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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第七章:表と裏が交わる一日 ~独立記念日編~
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第一話

───2012年6月19日、11時頃、東部区域アイリスにて。

今日は久々にフリーの依頼。内容は簡単で、アイリスにあるフォスター家の3番ビルを向かいのビルから見張るというものだ。

私はビルの屋上の柵に寄りかかって下を覗く。七大ファミリーが集まる定例会があるとはいえ、今日はいつにも増して厳重な警備が施されている。

そのため血気盛んな連中も決して狂気に身を委ねることなく、ただじっと威嚇するだけだ。


「フフッ、ファミリーの主戦力が一同に介するなんて滅多にないことよ」


ジェロシアは私の後ろから軽く抱きつきながらそう言った。私の頭を胸置きにして、仕事だというのにリラックスしすぎである。

彼女の暖かくて柔らかい胸を肌で感じられるのはこの上なくたまらないし、彼女の体から漂うタバコとシャンプーの薫りはとても心地よい。

…が、ある一点のみが私のテンションを極限まで下げる。


「いやぁ…上から見ると凄いですね本当に」


私たちの隣で同じように下を見ているのは、あの晃司だ。

この男は今回私達が見張りの依頼があることを何処からか聞きつけ、その様子を見せてほしいと何とも図々しい依頼を持ってきたのである。

それを二つ返事で承諾してしまうジェロシアもジェロシアだ。もっとプロとしての自覚を持つべきだろう。

私はムスッとしたまま二人の会話を聞き続けた。


「あそこに停まってる数台のセンチュリー…あれは日久組の物。そして一番後ろの車両に…出てきた、あれが日久組のゴミ処理担当、与一」


ジェロシアが指差した方向に停まった車から、与一と黒いスーツの日本人が数人降りてきた。

与一は相変わらず何も持っていないが、他の日本人は懐に得物を隠しているように見える。


「やっぱりこっちでもこんな感じなんですね、ヤクザって」

「あくまで戦力を見せるだけでいいとはいえ、スーツの下に小太刀を隠すなんて。侍なら腰からぶら下げればいいのに」

「今時ヤクザも刀なんて実際に持ち歩かないですからね…」


ジェロシアは軽く笑いながら、今度は別の場所を指差す。


「あっちのロールスロイスはゼネリ家。一台には用心棒が乗ってるわ」


ベンツからはマルクを始めとした黒スーツの用心棒達が降りてくる。

マルクは前見た時と変わらず図体がでかい。他の用心棒達もサブマシンガンを持って臨戦態勢だ。


「マルクはまた素手みたい…流石にアレは持ち出せないか」

「アレって…何ですか?」

「あの男は殺しの時にはもっと面白い武器を使うのよ。フフッ、無駄しかない逸品でとても私好みなね。マルク本人は好きじゃないけど」


私もマルクが本気で戦う所を見たことは一度もない。いつか見ることになる日が来るのだろうか。


「それであっちのオリーブ色したバンはシルヴァーニ家。軍隊紛いで分かりやすいでしょ?…あらあら第三小隊じゃない、凄いわ」


バン車からは一人の若い男と、それに続くように軍服を来た男達が降りてきた。若い男以外は皆カラシニコフを提げている。

少し跳ねた金髪ショートに大きくてキリッとした目の美青年。あの男は…


「チェレンティーちゃんはいつ見ても楽しそうにしてるわね。あの子も血を見るのが大好きだし、今から暴れてくれないかしら」


