第四話
───5月8日午前8時頃、ノースハウス一室にて。
すっかりこの部屋での生活にも慣れてきた。カチカチのベッドで寝ても疲れが抜けないなんてことは殆どない。
いつも通りフロントに降りて安っぽい朝食を食べようとしたとき、フロントマンが俺の顔を見て手招きした。
「おはようさん、あんた宛だ」
そう言ってフロントマンは俺に封筒を差し出した。
封筒を受け取り、宛名を見る。
「…魔法の世界への招待状…ローゼンクロイツより…え?」
「すげぇなあんた、そりゃローゼンクロイツの特別招待券だよ」
まさかたった一回しか取材をしていないのに特別招待して下さると思っても見なかった。
ノースハウスに俺が住んでいることを何処で知ったのかは謎だが、この街じゃ誰が何処にいるかなんて情報はすぐに掴むことが出来るのだろう。
「ローゼンクロイツはこの街でサプライズショーを度々開催するんだわ。チケットは特別招待券か当日券のどっちかだけ、当日券なんて発売後一時間で即完売の超レア物さ」
「そんな凄いショーなんですか…」
「あんたもあんな大物と繋がりがあったなんて、見直したよ」
招待券を改めて見直すと、ショーの日程は何と今日の19時からだ。
これで新しいネタが手に入るし、純粋にマジックショーが楽しみで仕方が無い。
ショーまではまだ時間がある。ビジネススーツだと浮くかもしれないのでパーティー用のスーツでも揃えに行こうか。
ついでにケーキも差し入れしよう。社会人としてのマナーはこの街でも守るべきだ。
───同日、午後6時頃、中央区域南東部マグノリアにて。
マグノリアには警察署や病院といった施設のほかにもキャスタニアホールという大きなホールといった大型施設が多くある。
俺はそのホールの入り口付近の喫煙所でタバコを吸って時間を潰していた。
ショーまでまだ時間はあるというのに、ホール入り口は既に多くの人でごったがえしていた。
皆やはりフォーマルスーツやドレスで着飾っており、それだけ大きなショーだということが一目で分かる。
俺もネイビーのフォーマルスーツにブラックのシャツ、首元にはブルーのネクタイを締め、ポケットチーフをクラッシュドスタイルで挿していた。これだけきちんとしておけば大丈夫だろう。
「お隣いいかしら?」
俺の横に一人の女性がやってきてそう言った。
「ええ、いいですよ」
俺はそう言いながら隣を見る。そこにはシックな黒スーツを身に纏い、お洒落なサングラスをかける赤髪の女性がいた。
「あれ…もしかしてジェロシアさん?」
「あら、あんただったの。上品な格好で分からなかったわ」
いつものような奇抜な格好ではないものの、真っ赤な髪色は一瞬で彼女だと認識させる。
彼女はセッターを手に持ってタバコを銜えて一服した。
「マジックショーとか興味あったんですね」
「失礼ね。私は特別招待券をもらえるぐらい彼のショーが好きなの」
ジェロシアはそう言って特別招待券を俺に見せてきた。
「ジェロシアさんも彼の知り合いですか?」
「ええ勿論、私はこの街の有名人ですもの」
いくら有名人といえども彼女は殺し屋だ。公のショーに招待されて、それにわざわざ足を運ぶようなことをするものだろうか。
…彼女の行動について色々考えたところで答えが出るはずがないか。
「…にしても、ローゼンクロイツさんって凄い方ですよね。たった一度しか会ってない俺にも特別招待券を送ってくださるなんて」
「彼はビジネス上における繋がりを重視するの。それがどんな相手であろうと」
「なるほど…そういった所がきちっとしていたから若くして大スターになれたのかもしれないですね」
「フフッ、えらくベタ褒めするのね彼のこと」
俺だって一人のビジネスマンだ。仕事の出来る人間はそれだけで評価に値する。
「…今日のマジックショーはとても楽しいものになりそうよ、期待していてちょうだい」
「ん、ジェロシアさんは内容とか知ってるんですか?」
「少しだけね。さ、そろそろアリーチェちゃんの所に戻るわ」
タバコを吸殻入れに捨ててジェロシアは軽く手を振り、喫煙所を去って行った。
彼女の最後の言葉が気になるが、今はマジックショーを見ることに対するワクワク感のほうが強い。
俺もタバコを吸い終わらせ、早速ホール内へと向かった。
