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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第六章:百鬼夜行 ~イブリース粛清編~
43/71

第十話

───6月3日7時35分、中心区域北東部ローズにて。

マグノリアとローズの境にある一軒の喫茶店「ロブスタ」。

住民から観光客まで広く利用される大衆喫茶店であるこの店には、雨宿りを兼ねて多くの客が朝からくつろいでいた。

程よい雑音とコーヒーやタバコの薫りは、雷光と共に訪れた来客によってかき消される。


「あー、いたいた。こんな所で油売ってたのねぇ」


全身を雨と血で濡らしたレイヴンは、恐怖と嫌悪感が混じる客の目を全く気にすることなく、テーブル席で新聞を開いていた男に近づいた。


「おはよう。優雅なコーヒータイムを満喫してるとこ失礼するわ」


そう言ってレイヴンは男の向かいに腰をかけた。それと同時に男は新聞を畳み、レイヴンのほうを怯えた表情で見つめた。


「よ、ようレイヴン。俺に何か用か?仕事の話なら電話でも良かったのによ」

「LEくん、顔と声にいつもの余裕が無い。そんなに私が怖い?」

「当たり前だよんなこと…で、用件は?」

「分かってるでしょ?私が直接お前さんに会いに来たってことは、お前さんの仕事についてちょーっと言いたいことがあるって事」


レイヴンはそう言ってLEの前に置かれていたトースト手に持ち、ゆっくりと一口齧ってみせる。


「さ、さぁなぁ…俺も金貰って仕事してただけだし…何か言われる筋合いなんてあったかなぁ…?」


あくまでしらばっくれるLEに対し、レイヴンは口角を吊り上げて、低い声で尋ねた。


「…モーティマーに幾ら積まれた?」

「モーティマー?…どうだろうなぁ?俺もまだあの男の事はイマイチ掴めてないからなぁ…」

「まだ白を切るかいLEくん。情報通のお前さんならもう知ってるだろう…今日の私は色々あって欲求不満なの」

「…俺はフリーの情報屋だぜ?金積まれた以上仕事はこなす。もし吐かせたいなら更に金を積んでくれねぇと…」

「残念、私は稼いだお金は全部酒に消えちゃう、だからお前さんの満足できる額は渡せない…体なら喜んで売ってあげるけど?」

「問題外問題外、俺と仕事の話すんなら金が先だ。レイヴン、例えあんた相手でも俺は絶対にスタイルを変えないからな?」


LEの言葉を聞いて、レイヴンは皿にトーストをゆっくりと戻す。

そしてその瞬間、テーブルを足で思いっきり蹴り飛ばして見せたのだ。

突然の出来事にLEは動くことが出来ず、すかさずレイヴンは立ち上がってLEを押し倒す。

ナイフシースからナイフを取り出し、彼の首に突き当てる。薄皮が斬れて、一筋の血がにじむ。

この騒動に他の客達も恐れ戦き、次々と喫茶店から飛び出て行った。


「清龍党がばら撒いた金は上位一人の首あたり100万…そしてモーティマーは恐らくお前さんが上位ナンバーと良く関わっている事を知っている…LE、お前さんは100万以上積まれたんじゃない?」

「…ヘッ、殺したきゃ殺せよ。今はあんた達よりモーティマーのほうが上客だ」

「やはりか。糞道化や初老旦那、あまつさえジェロシアやプレッツェにまでガセネタばら撒くなんてやってくれるよ。いつもなら情報止めるだけなのにさ」

「其処まで掴んでるとはねぇ、まるでジャンヌさんみたいじゃないか」

「あーらあーら、私も情報収集は得意なのよ?さてLEくん、100万使ってナニが腐るまでセックスがしたいのなら答えな、モーティマーの居場所を」


レイヴンは目を見開いて、狂気的な笑みを浮かべて更にナイフを押し付ける。


「駄目だ、言えないなぁ…レイヴン、あんたが其処まで必死になるのには理由がある。モーティマーを探すアテが他に無いから、そうだろう?」

「ご名答。他の情報屋も軒並買われて、モーティマーはモーティマーで偽者を大量に使ってターゲットを拡散させている。生きるのに必死過ぎて失笑モノさ、あの男」

「モーティマーは相当出来る男だ。たった数日でアレだけの手駒揃えられるんだ、ありゃあ殺すには勿体無いぜ…?」

「…お前さんもネズミに噛まれたか。仕方ない、総当りで殺すか。LEくん、あえて私はこのまま立ち上がろう。そして10秒あげる。その間にお前さんは好きなようにすればいい」