そう、チェレンティー。容姿はいいのだが、性格は最悪な男。殺し好きならまだしも相手を見下し、自身の上司にはベタベタと媚を売るような奴だ。


「第三小隊ってことは、第一とかあるんですか?」

「第一は公な場に出てくるガード。第二は本部に常駐している部隊。汚れ仕事を請け負うのは第三だけになってるのよ…あ、次は清龍党ね」


次にやってきたのはベンツの車列。

数台が道路脇に停まり、そして一台からチャイナドレスを着たリリが降りてきた。


「フフッ、リリちゃんまで正装でやって来たわ。アリーチェ、手を振ってあげたら」

「い、いいわよそんなことしなくて!私もリリも仕事中なんだから!」


リリは仕事の最中は決して私事を持ち込まないタイプだ。

彼女の鋭い目が一瞬こちらに向いたが、すぐに清龍党の他の男達のほうを向き直した。即座にこちらの位置を把握する辺り、流石である。


「あの女性が、清龍党の主力なんですか?何か凄い若いみたいですけど…」

「リリちゃんは残飯処理担当。いつもは対戦車ライフル担いでるんだけど、流石にこの場じゃ持ち出せなかったみたいね」

「対戦車ライフルって…どう考えても必要ないでしょうそんなの」

「車社会の現代だと結構使えるらしいわよ。あ、次はプレグレッフィ家よ」


そう言ってジェロシアはアルファロメオの車列を指差した。

道路脇に停車した車からは一人の銀髪の男性と、それに続くように黒コートの男達が降りてくる。

夏だというのに分厚いコートにケープまでついた暑苦しい服装の集団だ。

銀髪の男にいたっては風に大きくなびくほどのマントを羽織り、更に腰から直剣の鞘までぶら下げている。


「プレグレッフィ家の守護騎士団ね…コーディルもいつにも増して険しい顔をしてる」

「騎士団…もう突っ込むのもめんどくさくなって来ました…」

「まぁ騎士なんて名ばかりの汚れ仕事担当で、剣を使うのもコーディルだけなのだけど」

「これで5つのファミリー…後はルドマン家ですね。でももう車列も見えないみたいですけど…」


晃司がそう言うと、ジェロシアは鼻で笑って右を指差す。


「ルドマン家は既にスタンバイ済み。ほら、アコニットさんも手を振ってるわ」


私と晃司が右方向を向くと、隣のビルから白衣を着た女性が確かに手を振っていた。

右目を奇妙なゴーグルで覆い隠し、両手には金属で出来たグローブをつけている。


「アコニットさん率いる緊急医療隊はルドマン家の隠し玉。医療行為以外で表に出てくることなんてまずないわよ、いいもの見れたわね」

「医療隊なんてあるんですか…ホント何でもありですね」

「だから楽しいのよ、この街は」


フォスター家を除くファミリーたちは、それぞれ個性が強すぎる戦力を携えている。

大きな抗争の起きない今でこそそれらの狂気は力を抑えているが、一度戦争になれば一斉に火がつくだろう。

そんなファミリーの戦力に対抗するため、フォスター家は私達イブリースを積極的に利用している。

殺しのプロ集団、個々が人を超越せんほどの戦力を有する組織。

でもそんなイブリースもあの事件のせいで今やナンバー20ほどまで縮小してしまった。

それでも上位ナンバーが残っている以上イブリースの力は殆ど衰えていないというのが各ファミリーの見解らしい。


「ジェシー、そろそろ定例会始まるよ」

「ん、そういえばそれぞれのファミリーのトップっていつビルの中に入ったんですか?正面からは出入りしていないような…」


晃司の馬鹿げた質問に私は深くため息をつき、ジェロシアは妖しく微笑む。


「堂々と表からビルに入るわけないじゃない。それぞれのトップはもう数時間前に裏からビル入りしている。今こうやって皆が集まっているのはあくまで各々の戦力を誇示するため」

