは本来のターゲットであるヘクターたちに目をくれようともせず、目の前の敵との闘争に酔いしれ、また全力を尽くす。


「この程度の修羅場で死んでたまりますか…!」


そう言いながらゲイリーはハンドルを握る。

車は一直線に出口を目指すようなことはなかった。

まずチェレンティーとグエンの交戦現場に向けて車を走らせると、助手席の扉をヘクターが開く。

それに気づいたグエンは、チェレンティーの攻撃を受け流しながら左手を伸ばした。


「よし、ゲイリー君!」

「はい!」


グエンとチェレンティーの横をすれ違うように車を走らせ、そしてヘクターはグエンの手をしっかりと引っ張る。

どうやら一連の回収劇にも慣れているらしく、グエンは顔色一つ変えずに車の中へ引っ張り込まれた。

そのまま車は駐車場から風の如く去って行ってしまった。


「あーあ、イブリースがこんだけ揃ったら絶対ばれる…ああ、今月の給料引かれそう…」


建築資材の影から乱闘騒ぎを静観していたアコニットは、しかし確実に自身の武装準備を済ませていた。

それに最初に気づいたのはチェレンティーだった。相手のいなくなったチェレンティーは更に狂気に身をゆだね、アコニットのほうへ全力で向かう。


「さぁ遊ぼうよ…ねぇオバサン?」

「…うわぁ、不潔な歯並び…ホント君の事無理だからこっち来ないでくれる?」


そう言いながら物陰から飛出しつつ彼女が振るった得物に対し、チェレンティーは即座に足を止めて何とかやり過ごす。

アコニットが右手に構えていたのは、自身の身長ほどはありそうな鉈だった。

細身の彼女がとても片手で振れるような代物でないそれを可能にしているのは、彼女の右腕に装備された鉄製のグローブだ。

蒸気を上げながら気味悪く稼動するそのグローブと大きな鉈に、チェレンティーは一瞬ひるむ。


「ねぇクソガキ君、この世界には格の違いってものがあるの。君の所の無能なボスといい、それを知らずに力だけばら撒けば良いって考え、私嫌いなんだよ」

「またキリルさんの事侮辱したね…!僕のキリルさんを馬鹿にするのは許さないから…!」

「あー、君ももう犯されちゃってるのか、納得納得。ま、今此処で殺すと後片付けも面倒だし、こっちをあげようか」


アコニットの言葉を無視して迫り寄るチェレンティー。しかしアコニットは避ける素振りを一切見せず、左手に忍ばせた得物を密かに構える。

そしてチェレンティーが鉤爪を振りかぶった瞬間、その得物をチェレンティーに投げ飛ばす。

それは矢による一撃。チェレンティーの右腕に突き刺さると、彼の顔から笑みが消える。

更に彼の両手から鉤爪が外れて、チェレンティーは悲鳴を上げながら左手で傷口を押さえ始めた。

その悲惨な声に、残りの四人も戦闘態勢を解いてアコニットのほうを見た。


「はいはーい注目注目。このクソガキと…えっと、あーチェシャだっけ?も知らないか。他のイブリースさんたちは分かるでしょ?」


そう言いながらアコニットは静かに微笑む。その笑みは他の誰よりも狂気を孕んでいた。


「…一体何をしたんでしょうか?」


チェシャは事態が飲めこめずぽかんとしている。


「あらあら、チェレンティーちゃん可哀想に。“アレ”打たれちゃったのね」


そう言ってジェロシアはにやりと笑った。フロッドも僅かに笑みを浮かべ、アリーチェは恐ろしそうに数歩後ろに下がる。


「貴方達のターゲットはもう此処にいないんでしょ?あ、でも私狙いの可能性ある訳か…いやいやそんな訳ないない。あのね、此処一応ルドマン家の領地なんだから、あんまり暴れられると困るのよね」