ホールの中で特別招待券を見せ、俺は指定された席へと向かった。
今回マジックショーが行われる二番ホールは一階部分のみに座席がある少々小さいホールだった。
特別招待者の席はステージのど真ん中の前のほうだ。
此処なら思う存分マジックショーが楽しめそうだ。俺は自分の席に座ってスマホの電源をオフにした。
周りでは見るからに裕福そうな男や仲睦まじい老夫婦、子供連れの若い家族と様々な人たちがショーの始まりを心待ちにしていた。
遠くの席には先ほど会ったジェロシアや、綺麗なゴシックドレスを着たアリーチェ、そしてウィルソン一家もいた。
この街で出会った人たちが皆来ているようで、改めて彼のショーの規模の大きさを実感する。
会場の雰囲気に心地よく浸っていると、俺の隣に一人の男が乱暴に腰をかけた。
男は見た感じアジア系で、もしかしたら日本人のようだった。
だが話しかけるつもりは全くない。この男の風貌からしてカタギではない事は容易に想像できたからだ。
日本人ということは恐らく日久組というファミリーに関係する人だろう。
俺がついその男をジロジロ見ていると、男もそれに気づいてしまったらしくこちらに鋭い目を見せ付けてきた。
「…俺の顔に何かついてるのか?」
「あ、いえそういう訳では…」
「ならあまりジロジロ見ないでくれ、鬱陶しい」
俺は軽く謝ってから目線をオペラカーテンの閉まっているステージのほうへ戻した。
せっかくのショーなのに隣がこんな嫌な態度の男なのはついていない。
開演まで気まずい時間を過ごし、やっとホールに新しい動きが見られた。
照明がゆっくりと消灯し、それまで好きに会話をしていた客達も一斉に静まる。
「本日はローゼンクロイツのサプライズショーにご来場いただき、まことにありがとうございます!」
真っ暗なステージを二つのサーチライトが照らす。するとそこにはいつの間にか一人の黒スーツを着た女性がカーテンの前に立っていた。
女性は陽気な台詞でショーを見る前の注意事項を簡単に説明しだした。
その際にも簡単なマジックを挟んで説明を行っていたため、客達も楽しそうにそれを見ていた。
「…以上で観覧前のお願いを終わらせていただきます!さて、これから皆さんは魔法の世界へとローゼンクロイツと共に旅立ちます、是非最後までお楽しみください!」
女性がそう言って頭を下げると一斉に拍手が巻き起こった。
さぁ、いよいよショーの始まりだ。
女性も舞台袖にはけ、再びホールは暗闇と沈黙に包まれる。
「…この世界は僕にとって退屈だ、とても、とっても…」
ホールにフロッド…いや、ローゼンクロイツの声が響くと再度拍手が鳴り出す。
そしてカーテンが開かれると、ステージの真ん中に一人地味なスーツを着たローゼンクロイツがビジネスバックを左手に持ってぽつんとライトに照らされて立っていた。
拍手が少し鳴った後に観客席からはどよめきが生じる。あのローゼンクロイツがどうしてあんな地味な出で立ちなのだろうと。
「毎朝早起きして会社に行き、ミスをすれば上司にネチネチと説教される。ああ、なんてつまらないんだ、僕の人生は…」
ローゼンクロイツはまるでミュージカル俳優のようにオーバーリアクションで台詞を放つ。
「ああ…また上司からの電話か…もしもし、おはようございます…」
「…聞こえますか…私の声が…」
「君は…君は誰だい?」
「私はある国の姫でございます…助けてください…私の国に悪い魔女がやってきて、国を滅ぼそうとしているのです…」
「うーん…どうやら間違い電話みたいだね、切るよ」
「え、ち、違いますって…ちょ…」
電話を切ったローゼンクロイツは後ろを向く。
するとステージ奥のスクリーンにキャスタニアのビル街が映し出された。
そしてローゼンクロイツがその場で足踏みをするとそれに合わせて映像が動き始めた。
「朝からいたずら電話だなんてついてないなぁ…大体魔女なんているわけ…!?」
その瞬間ステージに勢い良く煙がたちこめる。そして煙が晴れるとそこに白いローブを着た老人が登場した。
「な、何だいいきなり!?」
「やっと見つけましたぞ、ローゼンクロイツ様!」
「ロ、ローゼンクロイツ?僕はただのサラリーマンで…」
「さぁ早く私と共に魔法の世界へ行きましょう!」
「いや、そんなこといきなり言われても…」
