第二話
───6月23日19時頃、中心区域南西部分カルゲニアにて。
今日もネタ探しの為に街をぶらつく。此処カルゲニアにはボスカイオラの件以降訪れていなかったので、新規開拓ということでやって来た。
前回のネズミ使いの記事は編集長にそれなりにウケた上、ストックもかなりあるため当面は記事作成に精を出す必要はない。
だが宿でじっとしているのももったいないので、態々高級ホテルの連なるこんな場所にまでやってきた。
「…腹が減っては戦は出来ぬ…とりあえずメシを食おう」
一般人らしくこの街を知るには、やはり食事などで店を利用するところから始まる。
とりあえず俺は近くの大衆イタリアンレストラン「ポモドーロ」に入ってみた。
店内は明るく、人もそこそこおり賑わっている様子だった。
入り口に立っていた店員は頭を下げ、俺をカウンター席へと案内した。
席につき、メニューを見てカルボナーラとサラダを頼む。
「…そういえば、今までカウンター席で色んな出会いがあったなぁ…」
これまで一人で店を訪れることが殆どなのでカウンター席に座ることが多かった。
赤の他人が隣に座る事も多いカウンターというのは出会いの場として適しているのかもしれない。
今日ももしかすれば出会いがある…そんな淡い期待をしていると、早速左隣に一人の男性が腰掛けてきた。
チラリと目線を送ってみると、男性はやや老けていて髭の濃くてガタイが良い、スーツを崩した格好をしている。
男性も店員に適当に注文を終わらせると、すぐタバコを取り出して一服し始めた。
俺もそれにつられるようにメビウスを取り出して口に銜え、火をつけようとする。
「…日本人記者、世羅田晃司。間違いないな?」
突然男がボソリとそう呟く。しかし俺は彼の発言に驚くこともなく、むしろため息をついてみせた。
この街は情報の巡りがとてつもなく早い。この男も恐らく情報屋と繋がりのあるような“裏世界”の人間だろう。
俺は一切物怖じせず、タバコをふかせながら答える。
「ええ、そうですよ。何か用ですか?」
「何だ、自分の素性を知られているのに驚かないのか?」
「もう何か慣れちゃったんで」
「そうか…やはり、お前はただの旅行客ではないか。目をつけていて正解だった」
なにやら話が悪いほうへと流れつつある。俺をずっと見張っていたとなると予想以上に厄介な組織の人間らしい。
「それで…用件は?」
しかし決して動揺を見せてはならない。相手のペースに乗りつつも、自分を崩してはいけないのだ。
「俺はキャスタニア市立警察に属する…平たく言えば刑事だ」
男はそう言って、内ポケットから警察手帳を取り出して俺に見せてきた。
確かに本物の刑事らしい。だがデカが俺なんかに何の用だろうか。
ふと、先日ルドマン家のあの女性に言われたことを思い出す。
警察の怖さがいずれ分かるようになる…その言葉の意味をもしかしたら今から理解できるのかもしれない。
「刑事さんが、一体何の用ですか…?」
「そうだなぁ…お前が一般人だということで質問しよう。お前、イブリースに何か弱みでも握られているのか?」
「弱み?」
「4月18日にお前がイブリースとギャングの騒動に巻き込まれて以降、お前はイブリースの面々と不自然なくらい接触している。そうだろう?」
「その理由が、自分がイブリースに弱みを握られて、否応なしにこき使われている…ってことですか?」
「…その様子だと違うみてぇだ。ならお前…自分からイブリースに関わりに行っているな?」
この刑事は唐突に核心を突いてくる。ここで否定した所で信じてもらえるわけがない。
俺がじっと黙っていると、刑事はタバコを灰皿にこすりつけて俺のほうをじっと睨み付けて来た。