アコニットは鉈を地面に突き刺して今度は左手に弓を、右手に矢を握る。


「僕達はヘクターさん一行の護衛…いわば貴方側ですよ?何故貴方と敵対しているみたいなことになっているのですか?」

「喧嘩両成敗って知ってるかしら?…それよりも罠仕掛けてるなんて聞いてないんだけど?その後片付けどうするつもり?」

「それは後で回収するので安心してください」

「ならいいや。で、ジェロシアちゃんとアリーチェちゃんは本分を忘れて此処で油売ってていいの?」

「良くないわねぇ…でも仕事よりも楽しいし、私は何も問題ないわ…」

「ジェシー、アコニットさんの言う事は従っとこうよ…!」


アコニットがチェレンティーに打ち込んだものは、アロディニア…異痛症を引き起こす薬品だろう。

其処まで大きくない鏃が刺さっただけなら、常人ならともかくチェレンティーぐらいイカレた人間なら此処まで悶え苦しむことは無いはず。

しかしこの一撃により体中の感覚神経が痛覚を誤認し、全身を痛みが襲い掛かるらしい。

アコニットは主に戦闘で大鉈と弓矢を用いるのだが、一番恐ろしいのは彼女が作り出す劇薬。

それを鏃に塗って攻撃するという古来の狩人のようなスタイルをとる彼女もまた、この街屈指の実力を持つ狂人。

はっきり言ってこの場で彼女と戦って勝てる見込みはない。アリーチェはそう察していた。


「…僕達は降りるよ」

「あらつまらない…そうねぇ、アコニットさんとはまた今度遊ぶことにするわ」

「いつでも待ってるから顔出して頂戴ね。色々試したいモノが溜まってるし…ジェロシアちゃんならいいデータ取れそう…アリーチェちゃんのイレギュラー性も捨てがたいか…」

「ちょ、何言ってるんですか…!?それよりジェシー、早く追わないと!」


アリーチェがそう言うと、ジェロシアは不敵に笑い、アコニット達に背を向けてその場から去ろうとした。

しかしその時、チェレンティーのうめき声が小さくなり、床に転がりながら何かを話し出した。


「エ、エヘヘヘ…キリルさんは全てお見通しだよ…」

「あらあら、どういう事かしらチェレンティーちゃん?」


ジェロシアは足を止めてチェレンティーに問う。


「僕一人で連中を捕まえるつもりなんて最初っからないんだよねぇ」

「…フロッドさん、恐らく彼は陽動役なのでは…?」

「…だろうね。しかし困ったなぁ、僕達は徒歩だから追いつけるか分からないねぇ…しかもアコニットさんに罠の後片付けまで押し付けられている」


チェレンティーの言葉を聞いたアコニットの顔から笑みは消え、彼女は右手でチェレンティーの胸倉を掴んで無理やり彼を立たせた。


「それはつまり…カトレアにまだシルヴァーニ家がいるって事?ルドマン家の領地に安々と足を踏み入れていいと思っている訳?つくづく無能で愚かだね」

「エヘヘ…キリルさんだって敵地に駒を大量に送り込むような真似はしないよ。もっと便利な物がこの街にはあるからね…」

「あー、なるほどなるほど…ん、いや待てよ…シルヴァーニ家お墨付きのイブリースナンバーはジェロシアちゃんとアリーチェちゃん…あ、え、もしかしてあの子が来てるの?」

「あの子じゃ分からないよ…?エヘヘ、エヘヘへ…」



───カトレアのショッピングモールを抜けたヘクター達一行は、車が一台も通らない小さなショッピング通りを爆走していた。


「ふぅ…金は受け取れたからまだ良かったですけど…ヘクターさん、流石に今回はまずかったですよ!」

「いやぁ、でも一昨年額に銃口突きつけられた時よりはマシだったかな」

「あれは脅しだったって分かってた分良かったですよ!はぁ…本当は朝の便で飛ぶつもりでしたけど、このまま車で街を抜けましょう」

「ああ、そうしよう。グエン君さっきは助かった、ありがとう」


そう言ってヘクターは後部座席のグエンのほうを見るが、彼はまだ目を輝かせて周囲を警戒している。


「…まだ気は抜けないかぁ。ゲイリー君、全力疾走だ!」

「言われなくてもアクセルベタ踏みですから…ヘクターさん、もう僕一生不自由なく暮らせる金稼いじゃいましたし、この仕事辞めたいです…」

「ええ…?ゲイリー君この仕事を金目的でやってたのかい?」

「最初は仕事に対するやりがいとかを求めてましたけど…ヘクターさんの小遣い稼ぎするようになってからはそんな目的消えちゃいましたよ…」

「…私のビジネスはゲイリー君にとってやっぱり“小遣い稼ぎ”か…私はこれらも全て立派なビジネスだと思ってたんだけど…」

「ヘクターさんは僕が一番尊敬するビジネスマンです。実際こんな悪事しなくても社内トップクラスの実績を叩き出してますし…もう普通のビジネスだけにしませんか?それなら僕は一生ヘクターさんについて行きますから」