動揺するローゼンクロイツの左手を老人が掴むと、再び煙が巻き上がる。
さっきよりも遥かに多い煙の量で、ローゼンクロイツたちの姿はすっかり見えなくなってしまった。
そしてステージの明りが全て消え、煙が晴れたと同時にステージが一斉に照らされた。
するとそこには先ほどとは全く違う豪華なスーツを着たローゼンクロイツが立っていた。
観客からいつものローゼンクロイツが登場したことに対する歓声が巻き上がる。
「…此処は何処だ?いつの間にこんな服を…?」
ローゼンクロイツが辺りを見渡すと、先ほどの老人の声が聞こえてくる。
「ローゼンクロイツ様、あなたは誇り高き魔術師の末裔…さぁ早速その力を披露するのです!」
「魔術師の末裔…?というか力ってどうやって使うんだい?」
「その右手に持ったつまらないカバン、それを魔法のステッキに変えるのです。さぁカバンを宙に放り投げて」
「え、これかい…?」
そう言ってローゼンクロイツはカバンを上に向かって投げた。
するとカバンは瞬く間にステッキへと変わって落ちてきたのだ。
一瞬のマジックに早速拍手が起こる。
「そのステッキはローゼンクロイツ様の望むものに姿を変えます。さぁまずは姫様のいるお城へ!」
そこからはしばらくローゼンクロイツによるステッキマジックが続く。
物語の途中で色んな人に出会い、道を教えてもらう代わりにステッキでその人の望みを叶える。
ステッキは一瞬で斧や釣竿に変わり、更には花や食べ物といったものを瞬時に出してみせた。その度に観客からは拍手が起こる。
他にも大きなトランプを用いた大胆なトランプマジックなど、分かりやすくて派手なマジックがしばらく続いた。
そして物語の要であろうお姫様が登場し、話は佳境へと進んでゆく。
「ローゼンクロイツ様…どうか私達をお守りください。そして北の山に住む邪悪な魔女を倒してください」
「此処まで来てしまったならもうやるしかないねぇ」
マジックショーの盛り上がりは衰えることはない。そしてテンポ良くショーは進んできた。
だがその時隣の男が携帯を取り出して、あろうことかその場で通話を始めだしたのだ。
会話の内容はショーのBGMに掻き消えて聞こえなかったが、迷惑極まりない行為に俺を含めた周りの観客は一斉に男を睨んだ。
男は冷たい視線を浴びようと一切動じることなく堂々と通話を終わらせて携帯をしまった。
そしてそれと同じくしてショーのほうにも新たな展開が見られる。
突然ステージ上部から一人のピエロが華麗に落ちてきたのだ。
お姫様はとっさにローゼンクロイツに近づくと、彼と何かを耳打ちする。
一方ローゼンクロイツは不敵な笑みを一瞬浮かべたかと思えば、ピエロのほうを向き直した。
「君は魔女の手下だね。わざわざそちらから出向いてくれるとは」
ローゼンクロイツの言葉にピエロは何も返さず、ローゼンクロイツ達に一礼した。
そしてその瞬間、ピエロは左手に隠し持っていたナイフをローゼンクロイツ目掛けて投げつけた。
ナイフは一切回転することなく、刃はローゼンクロイツを的確に捉えて宙を走る。
すんでのところでローゼンクロイツはナイフを避ける。観客からは悲鳴と歓声が同時に聞こえた。
ピエロは攻撃の手を休めることなく、今度はお姫様に向かってナイフを投げた。
お姫様はローゼンクロイツのような回避力を持っておらず、疾風の如く迫り来るナイフを手でガードしようとするので精一杯だった。
「…失望したよ、道化師さん」
ローゼンクロイツはマイクに乗るギリギリの声で呟く。
そして次に起こした行動は観客、お姫様、そしてピエロまでを驚愕させた。
何とローゼンクロイツは右手で飛んできたナイフを意図も簡単に掴んで見せたのだ。
あと少しのところでお姫様にナイフが突き刺さるギリギリの所でナイフはローゼンクロイツの親指と人差し指に捕らえられていた。
「そっちがそういうつもりなら僕だって負けてはいられないなぁ」
ローゼンクロイツがそう言うと、突如として何処からか二本のサーベルが現われる。
サーベルはフワフワと宙を舞うようにローゼンクロイツの頭上を漂う。
ピエロも負けじと何本ものナイフを投げつけるが、今度は左手に持つステッキで次々と叩き落していく。