「へぇ、此処までして俺を助けるか。やっぱ情報屋は良い職業だ。あんた達みたいな化け物を情報ちらつかせるだけで手懐けられるんだからなぁ」

「成程、お前さんは私達を飼い慣らせていたと思っていたの。意外と大物面してんのねぇ」


そう言ってレイヴンは立ち上がり、ナイフをしまってニヤリと笑って見せた。

たった10秒。到底逃げ切ることなど不可能。

ならば刃を突き立てるしかない。LEもすぐに立ち上がり、懐からグロック17を取り出す。

そしてすぐさま照準をレイヴンの顔に向けて引き金を引く。

だがレイヴンは右掌で銃口を覆い隠してしまう。


「あ、10秒あげるけど別にその間棒立ちするってワケじゃないから」


手の中で暴発した弾丸は、やはり貫通することなく掌の肉を抉り散らして静止する。


「セ、セコッ…!?」

「ほらほら、後16回引き金引けばいいじゃない。流石に手が吹き飛んじゃうかもしれないから」

「やってられっか…!」


LEはイライラしながらグロック17を手放して、レイヴンに背を向けて逃げようとした。

だが既に10秒というあまりに短い時間は過ぎてしまっており、レイヴンは再びナイフを取り出してLEの腕を血まみれの右手で掴む。

彼の体を無理やり引き寄せ、すぐさま左手のナイフでLEの首筋を引き裂いた。

間欠泉の如く鮮血を噴き出しながらLEは力なく地面に崩れた。

ナイフをしまい、辺りを見ると既に客はおろか店員すらいない。


「…LE、仕事に生きた良い男。もうちょっと力があれば文句なしなんだったんだけど」


レイヴンはふとそう呟き、店を去ろうとしたが、店の前に見覚えのある車が停まっていることに気づいて不敵な笑みを浮かべた。

その車から運転手が降りて来て、そして店に飛び込んできた。


「ちょちょ、レイヴンさん…LE殺しちゃったんですか!?何してるんですか本当に!?」

「はいはいステラちゃん深呼吸深呼吸。せっかく久々に会ったのに悪いわねぇ、血塗れで」

「落ち着いてられる訳ないでしょう!?早くズラかんないと、此処マグノリアに近いんですしすぐに警察が来ますよ!」

「あーら、そうだった。仕方ない、バイクは捨てて行くか…ステラちゃーん、助手席おねがーい」

「分かりましたよ、この件についてタップリ聞かせてもらいますから!」


二人はそのまま店を後にし、すぐに移動販売車に乗り込んだ。

ステラはエンジンをかけてロブスタからそそくさと撤退させた。レイヴンは助手席でニヤニヤ笑いながら右手の雑な止血処理を行う。


「てか、何でLE殺したんですか…あの子優秀だったんだから困りますよ」

「幾ら優秀でも、ウソの情報流すんじゃ駄目じゃない?ダンマリならまだしも」

「ウソの情報…ああ、モーティマーの件ですか。皆騙されちゃってるみたいですからね、LEに」

「そそ。で、ステラちゃんは何か掴めた?」

「…そろそろジェシーちゃんやプレッツェちゃんが下水道に降りるそうです。LEの情報がガセネタなら此処にもいないはずですけど…正直調べてみないと何も言えないですね」

「騙されようが騙されまいが、やるべき事は同じか。他の連中は下水道に行く予定は?」

「フロッドちゃんたちは一度体制を立て直してから、馬鹿旦那もブロッサムを一通り掃除したら向かうそうです。特にブロッサム、凄い量の偽者がいたらしくて」

「偽者…モーティマーって其処まで人望ある野郎なの?」

「うーん、アタシは金を積んだんだと考えてますけど…確かに気になるところですね」

「ま、真相は本物殺してから調べたらいっか。さてとステラちゃん、私と一緒に下水道行かない?」


レイヴンはそう言ってニヤリと笑って見せる。

それを聞いたステラも、少しだけ口角を吊り上げて見せた。


「それは都合がいいです。実は別件で監視業もしないといけなくて」

「それって私を?」

「まぁレイヴンさんも、ですね。後はアリーチェちゃんと与一。心配性のジェシーちゃんの頼みでして」

「…ああ、ジェロシアか」


レイヴンは先ほどまでの笑みを失い、窓の外を眺め始めた。


