第七話
───6月3日0時15分頃、フウリーガーデン前にて。
深夜、人通りの全くないアパート前に一台の車が止まっていた。
「とりあえずジェシーには連絡しといた。どうしようか?」
アリーチェは携帯をしまい、車の窓からアパート入り口にたたずむ老人、与一を監視していた。
彼は辺りを見回し、誰かを探しているようだった。恐らくジェロシアやアリーチェを探しているのだろう。
「…私は今回の件については部外者に近い位置にいます。なので私が話を聞いてきましょう」
「うん。もし何かあればすぐに行くから」
「ダッシュボードに拳銃が入っていますので、ご自由に使ってください」
チェシャはそう言って、運転席の扉を開き、外に降りた。
もしもの時に備え、ホルスターをタイトスカートで隠すようにつけてある。気休めにしかならないが。
ゆっくりと、堂々とチェシャは与一に近づく。与一も彼女に気づき、その異質な姿を奇怪な目で睨む。
「…何か用ですかな?」
与一は近づいてきたチェシャに向かって静かに呟く。
「そちらこそ、このアパートに何か御用でしょうか?」
「君には関係の無いこと…そういうことにしておくほうが身の為かと」
「…そうですか。では、もし私がジェロシアさんやアリーチェさんに用があるとしたら、どうでしょう?」
チェシャの言葉に対し、与一は一瞬目線をどこかにやる。やはり用件はその二人にあるらしい。
「…そうですなぁ、まずはお互い何の用か明かすと言うのは如何でしょうか」
「いいでしょう。ではまずそちらからお願いします」
与一は咳払いをして口を開く。
「…私はジェロシアさんに依頼をと。ただ彼女は今潜伏中らしく連絡がつかない。だから此処で待っていた訳です」
「その依頼内容については?」
「…まずはそちらの用件から聞かせてもらいましょう」
二人は静かに、しかし凍てつくまでの緊張感を漂わせて話を続ける。
「私はボディーガードのようなものを頼まれていまして。そちらも知っているでしょう、今キャスタニアで起こっている事件について」
「ええ。イブリースの下位ナンバーが上位ナンバーを襲っているということ、でしたかな。だがジェロシアさんほどの強豪にボディーガードが必要とは到底思えませぬが」
「アリーチェさんのほうです、私が護衛しているのは」
「成程、その話はとりあえず信じておきましょう。さて、依頼内容についてでしたかな。至極単純な内容で、はっきり言って今起こっている事件との関連性は深いようで深くない」
与一の発言が理解できず、チェシャは眉にしわを寄せる。
「前にスティンガーというイブリースに所属していた男の殺人依頼を彼女に頼みました。今回もそれに近い内容でして」
「つまり、イブリースメンバーの誰かの殺人依頼と」
「そうでしょうな」
「…今の状況であえてそのような混乱を招く動きを見せる理由が理解できません。しかも話ではそちらはイブリースナンバー49を殺したそうですね」
チェシャの言葉を聞き、与一は苦虫を潰したような顔をする。
「それは何の関係もない。一般人が襲われそうになっていたから助けただけの事」
「…そうですか、分かりました。ではお互いこれ以上の余計な詮索はやめましょう」
「そうですな。さて、これ以上待っていても無駄なようなので私はそろそろ」
与一はそう言って、ゆっくりとアパートから去って行った。
途中、チェシャの車の隣を通り過ぎる時に中をしっかりと睨みつけ、闇の中へと消えて行った。
アリーチェもまた与一の目から逃れることなく睨み返し、彼が去った後に車から出てチェシャの元に駆け寄った。
「チェシャ、大丈夫?」
「ええ、ただどうも分かりません。ジェロシアさんに依頼があるとのことでしたが、態々単身で、この状況で何故そのようなことをするのかが」
「うーん、確かにおかしな話…まぁ、とりあえずありがとう。すぐに装備を取りに行ってくるから、チェシャは此処で待ってて!」