「お前は一応一般人だ…俺達警察が味方な内にイブリースを始めとするロクデナシ共との関係を断ち切れ、いいな?」
「…頼りない味方ですね」
つい皮肉が口から零れ落ちる。大規模な殺人が起きようとまるで機能しない警察なんて頼れというほうが無理な話だ。
俺の言葉を聞いた刑事はカッと目を見開いて立ち上がる。えらく短気な男だ。
「どうやら貴様はトンデモねぇ勘違いしてるみてぇだから教えてやろうか…!?」
刑事はごつい左腕で俺の胸倉を掴んで俺を無理やり立たせる。その剛力に俺はなすすべもない。
「…何を教えてくれるんですか?」
「貴様が今の今までイブリースやロクデナシ共と関わっても生きてこられた理由だよ。まさかと思うが、危機管理能力があるからとか、剛運の持ち主だからだとかなんてクソみてぇな思い込みしてねぇよな?」
「…どうですかね?」
「ケッ、能天気にも程がある。いいか、お前が肥溜めの連中に殺されなかったのはな…お前が一般人だったからだよ」
「…一般人ねぇ…さっきからそればっかり言ってますけど、そんなに大事なことなんですか?」
「なら身を持って思い知れ…お前は現時刻を持って警察の保護対象じゃなくなった…残念だよ全く。お前はもう旅行客でも何でもない、ただのクソだ…!」
刑事はそう言うと、あろうことか大きく右腕を大きく振りかぶり、俺の顔面に重い一撃を叩き込んだのだ。
鈍痛と共に視界がくらみ、俺の体は床に崩れ落ちる。鼻が激しく痛み、血が流れ落ちる。
口の中にも鉄の味が漂い、そのダメージの大きさを体で味わうハメになった。
「な、何なんですかいきなり…!?」
「この街じゃなぁ、一般人に少しでも手ぇ出したことがバレれば即牢獄行きだ。それでも危害加える馬鹿にはそれなりの報いが待ち受けている」
「…は?何を出鱈目抜かしてるんですか、なら俺を殴ったことあるやつ等全員捕まえて見せて下さいよ。この街に来て何回怪我したか…」
「お前殴って、まだ生きているのはレイヴンだけだ。あれも逮捕状出来次第とっ捕まえる予定だった…が、その必要もなくなった」
「…俺が、一般人じゃなくなったから?」
「一般人じゃない以上、血ぃ流してぶっ倒れようが、脳髄吹き飛ばして死のうが警察が関わることは一切ない。それがこの街のルールだ」
…腐りきった制度だ。やはりこれだけのマフィアや犯罪組織犇く町では警察も守るべき対象を選ぶようなクソの集まりってことか。
「…あんた等、それでも警察ですか?街の治安を守るべき組織でしょ?」
「俺達が守るべき対象は罪を犯していない、もしくは罪を償った人間の治安だ。お前等みたいなクソ共の面倒なんて金貰っても見たくねぇ」
「…そうですか。ならいいです、元よりあんた等なんて頼りにしちゃいない。俺はやりたいようにこの街で仕事をしますよ」
「…少しは考えを改めるかと思った俺が馬鹿だったか。勝手にしろ…ただ、今から自分の身は自分で守るよう努力すんだな」
刑事はそう言って、倒れている俺の腹部に鋭いローキックをかます。
ミゾオチにつま先が刺さり、つい嘔吐いてしまう。
本当にこの男は警察なのか…?やり方が暴力的過ぎるだろう。
「悪いな、注文はキャンセルだ。店の弁償代は後日振り込んでおく。じゃあな」
刑事はそう言ってタバコに火をつけながら去って行ってしまった。
痛む体に無理やり力を入れて、よろめきながら俺は立ち上がり、刑事の背中を目で追う。
目がかすんで焦点が定まらない。どうやらコンタクトを落としてしまったらしい。
店の中は静まり返り、全員が俺を注目している。
全く、最悪な日だ。よりによって警察に暴力を振るわれるなんて。