「ああ、確かに俺達も普通に屋上にスタンバイできちゃってますもんね。狙撃とかし放題ですしね、此処からじゃ」

「じゃあ一発撃ってみる?標的は…リリちゃんにしましょうか」


ジェロシアはそう言って私から離れると、先日購入したらしいM1895を背中から下ろして右手に持つ。

そして一回転させてレバーを作動させ、それを晃司に差し出した。


「い、いや撃つわけないでしょ…!」

「大丈夫よ、リリちゃんならあんたの狙撃程度軽く避けられるから」

「だからってもし他の人にでも当たったら大変ですし、それにもし狙撃がばれたらそれこそ俺が返り討ちに合うかもしれないじゃないですか…!」

「フフッ、これで分かったでしょう?七大ファミリーが一堂に会し、主戦力が睨み合おうと殺し合いにならない訳が」

「…えっと…要は誰かを殺そうとしても自分が殺されるから、ですか?」

「そういうこと。金や権力があろうと、最終的に必要なのは自身の命なのよ」


ジェロシアはそう言いながらM1895をビルの下に向かって構える。

すると下にいる各ファミリーの組員達がかすかに動き始めるのが見て取れた。

リリだけではなく、全員がジェロシアや私達の存在に気づいていたのだ。

お互いに監視し合うことで、無駄な争いを避ける。それがこの街のルールだとジェロシアは良く言う。

血に酔いしれる彼女ですらそのルールを守るくらいだから、それを破れば確実に死が待っているのだろう。

不意に私達の後ろに余所者の気配が感じ取られる。


「ジェロシアちゃーん、駄目でしょそんなオフザケしたら!」


私と晃司が振り返ると、其処にはいつの間に移動してきたのかアコニットがニコリと笑って立っていた。

しかしその手には弓を持ち、臨戦態勢であることを匂わせている。

ジェロシアは構えを解いて銃身を右肩にかづぎ、アコニットのほうを向いた。


「だって仕事がつまらないもの。いいじゃないちょっとぐらい」

「タダでさえ一般人何て連れてきて面倒増やしてるんだからおとなしくしときなさい!」

「あら、アコニットさんは知らなかったかしら?晃司は一般人には程遠い位置にいるってこと」


晃司という名を聞いてアコニットは一瞬驚いたような表情を見せて、咳払いをしてから晃司のほうを向いた。


「あー、あなたが晃司…この前警察の特別検査に来てた…そっか…なるほどねぇ…」


アコニットは一人でぶつぶつと何かを呟き続ける。それを晃司は奇怪な目で見ていた。


「えっと…俺は普通に一般人なんですけど…」

「一般人…かぁ…っと、初対面なのに失礼!私はアコニット、ルドマン家のメンバー。でさ、初対面だけど一つ忠告、あなた警察に目つけられてるから注意してね」

「警察に?ど、どうしてですか…?」

「とぼけちゃってぇ。身に覚えはあるでしょ、たっくさん。何かこの街の警察を舐めてるみたいだけど、一般人だと思ってるならその認識は改めたほうがいいと思うよ」

「舐めるって…殺し見過ごすような警察を信頼しろってほうが難しいですよ」

「そっかぁ…あー、なるほどそういうこと、か…じゃ、もうちょーっとこの街で過ごせば分かるよ、警察の怖さ」


果たしてアコニットは晃司に何を伝えたいのだろうか。

ただ彼女は普段から一人で何かを呟き、勝手に解決して突拍子もない事を言い出す人ではあるので、あまり彼女の発言に耳を傾ける必要性は少ない。


「分かりました…忠告ありがとうございます」

「ジェロシアちゃんもアリーチェちゃんも、あんな事件の後だから大変だろうけどしばらくおとなしくしといてね。あの時大変だったんだから私達」

「フフッ、緊急医療隊が動かなかったら大部分の人達が死んでいたかもしれないから助かったわ、ありがとう」

「本当よ!ペストをばら撒いたネズミ駆除でどれだけのお金が飛んだか…まぁ私の実験費用に比べたら屁みたいなものだけど…あ、そうだアレの準備もやっとかないとなぁ…っと、私はまた隣のビルで監視業を」


アコニットはそう言って三人に軽く手を振り、ビル端へと駆けて行く。

ビルの間を軽くジャンプで飛び越えてみせて彼女は隣のビルへと戻って行った。


「うーん、警察と関わったことなんて一回しかないんですけど…そんなに俺って目をつけられるような事しましたっけ…?」


この男は本当に馬鹿だ。話を聞いているだけでイライラが抑えられない。

あーもう、我慢の限界!


「あんたさぁ…私達が誰だか分かってるの!?イブリースよ!?殺し屋よ!?殺し屋に依頼する一般人なんて何処にいるわけ!?」

「え、いやまぁ確かにそうですけど…別に殺しを依頼してるわけでもないですし…」

「なら今すぐサツの所行って、自分は何も悪いことしてないーってほざいて来なさいよ!そうすればあんたが何でサツに目ェ付けられるか教えてくれるから!」

「…いや、それは遠慮しときます…」

「…ホントキライ、ダイッキライ!この際言わせてもらうけど、あんた何がしたいのホント!?私達に付きまとって、私達の事をそんなにネタにしたいわけ!?」


晃司は私の言葉に対して気まずそうに目線を反らすだけだ。一方ジェロシアはジェロシアでニヤニヤしながら私のほうを見てくる。


「ジェシーもこんなの放っておけばいいじゃないのよ!雑魚だし汚らしい男だし、何でこれといっつも絡んでるわけ!?」

「フフッ、晃司が傍にいるといっつもアリーチェって怒ってるわね」

「そりゃこんなの近くにいたら怒りたくもなるわよ!」

「プリプリ怒るお嬢様も可愛らしいわ。見ていてとっても楽しいし」

「な、何よ!もしかして私を怒らせるためにこれを連れて来てるの!?」

「ええ、そうよ。そうじゃないならこんな男の依頼なんて聞くわけないじゃない」


ジェロシアの一言で私の怒りは頂点に達した。もう我慢の限界だ。

何で弟子の私よりジェロシアのほうが仕事に対して不真面目なわけ!?幾らなんでもふざけすぎだ!