「無駄だよ、そんなチャチな魔法じゃ僕達に傷一本つけることは出来ない」
遂にナイフがなくなり、どうすることも出来なくなったピエロはステージから退場しようとローゼンクロイツ達から背を向けた。
だがローゼンクロイツはそれを見逃すわけもなく、ステッキをピエロに対して力強く突きつけた。
宙を舞う二本のサーベルがピエロ目掛けて弾丸の如く発射される。
二本のサーベルは無慈悲にもピエロの体を貫き、それと同時に鮮やかな赤のライトでピエロは照らされ、大量の煙幕が体を包んだ。
数秒後に煙幕が晴れると、もうそこにはピエロの姿はなかった。
マジックショーとは言えまるで本物の刃物を扱っていたような戦闘シーンに観客達は呆気にとられた。
「どうやら、思っていた以上に敵は近くに来ているみたいだ。そうだろう?」
ローゼンクロイツは客席のほうを見るや否やそう言い放った。
一体これから何が起こるのか。観客達はざわつき始める。
「うん…やっぱりだ。敵はこの中にいるね。しかもとても沢山!どうだい、今此処で相手をしてあげるよ、かかっておいで」
そう言ってローゼンクロイツは無数の観客相手に手招きをする。
「…ふざけやがって…やってやろうじゃねぇか!!」
そう言って立ち上がったのは、何と俺の隣に座っていた男だったのだ。瞬時に男の体をサーチライトが包む。
もしや、先ほどの電話はマジックショーの段取りのためのものだったのだろうか。
「あれ、もしかして君は僕の会社の上司じゃないかい?わざわざこんなところまで来て、そんなに僕を怒りたいのかい?」
「ふざけるな!!いいか、こんな茶番劇はもう終わりだ!お前等、やれ!」
男がそう叫ぶと、客席の色んな場所で男達が立ち上がる。
そして何と男達は懐から拳銃を取り出してローゼンクロイツに向けて構えだしたのだ。
これは、本当にショーの一部なのか?観客からも悲鳴が上がり始める。
「そんなものまで持っちゃって、可愛げがないね。よし、僕が君達をとっても可愛いウサギさんに変えてあげよう」
ローゼンクロイツは右手を挙げると、ホールに響き渡るほどのフィンガー・スナップを繰り出した。
それと同時にホールのライトが一斉に消灯し、ホールは暗闇に飲み込まれた。
怒涛の展開についていけない観客達はざわめくことしか出来ない。
そんな観客達が次に耳にしたのは、いかにもファンタジーな感じのするキラキラ音だった。
とても大きく鳴り響くその音が鳴り止むとホールのライトが全て点灯する。
「…そっちのほうが数段可愛いよ」
まさかと思い俺は隣の席を見る。そこには男の代わりにウサギのぬいぐるみが置かれていた。
他の席にいた男達も姿が変わっていたようで、どよめきの後に観客から割れんばかりの歓声と拍手が起こった。
俺もただただ手を叩くことしかできない。席を見ても何か仕掛けがあるようには見えないし、何より男が移動した痕跡すら残っていなかった。
その後もショーは大喝采が続き、クライマックスシーンではドラゴンに変身した魔女を見事仕留めてフィニッシュを迎えた。
ショーが終わり、ローゼンクロイツを始めとするキャストがステージに並んで一礼しても拍手が止むことはない。
「今日は君達を魔法の世界に案内できてとても楽しかったよ。残念ながら僕が案内できるのは此処までだ。でも、またいつか君達と一緒に旅に行けることを心待ちにしているよ」
ローゼンクロイツの締めの一言で幕は降り、夢のような一時は終わりを告げる。
一頻り拍手が続いた後、ホールが明るくなってから観客達は興奮冷めることなく席を立ち始めた。
「…あ、そうだ。挨拶に行かないと」
せっかく特別招待していただいたのだからしっかり大スターに挨拶をしなければ。
もし忙しくて会えなかったとしても、ショーの前に買ってきたケーキの差し入れだけでも受け取ってもらおう。
俺は急いでケーキを入れてるロッカーへと向かった。
───午後9時50分、キャスタニアホール地下一階にて。
スタッフ達への挨拶と指示を手早く終わらせて、僕は地下一階のある扉の前に来ていた。
この扉の先は奈落と呼ばれる、一階のホールの真下にある舞台装置部屋の一つだ。
ステージの下からせり上がる様なパフォーマンスをする場合はこの奈落からステージへと上がれるようになっている。
僕が此処に来た理由は勿論一つだ。早速僕は奈落への扉を開けた。