だが、それ以上に驚いたのは警察の情報収集能力の高さだ。俺に対し暴力を振るった人間までマークしていたとは予想もしていなかった。
「…あの、大丈夫ですか?」
後ろから若い男の声が聞こえる。俺は鼻血を手で拭いながら振り返る。
其処に立っていたのは端正な身のこなしをした青年だった。
シンプルながらも高級感漂う細身のスーツに無駄に飾り立たせないアクセントを持たせた腕時計をしたその青年は、年は俺と同じくらいだろうか。
「だ、大丈夫じゃないですけど…ま、まぁ何とか」
「ハハッ、結構タフなんですね…っとそうそう、失礼ながら先ほどのお二人の話、遠くから聞かせてもらいました。立ち話もなんです、あっちのテーブル席で少しお話しませんか?」
一体今度は何の用だろうか。だが今はとりあえず座って落ち着きたい。
俺は男が腰掛けたテーブル席に座り、男と向かい合った。
「それにしても自分から警察の加護を拒むなんて、結構変わった方ですね」
「い、いや…やっぱこの街の警察はどうも信用ならないって言うか…」
「そうですかね?あの刑事も言っていた様に、一般人を守る点については十分すぎるほどこの街の警察は働いているんですよ」
「…うーん、そうなんですかね…?」
「警察が働かないのは、ファミリーやギャングの抗争に、殺し屋による一般人以外への殺人行為ぐらいですし。もし裏社会の人間が一般人に危害を加えれば、少なくとも10年は牢屋行きですよ」
この男が何者かは知らない。もしかすれば彼も警察の回し者で、遠回りに警察を信用しろと諭しているのかもしれない。
「それに…警察も裏社会の人間を相手取るための力を持っている。権力と暴力の二つを」
「暴力って…警察がそれじゃあ駄目なんじゃ」
「もし仮にファミリーを逮捕する必要が生じれば、最悪ファミリーとの戦争になるでしょう。そうなっても大丈夫なよう、警察も戦力を数多く有しているんです」
「…やっぱ、この街で勝つために必要なのは力なんですね」
「警察だって昔はファミリーの悪事を裁く為によく動いていたらしいですけど、いくら取り締まろうと止める事は出来なかったから現在は守るべき対象を選んでいる。彼等だって命張ってますからね、無駄な正義を振りかざすことが無意味と知ってるんです、多分」
裏世界の人間同士が起こす犯罪行為を裁く事は無駄だと切り捨てる、それがこの街の警察ということか。
賄賂を貰って犯罪行為を見過ごすのと大差ないような気もするが、一般人を守っている辺りまだマシなのだろうか。
「へぇ…で、それを何故あなたが俺に?」
「…何か、君の事面白そうだと思って。世羅田晃司君ですよね、イブリースとよく行動取ってるともっぱら噂の」
「それも、さっきの話を盗み聞きして知ったことですか?」
「いえいえ、こちらは最初から知ってました。さてと、此処からは話が変わりまして…一般人じゃなくなった以上、君は何の加護も得られていない状況。この街じゃそれってとても危険なんですよ」
「でしょうね…それで?」
「此処は一つ、ファミリーの加護を受けてみるとかどうですか?そうすれば少しは安全になりますよ」
ファミリーの加護…ずっと前にジェロシアにビジネスパートナーとして誘われた時、それに似たことを言われた気がする。
しかしいきなりそんな事を持ちかけてくるなんて怪し過ぎる。俺をファミリー下に入れて、何がしたいのだろうか。
「…そんなことして、そちらに何のメリットがあるんですか?」
「え、メリットですか…?あんま考えてなかったなぁ…あ、最近抱え込みの情報屋が減ったんで、その補充として…とか?」
「そもそも、そちらはファミリーの関係者の方なんですか?俺なんかにそんな交渉持ってくるなんて、流石に怪しいというか…」
