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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第六章:百鬼夜行 ~イブリース粛清編~
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第二話

───6月2日1時頃、フウリーガーデン一室にて。

いつになるかも分からないジェロシアの帰りを待ちつつ、ベッドに腰掛けアリーチェは転寝していた。

虚ろの世界との往復を繰り返すアリーチェの脳裏にはジェロシアの姿と、あの金髪の女性…プレッツェの幻が映る。

噂でしか聞いたことのなかったナンバー3の強さ。その人物に何故ジェロシアが会いたがっているか、まだアリーチェは知らない。

彼女の眠りは、扉が音を立てて閉まる音によって覚まされた。


「…んん…あ、あぁー…ジェシー…」


寝ぼけ眼をこすった先に見えたのは、確かにジェロシアだった。


「お留守番ありがとう、お嬢様」


アリーチェの前に立つジェロシアは静かに呟いた。

ほんの数日しか離れていなかったのに、生き別れた親と再会したかのような勢いでアリーチェはジェロシアに抱きついた。


「もう…何処行ってたのよホント…!」

「あらあら、幾らなんでも大げさ過ぎるんじゃないかしら?」


いつものようにからかうジェロシアの背中を、アリーチェはバンバン叩きながらぎゅっと体を寄せる。

だがその時、ジェロシアの目付きが即座に変わり、アリーチェをベッドに突き飛ばした。

ジェロシアもとっさにその場にしゃがみこみ、背中に背負った一丁のバレルの長いSAAを持つ。


「ちょ…え、敵襲!?」


アリーチェは状況が分からないまま、近くのゴシックドレスに装着されていた仕込み刃を手にする。


「窓の外、向かいのビルに一人スナイパーがいるみたい。私達の愛の営みを覗き見してオカズにするつもりかしら?」

「冗談言ってる場合じゃないでしょ!?…ジェシー、どうする?」

「決まってるじゃない、殺すのよ」


そう言って口角を吊り上げるジェロシアは、たった一つしかない部屋の窓近くまでしゃがんで向かった。

ビルまでの距離はおよそ200ヤード。相手はスコープ付きのボルトアクションタイプ、有効射程距離圏内だ。

一方こちらの武器では今持っているものがギリギリ当たるかどうか。

これじゃあ流石に話にならないが、生憎他の武器はこの部屋に置いていない。


「…残念ね、ちょっと体勢を立て直しましょう。アリーチェ、適当に服を着なさい」

「了解!」


アリーチェは窓に映らない様に用心しながら、普段着を手早く着用した。

そして二人はしゃがみながら部屋を後にした。


「ジェシー、相手が誰だか分かる?」


アパートの廊下を静かに走りながらアリーチェがそう言った。


「清龍党のヒットマンね、多分…あらあら、そこの角にも一人いるわ」


そう言いながらジェロシアはおもむろに廊下の壁に向けて銃弾を放つ。

壁にぶつかった弾丸は反射されて角の向こうへと飛んで行き、薄暗い廊下に断末魔を響かせた。

荒事に備えて跳弾が生じやすい壁のアパートを選んでおいて正解だった。


「清龍党ってことは、ジェシーが殺したチンピラ関係?もう、何やってんのよ!」

「こんなにストーカー気質だと思わなかったのよ…アリーチェ、横の部屋から一人出てくるわよ」

「え…?」


アリーチェが左の部屋の扉を見た瞬間、轟音と共に扉が粉砕された。

急いでアリーチェは後ろに下がって両手の刃を構えた。

だがそれと同時にジェロシアが扉の向こうに銃弾を撃ち込む。


「あっけないわ」


ジェロシアは部屋の中で息の絶えた大男に近づいた。

大男は巨大なハンマーを手にしており、顔には趣味の悪いドクロマスクを装備していた。


「…これ、清龍党じゃないわね」

「ん?…あ、こいつ何か見たことあるかも」


イブリースナンバー…確か20番台だったか。

一度だけチンピラ狩りで共闘したことのある男だった。

名前や腕の強さは全然覚えていなかったが、この悪趣味な見た目だけは薄ぼんやりと記憶にあった。


「態々こんなの雇ってまで私なんかの首を取ろうとするなんて、必死すぎるわ」


ジェロシアは死体から離れて、今度は角で殺した相手の確認を行った。

こちらもやはりイブリース、ナンバーは30番台だ。

一回、私に憧れてシングルアクションアーミー使いになった女がいたと聞き、腕を確かめたことがあったのだが全く才能がなく落胆したことがあった。

その女が、あいも変わらず綺麗なSAAを大事そうにホルスターに仕舞い込んで絶命していた。


「この調子だと、あのスナイパーも同業者かしら」

「…ジェシー、怪しくない?何人もイブリース雇うなんて、しかもこんな雑魚を」