「…やっと終わったのね。もう、最後まで見れなかったじゃないのよ」
扉を開けると、祝宴用の服を着たジェロシアとアリーチェが立っていた。
二人の美しい淑女は両手に禍々しい凶器を握り、せっかくの透明感のある肌や華麗な衣装にはどす黒い血がこびり付いていた。
「いやー、てっきり最後の舞台挨拶を狙ってくると思ってたんだけど。予定が狂っちゃったよ」
僕はそう言って奈落へ足を踏み入れた。
キャスタニアホールでも特に僕が利用させてもらっている二番ホールはそこまで大きくないものの、奈落に設置された舞台装置はとてつもなく多い。
何故ならステージだけでなく客席にもある仕掛けが施されているから。
僕は既に亡骸と化したあの時の男共をまたいで進み、一番奥で両手両足を縛られた男、中岡のほうへ向かった。
そして中岡の口に貼られたガムテープを乱暴に剝がしてあげた。
「…こ、この道化が…客席にまでトラップをはっていたなんて…!」
中岡が言うとおり、二番ホールの客席は全て足元の床が抜けるように改造が施されている。
元々僕が無茶を言って改築してもらった仕掛けで、今回みたいな消失マジックを行う際に利用している。
「さて中岡さん、一応確認させてもらおうか。君は日久組の機密情報を清龍党に流していた。違いないね?」
僕の質問に中岡は答えない。仕方ない、暴力は嫌いなんだけど。
中岡の右肩に僕はそっと左手を乗せる。そして少しだけ中指を折り曲げてみせる。
すると僕の左袖から小さなナイフが飛び出し、中岡の肩に突き刺さった。
中岡の顔は苦痛で歪む。だがこの程度じゃ死ぬ訳がない。
「さっきの質問の回答は?」
「…だとすればどうするっていうんだ」
「僕は君の上司、日久さんからの依頼で、最近何故か顔を見せない中岡さんを探して欲しいと言われていたんだ。そして見つけ次第殺してくれとね」
「お前…やはりスパイだったのか」
スパイねぇ。カッコイイ響きだ。
でも残念ながら僕はもっと穢れた職業についている。
僕は懐からM1911を取り出し、中岡の額に突きつけた。
「マジックは人々を魔法の世界に誘う。誰であろうと僕はその世界へと導く案内人でありたい…そう、誰であろうと。子供から老人まで、誰だって魔法の世界は受け入れてくれるよ」
「…何が言いたい!?」
「もし僕のマジックで一人でも多くこの世界の魅力に気づいてくれるならそれ程うれしいことはない…ああ、もちろん君達みたいな人でも案内してあげるよ」
あえて僕は中岡に分かるよう、M1911の撃鉄を起こしてあげた。
「ま、待ってくれ!わ、分かった金なら用意してやる!だ、だから早まるな…!」
「君達みたいな現実で汚れきった醜い大人でもあの世界は優しく包んでくれる。ただ君達の場合ちょっと案内の手順が特殊だけど、別にいいよね?こんな薄汚れた世界で暮らすより何倍もマシなはずさ」
あの時の威勢は何処に行ったのだろう。死を目前とした中岡の顔は恐怖に覆われていた。
「ようこそ、僕のマジックショーへ。魔法の世界に連れて行ってあげよう」
命乞いしたって無駄なことは分かりきっているだろうに、愚かな男だよ。
僕が引き金を引いてあげると、耳を覆いたくなるような銃声が鳴り、中岡は汚らしく脳髄と血液を飛び散らせて床に伏せた。
「前口上が長い!たった一人殺すのにどんだけ時間使うのよ!」
僕が後ろを振り向くと、アリーチェが後ろでガミガミと叫んでいる。一方ジェロシアはいつものように快楽に溺れた妖艶な表情を浮かべていた。
「あんたのやり方は毎回ゾクゾクするわ、色んな意味で…」
「そうかい、そりゃ良かった。さぁこれの処理は清掃スタッフに頼んであるから、僕の楽屋で着替えていくといい。そんなに血で汚したまま帰るのも嫌だろう?」
「別にいいけど、着替えてるトコ見ないでよ!?」
「レディーのおめかしを覗き見するほど僕も下賎じゃないさ。さ、僕の楽屋へは人に会わないでいけるから、早く行こう」
僕達は奈落を去り、楽屋へと向かった。
地下一階にはしばらく誰も入らないよう言っていたので誰もおらず、一階に続く階段を昇るとすぐに僕の楽屋にたどり着くようになっていた。
そして楽屋にはスタッフ含め誰も近づけないように…言っておいたはずなのに、一人の見覚えのある男が僕の楽屋の前でソワソワと待っているところに鉢合わせてしまった。