「…久々に挨拶でもしたらいいんじゃないんですか?別にあの子も拒んだりしないですよ」

「まだ時期尚早…あの時二人で決めたの。再会した時、お互い死ぬまで踊り狂いましょうって」

「素直じゃないところ、似てますよねホント」

「そう?私もジェロシアも本心剥き出しで生きてるようなもんじゃない?それが一番だと知っているからさ」

「かと言って、レイヴンさんはもう少し落ち着いてもらいたいんですけどね…」

「ゴメンゴメンステラちゃん。あ、そうだ。入り口確保してもらわないと」


そう言ってレイヴンは携帯を取り出す。


「もしもし…はいはいお久ー…そそ、下水道。んじゃよろしくー」


ごく短い会話を終わらせて、レイヴンは携帯をしまう。


「キリルさんですか?」

「丁度近いしいいでしょ?ステラちゃんもアッコとは問題起こしてないし」

「ええ、大丈夫です。しかしレイヴンさん、ひっさびさにアレ使ったんですけど、やっぱ昔の血が騒いじゃって駄目ですね」

「なーんだ、ステラちゃんも本当はそっち目的なんじゃないの。じゃあ下水道入る前に私と一発ヤッとかない?」

「いや、それは遠慮しときますわ…」


雷鳴が轟く道路をしばらく行き、移動販売車は無骨な建物の前で停車した。


「運転ありがとね。さぁステラちゃん、まずは下ごしらえを此処で済ませていいかしら?」

「ええもちろん。アタシは準備できてるんで」


二人は車から降りて、建物のドアを開けて中に入る。

建物内には金網越しに受付が存在し、そして更に奥に重々しい扉が控えていた。

レイヴンは受付に近づき、無愛想な男に対して話しかけた。


「エリートコース3回と、狙撃コース2回。ロケーションは下水道」


レイヴンの言葉を聞いた男はゆっくりと立ち上がり、壁のボタンを押す。

すると重々しい扉がゆっくりと開き、広大な射撃場が姿を現した。


「武器は、そうねぇ…M16にM203をセット、Mk23とそれと…」

「レイヴンさん、欲張りすぎですよ。そんだけあれば十分でしょ?突撃戦だからトラップも使えないですし」

「それもそっか。じゃあ後適当にグレネードつけといて。マガジンはタップリでお願い」


彼女の注文を聞きながら、男は壁に掛かった武器をアタッシュケースに収納して行く。

注文どおりに大量のマガジンをセットし終わり、男はアタッシュケースを金網にくっつけて置いた。

すると金網の一部分がくるりと回転し、レイヴンたちのほうにアタッシュケースが送られる。


「ありがとう。じゃあ行きましょうかステラちゃん。若人共に熟した女の魅力を伝えに」

「ア、アハハ…熟したねぇ…もうアタシもそんな年かい…実際言われるとキツイ響きだよ」

「なーに、ステラちゃんは年取るごとに綺麗になってうらやましいわぁ。私なんて肌はボロボロ、声は枯れるしでもう散々」

「それは恐らく加齢以外の原因じゃ…ま、オバサンはオバサンらしく行きますか!」

「その意気よステラちゃーん」


これから起こりうる闘争を前に、二人の妙齢の女性は妖しく佇む。

経験から来る余裕。死への恐怖より、血に乾いた喉を濡らす悦びのほうが遥かに大きかった。

二人は武器をセッティングしながら、射撃場の隅にあるマンホールへと向かった。



───同日同時刻、北部区域ニビヤシアック、フウリーガーデン一階にて。

ジェロシアとプレッツェの二人は、タチアナのガンショップに訪れていた。

早朝の来客にタチアナは不機嫌な顔で二人を出迎える。


「おはよう。早速だけど準備してくれたかしら?」


ジェロシアがそう言うと、タチアナは黙ったまま壁にかけてあるM1895を取り外してジェロシアに渡した。


「リサイクルショップにあったジャンクを弾が出るようにしておいたよ。スコープ無し、レバー部分は補強してある」

「フフッ、素敵な銃。今時レバーアクションだなんて誰が使うのかしらね。値段はいくらかしら?」

「弾込で五百。金置いてとっとと消えな」

「とってもお安い、助かるわ」


そう言ってジェロシアは適当にお札を出してタチアナに渡す。

明らかに五百より多い枚数だが、誰も気にすることなど無かった。