此処はガツンと一言何か言ってやらないと収まりがつかない。

でも怒りが込み上がりすぎて何を言えば良いのか分からなくなってきた。

やり場のないイライラから拳を猛烈に握り締める。爪が掌に食い込んでかすかに血が滲んで来た。


「一発殴らせなさいあんた!それで今日の所は勘弁してやるから!」

「え、お、俺!?」

「ッタリ前でしょ!」


右手を後ろに振りかぶり、晃司目掛けて振り下ろす。幸い手が届く距離に彼が居たため足を動かす必要もなかった。

しかし、拳は晃司の目の前で別の手によって受け止められてしまった。


「ジェ、ジェシー!?何で止めるのよ!?」

「…どうして私を殴ってくれないのかしら?さっきも言ったけど、私とっても暇なのよ、今」


そう言ってジェロシアは不敵な笑みを浮かべる。

この笑みからして、彼女は晃司を庇った訳ではない。この拳から闘争を始めたがっていたのだ。


「…い、いやジェシーを殴る事なんて出来ないし…」

「あらそう、つまらないわ…」


ジェロシアはゆっくりと私の手を離し、そして軽く微笑む。

何だかあんなことでキレた事が馬鹿馬鹿しくなってきた。怒りも収まり、私は手の力を抜いて大きなため息をついた。


「ハァー…仕事に戻ろ」


ビルの下では依然として各ファミリーの主戦力が睨み合っている。定例会はまだ終わりそうにない。



───同日、12時半頃、アイリスにて。

定例会が終わったらしく、3番ビルの前から続々と車が走り去っていく。

その様子を道路脇に停めた移動販売車からアタシ達は眺めていた。


「ふぅ、何も無しで終わって良かった。流石にアンタもあんなの相手にするのは無理でしょ?」


アタシは運転席でパーラメントを銜えながら、助手席で煙たそうにしている旦那に話しかけた。


「仕事とは言え、各ファミリーの主力はちょっとな…」

「アンタそれでも殺し屋?ちょっとは自信とか見せてみなさいよ」

「いやなぁ、俺だってそろそろ現役は引退する歳だぞ?いっそのこと三人でアルゲトンに移住して…」

「無理無理、アンタは死ぬまでイブリースナンバーがついてるし、アタシも仮初の足しか洗えない人間なんだから」


足を洗った、ことになっていても裏社会の人間と関わる機会は一切減っていない。むしろ情報業や監視業を副業で始めてから増えている気もする。

そっちのほうがアタシにとって向いているし、自分自身では何も問題はない。しかし、やはりキャリーのこともあるし、いつか完全に足を洗うべきではある。


「…そうだ、独立記念日にはキャリーも帰ってくるのか?」

「うーん…キャリーには会いたいけどさ、ほら独立記念日は大事な書き入れ時だしさ、二人で屋台出したほうが稼げるだろ?」

「あの子にも手伝いさせてやればいいじゃないのか?多分喜んで引き受けてくれるぞ」

「ダメダメ、もし怪我したらどうするのよ…まぁ、最終決定権はキャリーにあるからね」

「…アルゲトン、昔と変わっていないと良いんだが…」

「学校のほうは変わってなかったし、大丈夫よキャリーなら」


キャリーがアルゲトンの学校に移ってから一ヶ月も経っていないが、既に旦那のほうは寂しくてたまらないらしい。

子離れが全く出来ない情けない男だ。アタシも寂しくない事はないが、キャリーとは毎週連絡も取っているし、元気にやっているらしいから何も心配はしていない。

アタシ達が車内でくつろいでいると、運転席の扉をノックする音が聞こえてきた。

窓のほうを見てみると、其処には豪華なチャイナドレスを着た女の子が鋭い眼光で睨んでいた。

この子は清龍党のリリ。一体何の用事だろうか。アタシは窓を開けて彼女に話しかける。


「何の用?ホットドックが欲しいならすぐに準備するよ?」

「ファストフードは肉まんしか食べらんないのー…ステラ・ウィルソン、仕事の話がしてぇんだ、面貸しな」


情報屋の端くれであるアタシに態々話を持ちかけてくるなんてとても怪しい。


「…話は此処でも出来るだろう?悪いけどアタシは用心深いんだ」

「チッ…んだよ、じゃあ話してやる…レイヴン、知ってんだろ?」