「用心深い性格なんですね…まぁそのぐらいのほうがこの街で過ごすのに丁度いいですけど。ま、軽い気持ちでファミリーに属するのが怖いのは分かりますよ。でも…」
男の話の途中、いきなり店の扉が乱暴に開かれて数人の男たちが店内へ入ってきた。
その先頭にいたのは銀髪の男性…どこかで見た気がする。
その男性はこちらを見ると驚いた表情を浮かべ、急いでこちらへとやって来た。
「こんな所にいたんですか…また貴方は勝手に出歩いて、少しは自分の立場を理解してくださいよ…!」
「ごめんごめんコーディル君。あ、でもほら噂の子、見つけたよ」
「噂の子って…あぁ、貴方はこの前アイリスのビル屋上にいた…おっと、ご挨拶が遅れました。私はプレグレッフィ家所属のコーディルと申します」
コーディル…そうだ、確かプレグレッフィ家の守護騎士団にいた男。
つまり俺の前に座る青年も、プレグレッフィ家に所属しているということだろう。
「ど、どうも…世羅田晃司です」
「晃司君、気が向いたらプレグレッフィ家に連絡してください。プレグレッフィ家は誰でもウェルカムなファミリーです。それに…」
「いやいや、彼は警察にマークされているじゃないですか…なのにファミリー下に入れようだなんて」
「コーディル君、さっき彼は警察の加護から外れたんだよ。だから今はフリー。それに彼はイブリースとも繋がりがあるし情報を仕入れる能力もそれなりにあるよ。招き入れるチャンスだって」
「だからって総統自ら交渉しなくても…ほら、まだ仕事が残っていますから、帰りますよ…!」
コーディルはそう言って無理やり男の腕を引っ張る。
それよりも、さっき総統と言ったような気がするが…
「あ、僕も挨拶がまだだった。僕はプレグレッフィ家現キャスタニア支部長、ロマーノ・プレグレッフィです。何かボスカイオラの件で迷惑掛けたって聞いてるし、そのお詫びも兼ねて話がしたかったんですよね」
…この男が七大ファミリーの一つのトップ?身なりはいいが、裏世界の人間特有の血生臭いオーラを一切感じさせない。
それ以上にこの若さでマフィアを仕切っているだなんてとても考えられない。
ロマーノは強引に立ち上がらされ、コーディルに無理やり頭を下げさせられる。
「今日は総統がご無礼を働いてすみません…総統はこういう方なので、あまり気になさらないで下さい…では、我々はこれにて」
コーディルはそう言ってロマーノの腕を引っ張って店の中を歩いて行く。ロマーノはこちらに苦い笑顔を向けながら手を軽く振る。
俺は一連の出来事に混乱してしまい、ただボケッと口を開けたまま彼等を見ていた。
今日は色んなことが起きる日だ。いつの間にか目の前に置かれていた料理に気づくまで、俺はぼーっとしたままだった。
───同日19時半頃、同じくカルゲニアにて。
カルゲニアの裏路地で銃声と断末魔が木霊し、血の海を形作る。
偶然かは知らないが、前にもこの場所でつまらない殺戮を味わった。
「な、何でイブリースが…!?」
左足を撃たれて地面に倒れた男に私はゆっくりと近づき、しゃがみこむ。
「あんたと敵対するギャングからお仕事を貰ったから。私は仕事熱心だから、あんた達のつまらない抗争にだって顔を出すのよ」
そう言って私はニヤリと笑ってみせる。それと同時に男の顔が恐怖で覆い尽くされる。
このギャングは確かシルヴァーニ家の傘下にある小さなグループだ。
この街のギャングは殆どがファミリーの傘下に属する。知能も力も無い連中だが、頭数だけは多いため捨て駒としてファミリーの抗争に用いられているらしい。
そして当然、ギャング同士も敵対し合い、殺し合う。殺しの現場には、殺しのプロも投入されて当然。