「アパート内に敵がいる可能性が高いです、私もついて行ったほうが…」
「いいよいいよ、このアパート内なら私の独壇場!負ける要素一切無しだし!」
良く分からない自信を全面に押し出すアリーチェを、チェシャは死んだ魚のような目で見つつ、小さく頷いた。
アリーチェも大きく頷き返し、アパートの中に入って行った。
チェシャは一人アパートの外で敵がいないか監視していた。
街灯の下で数分待ちぼうけをしていた時、何処からか声が聞こえてくる。
「…ちーっす」
チェシャは声のするほうを見る。
「…こんばんはです、リリさん」
そこにいたのはリリだった。彼女は自身の身長はあろうかという長さのPTRS1941を担いでいた。
リリはチェシャに駆け寄って左手でチェシャの額を小突いた。
「ったく、油断しすぎだわマジ。向こうがいつ手出すかわかんねぇのに何であんなに近づくわけ?」
チェシャは彼女が何について話しているのか分からなかったが、しばらくして納得する。
「もしかして、どこかで見ていましたか?」
「はぁ?気づいてなかったのかよ。家帰ろうとしたらあのジジイとチェシャがいたからさ、あっちの屋上でスタンバッてたわけ」
そう言ってリリはアパートの向かいにあるビルを指差す。
「そうだったんですか…すみません」
「ジジイがこっちに気づいたお陰で向こうも手ぇ出さなかったみたいだけどさ、マジ気ぃつけなよ」
「ありがとうございます…そうだ、リリさんは今起こっている事件について…」
チェシャが言葉を続けようとするが、リリはむすっとしながらチェシャの口を左手で押さえる。
「今のウチはフツーのイケイケギャルのリリ様、そういう仕事に関する話はNGなわけ」
「…そう、ですか。すみません、仕事の話を振って」
「分かればよーし!で、アリーチェの阿呆待ってんだろ?車もあるし三人でメシ食いに行こうぜ!」
「いや、それは少し困ります。ちょっと私もアリーチェさんもワケアリな状況でして…」
「知ったこっちゃねーよンなもん。リリ様権限は絶対!これジョーシキ!」
リリのペースにチェシャが完全に飲み込まれていたとき、いつものゴシックドレスを着たアリーチェがアパートから出てきて叫び声を挙げる。
「ぬぁー!?何でリリの馬鹿がいるのよ!?」
「うぃーす、アリーチェの阿呆!」
「阿呆言うな馬鹿女!」
「そっちこそ馬鹿馬鹿うるせぇよ阿呆が」
リリとアリーチェはお互いに罵倒し合い、ガンを飛ばしあう。
そんな二人をチェシャは冷めた目で見ていた。
「…で、どうするんですか。本当にどこかに行くんですか?」
「はぁ!?何でコイツと一緒に行動するわけ!?大体私達は…!」
「テメェもかよ、仕事の事なんて忘れちまいな。リリ様がいれば心配ゴム用、ぱーっと奢ってやんよ」
奢り、というワードを聞いてアリーチェが一瞬ひるむ。そしてそれ以上にチェシャの目付きが変わった。
「…アリーチェさん、行きましょう。タダメシです。行かないという選択肢はありえません」
「チェシャまで何言って…あーもう!じゃあちょっと待ってなさい!てかチェシャも連絡しなきゃいけないことあるでしょ!」
「それもそうですね。すみません、我々は仕事の話がありますので、リリさんは先に車に乗っていてください。後部座席ならソレも積めるはずです」
「っしゃ!美味いラーメン屋に連れてってやるよ!」
リリは大層嬉しそうに、軽やかなステップを刻みながら車のほうへ向かった。
彼女が車に乗り込んだのを確認して、アリーチェはチェシャに迫る。
「はぁー…チェシャ、知ってるでしょ?リリが清龍党の所属だって」
「ええ、一応」
「あそこも今グレーなわけ。もしかすると、って事もあるでしょ?」
「…確かに。でも何か大丈夫な気がします。リリさんは仕事とプライベートを分ける人なんで」