ああ、またレイヴンさん絡みの案件か。アタシは頭を抱える。

前回の事件も収束したということで、彼女は食料と酒をたらふく買って自分の家へと帰ってしまった。

事件の後処理すら一切せずに帰還してしまったため、最近はレイヴンについての問い合わせがかなり多い。


「…あんま関わんないほうがいいよ、あの人に」

「ウッセェよマジ。用件はレイヴンの住んでいる場所を教えて欲しいって事、報酬は五千」

「会ってどうするつもりだい?殺そうってなら尚更教えるわけにはいかないよ。無駄な死者を増やしたくないからね、こっちも」


アタシがそう言うと、リリは歯軋りをしてイライラを隠せないでいた。


「テメェがウチの心配する筋合いねぇだろ…テメェは黙って居場所教えりゃいいんだよ」

「…五千ねぇ。じゃあこちらの条件を一つ。アタシがアンタをレイヴンさんの所まで連れて行ってあげるって事でどうかしら?」

「へヘッ、あのババァと組んでウチを打ち殺そうってかい?」

「まさか。あの人がアタシの言う事聞く訳ないじゃない。アタシはただアンタを連れて行くだけさ」

「…後ろ、開いてんだろ?ほら、金」


リリはそう言って左手に持っていた100ドル札の束を投げてきた。

キャッチして適当に枚数を見る。確かに五千。ぼろい商売だ。


「アンタのシモノフぐらいなら積めるから安心しなよ。鍵開けとくから持ってきな」

「言われなくても持ってくるしー。じゃ」


そう言ってリリはどこかへと去って行った。


「おいおい…そんな安請け合いしていいのか?仮にも清龍党の重鎮だぞ、アレ」

「そんなのがアタシに金払ってまで会いたがってんだ。用件、気になるでしょ」

「…面倒にならないと良いがなぁ。リリもレイヴンも曲者だから、何が起こることか」

「アンタは一々心配性すぎんだよ。ほら、後ろ開けて来てよ」

「はいはい、分かったよっと…」


旦那はそう言って助手席から降りて移動販売車の後部ドアを開錠した。

しばらくして後ろでゴトゴトと音が鳴り、そしてドアの閉まる音が聞こえてくる。

旦那が戻ってきて助手席に座ったのと同時に、アタシは後ろの覗き窓を開けてリリが乗り込んだかどうか確認した。


「大体一時間ぐらい掛かるよ。帰り道はレイヴンさんに教えてもらうか、自分で調べるんだね」

「あいあい。ほら、とっとと出しなって」

「全く、偉そうだね…そこ、乗り心地悪いから気ぃつけなよ」


アタシはそう言って車のエンジンをかけてアクセルを踏んだ。

目的地はキャスタニア郊外を更に東、アルゲトンとキャスタニアを隔てる山地。

アタシもレイヴンさんの住居に行くのは久々だ。前と様子が変わっていたりするのだろうか。


───同日、13時半頃、キャスタニア郊外にて。

気がつけばもう昼だ。どうやらまた玄関横の椅子で寝てしまったらしい。

とりあえず一杯。床に転がる酒瓶を適当に拾い上げる。この形はジャックダニエルのブラックだ。

蓋を開けて黄金の刺激物を喉に通す。

ゆっくりと思考回路が繋がり始めて、今の状況がおおよそ掴めた。

今、私はTシャツにジーンズ姿。床には酒瓶。昨日の記憶は全くない。

まぁいつも通り酒盛りでもしてたのだろう。目も覚めたことだし飲み直しだ。


「…誰だ?」


はるか遠方からエンジン音。荷物を頼んだ覚えはないし、アポも貰っていない。一体こんな僻地に何の用事だろうか。

キャスタニアからアルゲトンへと続く道の途中には、年中緑が生い茂る山地が広がっている。

其処には一本の州道以外何もなく、その道路の利用者すら殆どいないような場所だ。

州道から唯一分岐する一本の細い道路。殆ど舗装もされてないその道をずっと進み、山奥へと入った場所にマイハウスが存在する。

私ご自慢のお家は全て手作り。もっとも一階しかないログハウスだし、電気もガスも水道も贅沢に使えない不便な場所だ。

さて、とりあえず歓迎の準備はしておこうか。私は玄関の脇に立てかけてあったM870を持って、ポンプアクションを行う。

徐々に大きくなるエンジン音と共に、私の鼓動も大きくなる。

私に用があるのならタダ一つ。私を殺しに来たに違いない。