「あ、えっと…フロッドさんお疲れ様です…えっとですね…」
あのライター、晃司だ。わざわざ挨拶しに来てくれるのは嬉しいんだけど、タイミングが悪過ぎないだろうか。
「偉いわねぇあんた、こんなのの為にそんな高そうなスイーツまで買ってきて」
ジェロシアは晃司に近づき、彼が提げていたスイーツ店の紙袋を指差した。
「いや、まぁこのぐらいは社会人として最低元のマナーというか…てか色々聞きたいことあるんですけど、いいですか?」
「ダメに決まってるでしょ!ほらとっととそれ渡して帰った帰った!」
アリーチェはそう言って晃司からスイーツをひったくろうと思いっきり紙袋を掴んだ。
「ちょっと、分かりましたから!ほらそんなことしたらケーキが崩れますから…!」
この男がどうしてジェロシア達の事を含めたこの街の裏事情を知っているか何となく想像できる。この男、とんでもない巻き込まれ体質なんだ。
なすこと全てが色んな事件に関係しだして、気がつけば渦中にいる。こいつは凄い男が来てくれたものだ。
とにかく血まみれの僕達を見られた以上言い訳は無駄だ。僕は彼も楽屋に招いてあげることにした。
───楽屋で女性陣がシャワーを使っている間、俺はフロッドさんに彼のもう一つの職業について聞かせてもらった。
「いやーまさかフロッドさんまでイブリース所属とは…世間は狭いですね」
「ホント、そう思うよ」
「しかもナンバー2ってことは、ジェロシアさんの次に強いってことですよね?」
「それはちょっと違うかな。あのナンバーはどれだけ稼いだかによって決まる。僕は彼女みたいに好き好んで人殺しをするタイプじゃないから、代わりに大きな仕事を受けて一度で多額の報酬を得ているのさ」
「なるほど…あ、まさかと思いますけど、今日のマジックショーにいたあの男達って…」
「察しがいいね。でも僕は生憎マジックのタネをお客さんに明かさない主義なんだ」
「そうですか、まぁいいです、何となく分かるんで」
フロッドさんもまた人殺しに手を染めている方だと思わなかったが、彼はジェロシアのような快楽殺人者とは違い、報酬の為に働いているのだろう。
ジェロシアが言っていた、人を殺したくて殺し屋をやっている人で仕事が出来る者は殆どいないという言葉も、彼を見ていると何となく分かるような気がした。
「そうだ、できればイブリースのことも聞かせてもらえませんか?例えばナンバーのこととか」
「別に言うこともないよ。あれはしょっちゅう変動するものだし」
「ナンバー1がジェロシアさんで、2がフロッドさん、5はビッグジョージさん…気になるんですよ、他の上位のナンバーのこと」
ならば他のナンバーの人達も彼のように報酬の為に殺し屋を営んでいるのか、それとも快楽殺人者なのか。
それ以上にまだ見ぬナンバーたちもまた一癖も二癖もあるような方たちなのだろうか。
「…ナンバー3と4は今は仕事を受けてないらしい。ただどちらもこの街の伝説…いや、災厄と呼ばれるぐらい良く働いたそうだよ」
「…白々しいわよ、フロッド」
そう言いながらジェロシアがバスタオルを巻いて出てきた。
ジェロシアは怒りと憂いが混ざったような複雑な表情をしていた。
「いや、君だって過去の事を知られすぎるのも嫌だろう?」
「なら始めから言わないで欲しいわ…晃司、その話はあんたが私を惚れさせられたら教えてあげる」
「わ、分かりました…」
ジェロシアは再びシャワー室へと戻って行った。
「…できればもう少しだけ詳しいことを教えてもらえませんか?」
「つくづく怖いもの知らずだね、君。でも僕の口からはこれ以上は言えないよ」
「そうですか…」
「そうだ、君のケーキは此処で皆と食べようか」
女性二人がシャワー室から戻ってきた後、俺達は俺の買って来たケーキを食べながらささやかな一時を楽しんだ。
ローゼンクロイツの裏の顔については流石に記事には載せない様きつく言われてしまった。だが彼のマジックショーのことだけでも十分すぎるだけのネタになる。
そしてまた新たに興味の対象が現われたので俺はとても満足だ。
イブリースのナンバー3と4がどんな人物なのか、頑張って調べてみようか。
《マジシャン編 完》