チェシャの適当な物言いに、アリーチェはイライラを隠せない。
「じゃあ今アイツがプライベートだって言う保証は!?」
「…私達を遠方から狙撃しなかった」
「グ、確かにそう言えば…あ、でも私達捕まえて何か吐かせようとしてるんじゃ…!」
「私達にそんな価値はありません。そもそもアリーチェさんも私も拷問されて何かを話せる人じゃないでしょう」
「…それは、そうだけど…あーもう分かった!とりあえず私はジェシーに連絡するから、チェシャはフロッドに連絡!」
アリーチェはそう言って携帯を取り出し、ジェロシアに電話をする。
「もしもし、アリーチェだけど」
「あら、そちらはどうなったかしら」
「与一は何とかなった。どうもジェシーに依頼の用件らしいけど、どう考えても怪しくない?」
「…怪しすぎるわね。ま、日久組の動きは読めないから置いときましょう」
「うん。それでさ、今実はリリが近くにいて、これからご飯食べに行こうってうるさいんだけど…」
「あらあら、いいじゃない。私も小腹が空いたわ」
「ちょ、ジェシーまでそんなお気楽な…!」
「リリって清龍党の子でしょ。あそこも今動きがかなり怪しい。でもチェシャがいるなら大丈夫。何かあっても存分に楽しめるわよ」
「もう、私だって大丈夫よ!」
「なら安心ね。お食事楽しんできなさい。じゃあね」
まだ言いたいことはあるのに、ジェロシアは勝手に電話を切ってしまった。
チェシャのほうも連絡は終わったらしく、携帯をしまってアリーチェのほうを見た。
「フロッドさんは警察を呼んでひとまず安全を確保したそうです。自由にすれば良いと」
「はぁ…お互い適当な上司を持ったものだね…あーイライラする!早くラーメン食べましょう!」
「アリーチェさんもノリ気なんじゃないですか」
「うっさい!」
───同日同刻、ノースハウスにて。
晃司はパソコンを開いて記事の推敲を行っていた。
ナンバー3、プレッツェについてのネタは軽く触れる程度にしたため、若干ネタ切れを起こしてしまっていた。
ゆえに、今起きている事件について取材してネタを仕入れる必要がある。
パソコンの前でゆっくりとメビウスを吸い、白いため息をつく。
「かと言って、何からすべきか…」
今、晃司の情報網はほぼ壊滅状態にあった。
LEは情報規制のせいで使えず、ジェロシアはあれから連絡がつかない。ステラのほうも中々情報が掴めていないらしい。
他の伝も使えそうに無く、かと言って街を歩いても事件に遭遇しない。
深夜に出歩けば何か起こるかもしれないが、そうなると今度は命の保障がなくなってしまう。
命あっての物種、どれだけこの街の深みに嵌ろうが、そこだけは守らなければならない。
短くなってきたタバコを灰皿にこすりつけたその時、部屋に何かの断末魔と炸裂音が響き渡る。
「…何だ?」
音がしたのはベッドの下。何も荷物を入れていないそのスペースで何が起きたのだろう。
晃司は警戒しながらスマホのライトをつけ、ベッドの下を覗く。
埃まみれの床には、いつ仕掛けられたものか分からないネズミ捕りが置かれていたのだ。
そして一匹のネズミが哀れにも捕らえられ、息の根が止まっていた。
そういえば、最近ネズミが良く出るから部屋にネズミ捕りを仕掛けてあるとフロントマンが言っていた気がする。
こんな古典的な仕掛けでも引っかかるものなのか。とりあえず処理をするために手を伸ばし、ネズミ捕りを引き出してきた。
不幸にもネズミは頭部が潰れており、少量ながら血が滴ってしまっていた。
だが、それ以上に晃司はある異変に気づく。
「機械…?」
ネズミの頭部から見えていたのは、人工的な謎のパーツだった。どう考えても生体内に存在する物質ではない。
晃司は抑えられぬ好奇心を剥き出しに、ティッシュを使ってそのパーツを取り出してみた。
それは超小型のカメラのようで、ネズミの眼球部分がレンズに置き換わっていた。
