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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第六章:百鬼夜行 ~イブリース粛清編~
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第六話

───6月3日午前0時頃、中心区域ベターロート、ラビーレ屋上にて。

プレッツェは突然の来客に驚愕し、黙ったままタバコを口から離してしまった。


「隣のビル屋上からちょっと覗いてたの。相変わらず、って感じね」


ジェロシアはそう言って、口角を僅かに上げる。

彼女の登場に驚いたのはマルク達も同様で、彼等は即座にジェロシアに向けて銃を構える。


「あら、お相手してくれるのかしら?でも今はちょっと乗り気じゃないの、また今度にして頂戴」

「…すぐにプレッツェから離れろ」


マルクは低い声で威嚇する。が、ジェロシアはそれを鼻で笑い、プレッツェもマルクをじっと睨む。


「…そうか、なら勝手にしろ。何があっても面倒見きれんぞ」


プレッツェの真意が分かったのか、マルクは銃を下ろして組員達と共に作業に戻った。


「ゼネリの男共はいつ見ても気に食わないわ」


三年ぶりの再会。にもかかわらずジェロシアはいつものペースを崩さない。

だがプレッツェには分かっていた。彼女が無理やり普段の言動を作ろうとしていることを。


「…ジェロシア」

「…そうねぇ、まずはあんたの話から聞かせてくれないかしら」


屋上に冷たい風が吹き荒れる。プレッツェはしばしの沈黙の後、重たい口を開いた。


「…ジェロシア、お前は今の私の事を何処まで知っている?」

「あんたがこの街から消えて三年、郊外のパン屋で暮らしていたということ」

「そうか。なら、私がお前の元から無断で去った理由を話すべきか」


プレッツェの話を、ジェロシアは虚ろな目で聞き続ける。


「…三年前、お前の元を去る直前、私は旧友からの手紙を受け取った。そして二つの道が目の前に現れた」

「それで、あんたはお友達と暮らす道を選んだと」

「…ああ」

「でも、別れの挨拶無しで去る理由ではないわよね、それ」


ジェロシアの指摘に、プレッツェは再び沈黙する。


「…私はただ怖くて逃げ出した。この街から、お前から…己の宿命から、己の罪から背を背け、かつての暖かい世界へ逃げ込んだ」

「私の事が怖かったの」

「お前が昔に言っていただろう。お前と私は似たもの同士、幼い頃からこの街の狂気に踊らされ、鉄薫る世界で生き永らえて来たんだと」

「…確かに、言った気がするわ」

「その時、私はそれを肯定してしまった。幼い私を慕う友人の存在がありながら、本当の狂気に呑まれてしまったお前と同じ境遇だと」


プレッツェの言葉を聞き、ジェロシアは力なく笑う。


「実にあんたらしい、愚かなぐらい正直者。私のどうでもいい言葉なんかに惑わされちゃって…」


そう言うジェロシアの眼は未だ虚ろで、生気を感じさせない。


「お前に別れの理由を話してしまえば、お前を失望させると思っていた。だから…」

「何も言わずに去った、って事ね。でもあんたはこの街の狂気から逃れることは出来なかった…そうでしょう?」

「…元から逃げることなんて不可能だったんだ。この街から立ち去ってから、今までずっと私は過去から迫り来る者と向き合ってきた。それは此処にいたときと何も変わらない、殺戮の繰り返しだった」


プレッツェはそう言って、ジェロシアから目線を逸らす。


「唯一つ違ったことは、守りたい人達が出来たこと。その人達は私を暖かく包んでくれた。血に染まりきった私に優しさを教えてくれた」


守りたい人、その言葉にジェロシアはあのクロワという女性を思い返す。

プレッツェは咳払いをし、大きく息を吸ってから再びジェロシアのほうを見る。


「お前の事を無視して逃げ出した私のことを、許して欲しいなんて図々しいことは言わない。たがどうか頼む。私の守りたい人達だけは傷付けないでくれ」

「…あんたが態々あの子に伝言を与えてまで私に伝えたかった事はそれだったの」

「あの人達は私のせいで生きる道を狂わされただけなんだ。私のことなんてどうでもいい。今すぐその銃で裁きを下しても構わない」


プレッツェの言葉にジェロシアは一瞬動揺し、無意識に右手でホルスターに触れた。


「お前に命を助けられた…お前の事を認めたあの日。あの時、私はお前に私の全てを委ねた。それは今も同じだ」


プレッツェは静かに目を閉じる。


「さぁ、殺したければ殺せ。罪深き私を罰してくれ」


ジェロシアの目にはかつての生気が戻りつつあった。

しかしそれは殺戮に見出す快楽を求める感情ではない。

己の事を誤解する、かつての相棒に対する悲しみと怒りの感情だった。


「…あんたは、私があんたを殺すためにあのパン屋にまで赴いて、そして此処までやってきたと、そう本気で思っているのね」


ジェロシアの問いに、プレッツェは何も答えない。


「…あんたに久しぶりに会える、だから何て声をかけるべきか、どう接したら良いか、そんな浮かれたことを考えて間違いだった。いいわ、あんたの言うとおり引き金を引いてあげる」