金を持ったギャングは時折私達イブリースを雇う。殆どのメンバーはギャング程度の抗争なんて目もくれない。報酬も少ないし。
でも、簡単に殺しが味わえるなら私はそれで良い。数が多ければ雑魚でもそれなりに気持ち良くなれるし。
「ジェシー、あっちのも片付けといたよ」
そういって裏路地の向こうからアリーチェがやって来た。可愛らしいその顔に返り血がこびり付き、より一層美しく映し出される。
アリーチェにとってはギャングの殺害もいいトレーニングになる。弟子の事をしっかり考えてるなんて、私って本当にデキる上司。
「ありがとう、アリーチェ…じゃあ、これも殺しましょうか…ん?」
この気配、雑魚ではない。
音も無くアリーチェの後ろに現れた黒い影。その静けさにアリーチェは何も気づいていないようだ。
私は即座に立ち上がり、まずギャングの脳天を右手の相棒で貫く。
そしてすぐに撃鉄を弾き、アリーチェの後ろの影に一撃を見舞う。
アリーチェもやっと敵に気づき、振り返りながらバックステップで距離をとった。
銃弾は影に当たるが、金属音と共にそれが弾かれたのを確認した。
「…あら失礼。つい敵だと思って撃っちゃったわ」
黒い影の正体はマントだ。黒いマントで身を隠したその男は、私の良く知る人物。
ゆっくりとマントを翻した男は、銀髪を靡かせながら右手に持った剣を構える。
「…剣を構えている間に話を進めましょう。まずはシルヴァーニ家の不届き者の排除、感謝します。それで、誰の差し金ですか、ジェロシアさん?」
「フフッ、剣なんて構えなくたって撃たないわよコーディル」
そう言って軽く微笑んであげても、コーディルは構えを解かない。
その理由は良く知っている、この男は戦いの場でしか平常心でいられないからだ。
コーディルの後ろに、今度は青年がやって来る…あらあら、まさかトップ直々にやって来るだなんて。
「コーディル君、構えを解こう。そんなに血の気を見せてたら彼女だって話が出来ないよ」
そう言ってロマーノはコーディルの肩を叩く。流石のコーディルも剣を下ろして鞘に仕舞う。
それと同時にコーディルは目線が定まらなくなり、オドオドと首を動かす。
「ああ、ええっと、その…あー、えー、ななな、何の話でしたっけ…」
「誰に雇われて此処にやって来たか、でしょう?」
私はそう言いながら相棒をしまい、そしてコーディルにゆっくりと近づいた。
コーディルは更に挙動不審になり、チラチラと私の胸元を見ながら顔を赤面させ始めた。
「そ、そう、でし…す、すみませんそれ以上ちちち近くには…!」
私はコーディルの手を握って、微笑みながら私の胸に押し付けてあげた。
皮の手袋が私の肌に触れる。ごつごつして、血の薫り漂う死線を乗り越えてきたであろうその手。
コーディルはプルプル震えながら顔を更に赤くさせて、とうとう真っ赤な鮮血を鼻から流し始める。
「あ、あああ、あああ…!」
もはやまともな言葉さえ離せなくなったコーディルは、無理やり私の手を振りほどいて、凄い速さで裏路地の闇へと走り去ってしまった。
プレグレッフィ家の主力最大の弱点、それは女性。何であそこまで耐性がないのかは知らないが、戦闘時以外は幼女から老婆まであんな感じで動揺してしまうらしい。
走り去ったコーディルのほうを見て、苦笑しながらロマーノは頭を掻く。
「アハハ…ジェロシアさん、あんまりコーディル君を虐めてあげないで下さいよ」
「だって楽しいじゃない…あんなに初心な男、この街にそうそういないわよ」
「ピュアなところがコーディル君の利点ですし…おっと失礼、コーディル君も言ってたけど、誰かに雇われたんですか?」
「当たり前です、じゃないとこんな雑魚の相手なんてするもんですか!」