この街ではネズミすらも監視の道具として扱うのかと晃司はその無駄な技術に感心してしまった。
面白いネタが出来たところで、ネズミの処理を終わらせて手を洗い、晃司はカメラを見回す。
残念ながらもう壊れてしまっているようでカメラとしての機能は使えそうに無い。
一体何処の誰がこんなものを作っているのだろうかと考えていたその時、今度は外から銃声が聞こえ始めた。
場所は相当近い。更に銃声は複数。一発なら珍しくは無いのだが、マシンガンの如く銃声が鳴り続ける事はそうそうない。
まずは窓から状況を確認してみると、あろう事か銃撃戦が行われていたのは隣の廃墟だったのだ。
辺りは暗く、誰がいるのかまでは見えないが、マズルフラッシュが絶えず光り続けている。
流石にこの距離だと流れ弾が来る可能性がある。晃司は窓を閉めて壁から離れ、じっと息を潜める。
状況の詳細は銃撃戦が終わってから調べよう。そう思いつつ鳴り止まぬ銃声を聞き続けた。
───同日同刻、ノースハウス横廃墟にて。
廃墟では一人、ビッグジョージが迫り来る敵と銃撃戦を繰り広げていた。
両手のUZIから無数の銃弾を降り注がせて相手に反撃の糸口を与えない。
「…イブリースじゃないぞ…」
弾を切らし、急いで木箱の後ろに隠れる。
今度は敵が射撃を始める。残った数は3人、手にはハンドガン。
どうも粗悪品を扱っているらしく、銃弾は木箱にすら当たらない。
恐らく顔を出しても銃弾に当たる可能性は低い。だが彼は堅実な男だった。
相手の銃声が止むまで息を潜め、好機をうかがう。
そして即座に反撃に移る。右手に持ったUZIを外に出して引き金を引く。
まばらに飛んでゆく弾丸は残っていた敵にもヒットし、相手の銃声は遂に聞こえなくなった。
慎重に顔を出して敵がいないか確認し、急いで死体に近づいて身元を確認する。
「こいつ等、ストリートギャングか…」
ストリートギャング。この街ではファミリー下に属さないギャングの事を特にそう呼ぶ。
ファミリーの監視下に無いために好き放題暴れては、度々制裁を受けて壊滅を繰り返す連中、ヒエラルキーの最下位に属するゴミクズ共だ。
そんな連中が、何故わざわざ自分を襲うような事をしたのか。武装した相手を襲うほどの無能とは流石に思えない。
そんな時、彼の携帯に着信が入った。
「…ビッグジョージだ。アフロビート、どうかしたか?」
電話の相手は、イブリースナンバー6、エルダー・アフロビートだった。
ナンバー6と7はアフロビート兄弟というコンビで活動しており、両者とも非常に手堅い暗殺のプロである。
「すみません、旦那。そちらは大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかな。お前等はどうだ」
「駄目です。アイリスの隠れ家に篭ってたんですけどすぐにばれちまって…仕方ないので俺等は一旦街を離れることにします」
「お前等がばれるぐらいだ、敵も相当強い情報網を持っているみたいだな」
「…はぁ、折角弟がナンバー8から7に昇格して喜んでいた矢先にこれとは、全くついてないです」
イブリースナンバーは欠員が出たら常時繰り上がる仕組みになっている。
ナンバー7のスティンガーが死亡し、自動的にナンバー8だったリトル・アフロビートが昇格していた。
「事件が終わったら連絡してやる。それまで無事でな」
「ビッグジョージさんも気をつけて。では、失礼します」
通話が切れ、改めてビッグジョージは索敵を行う。
この廃墟に身を潜めて一日も経っていないのにも関わらず、場所がばれてしまうとは思いもしなかった。
まだ敵が今回の事件に関係していると断言は出来ないが、その可能性は十二分にある。
ビッグジョージはUZIに装着されたライトをつけ、ゆっくりと廃墟内を見渡す。