ならば誠心誠意を持ってぶっ殺してあげないと。


「…って、ステラちゃんじゃない」


森の中から出てきた車両は、馴染み深い移動販売車だ。

車は私の家の前で止まり、そしてステラとビッグジョージが車から降りてきた。

ステラは私のほうへ、そしてビッグジョージは車の後ろへと歩いてゆく。


「すみませんレイヴンさん。電話したんですけど出なかったんで勝手に来ちゃいました」


電話。私はジーンズから携帯を引っ張り出す。

あ、着信履歴。しかも何回も。深い眠りについていたせいか身に覚えは全くない。


「ステラちゃんの来訪なら大歓迎…あの旦那も一緒なのがアレだけど」

「アタシ等だけじゃないですよ。てかそちらの子がレイヴンさんに会いたいらしくて」

「私に?しかもステラちゃんを介して?誰かしら?」


しばらくしてビッグジョージがこちらにやってきた。その後ろにいるのは…チャイナドレスの可憐な娘。

一瞬誰だか分からなかったが、右肩に担いだ得物ですぐに分かった。


「あーらあーら。これはこれは清龍党のリリ様が私めに何か御用でしょうか?」


私がふざけながらそう言ってみせると、リリは舌打ちをして更に私に近づく。


「…二人とも、依頼は此処まで。とっとと帰りな」


と、リリがウィルソン夫妻に向かって呟いた。


「えぇー、ステラちゃん帰るの?折角こんな場所まで来たのにぃ?」

「アハハ…すみませんねレイヴンさん。一応仕事なんで、アタシ等はこれで失礼しますね」


ステラはそう言って頭を軽く下げ、そそくさと車へと戻って行ってしまった。それに続いてビッグジョージも撤退してゆく。

残されたリリは、じっと私のほうを睨む。


「…黙ってたら何も分からないわぁ。何の用?」


一応用件は分かっているが聞いてみる。概ね前回の事件の報復だろう。

私は忠告という形に清龍党の看板に泥を塗って見せた。仮にも七大ファミリーだ、そんな事してただで済むわけがない。

しかし、リリは依然として黙ったまま。ならこっちから仕掛けてやろうか。


「此処じゃ思う存分楽しめるわよ。どれだけ銃をぶっ放しても誰にも聞こえないし。ささ、私達に言葉なんて不要。ヤリ合いましょうよ、早く」


そう言ってもリリは何も返してくれない。つまんない子。

殺意も感じられないし、ホント何をしに来たのやら。

しばらく沈黙が流れ、やっとリリが動き出した。

彼女は担いでいたPTRS1941を下ろして地面に置くと、何と私に向かって頭を下げたのだ。


「…テメェがこの土地に訓練場を持っていることは調べてある…そして過去に此処で誰を育てたかも…」

「まぁ、そんな事まで調べれたなんて…で、何?」

「あの時、ウチはテメェに惨敗した。武器についてこちらが圧倒的有利だったのにも関わらず。許せないんだよ、このままじゃ」

「なら尚更頭を下げる意味が分からない。また殺し合って、今度こそ私に勝ってみせればいいんじゃない?」

「それができりゃとっくにやってるし…!レイヴン、稽古をつけてくれ!」


ふーん、私なんかに指導を願うなんて、つくづく訳分かんない子。

でも自分の弱さをしっかり理解できている辺り、やはり見た目以上に出来る子だ。

それにあの戦い方を見る限りセンスは十分。

ああ、確かに気になるわぁ。もっと強くなったこの子の姿。

そしてそれを完膚なきまでにぶちのめす快感も味わいたいし。


「…お前さんも清龍党の残飯処理任されて、腕が鈍ってしょうがなかったんだろう?いいだろう、しばらく面倒見てやる」

「…マジ?」

「清龍党には連絡済み?もし私が拉致したことになったりしてたら面倒なんだけど」

「有給は取ってあるし、タップリと」

「なら良し。ただ、私の指導は…あんまアテになんないと思うけどさ」


誰かの戦術指導なんて何年ぶりだろう。そもそも指導したことも数えるほどしかないし。

一体何処でそんな情報を掴んだのか気になるが、今はとりあえずリリの指導をしてやろう。


「家事とか雑用も最低限してやるし。これでも料理とか出来るから」

「じゃあ毎日中華三昧ね。そうだ、私の指導を受けるに当たってただ一つのルールが存在する」