金を受け取った後、タチアナはジロリとプレッツェのほうを睨んだ。


「そっちのアンタ。むすっと黙ってないで何か言ったらどうなんだい」

「…無駄に元気そうで何よりだ」

「ケッ、余計なお世話だよ」


タチアナはそう言って、今度は引き出しから一丁の拳銃を出してプレッツェに投げ渡した。

それを受け取ったプレッツェは、銃を眺めて目を見開く。


「…何処でこれを…?」

「タダでさえ手に入りにくい品を更に訳分からん改造までさせておいて、捨てるだなんてこの大馬鹿者が」

「あらあら、アンタの変態拳銃じゃないそれ。久しぶりに見たけどやっぱり変な銃ね」


マテバM6ウニカ。回転式拳銃ながらオートマチック機構を持ったその銃は、複雑な機構の割りに装弾数がたった6発と他の拳銃に比べてメリットが殆どない珍品である。

更にこの銃はフルオートカスタムという本銃に全く必要ない改造が施されてある。そんな訳の分からない銃を、かつてプレッツェは使用していた。


「だが、どうしてこれを私に…」

「そんなゴミ使うのなんてアンタだけ、邪魔だから持っていきな」


しばらくその銃をプレッツェは黙ったまま眺めていたが、ゆっくりと首を横に振ってタチアナに投げ返した。


「…その銃はかつての私が使った物だ。今の私が使うべきではない」

「なんだい、こっちが親切にしてやったってのに。じゃあ早く消えな」


タチアナはそう言って手を払い、二人を部屋から追い出した。

アパートの廊下で、ジェロシアはM1895を撫でながらプレッツェのほうをじっと見た。


「武器はあったほうがいいじゃない。何で受け取らなかったのよ」

「…さっきも言っただろう」


そう言ってプレッツェは廊下を静かに歩いてゆく。

その背中を見て、ジェロシアは静かに呟いた。


「…今のあんたは昔のあんたじゃないのよね」


プレッツェと再会し、ジェロシアは彼女にかつて殺し屋だった頃の彼女の姿を想い重ねていた。

だが今のプレッツェは殺し屋ではないし、帰るべき場所もある。

今、彼女が傍にいようといずれまた私の元を去ることなど想像に難くない。

それを知った上で今の彼女に会い、クロワの伝言を伝えた。あくまで仕事として最低限の事を済まそうと。

しかし、やはり、私は一時の再会だけでは満足できそうにないらしい。

彼女と再び別れることが脳裏によぎった瞬間、あの時味わった虚無感と喪失感が全身を襲ったのだ。

駄目だ、まだ仕事は終わっていないのにそんな事に現を抜かすようではプロ失格だ。

まずは目前に迫り来る殺戮に胸を躍らせよう。それがジェロシアのあるべき姿。

二人は黙ったままフウリーガーデン地下一階の一室に到着し、その部屋の床にあったマンホールを開けた。

そして梯子を下り、下水道へと二人は降り立った。


「…整備され尽くしているな」


下水道にはしっかりと柵が設けられ、それを乗り越えない限り下を流れる汚水に触れることは不可能である。

また、下水の流れが速いためか匂いもマスク無しで何とか耐えられるぐらいに抑えられてある。

更に壁には等間隔にライトが置かれ、道もコンクリートでしっかりと舗装されてある。

こんな整った環境にも拘らず、ホームレスたちの姿は見られない。


「いつもならそれなりに人が住んでるんだけど、何処に行ったのかしら」

「…先の曲がり角に気配がするが…水流のせいで上手く掴めない」


プレッツェの指摘で、ジェロシアも気配に気づく。

いつもならすぐにその気配に感づけるはずなのに、やはり様々な思いが交錯してしまい力が引き出せない。

プレッツェはレイピアを構え、ジェロシアもM1895を背中に担いで後ろの両腰からSAAを二丁抜いた。

ゆっくりと曲がり角に向かって足を進める。それにつれて気配も僅かに掴めるようになってゆく。

数は一人。手には銃を持っている。体格は良く、恐らくそれなりのやり手だ。

曲がり角の直前に二人は足を止め、敵か味方かの判別に移ろうとした。

だがそれの行為は不要となった。曲がり角から男の声が響く。


「俺だ、ビッグジョージだ」