この廃墟はかつてノースハウスのような宿だったが、幾度か戦闘に巻き込まれた末に部屋を仕切る壁が何箇所も壊され、今では誰も使わない建物と化していた。
メープルにはそのような廃墟がいくつも存在し、ビッグジョージは事件が起きてからそのような廃墟を転々としていた。
ふと物音がかすかに聞こえ、すぐさまビッグジョージはそちらを向く。
「…ネズミか」
近くのテーブルの上をネズミが走り過ぎる。ビッグジョージは再び索敵に戻ろうとするが、ある事に気づきもう一度ネズミのほうを向いた。
「…いや、まさかな」
ある考えが頭の中をよぎるが、それについて考える時間は与えられなかった。突如暗闇から肉塊が飛び出してきたのだ。
とっさにビッグジョージは後ろに下がり、UZIの引き金を引こうとするが、それより早く敵はビッグジョージにタックルをかます。
大きく吹き飛ばされ壁に叩き付けられたビッグジョージは、床に落ちたUZIに照らされた敵の正体を見る。
ナンバー16、ナディン。ギョロリと目をひん剥いて高笑いする醜く太ったその女は、右手に持ったデザートイーグルをこちらに向けてきた。
すぐに立ち上がり、ビッグジョージは走りながら腰のホルスターからG17を取り出して発砲する。
だがナディンは即座に前転で銃弾を避け、そしてデザートイーグルの引き金を引く。
仕方なくビッグジョージは先ほどの木箱の裏に隠れて、敵の出方を探る作戦に持ち込んだ。
あの女は見た目の割りに俊敏で、また弾道を読むことにも長けている。
「ビッグジョージ、ビッグジョージ…!」
ナディンは笑いながらビッグジョージの名を連呼する。誰がどう見ても常人とは思えない。
だが彼女もまた手堅く、隠れるビッグジョージの方角に銃を構え続ける。
部屋の空気が凍る。先に引き金を引いた方が死ぬ。
ビッグジョージは乱戦のプロとしてナンバー5まで伸し上って来た。しかし一対一の戦闘については他の上位ナンバーと比べて遥かに劣る。
特にこのような睨み合いになると彼の強みを生かすことが不可能に近くなってしまう。
時間は無意味に流れ続け、ただナディンの笑い声のみが連呼する。
どれだけの時が過ぎただろう。ビッグジョージにはとても長く感じられたその流れは、乱入者にとっては一分にも満たなかったらしい。
「ツマンネェ…相変わらずお前さんは弾降らすだけしか能がねぇ…」
廃墟に響き渡る第三者の声、そして一閃。
ナディンの真後ろに影の如く迫っていたそれは、彼女の後頭部に肘打ちを繰り出す。
「レ、レイヴン…!」
ビッグジョージはすぐにそれが誰なのかを悟った。
ナディンは前によろめくが、体制を持ち直してレイヴンのほうを向く。
そしてデザートイーグルでレイヴンを殴りつけようとするが、それより早くレイヴンは銃を左手で掴み、右手でナディンの首を締め付ける。
「デブの割りに動きはいい、片手で馬鹿デカイ銃使えるほどに力はある。だがメス豚、お前はちょっとヤクを使いすぎだ」
ニヤニヤと薄気味悪くレイヴンが囁いても、ナディンは高笑いし続けていた。
やがて顔は紫色になり始め、口から唾液を垂れ流す。
レイヴンは右手に更に力を加え、手首を捻った。そうすることでナディンの首の骨は粉砕され、ついに醜き女は沈黙した。
「お前さんもすっかり老けたねぇ。こんなの相手に苦戦するなんて」
木箱の裏から出てきたビッグジョージに対し、レイヴンはそう言った。
「…すまないな、助けてもらって」
「ヒマだからバイクでこっちまで走らせてみて正解だったわぁ。さてナンバー5、お前さんは私とヤリあう?」
そう言ってレイヴンはニヤリと笑う。その笑みにビッグジョージは不快感をあらわにする。
「レイヴン、お前は俺等と同じ立場のはずだ。今此処で殺し合う理由なんてないだろう」
「はぁー、ステラちゃんがいるから他の女とは遊べないって?愛妻家ねぇ。でもたまには別の穴で出しとかないと刺激に慣れちゃってイケなくなるんじゃない?」