「うーん、ゲイリー君がそう言うならそうしようか…でも、私はこういうビジネスが楽しくてしょうがないんだよ。命を削って金を稼ぐビジネスが私には似合っている気がして」

「自分の身一つ守れないのに命を削るなんて言わないで下さいよ…」

「おっと失礼失礼!私がこうやって元気なのはゲイリー君やグエン君のサポートのお陰!我々三人は理想のトリオ!これからもよろしく、二人とも」

「ハァ…ホント調子いいんですから…」


ゲイリーがそう呟いたその時、かすかに銃声が聞こえたと同時に強烈な衝撃が車を襲う。

フロント部分から黒煙が上がり、程なくして炎が出始めた。


「まずい、ゲイリー君停車停車!」

「は、はい!」


ゲイリーは急ブレーキを踏み、道路のど真ん中で停車する。

急いで三人は車から降りて、追撃を逃れようと辺りを見回す。


「あっちの狭い路地なら大丈夫…のはず!」


そう言ってヘクターは近くの路地へと駆けて行く。二人もそれに続いた。

幸い二発目は飛んでこず、敵襲をやり過ごせた…そうヘクターとゲイリーは思い込んでいた。

だがグエンはすぐに気づく。異常なまでの殺気がこの路地に溢れていることが。

三人の後ろから物音。グエンはズボンの中に仕込んであるククリナイフを抜き出しながら後ろを向いた。


「…中々早い、でもまだまだ」


そんな言葉と同時に声の正体はグエンの右腕を片手で掴んで引き寄せて、膝蹴りを彼の腹部に見舞った。

その一撃でグエンは大きく吹き飛ばされてしまう。地面に転がった彼はピクリとも動かない。


「グ、グエン!?」


飛ばされたグエンのほうを見たゲイリーは、次のターゲットに選ばれてしまう。

今度はゲイリーの脇腹に掌底がめり込む。

その攻撃にゲイリーはよろめきながら吐瀉物を撒き散らし、その場に倒れてしまった。


「え、えぇ…」


次はこちらにやってくると察したヘクターは、もはや抵抗すらせずに両手を挙げた。


「…あーらあーら、二十数年ぶり?あの時は助かったわぁ」


そう言いながら、新たな刺客の女性が拳銃を向ける。

その顔を、邪悪に微笑むやつれた女にヘクターは見覚えがあった。


「…まさか、黒きジャンヌ・ダルク?」

「やっぱ覚えていてくれた?嬉しいわぁ…でも最近はレイヴンって言われるほうが好きなのよねぇ…」


そう言ってレイヴンは左手に携帯を持つ。


「もしもし?任務終わったからそっちは帰って大丈夫」

「はぁ…いくらプライベートだからって何でウチに他のファミリーの仕事やらすワケ?ばれたらチョーメンドーなんですけどー?」

「これも訓練の一環って事にすればいいさ。じゃ、私は後処理があるから」


通話を終わらせて、再びヘクターのほうを向く。


「お仲間も生かしておいてあげたのは世話になった借りって事で。お前さんたちの身柄の引渡しが仕事だから、この後打ち殺されても恨まないでくれる?」

「分かってる…ハァ、この街一番の驚きだよ、まさか君までいるだなんて…」


───…

「…えっと…本気ですか?」

「本気も本気、大マジの取引だコイツは。当然、SLIT社は扱ってんだろ?」

「ええ勿論。ただ個人に売ったことは無いですよ。こんなもの所持して、そんなにこの街で武力を誇示したいんですか?」

「流石にこんなもん持ち続けるワケにはいかねぇよ。コイツは本家へのアガリってこった。こいつの取引がお前達を開放し、更にCIA連中の目を逸らしてやる条件だ」

「…物が物です。それなりの価格と危険を伴いますが…よろしいですか?」

「百も承知さ。さぁ答えは?」

「…一つ二億、この辺りでどうか手を打っていただきたい。運搬費用なども込みでこの価格です」

「成程、悪くない。俺達もコネを広げたいところだったからなぁ、これからも頼むぜ、ヘクターさんよ」


                                        《武器商人編 完》

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