その声と同時に、曲がり角から顔だけを出すビッグジョージ。

二人はため息をついて曲がり角を曲がってビッグジョージと合流した。

彼は全身血まみれだったが目立った怪我も負っておらず、元気そうだった。


「まだ生きてたの、悪運だけは尽きないわね」

「会って早々それか。まぁそっちも色々元気そうで何よりだ…さて、世間話する時間は無い、互いに情報を共有するぞ」


ビッグジョージの一言から、三人は状況の確認を手短に行った。


「…偽者、か。ま、全員殺せばいいんでしょう?」

「やめておけ…俺もそれを実行したらUZIのマガジンを10本も使っちまった」

「あんたは無駄弾ばら撒くのが仕事でしょう?でも、私も一区切りつくまでリロードしないことにしてるから連続で46人しか殺せないわね」

「だから偽者は無視するんだ。本物をなんとしてでも探し出して叩くべきだ」


ジェロシアとビッグジョージの話をプレッツェは黙って聞いていたが、容易に思いつく疑問をふと漏らす。


「…本物を見分ける方法が分からない、どうすればいい」

「LEから貰った顔写真も、そのペストマスクっていうのを取らないと役には立たない…やっぱり皆殺しにしないといけないわね」

「いや、俺の推測では本物はどこかで一人俺達を監視しているだろう。だから俺達はそれを探せばいい」

「…とにかくまずは接敵だ」


プレッツェはそう言って、下水道の通路を進み始めた。

その背中をビッグジョージは見ながらジェロシアに静かに言葉をかける。


「プレッツェは…何故この街に戻ってきた?」

「ゼネリ家に護衛されていたらしいけど、その真意までは分からない。そしてあの子が私達と再び戦う理由も…」

「…彼女なりの罪滅ぼし、なのかもしれないな…お前に対する」

「ありもしない罪をどうやって償うのよ…全て自分のせいだと思い込んでしまうのはあの子の悪い癖ね」

「それだけお前はあいつに愛されているって事だ、良かったじゃないか」

「…どうだか…まぁいいわ、今は殺して殺して殺し尽くしましょう、不快な藪医者を」



───同日同時刻、中央区域南東部マグノリア、キャスタニアホールにて。

ホール裏口からフロッド、チェシャ、アリーチェの三人は忍び込み、地下一階にある立ち入り禁止の部屋の前に来ていた。

今日は特にイベントも開催されないためかキャスタニアホールには人影は無く、侵入することは容易だった。


「どうやら皆下水道に降りたらしい。僕等もそれに続こうか」


そう言ってフロッドは右袖から鍵を取り出し、扉の鍵穴に挿した。


「此処の部屋から下水道に降りられる。いやぁ、このルートを使うのも久々だよ。昔は逃走経路として重宝していたけど」


扉を開き、中に入る三人。部屋の中には様々なガラクタが散らばっており、そして床にはマンホールが備え付けられていた。

チェシャはガラクタの中からマンホールオープナーを見つけ出して、手早くマンホールの蓋を開けた。


「他の場所にもモーティマーはいなかったそうだ。今、イブリースの主力が全員下水道に降りることになる…チェシャ、アリーチェ、君達も思う存分働いてくれ」


フロッドの飄々とした激励にチェシャは黙ったまま頷く。しかしアリーチェは物憂げな表情で宙を見つめたままだ。


「…ホントに、私もついていっていいの…?」

「アリーチェ、君はジェロシアの悪い部分だけしっかり引き継いだみたいだねぇ…君に迷う事は許されない。目の前の敵を殺し、仕事を完遂するんだよ」

「でも、また二人に迷惑かけるかも…」

「ハァ…なら君はしかと見届ければいいさ、この下で起ころうとする殺戮を。鮮血に溺れて狂気に酔いしれる化け物共を」


そう言ってフロッドはニヤリと笑ってみせる。


「君が慕い、君がなろうとする存在を脳裏に焼き付けるんだ。イブリースの、この街の、僕達の姿を。そうすれば君も心から楽しめるはずだよ、殺戮をね」


フロッドの目は、ジェロシアが鮮血を前にして魅せる獣の如き瞳と同じだった。

マジックだなんていう小賢しい戦法を使い、武闘派ではないと頑なに否定する彼もまたイブリースが誇る狂暴な怪物に変わりは無い。