「余計なお世話だ…それより、状況を教えてもらえないか?今回の件について良く分かってないんだ」
「さぁ?どっかのファミリーが雑魚共動かしてるんでしょう」
一見何も知らないように見えるが、ビッグジョージは彼女が核心に近いものを掴んでいることを察していた。
この女はそれを分かった上で殺戮を楽しんでいる。
「ま、私は殺し合えるってだけで十分なんだけど、慎重派のビッグジョージはそれじゃ駄目なんだろう?」
「…ああ。だから頼む、詳細を聞かせてくれ」
「恐らく、今回の依頼主は清龍党。あっこの依頼で下位連中が動いている。偶々イブリースの上位がターゲットになったって言うだけで、いつも通りのこの街ってこった」
「…なるほどな。じゃあ俺等は身を守ることだけに尽力すればいいってことか」
「そういうこと。向こうは仕事の為に殺しに来る。私達はそれに答えてあげる。依頼主が何をしたいのかは知る必要なんてない、それがこの街のルール」
レイヴンはそう言って、改めて口角を吊り上げて言葉を続ける。
「もっとも、依頼主に対する何かしらの依頼が来れば話は別だろうが」
「その可能性はないだろうな。ファミリー連中もそんな事をして関係をこじらせたくないだろうし」
「ファミリーはあくまで傍観に徹するでしょう。でも、イブリースのメンバーを次々に減らされて困るのは他でもない、イブリースだ」
「…まさか、イブリース本部が動くつもりか?」
「…って思ってたんだけど、アイツは今回の件をおおよそ知った上で何もしないらしい」
アイツ、とは恐らくイブリースの社長の事だろう。
あの社長はひどく楽観主義で、イブリースがどうなろうと知った事じゃないのだろう。
「やっぱりそうか…とにかく、雇われたイブリースナンバーがあきらめるか死ぬまでは襲われ続けるっていう事だな」
「フフン、そうも言ってられない。お前さんもストリートギャングに襲われただろう?どうも雇われたナンバーの中にえらく人脈の広い奴がいるらしい」
「…つまり、ストリートギャングの買収が生じたのか?」
「ええ。まぁ雑魚でも数が多けりゃそれなりに楽しめるし私としては大歓迎な展開さ」
「俺達は困るんだがな。よし、俺はその買収を行った奴を追う」
「勝手にしなさいな。さて、私はもっと相手を探してくるわ。じゃ」
レイヴンは軽く手を振り、廃墟から消えて行った。
「…レイヴンが乗り気になってしまった以上、イブリースは大幅に縮小しそうだな…」
ビッグジョージは、レイヴンの恐ろしさを知っていた。
あの女が殺戮の限りを尽くせば、残されるものは赤き運河と屍の山のみ。
それだけではない。他のイブリース上位ナンバーも何かしらの動きを見せている。
これは久々に命を削ることになりそうだ。ビッグジョージは携帯を取り出して、愛する者に電話をかける。
「…ステラ、俺だ」
「アンタ、まだ生きてたかい。で、どうなのさ状況は、思わしくないのかい?」
「最悪だな。お前にも被害が及ぶかもしれない」
「しれないじゃない、もう存分に被害被ってるさこっちは。さっき家にナンバー12が押しかけて来たよ」
ナンバー12も割かし腕が立つことで有名だ。だがステラが今こうやって通話に応じているということは、事なきを得たのだろう。
「…お前、怪我はないか?」
「キャリーがいないからさ、アレ使ったよ。久々過ぎたけど体が覚えてるもんだね」
「アレをか…本気だな」
「ま、だからアタシの心配なんかしなくていいよ。アンタは他の上位連中の足引っ張んないようにしな」
「分かってる。もし何かあれば連絡してくれ。すぐに駆けつける」
「そっちも死ぬんじゃないよ。それじゃあね」
電話が切れ、ビッグジョージは床に落ちたUZIを拾って廃墟を見渡す。
これだけ死体が出来た場所に居続けるのは良くない。ビッグジョージも廃墟から姿を消した。