アリーチェは私とコーディルのやり取りを見て軽く嫉妬しているご様子。この子も相変わらず可愛いわ。
「そりゃそうですよね。でもギャングの抗争にまで出てくるなんて」
「私達イブリースは金さえあれば何でもしますから!」
「仕事熱心ですね。それにしてもシルヴァーニ家のギャングは我々が面倒見ているギャングと仲が悪いと聞いてましたが…カルゲニアにまでやって来ていたなんて。まぁ、これでギャング達も少しは落ち着くでしょう」
「落ち着くも何も、私達は…」
口が滑りそうになったアリーチェの口元を、私はそっと覆い隠す。
「悪いお嬢様ね。悪いけど、これ以上の話は出来ない。あまりボロを出したら不利益を被ってしまうわ」
「え?あ、そうですか…じゃあ僕はそろそろ帰ります。カルゲニアですからいずれ警察が来ると思います、撤退するならお早めに」
「ええ、分かっているわ」
「偶然通りかかってお二人に会うなんて思っても無かったです。では」
ロマーノはそう言って軽く頭を下げて、裏路地へと消えて行った。
私はじたばたするアリーチェを開放してあげた。
「ジェ、ジェシー何のつもり!?」
「だって、あのまま依頼主の名前を漏らそうとしたでしょ?」
「う…で、でもギャング程度の名前なんて出していいじゃん!」
「今回の依頼主はプレグレッフィ家お抱えのギャング“フォックスファング”。他のファミリーならまだしも、プレグレッフィ家が外部に戦力を委託した事がばれたら話がややこしくなる」
「確かにそうだけどさ、そんなのギャングが何かしらのペナルティ受けて終わりでしょ?私達には関係ない事じゃん」
「…やっぱり、プレグレッフィ家には関わらないほうが良かったかしら。最近殺しの仕事が無くてつい手を出しちゃったけど」
プレグレッフィ家の秘匿主義っぷりは私達の間でも有名だ。
そんなファミリーが最近傘下に置いたフォックスファングは、この街でも特に大きなストリートギャングの一つだった。
新参者のフォックスファングが、プレグレッフィ家のルールを知らずに私達を雇ったらしいが、それがトップの耳に入ってどうなるかは全く分からない。
私もプレグレッフィ家、そしてロマーノの“やり方”を詳しくは知らない。せいぜい荒事にコーディルが出て来るぐらいしか情報は存在しない。
…想像しても無駄か。とりあえず仕事の報告を依頼主に行おう。
私は携帯を取り出し、フィックスファングリーダーであるゴルブという男に電話を掛けた。
ギャングらしく力あるものに対する尻尾振りが上手い男だ。彼がストリートギャングの頃から仕事を請け負ってあげて来た。
「…ジェロシアさんっすか。仕事、うまく行きました?」
「ええ、しっかり殺してあげた。でも、もしかしたらロマーノの坊ちゃんにばれたかもしれないわ、あんたが私達を雇ったこと」
「ふーん、そっすか。まぁ別にどうでもいいんじゃないっすかそんな事、とにかく金はいつも通りでよろしくっす」
「フフッ、分かったわ。じゃああんたの依頼はこれまでね。もし今後トラブルがあっても、私達に責任はないから」
「んなこと百も承知っすよ。じゃ」
ゴルブはそう言って電話を切った。本当に分かってるのかしらあの子。
相変わらずアリーチェは話が飲み込めてない様子でこちらを見ている。
「そろそろサツが来るわ。帰りましょうか」
「う、うん…そんなに気にすることなのかな、あいつ等が私達を雇ったのがばれた事を…」
「念には念を入れて損は無い、でしょう?」
殺しが味わえたら良いが、それでもファミリーの面倒事に巻き込まれるのは好きじゃない。
特にプレグレッフィ家みたいな謎の多い相手なら尚更。
遠くから聞こえてくるサイレンから逃げるように私達はその場を後にした。