更に今回はその横に冷酷な化け猫までいる。そして下水道には既にジェロシアを始めとするイブリース上位メンバーがいるだろう。

早朝の百鬼夜行。それが今から繰り広げられる。果たして自分がその行進について行く事が出来るだろうか。否、ついて行くしか道は無い。

アリーチェはつばを飲み込み、静かに首を縦に振って見せた。


「心配しなくても、私がついています。アリーチェさんはどうぞご自由に、好きなように振舞ってください」

「さぁ、行こうか二人とも」


フロッドはそう言って梯子を下って行った。それにチェシャ、そしてアリーチェが続く。

下水道に降り立った三人の前に広がっていたのは、茶色く淀んだ汚水の濁流に撒き散らされた赤い絵の具だった。


「もう始まってるねぇ…さぁ、思う存分楽しもうじゃないか、イカレた淑女達よ」


フロッドの一言と同時に、チェシャがスパス12を右肩に担ぎ、アリーチェが双剣を構える。

前方の曲がり角からは続々とペストマスクの集団が現れる。

フロッドは悪魔の如く微笑み、チェシャも正にチェシャ猫のように笑みを浮かべ、アリーチェは大きく息を吐いて気持ちを整えた。



───同日同時刻、中心区域北東部ローズ下下水道にて。


「…実に三年ぶりか…最高にトチ狂った獣が一度に集える機会なんて早々ない。そうでしょ、ステラちゃん?」


淡々と、そして的確にM16を発砲しながらレイヴンが呟く。彼女はライダースーツの上からタクティカルベストを羽織った奇妙な姿をしていた。

しかしこれまで彼女が見せてきた大雑把な戦い方と比べ、その動きは一流の軍人のように洗礼されており、無駄弾を一切使うことなく敵を次々と殺してゆく。


「流石ですね…やっぱりレイヴンさんは小銃持ってこそです」


レイヴンの背中を守るように、ステラは右手にバレルの長いワルサーP38、そして左手にはナイフを持って構える。


「ステラちゃん、上から降ってくるみたい。それ、早く見せて頂戴…?」


レイヴンはM16を構えたままチラリとステラのナイフを見る。

そして上空のマンホールからペストマスクの人物が降りて来て、ステラの目の前に着地した。

敵はすぐにメスを構えるが、それを見たステラは目をカッと見開く。

左手のナイフを薙ぎ払った瞬間、ナイフの刃が鎖の如く分裂して鞭のようにしなる。

無数の小さな刃に切り刻まれた相手は、瞬く間に肉片へと姿を変えた。

鮮血と肉片はステラとレイヴンの体に纏わりつき、二人は恍惚な表情を浮かべる。


「…サイッコウ…」


小さな声でステラが呟く。彼女の眼差しもまた、レイヴンと同じ狂気の瞳だった。


「…ああ、脳味噌が震える、胸がビートを刻む、腐れきった蜜が滴る…臓物を喰らい、血飛沫を浴び、ゲロを撒き散らす闘争が始まる」


返り血を一切拭うことなく、レイヴンは対岸に現れた敵目掛けてM203の引き金を引く。

グレネードは確実に敵の中心部へ落ち、コンクリートと鮮血をばら撒く。


「数える必要すらない死体の山を作り、耳を塞いでも響き渡る断末魔に酔いしれる…ぶっ殺してぶっ殺してぶっ殺しまくれる!実に素晴らしい!」


M203をリロードしながらレイヴンがそう叫ぶ。

彼女の前に再びペストマスクが降りてくるが、即座にM16を振り上げて銃床をぶつけて敵をひるませた。

続いて銃床で相手を突き離し、その勢いのまま左手をM16から離して片手で銃を構え、引き金を引いた。

流れるような格闘術に、ただでさえ戦闘能力の低い敵はなすすべも無く銃弾に伏した。


「こんな舞台を用意してくれた貴様等には感謝してもしきれないよ…ありがとう、ゴミクズ共。そして死ね、下郎共」


下水道に響き渡る、無数の断末魔と銃声。

わずかに赤く染まるだけだった下水道の川は、瞬く間に真っ赤な濁流へと姿を変えた。

ペストマスクと無数の骸が、死の川を続々と下り行く。

地の下の下水道は、文字通り地獄と化したのだ。

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