右手を腰に添え、ホルスターから一丁のSAAを抜く。黒く冷酷な銃身が鈍くネオンの光で輝く。

プレッツェから5歩下がり、ゆっくりと照準を彼女に定める。


「…ただし、引き金は一度しか引かない。あの時と同じよ」

「…あの時?」

「始めてあった時、あんたの力量を測ったこと、覚えてるでしょ?あの時と条件を揃えなさい」


その言葉を聞き、プレッツェは目を開く。


「それは…しかし…」

「早く私にあんたの剣を見せなさい。お互い手加減は不要。それが私の提示する条件。もしわざと手を抜いたら、承知しないわよ」

「だ、だがそれでは…」

「無抵抗の人間を殺すことほどつまらないものってないの。それに私の美学に反する。さぁ、早く」


ジェロシアの目は本気だ。プレッツェに迷いが生じる。

あの時と同じ条件なら、確実に私が勝つ。だが…

…いや、彼女の要望に答えることこそ、今の私がやるべき事ではないだろうか。

しばしの考慮の末、プレッツェは左手の鞘からレイピアを抜く。

そして上段に構え、再び呼吸を止める。

先ほどの戦闘以上に集中力が必要だ。勝負は一瞬、捉えなければ待つのは死。

彼女に殺されるためにこの街に戻ったようなものだ。悔いはない。

屋上に吹き荒れる風が一瞬止まる。それは開戦の合図だった。

響き渡る一発の銃声。


「…久しぶりね、プレッツェ。元気そうで何よりだわ」


銃弾をレイピアで貫き、再び静止するプレッツェに対し、改めて挨拶をするジェロシア。

かつての相棒、最強の殺し屋の帰還。ジェロシアはいつもの笑顔で彼女を迎える。


「…いいのか、これで」

「ええ。さてと、私からもあんたに言いたいことがあるの。聞いてくれるかしら」

「ああ、分かった」


ジェロシアは銃をホルスターにしまう。それに合わせるようにプレッツェもレイピアを鞘に収めた。


「あんたのお友達、クロワちゃんからの依頼と伝言。あんたのサポートをして欲しいということと、もう一度だけ会いたいってさ」

「クロワが、そんな事を…」

「あんたに此処で死なれちゃ、私が依頼をこなせないから困るのよ。だからしばらくあんたに付き纏わせて貰う」

「…私は、いつも他人に迷惑をかけてばかりだな」

「ホント。クロワちゃんから聞いたわよ、あんたの失敗談とか」


そう言ってジェロシアはにやりと笑った。プレッツェは顔を赤らめて目線を伏せる。


「な、クロワが…一体何を吹き込んだんだアイツは…」

「フフッ、それは私とクロワちゃんだけの秘密。さて他にも話したいことはあるけど、とりあえず今は厄介事を片付ける事が先決」

「…そうだな。お前に会えた以上、私もこんな場所に留まる理由も消えた。やれることはやろう」

「嬉しいわ、またあんたと組めるなんて」


そう言ってジェロシアはセッターを取り出し口に銜え、ジッポで火をつける。

それに釣られる様にプレッツェもシガレットケースからガラムを取り出して口に銜えるが、またしても火種がない事を思い出す。


「あんた、それ結構高いタバコでしょ。さっきのも無駄にして、贅沢者ね」

「…悪い、火種を貸してくれ」

「仕方ないわね」


ジェロシアはゆっくりとプレッツェに寄り、そして顔を近づける。

そして息をゆっくりと吸い、タバコの先端を赤くしてプレッツェのタバコにつける。

プレッツェもまた呼吸を合わせ、赤い火を分けてもらう。

そして二人は顔を離し合い、タバコを持って口から白い吐息を吐き出した。

二本の煙が風に吹かれ、夜空へと消えてゆく。


「…ジッポじゃ駄目だったのか?」

「オイルが勿体無いじゃない」

「…そうか」


至福の一服を感じ、しばしの休息を味わう。

しかしその時間は長くは続かず、ジェロシアの携帯電話の音で終わりを迎えた。

タバコを銜えながら、ジェロシアは携帯を手にした。


「…もしもし、どうかしたかしらアリーチェ」

「ジェシー、マズイ…アパートにあの与一っていうジジイがいて、どうも私やジェシーを探してるっぽい」

「与一が…ああ、ステラさんも言ってたわね、日久も動いているって」

「どうしたらいいかな。話を聞いてくれるような奴じゃないよね」

「残念だけど、あんたが戦って勝てる相手じゃないわよ」

「そ、それは…あ、でもチェシャがこっちにいるからもしかすれば…!」


チェシャという名を聞き、ジェロシアは不敵な笑みを浮かべる。


「あの子、帰ってきたの。それは楽しみだわ。でも、なるだけ平穏に事を済ませなさい」

「分かった。ジェシーも…気をつけてね!」

「ええ、ありがとう。それじゃ」


電話を切って、ジェロシアは再びプレッツェのほうを見る。


「お前も誰かの指揮を取る立場になったのか」

「そんな大層なことじゃないわ。可愛い弟子を育ててるだけ」

「お前が師匠か。それは苦労しそうだな」

「言ってくれるわね」

「フッ、お前と組んでいた私が言うんだ、間違いないだろう」


かつての過去の思い出。忌々しき記憶と罪。

決して消えることのない枷は未だ多く残る。

だが相棒と再会したことで、その枷が一つ取れたように思える。

再びこの街の色に染められようではないか、彼女と共に。

そして、私を待つ親友の事を想い続けよう。あの子の望みを叶えてあげなければ。

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