「んだよ、ルールって」

「指導が嫌になったり、私の顔を二度と見たくなくなったら、お前さんの愛銃で私を殺せば良い。いつでも、何処でもいいから」

「はぁ?」

「もちろん、快楽のために殺したくなった時も殺しなさいな。私はそれに対し、“防衛反応”は取るから」


私が誰かを指導するたびに伝えてきたメッセージ。

ただ今まで誰一人として私を殺そうとした者はいない。つまんない連中ばかりだ、私をぶっ殺して始めて強さを実感できるというのに。


「…ヘヘッ、テメェらしいリール。一応覚えとくわー」

「じゃあとりあえず、一戦交えましょうか。指導、ってことだから私は素手でお前さんを怪我させない程度に。お前さんは全力で来なさいな、じゃないと絶対勝てないから」

「そのヤッスイ挑発、乗ってやんよ…!」


リリは口角を歪めながらPTRS1941を担ぎなおし、じっとこちらを睨む。

良い暇つぶしが出来たわぁ。しばらく街に降りなくても楽しめそう…



───同日16時41分、南部区域ワトル、イブリース本部にて。

今日もかったるい書類仕事を片付け、後は定時に向けて帰り支度をするだけ。

暇つぶしに新しく買ったアクションゲームで遊んでいると、遠くから冷たい視線をひしひしと感じた。


「…マフィンさん、もう仕事は終わられたんですか」


キャンディはキーボードをタイピングしながらそう言ってきた。朝からずっとパソコンに張り付いていたのにまだ仕事が終わらないのだろうか、キャンディさん。


「え、ええ終わりましたよ。終わりましたとも…」

「イブリースナンバーが減って仕事量も削減されましたからね…だからと言って仕事時間にゲームをするのは頂けませんが」

「い、いやぁ…アハハ、実はこの敵が中々欲しいアイテムを落とさなくってですね…少しでも時間があれば狩りたいのですわ…」


私がそう言うと、キャンディがため息をして立ち上がり、こちらに向かってきた。

ヒィ、今日はどんなお仕置きをするつもりなんだろ…痛いのは勘弁して欲しいなぁ…


「…その敵に槍は駄目です。恐らく欲しい素材は本体ドロップでしょう…高速で回すのなら一個上のランクミッションで高台ハメを狙ってください」

「…へ?」

「そのために必要な武器と防具は比較的簡単に揃います。まずはそちらをマラソンしてから本命に入りましょう」

「えっと…マフィンさん、このゲームやったことあるんですか?」

「少しだけですけど」

「うーん、とてもそうは思えないけど…具体的にはどの位の時間プレイしたことあるんですか?」

「それが…時間が止まってしまっていて正確なプレイ時間が計れていません」


時間が止まってって…プレイ時間カンストやないですか…

このゲーム、発売日四月の頭ぐらいだったような…何なんすかこの人、ガチ勢ですやん…


「す、凄いっすねキャンディさん…あ、せっかく同じゲーム持ってるなら今度一緒に遊びましょうよ!」

「ええ、いいですよ。では今週末マフィンさんの自宅で」

「わ、私目のホームですか!?い、いやぁ、今ちょっとばかし床がないっていうか、ゴミが少し多いというか…」

「…でしょうね」

「うわー、その返しは流石に傷つきますよキャンディさーん…!」


私達がワイワイと会話していると、私のデスクの電話が鳴り出した。

慌ててゲーム機を置いて受話器を手に持つ。


「はいはーい、こちらイブリース本部」

「…お、お忙しき所、し、失礼…し、しま、します…え、えっとですね…」


え、何ですかこのドモりっぷり…スッゲェ聞き取りにくいし。

メンドクサイ電話取っちゃったなぁ。受話器置いていいかな…


「あ、その…あ、そうだ、わわわ私、プ、プル…プレグレ…プログレ…」

「プログレ?音楽関係の方ですか…?」

「い、いえいえちちち違います…プレ、プレグレッフィ家の…ココ、コーディルという、な、なな、名前です…」


プレグレッフィ家…ああ、そっか。この時期にこのファミリーの電話と言う事は、毎年恒例のアレの依頼だろう。


「ああ、プレグレッフィ家さんでしたかー、失礼しました!去年までロマーノさんが直接電話されてたので分かりませんでした」