「捨て駒がほしかったんでしょう。いずれにしても、もっと強い子を雇って欲しかったわ」


二人は敵に対し一切臆することもなく、ただ淡々とアパート内を進む。

彼女等の住む部屋は三階。今二人は一階まで降りてきていた。


「あのスナイパーどうする?」

「婆さんのを拝借しましょう。私達が行ったら起きるでしょ」

「大丈夫なの?お婆さん絶対怒るよ?」


そう言いながら二人はある部屋の扉を開けた。

部屋の中には様々なアンティーク品が所狭しと置かれている。


「こんばんは。適当な狙撃銃借りるわよ」


部屋の中に人影はないが、ジェロシアはそう言って部屋の一角に置かれた蓄音機のハンドルを回し始めた。

すると、部屋の壁の一部がゆっくりと回転しだし、裏から大小様々な銃が姿を見せた。

その中の一つ、SR-25を下ろしてマガジンをセットし、すぐに窓際に移動してスナイパーを伺う。

やはり相手は雑魚に違いない、いまだ三階の部屋を監視していた。

窓を静かに開けて銃口を突き出す。

そしてスコープを覗く必要すらなくジェロシアは引き金を引いた。

弾丸は一発で頭部に命中し、スナイパーは鮮血を浴びて床に伏せた。


「…またアンタは勝手に商品使いよって」


声と同時に部屋の明りが一斉につく。

二人が振り返ると、寝巻きを着た老婆がしかめっ面で立っていた。

タチアナ婆さん。フウリーガーデン一階で二部屋借りているこの老婆は、アンティークショップの経営を行っていることになっている。

だが実態はガンショップのオーナーである。シルヴァーニ家の手垢が唯一ついていない貴重な店で、私もよく弾丸を買う為に利用している。


「これ結構使いやすいわ。お幾らかしら?」

「アンタ、そりゃ工場から横流しした一級品だよ。そんな良いものアンタみたいな下品な女に売るわけないだろう」

「それは残念。じゃあ弾代だけ払うわ」


ジェロシアはSR-25を壁に直して、ベストから適当に札をタチアナに渡した。


「どうも…で、何の騒ぎなんだい」

「ちょっとしたトラブルよ。近々もっと粗悪な狙撃銃を買いに来るかもしれないから用意しといてちょうだい」

「ケッ、分かったからとっとと出ていきな。アンタとつるんでたら命がいくつあっても足りやしねぇ」

「死神扱いなんて酷いわ。それじゃあ、良い夜を」


ジェロシアはそう言って部屋から出て行った。

アリーチェもそれに続こうとしたが、タチアナに腕を掴まれた。


「ちょ、何?」

「…あの子、何か今トラブル抱えてんだろう?あんま無茶しないよう見張っといてやりな」

「フフーン、素直じゃないなぁお婆さんも」

「アンタも捻くれ者だろうに。さ、早く行った行った」


タチアナは手を離し、手を払う仕草でアリーチェを追い出した。

部屋の外ではジェロシアが辺りを見回して敵がいないかをチェックしていた。


「どうやらアパートにはもういないみたい。つまらないわね」

「また来るかもしれないけど、どうする?」

「そうねぇ…このアパートに住んでることもバレてるみたいだし、迷惑かけても良い人の家にお邪魔しましょうか」


その時、ジェロシアの携帯が鳴り響く。


「…もしもし、フロッドどうかした?」

「やっと繋がったか…ちょっと聞きたいことがあってね」

「こんな夜に珍しい。今夜の相手でもお探しで?でも私売春はNGなの」

「僕は金で女を買うような穢れた事はしないよ。それより、そっちは今何処にいる?この間まで全く電話に出なくて困ってたんだよ」

「マイホームで休んでたんだけれど、ちょっとお客さんが来たんで遊んでたの」

「…それ、イブリースのメンバーだったかい?」


フロッドがそう言うと、ジェロシアはニヤリと笑う。

この調子だと、どうやらフロッドの元にもイブリースの誰かが訪れて一戦交えたのだろう。


「ええそうよ。そちらも襲われた?」

「ああ。どうやら状況は思わしくないみたいだ。事務所に来てもらって良いかい?生憎ボディーガードが有給休暇で帰国してて、僕一人じゃ少し心許なくてね」

「こっちも丁度宿探しに困ってたところだから助かるわ。それじゃあまた後で」


ジェロシアはそう言って電話を切った。


「ワトルのFMOまで行きましょうか。運転お願いするわ」

「はーい!にしてもあいつまで襲われたなんてやっぱ怪しいなぁ…」


二人はアパートを後にし、駐車場に停めてあったオンボロ車に乗り込んだ。

月は厚い雲に覆われ、今にも雨が降りそうだった。



───同日1時27分、FMO前にて。

血と雨に塗れてやってきたフロッドは、先についていたジェロシアとアリーチェをビル裏から招き、自身の事務所の電気をつけた。


「いやぁ、食事帰りに襲われるなんてつくづくついてなかったよ。雨も降ってくるし最悪だ」


フロッドはびしょびしょのジャケットを脱いで、自分の机近くのハンガーに吊るしながらそう言った。


「さてフロッド、この状況どう思う?」


ジェロシアはそう言いながら、適当な椅子に座った。アリーチェも近くの椅子に腰掛ける。


「相手の共通点と僕等の共通点を考えてみようか。まず相手も僕等もイブリース。そして僕等は今清龍党と何かしらの関係がある」


タオルで髪を乾かしながらフロッドがそう言う。

それに対しアリーチェが意見を述べた。


「でもさ、同じイブリースだってこと重要?だって私達って雇われた組織によって立場とか変わるじゃん」

「一理あるわ。後気になったのは、相手のナンバーが低いこと。格安で雇えるからってあんな雑魚に金なんてかけるかしら?」

「僕を襲ってきたのもナンバー40番台だったよ…ナンバーか。そうだ、ビッグジョージに連絡してみようか」


フロッドはジェロシアと自分の共通点をもう一つ思い浮かべた。どちらもナンバーが一桁台という点だ。

ならナンバー5のビッグジョージにも何か問題が降りかかっているかも知れない。

受話器を持ち、ビッグジョージの携帯を呼び出す。


「…もしもし、失礼します。フロッドです」

「フロッドか。急用じゃなければ後にしてもらえるか?今面倒なことになっちまってる」

「やっぱりですか。イブリースに襲われたんでしょう?」

「…お前達もか。こっちはナンバー8と共同作業中に襲われてな。俺は助かったが8はやられちまった、状況は良くない」

「なるほど。相手のナンバーとか分かりますか?」

「10番台から30番台が3人ほどだが」


やはりナンバーが低い。フロッドはおおよその確証を得て軽く笑った。


「…どうやらイブリースの下位ナンバーが上位ナンバーを襲撃していますね。依頼かどうかまでは分かりませんが…多分依頼でしょうね」

「態々俺達を下位ナンバー使って殺そうだなんて、妙な依頼主もいたもんだ。さて、お前達はこれからどうする?」

「今ジェロシア達とも合流できたところなのでこちらは適当に過ごしますよ。そちらは奥様や娘さんもおられるんで注意してください」

「ああ。じゃあまた何かあれば連絡してくれ」

「はい、失礼します」


フロッドは受話器を置き、ジェロシアたちのほうを見る。


「さてと、とりあえず僕等も仮眠をとって備えよう。その前にシャワーでも浴びてきたらどうだい?ただ一人用だから…お嬢さん、お先にどうぞ」

「え、私?うーん、まぁいいけど、シャワー室何処なのよ?」

「廊下を出て突当りの部屋さ。もし敵襲に合って一人じゃ無理だと思ったらすぐに逃げてくるんだ、いいね?」

「ふん、下位ナンバーなんて私の敵じゃないわよ!じゃ、行って来るわ」


アリーチェはそう言って立ち上がり、シャワー室に向かった。

改めてフロッドは、何かを考えているような目をしたジェロシアのほうに注目する。


「…それでどうだったんだい、彼女の件」

「丁度入れ違いになったらしいわ」

「入れ違い…?彼女は何処へ?」

「この街に。今LEに調べてもらってるけど、期待できそうにない」

「そりゃ厄介だ。彼女が今回の件に巻き込まれる可能性だってある。一体何を思って戻ってきたんだろう」


アリーチェの前では常に堂々としている彼女だが、プレッツェのこともあって今のジェロシアは少々情緒不安定なようだ。

部屋に少しの沈黙が漂う。


「…レイヴンのほうもこの間街に降りてきて好き放題やってるし、今回はちょっと事が大きくなりそうだ」

「そうね、まぁ私は強い相手を殺せたら満足なんだけど」

「…僕のほうもプレッツェを探してみよう。彼女が一時的にでも戦線復帰してくれれば心強い」

「…あの子は戦うことを望んでいるのかしらね」

「望んでないだろう。でも彼女も考えがあって戻ってきたんだ、戦いが避けられない事は覚悟の上だろう…そうだ、もう一人助っ人を呼ぼう」


フロッドは何かを思い出したかのように受話器を手にした。


「…もしもし、フロッドだ。休暇中に失礼するよ」

「…お疲れ様です。何か御用でしょうか」

「実はちょっとトラブルがあって、人手が欲しい。悪いんだけどすぐに帰ってきてくれないかい?」

「…その分の有給、取り直してもいいですか?」

「もちろん。僕はしっかりと有給は消化してもらいたいからね。それじゃあ頼んだよ」


電話を切ってジェロシアのほうを見てみると、彼女は不敵な笑みを浮かべていた。


「もしかしてボディーガードさん?」

「ああ。悪いけど、あれが帰国するまで僕と一緒に行動をとって欲しい。荒事は苦手だからね」

「フフッ、あの子とはご無沙汰だから楽しみだわ」


暗い夜の街に降る雨の音と、遠くからかすかに聞こえるシャワーの音が、まどろむような静寂を僅かにかき消す。

これから起こる戦いは果たしてどれだけ厳しく、どれだけ楽しいものなのか。

二人は黙々とそれぞれの命を預ける武器のメンテナンスに勤しんだ。

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