「総統は…その…ていうか私が、その、で、電話に…慣れろと言われ…あ、この話いいいらない、ですよね…し、失礼…」


プレグレッフィ家護衛騎士団騎士長コーディル。

見た目も凛々しい紳士で、プレグレッフィ家の重役なのにこの電話の下手糞さは何なんだろう。


「いえいえー気になさらず。それで、用件は独立記念日のステージの事ですよね?」

「あ、はい…そ、それです、はい」

「すみませんー、実はフロッドさん、六月末から海外公演らしいのでマジックショーは出来ないんですよね…」

「え、あ、え、ホントですか…あー、えっと、じゃ、じゃあすみません…えっと、じゃあどうしたらいいんだろうか…」


流石にイライラするなー…しゃあない、変わってもらおう。


「えっとですねー、ロマーノさんがおられたらお電話のほう変わってもらってもいいですか…?」

「え、えっと、わか、分かり、分かりました…」


コーディルの声の後に、かすかに誰かの笑い声が聞こえてきた。

そしてすぐに別の男性の声が受話器に流れてきた。


「失礼、お電話変わりました。プレグレッフィ家のロマーノです」

「ロマーノさん、いつもたまーにお世話になってますー」

「いえいえこちらこそ。先ほどはすみませんね、コーディル君があまりに女性と話すのが苦手だから、ちょっとトレーニングの一環として電話をさせてみたんですけど」


女性が苦手だからってあの電話は流石に酷いだろう。社会人としてありえないレベルだ。


「アハハッ、そうだったんですか。あ、それで独立記念日の件ですけど、フロッドさんはちょっと無理そうでして…」

「ふーむ…イブリースさんにもできれば独立記念日の祭典に参加して欲しかったんですけど…フロッドさん以外で表の顔を務められそうな人とかいないですよね…?」

「まぁ、我々の会社のメンバーじゃちょっち厳しいですねぇ…」

「…あ、そうだ。なら本部社員のお二人が何か出店を出されては如何でしょう?」

「出店!?いや、今から手続きするのも面倒…いや、大変ですし…」

「そうですか…じゃあこの際パレードに皆で参加とかは?」

「皆って、ジェロシアさんとかですか?いいんですか、彼女達みたいなの表に出しても…」


ジェロシアさんはとても表の人間に見せられるような方じゃない。

それに他のイブリースナンバーも一般人に接触させてはならない面構えばかりだし…


「ジェロシアさんはお美しいしこちらとしても大歓迎ですよ!…あ、でも流石に得物に実弾入れるのは止めて頂きますが」

「う、うーん…いや、やっぱり今回はイブリースは不参加でお願いします…もちろんこっそり見に行かせて貰いますよ!出店で美味しいもん食いたいし…」

「そうですか…分かりました。では当日は是非楽しまれてください」

「はい、そちらも準備のほう頑張ってください!ではー」


私はそう言って受話器を置き、そして特段大きいため息をついた。


「…プレグレッフィ家はいつもこんな依頼ばっかりですね」


と、キャンディがぼそりと呟いた。

プレグレッフィ家は七大ファミリー屈指の友好主義派で、他ファミリーはもちろん我々イブリースのような組織にすらイベント参加を勧めてくる。

その反面殺しを始めとする血生臭い依頼は一切請け負わせようとしない秘匿主義でもあり、謎がとても多い家系だ。

だからこの街で度々発生する事件に関与しているかどうかは全く分からない。

だが七大ファミリーの内三大トップの一つだ。裏で何か動いている事は想像に難くない。


「決まってフロッドさんを指名して来ますしね…あ、キャンディさん。もしかして出店、出したかったりします?」

「…もう断ったのでしょう?」


あ、出したかったんだ。ホント分かんないなこの子は…


「まぁ、ビッグジョージさん辺りに頭下げれば移動販売車貸してくれそうですけどね…」

「ああ、その手が…あ、いや別にいいですよ、本当に」


…仕方ない、後でビッグジョージさんに頼んでみよう。

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